遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『首都崩壊』 高嶋哲夫  幻冬舎

2014-08-30 14:16:31 | レビュー
 この作品は、奥書によるとダイヤモンド・オンラインに2012.3.12~8.31まで連載された「東京崩壊」がベースとなり、加筆・修正・改題されて出版されたようだ。
 東日本大震災の1年後に発表されている。内容はまさに直近未来小説。まさに現実に直近に発生する可能性を秘める東京直下型地震を想定した政治経済シュミレーション小説である。日本は日本一国として存立できない。東京圏が政治経済的に崩壊すれば、それは現在の日本の即崩壊となり、日本一国に留まらず、アメリカ合衆国を筆頭に関係諸国に即座に激震を及ぼし、世界経済崩壊のトリガーになる。東京直下型地震の発生がその主原因になる確率が非常に高いという現実をリアルにシュミレーションしている。
 日本経済の急激な凋落により、世界経済の崩壊への震源国にならないための方策は何か。日本がサバイバルしていくために成すべきことは何なのか? そんな直近未来シュミレーションがここにある。

 太平洋プレートが北米プレートの下に潜り込んでいる東北地方太平洋海域を震源地とした地震が、巨大津波を起こし、地震と津波があの東日本大震災をもたらした。「想定外」とさかんに声高に弁明された福島第一原発爆発事故を引き起こした。その復旧と復興は未だ不十分この上ない現実である。あの地震による日本列島周辺のプレートの相互関係が大きく変化していることはしばしば報道されている。
 本作品の元のオンラインでの発表が終わり、この2014年2月に単行本が出版されるまでの中間で、例えば、朝日新聞の2013年3月19日の朝刊は、見開きの20面・21面全紙で「南海トラフ巨大地震(M9.1)の被害想定」を報道している。日本経済新聞は同日、同様に40面・41面の見開き全紙で報じている。内閣府の専門家作業部会の発表内容である。
この発表では、東京都について、次の被害想定となっている。死者数:1,500人、全壊建物:2400戸、停電12,000件、浸水面積14平方km、直後の避難者数:15,000人、1週間後の避難者数:20,000人である。「南海トラフ巨大地震による経済的被害の想定は220兆円を超えた」と報道している。東京都の直接被害額の想定は6,000億円だとする。
 朝日新聞には、2005年に想定された首都直下地震について少し触れている。東京湾北部でM7.3の地震発生が想定されて、死者・不明:13,000人、経済被害:106兆9000億円(GDP比21%)、うち建物倒壊などによる直接被害:67兆円という。
 この南海トラフと直下型地震の比較だけでも、東京圏で直下型地震が発生した場合のダメージ規模が何となくイメージできる。

 この作品の主人公は森崎真(しん)。ハーバードの大学院への留学から10日前に帰国してきた国土交通省のキャリア官僚である。彼はハーバードに留学していた時、アメリカで日本を眺めてみて、見えなかったものが見えてきた結果、「中央集権の崩壊」と「日本、遷都の歴史」という論文を書いていたのだ。ただ、それは異国の地にいたフリーな思考から生み出された思念だった。

 この作品に登場する主な人物をご紹介しつつ、読後印象をまとめておきたい。
 森崎が帰国した後の事の発端は、森崎の友人、前脇健一である。彼は東都大学理学部の准教授であり、地震研究所の地震学者である。その前脇が、森崎を訪れて研究結果を告げるのだ。東北地方太平洋沖地震の影響で、日本列島の下のプレートがかなりグシャグシャになり、東京直下型地震の起こる時期が早まったと言う。東京直下型地震の5年以内の発生確率が90%だと評価しているのだ。研究結果に対し、自信があっても、正規の論文発表手続きを重ねるなら気が遠くなるほど時間がかかる。地震の方が早く発生する可能性がある。どうすればいいのか、と前脇は森崎に相談を投げかけたのだ。そして論文内容の記録されたフラッシュメモリを前脇は森崎に手渡して帰宅する。

 森崎のハーバード大学時代の1年上の友人にロバート・マッカラムが居る。彼もアメリカの政府機関から派遣されていた学生だった。そのロバートが、成田に着いた後、突然に森崎の携帯電話に連絡を入れてくる。森崎のマンションですぐに会いたいという。
 彼はジョージタウン大学の国際経済研究所の報告書、表紙に「シークレット」の文字が押されたレポートを携えて来た。アメリカの国務長官が中国訪問の帰りに日本に立ち寄り総理と会う予定がある。ロバートは大統領特使として来たのであり、国務長官と総理の公式の面談前に、総理と極秘に面会し、そのシークレット・レポートを総理に直接手渡す任務なのだという。極秘の面会の通訳を突然森崎に依頼するのだ。森崎はそれを引き受けざるを得なくなる。
 そのシークレット・レポートとは、日本で百兆円を超す経済損失が出ると、世界経済にどんな影響が出るかという研究レポートだった。大統領直属のシンクタンク、英知の集団が書き上げたものであり、その信憑性は80%以上のものだという。その経済損失の原因が東京直下型地震であり、日本発の経済危機が世界に広がると、1929年の世界大恐慌の悪夢の再来になるという。世界恐慌の発端当事国に日本はなる。それへの速やかな対策を出して欲しいというのが、アメリカ大統領の要望なのだ。
 アメリカはシンクタンクを使い、様々な視点からの分析研究をしているという状況設定は、実にリアルである。そういうバックグラウンドが失敗も含まれているだろうが、状況対応の素早さに結びついているのだろう。この作品でいえば、想定へのリアリティを高める材料になっている。

 そこに現在は東京経済新聞の記者となり、日米を頻繁に往来している野田理沙が登場する。森崎の2歳上で、同じ大学の政治研究会に入っていた女性である。ハーバード大学に留学して修士号を取っている辣腕記者だ。アメリカの経済界、証券業界の動向や政治の動向にアンテナを張り、独自に取材活動をしている。ロバートが成田からアメリカに飛び立った直後、彼を見送った森崎に近づいてくる。世界的な経済学者を出迎えにたまたま来ていたという。理沙はロバートをどこかで見たことがあると・・・森崎にカマをかける。経済記者としての理沙とエリート官僚の一人である森崎の関わりが深まっていく。

 森崎は前脇の研究結果を、上司である国土交通省、総合政策局政策課・課長補佐の山根にデータファイルを見せてまずは報告するという手順を踏んでいる。
 その一方、個人的にロバートに極秘面会の通訳を頼まれた森崎は、休暇の届けを出して個人の立場で緊張する通訳をした訳だが、その直後には森崎の行動が省庁に伝わっていて、とんでもない波紋を起こし始めたのだ。特定の省の官僚であるという立場を別にできる訳がなかった。即座に、森崎の素性は明らかにされ、情報が流れているのである。上司が慌てるのは明らかだ。
 ロバートと総理の面会直後から、総理の周辺は慌ただしくなる。総理は国務長官の来日までには、シークレット・レポートを踏まえた、当事者・日本国の対策を立て、国務長官に考えを示すことを求められたのだから。総理には寝耳に水。入らぬお世話。内政干渉ではないかという憤懣も内心生じるが、感情的なだけで事が済むものではない。
 そして、総理の机上には、森脇准教授の地震予測の研究結果とロバートが手渡したシークレット・レポートが時を同じくして並んでしまう。ここから、能田総理の憤懣、いらだち、戸惑い、政治家的判断、苦悩と疲労、歴史に名を残したいという功名心が交錯していく。前脇准教授から直に地震予測の話を聞くという機会を設けるに至る。
 能田は世間がパニックを起こすのを恐れて、前脇の研究成果の発表を止めさせようという手練手管も試みる。前脇はその直後、突然研究所から消え、行方がつかめなくなる。
 結局、能田総理は「首都移転チーム」を発足させる指示を出す。

 まだ、重要な登場人物が居る。村津真一郎である。4年前に国交省を早期退職した人物。退職の直前3年間は「首都機能移転室」の室長だった人だ。国交省の秋山大臣は、村津が切れ者だが変わり者ととらえ、村津が3年間室長をしたが無駄な時間を過ごしたと思っているとの評価をしているのだ。
 秋山は、森崎に国交省内に立ち上げることなった首都移転チームに森崎を異動させることを告げた後、このチームのリーダーに村津を引っ張り出し就任させるために、森崎に依頼にいくよう指示するのだ。森崎が調べたかぎりでは、首都機能移転室は、実現の見込みのない構想をまとめ上げる閑職だったのだ。
 森崎は、自分が依頼に行く指示を受けたのは、村津にチームリーダー就任の要請をしたが、就任を断られたからではないかと推測する。
 森崎は日米2つの論文の説明をし、アメリカ側の話も伝えることを指示される。
 森崎が田舎に住む村津を訪ね、一通りの説明をすると、最後に村津は言う。「今朝総理大臣秘書官から電話があった。私の出した条件を呑むそうだ。それに、前の3年間を無駄にしたくないからな」と。
 ここから本格的なストーリー展開が加速していく。

 各省庁から、二十人の男女が首都移転チームに移る指示を受ける。選ばれたのは各省庁のエリート官僚である。それが村津の条件の一つだった。しかし、「首都機能移転室」の経緯を知るメンバーには、自分たちが閑職に回された、島流しにあったという被害者意識しかない。そんな不満からチームが発足していく。チーム形成そのものが最初から試練である。ここからの出発という点、村津の対応が実におもしろい。
 そのメンバーの一人に財務省から来た細川優美子が居る。森崎には親しい同僚である。このストーリーの展開の中では、森崎と行動を共にする機会が多く、また財務省の視点から、日本経済の状況、金融分野の状況を分析的に語り、森崎にも情報提供するという役割りを担っている。

 東京直下型地震を原因とする日本経済の危機状況を想定した前提で、その予測仮説の中で金融証券投資市場において、利益をむさぼろうとする諸組織がうごめき始める。直下型地震が発生したら、日本経済がどうなるか、まさにリアリティを感じさせるシュミレーションが描かれて行く。それが、日増しに発生してくる東京都下での地震とその発生による様々な一時的破綻やトラブル、復旧対応の遅さなどが描き出されながら、ミクロとマクロの状況、情勢が交錯していく。このあたり、上掲の「南海トラフ巨大地震(M9.1)の被害想定」というデータの羅列だけでは、ピンとこない全体像がイメージとして描きやすくなっていく。まさに机上シュミレーションである。直下型地震を原因とするインフラストラクチャの危機シュミレーションと政治経済及び社会状況の総合的なシュミレーションである。クライシスへのイメージが形成でき、事の重大性がひしひしとリアルに思え始める。
 首都移転チームがどのような形で具体的な展開をしていくのか。短期間で首都移転が可能なのか。過去の遷都がどういう意味を持っていたのか。遷都の結果、どうなったのか。中期未来を視野においた直近未来での首都移転問題の具体的検討についての必然性は、考えさせられる点がある。東京一局集中は現実的にも限界に来ているし、問題有りという思いが湧いてくる。首都移転と道州制問題の関連性という興味深い視点でも、おもしろい示唆を得ることができた。
 村津がどのような構想を抱いていて、どのように用意周到に伏線を巡らしてきていたかということが、徐々に明らかになっていくというストーリー展開もおもしろい。

 日本の直近未来を、このフィクションを素材にして考えることは、そのリアリティから有益な思考実験になると思う。一読の価値がある。東京スカイツリーの盛況も経済効果としては良いことだろう。しかし、東京スカイツリーや東京オリンピック誘致成功などのような事象だけに、目を奪われ心を惚けている時代ではないだろう。
 東日本大震災の復興が未だ進まず、プレートが不気味に動いている事実。巨大地震発生の確率が高まることへの対応が、日本経済の脆弱性と密接にリンクしていることを、真に想起していく必要がある。そんな思いを抱かせる作品だった。

 ご一読ありがとうございます。



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関心を抱いた点をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
首都機能移転  :ウィキペディア
時代の変化とともに変わる首都機能移転  越澤 明氏 北海道大学 大学院 教授
主な首都機能移転論の経緯  :「社会経済生産性本部」
「首都機能移転論のバージョンアップを」 八幡 和郎氏 評論家  :「国土交通省」
首都機能移転問題と「東京遷都」佐々木 克氏 京都大学 教授 :「国土交通省」
首都機能移転は実現するか ─結果よりプロセス重視で─   荒田英知氏
  PHP研究本部ジャーナル 1996年6月発行
震災復興と首都機能のリスク分散  日本の復興Part2  木下祐輔・清谷康平氏
 
南関東直下型地震 :ウィキペディア
相模トラフ    :ウィキペディア
相模トラフ沿いの自信活動の長期評価(第二版)について 
  2014.4.25公表  地震調査研究推進本部
南海トラフ巨大地震  :ウィキペディア
南海トラフ地震の被害想定  :「朝日新聞DIGITAL」
「首都圏にも津波が!?-南海トラフ巨大地震の被害想定」:「NHK 首都圏防災ナビ」
南海トラフ地震対策  :「内閣府 防災情報のページ」
中央防災会議  防災対策推進検討会議   :「内閣府 防災情報のページ」
 首都直下型地震対策検討ワーキンググループ  
 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ

東京に【首都直下型地震】が来た時の恐怖のシナリオ :「NAVERまとめ」



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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『原発クライシス』   集英社文庫
『風をつかまえて』   NHK出版


『日本建築集中講義』 藤森照信 × 山口 晃   淡交社

2014-08-27 09:08:26 | レビュー
 法隆寺五重塔と装画を配し「日本建築集中講義」というタイトルを見て惹かれた。「集中講義」という言葉に特に興味を抱いたからだ。表紙を見た時は、一般的な講義を著者二人が分担していて、基礎知識が学べる入門書というイメージだった。
 読み始めて、実に型破りな建築対談記録であることにまず驚いた。そして、その破格な時には毒舌や裏話を表に出してくるやりとりがおもしろく、所々で日本建築に関する急所、要の話が入り、それが意外と一般的な基礎的知識の説明というやり方よりインパクトがある。記憶に残る。
 本書は、建築家であり近代建築・都市史の研究者、東京大学名誉教授である藤森照信氏と画家の山口晃氏が、訪ねた建築物について語り合った対談録をまとめたものである。対談においては、基本的に藤森先生が建築の要所、目のつけどころを語り、山口画伯に何を感じたかを尋ね、画伯が感想を述べる。時には画伯が先生に質問するという対談プロセス記録が本文となっている。その対談は、日本建築史の中の代表的な建築から13ヵ所を選んで、それぞれの建築物の場所を訪ね、案内者に伴われその建築を観察した後に、別の場所で対談するというもの。対談の本文で先生、画伯という言葉で呼び合っているので、それをそのまま使うことにしよう。

 本書の破格なのは、
・名建築についての基礎知識を案内者の説明を含めて、建築家の目で整理し解説するなどはしていないこと。藤森先生はその名建築をワンポイントでその要を語るだけである。
 この目のつけどころが、なるほど、さすが・・・専門家というところ。
・名建築に絡んだ2人の会話が融通無礙。話が横道にそれ脱線することしきり。建築にまつわる裏話が飛び出したり、その建築と建築家を含めて褒めたりけなしたり・・・同行の編集者の関わる裏話、案内者もネタになる始末。(こんな対談っておもしろい。肩が凝らない。)
・対談記録が本文となっているが、毎回の講義で必ず山口画伯のエッセイ風漫画がセットになっている。その漫画には藤森先生とご本人が訪ねた建築に絡む形で登場する。建築を観察する場面のおもしろさや建築に対面した時の感想場面なども描かれている。
・コマ漫画を読んでいくと、意外や意外というか、それら名建築に関係する基礎知識の要素が、漫画に描かれてキーセンテンスを書き込んであるのだ。
 対談内容を単に漫画にしたのではない。案内者の説明や建築拝見中で藤森先生の現地説明などを山口画伯が捉え直して、整理しまとめた漫画である。そのコマ漫画をユーモア精神と抱き合わせで描き、文を付しているのがおもしろくて、一目瞭然なのだ。
・講義毎の末尾に先生と画伯のアンケート回答が自筆、時に絵入りで載せてある。
   Q1 今回見た建物の中で一番印象深かったモノ・コトは?
   Q2 今回の見学で印象深かったことは?
   Q3 ずばり、○○(建築物名)を一言で表すと?
 この回答、実の率直で飾りなし、ずばりと感想・・・でおもしろい。
・建築物と探訪途中の場面が小さなコマ写真として配されている。モノクロ写真であるが、まあページに色を添えているというところ。写真が小さすぎて、建築自体のことを詳しく知るにはあまり役に立ってはいない。単にイメージ付与効果だけ。
・名建築の紹介もまるでアトランダム。一応巻末に「講義で取り上げた日本建築を建築年代順に並べると・・・・」という見開きページが添えてある。
といった特徴があるところによる。

 実にユニークなまとめ方で、面白い。漫画派読者にもお奨め本だ。本文を読まず、漫画を読むだけでも、まあこの本の大部分のエッセンスが凝集されているといってもよいと判断する。

 名建築探訪「講義」以外に、「休み時間」が2つ挿入されている。「山口画伯の見たかった建築二笑亭奇譚」と「はじめての藤森邸 タンポポハウス探訪」である。

 本書で探訪された名建築を講義の順に列記しておこう。
 法隆寺 /日吉大社 /旧岩崎家住宅 /投入堂 /聴竹居 /待庵 /修学院離宮
 旧閑谷学校 /箱木千年家 /角屋 /松本城 /三渓園 /西本願寺

 さてこれら13件の名建築がどこにあり、いつ頃建てられたか? 年代順に並べ直すとどういう順序になるか? ご存じだろうか。
 (各講義の末尾に、所在地とその建築に対する簡略な説明が付されている)

 最後に、本書の対談からの重要な情報や示唆に富むフレースを抽出してみた。その意味や補足説明、文脈は本書を一読いただきたい。
*風化しても檜の質感があたたかい・・・  p9
*法隆寺の柱って、1本の木を縦4等分して4本柱を取るんです。  p11
*法隆寺の柱は、真ん中がふくらんでおて太いんですよ。「胴張り」といって、法隆寺にしかないきわめて異例な技術ですから、あれをエンタシスというのは間違っている。
 エンタシスっていうのは自然の木の姿をかたどっていて、上にいくほど細くなるデザインなの。    p13
*もともと(付記:法隆寺の)回廊の床は三和土で造ってあったはずです。 p19
*日吉大社って建築的には有名でもなんでもない・・・むしろ石橋のほうが有名。 p29-30
*旧岩崎邸: 日本に現存する洋館の最古の例・・・当時を代表する日本建築の造り手とジョザイア・コンドルという洋館の造り手とが建てたことで、和館と洋館は分けて並べて造るのが日本の洋館のオーソドックスになっちゃった。・・・庶民が洋風のオシャレをする、という根はここから来てるの。・・・岩崎邸は木造(建築)  p49-51
*あの広間は「九間(ここのま)」といって、三間四方の九坪。四畳半の四つ分の広さ。人と会うのにちょうどいいスケール感なんです。   p60
*修験道の建築は、仏と自然の神様を習合したお堂だから、「自然と一体化する」のが中心的テーマ。 p71
*聴竹居ってモダンな建築に和風(付記:数寄屋)を取りこんだ最初の建築なんですよ。
  →建築家藤井厚二(1888~1938)の最高傑作。施主・自邸。エコハウスの先駆け。
   グラフ用紙で設計、立体幾何学的下地にたつ複雑かつ几帳面なミニマリズム 
 職人が加わると、小さな偶然みたいな手の味というか手垢みたいなものが出るんだけれど、それがものの見事に排除されている。オキシフルで消毒したみたい。あくまで建築家の計算通りなんですよね。    p88-p92
*日本の伝統建築とヨーロッパの関係をどうするか・・・その思想は伊東忠太→武田五一→藤井厚二と続く  p96
*待庵では、(付記:長押の高さ)全部ガタガタにして高さの目安となるものを消している。窓もいくつかあるけど、プロポーションや位置が少しずつずれていたり。・・・完全に見える柱、一部だけ見える柱、完全に見えない柱、それらが混在している。 p113
*(利休は)わざと粗末な材料を使ったバラック造りで、あとはセンスだけで豊臣秀吉を迎えるものを造ったんだから。だけど、待庵最大の謎は、待庵について全く文献が残っていないこと。  115
*ウィトウイルス的人体図・・・レオナルド(・ダ・ヴィンチ)が「建築の基本単位とは身体尺だろう」と参考のために描いた図・・・レオナルドより利休のほうがエライと思うのが、・・・利休はそれをかたちにちゃんと造ったことだね。レオナルドの思想と全く同じ「究極」を考えていたんでしょう。それで、あの図の寸法からひとまわり広げて、一坪にしたんだと思う。   p123-124
*浄土式庭園の特徴・・・水・緑・石、一番大事なのが「洲浜」を備えていること。それと、庭を舟で見ること。  p133
*能舞台ってあの世のこと。つまり、浄土式庭園と同じ要素が散りばめられている。 p138
*太鼓橋が神社の前にあるのも、実用的な橋ではなくて別世界に行くためですよ。p139
*基本的には、長押があるのが書院、ないのが数寄屋。  p141
*(閑谷学校)講堂(国宝)の内部の床には漆が塗ってあった。 床の精神性 p153
*閑谷学校・・・一個一個のデザインが違う・・・土木的なものが力強い。たとえば石塀。・・・手前に清める意味で?池が据えられて居る。それであの正面の印象が強い・・・意外にも講堂は日本の寝殿づくりの原型的な造り方・・・花頭窓が低い位置に並ぶ・・・備前焼の瓦も統一感がありながら、色が微妙に変化していてきれい・・・・   p153-165  はん サンズイ+半
*箱木千年家は、日本の民家の原型。・・・・その土地の地侍の家・・・保守的で伝統的な世界を無意識のうちに守っていたんでしょう。・・・・縄文時代の竪穴式住居の習慣がずっと伝わってる、日本最古の好例です。・・・軒が頭の高さより低い・・・軒の下に木の枝を差して土を塗った・・・木舞壁。柱が礎石のない掘っ立て柱・・・小屋組は何本かの丸太を三角状に組んだ合掌造り・・・「無意識」を表す名残が芝棟。茅葺。    p172-179
*日本の建築史の場合は世界でも例外的で、宗教建築と住宅建築が二本立てで出てくる。日本の住宅建築は、縄文時代に根ざした竪穴系の土間住まいと、弥生時代に由来する高床系の床住まいとの系譜が大別される。  p173
*民家の一番大きな特徴は、人間の無意識の領域で造られた建築であること。 p175
*日本の屋根材としては、檜皮葺→茅葺→瓦葺の順の進化  p180
*角屋 外側の美学と内側の美学が全然違うこと。外観の町家の造り、屋内の武家風の造り、インテリアと、この三つが全然関係ないこと。・・・建築のインテイラの究極は布化する。そういう点では、角屋は元禄期にすでに、インテリアのもっとも心地よい状態は布で包むことだという理解に至っていた。つまり角屋は心地よいインテリアの究極です。 p203
*書院造が茶室に影響を受けて数寄屋になる。  p205
*松本城は本気で戦争用に造られた城の中では現存最古のもの・・・六階建ての木造建築  p214-215
*三渓園 日本の数寄屋の中でもレベルの高いものがこんなに揃っているところはほかにない。おまけに臨春閣は、桂離宮に並ぶ数寄屋の代表作です・・・聴秋閣・・・聴秋閣の中に進むにつれて、見えるものがどんどん小さくなり・・・・一応格式をもった造りをしているにもかかわらず、全体のスケールがちっちゃい・・・ミニチュア化・・・  p237-248
*西本願寺 現存最古の能舞台もあるし、豪華さの美学は2つの書院(付記:白書院、黒書院)で、薄くて軽いという美学は飛雲閣で見られる。そういう意味では日本建築のエッセンスが詰まった場所ですね。 p257
*(竹林の描かれた襖)横から照らすと光が反射して金箔部分が明るくなって、絵にすぅーっと奥行きが出るんです。・・・上から照らすと・・・反射率の違いで地のほうが暗くなって、図のほうが浮かんでくる分、空間がすごく浅くなるんですね。  p259
*(当時の絵は)金などによる奥行きに対して、金自体や余白にのぞく紙の質感なんかが「壁」を主張できるような描き方になっているんですよね。   p263


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本書に関連する情報をネット検索してみた、一覧にしておきたい。
法隆寺 ホームページ
法隆寺地域の仏教建造物  日本の宝物殿 :「世界遺産を見よう!!」
日吉大社 ホームページ
日吉大社 :「幻松子の記憶」
旧岩崎家住宅 → 旧岩崎邸庭園 :「公園へ行こう!」(東京都公園協会)
旧岩崎邸庭園 :「東京のミュージアムガイド」
投入堂 → 三徳山三佛寺 ホームページ
三徳山三佛寺投入堂 :「加古川からの小さな旅-関西圏の日帰り旅行案内-」
聴竹居 ホームページ
待庵 ← 妙喜庵 ホームページ
       国宝茶室 待庵  
修学院離宮 :「宮内庁」
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箱木千年家 :「神戸公式観光サイト」
箱木千年家 「古民家に学ぶ」
角屋 → 角屋保存会 (島原角屋公式サイト)
国宝 松本城  :「新まつもと物語」(松本市公式観光ポータルサイト)
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西本願寺 →  本願寺 浄土真宗本願寺派 ホームページ
         建造物(飛雲閣、白書院、南・北能舞台、唐門、御影堂など)




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『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』 松岡圭祐  角川文庫 

2014-08-23 14:57:29 | レビュー
 万能鑑定士Qの事件簿シリーズはこの第12巻で終了ということのようだ。とはいえ、この後「推理劇」シリーズが継続されている。
 さて、この事件簿では、現在の大坂・万博記念公園に残された岡本太郎作「太陽の塔」が舞台となっている。この作品の文庫本出版は諸般が平成23年(2011)10月25日である。「太陽の塔」内部公開へと一歩踏み出す新聞報道が出たのが、2013年11月13日、そして、今年(2014)の7月31日の報道では、紛失状態となっている地下の「第4の顔」を復元し、「塔内部に続く約150平方メートルの地下展示室を新設」する計画も発表されているようだ。1970年の大阪万博において、太陽の塔南側にあった地下展示室は、本作品にも記載の通り、埋め立てられてしまっている。報道によれば、2016年度末の公開を目指すという。
 著者は、現実の太陽の塔をめぐる公開計画の動きより一足先に、太陽の塔の一般公開を前提とした特別公開の機会という状況を設定して、一つの事件を構想していたのだ。太陽の塔内部で発生する「密室失踪事件」である。
 著者の想定したこの作品での内部公開の状況と、今計画されている塔内部の一般公開との間に、どんな相違点が出てくるか・・・・本作品とは別に、新たな関心・興味が出てきた。
 さて、この作品に戻ろう。
 例によって、冒頭にシャネルの商品についての真贋鑑定というエピソードが出てくる。万能鑑定士Qの経営者・凜田莉子は即座にその鑑定判断を下す。蓄積された知識・情報を背景に、実に鋭い観察と論理的思考の結果である。
 そこにこの作品の登場人物が汗びっしょり、息を切らせて店に飛び込んでくる。お店には例によって、「週刊角川」の記者・小笠原悠斗が居合わせたという次第。
 依頼人は蓬莱浩志という大坂在住のサラリーマン。依頼内容は「太陽の塔」の鑑定だというとてつもない案件。なぜか? 蓬莱浩志の妻・瑞希が太陽の塔内部で、彼の目の前で消えてしまったというのだ。彼自身が警備員の協力を得て徹底的に太陽の塔の内部を探したが、発見できなかった。まさに太陽の塔内部での一種の密室失踪事件だという。そのため、太陽の塔自体に秘密の抜け穴があるのではないか。その鑑定を希望するということなのだ。

 蓬莱浩志は、妻とともに万博公園から歩いて5分、3LDKの一戸建てに住んでいるという。「太陽の塔」内部の公開についてのNHKニュースを見聞した翌朝に遭遇した事件なのだ。出勤のため北千里駅に向かうにはまだ時間があるので、大坂モノレールの万博記念公園駅前に出向いた。開園前でまだ入れない時間なので、出来るだけ近くの正面から太陽の塔を遠望しようとしたのである。そのとき、「放してよ、どこへ連れて行く気?」と怒鳴り叫ぶ妻の声を聞くことなったのだ。警官に似た制服を着た大柄で屈強そうな体格で年齢は判然としない男に引きずられるようにして瑞希が連れ去られていく光景だった。
 浩志は関係者通用門に辿り着き、胸ポケットに日本統合警備という刺繍のある制服を着た初老の男に訳を言い、園内に入り追いかける。その初老の男と同じ制服をきた男に連行されて行ったのだと。
 太陽の塔の側面に、「一般公開 11月上旬より」という横断幕を目にしながら、太陽の塔の内部への正規の入口を入ると、内部が隅々まで見渡せる思いのほか開けた空間だったという。頭上から悲鳴が聞こえ、見上げると、下から数えて4段目の踊り場にいる妻・瑞希が手すりから身を乗り出しながら見下ろしていたのだ。
 浩志はエスカレータを駆け上って至る所を探してみた。しかし、妻の姿はどこにも発見できない。忽然と消えてしまったという。塔内部にいた初老の痩せた警備員が親切に浩志に協力してくれたのだが、見つけられない。その時、日本統合警備の取締役だという門井眞という50歳ぐらいの温和そうな人物も協力を惜しまなかったというのだ。

 人探しは専門ではないと応対する凜田莉子に対して、蓬莱浩志は「太陽の塔」自体の鑑定をして、構造的に何か見落としているところがあるに違いないので、塔自体の鑑定でその見落としを浮彫にしてほしいと言う。
 その場に牛込署の葉山警部補が所轄の応援依頼を受けた結果だと言い、大坂から上京した柳瀬警部補と現れる。その日、浩志は柳瀬警部補の任意の取り調べを受ける約束をしていたようなのだ。それを反故にして浩志は莉子のところに必死の依頼に来ていたのだ。
 結果的に莉子はサイズでいえば過去最大の鑑定依頼品の鑑定を引き受けることになる。勿論、例によって小笠原悠斗は太陽の塔内部での謎の失踪事件の取材として莉子に同行する。

 太陽の塔は一般公開の予定を前にして、特別公開の予定が組まれている期間だった。生命の樹のリニューアル、1970年代当時の米ソ宇宙開発や航空技術競争で生み出されたデバイス類の展示だけでなく、最新のテクノロジーの展示も行われることになっている。水平多関節ロボット・アームを活用した医療機器事業の設計と開発で有名な永友エンジニアリングが、PD1なるマシンを公開展示するのだ。形が自動販売機然としたマシンは、布地の損傷箇所をセンサーで検知し、本来の材質に近い糸を自動選択し、布目に沿って自動縫合して、布地を原状回復させ、美しい仕上がりにするマシンなのだという。さらに、永友エンジ二アリングは一般公開までに、さらに画期的な展示用マシンをいくつか追加する方針だという。
 長年NASAの技術顧問を務めたオーガスティン・ハリス工学教授も、アメリカ大使館を通じ、外交官グループに混じり特別公開の見学に来ているほどなのだ。
 こんな最中での一種の密室失踪事件である。大坂府の警察もこの失踪事件に関しては大勢の警官を動員し、くまなく塔内部を捜査していたのである。しかし、何も発見できていない。失踪事件そのものが狂言行為ではないかとすら疑い始めているのだった。警備を担当する日本統合警備も協力的なのだ。

 莉子は現地に向かい、太陽の塔内部を隅から隅まで実見するが、秘密の抜け穴など発見できない。浩志の狂言とも思えない。そこで、蓬莱浩志の自宅に瑞希の失踪理由の手がかりがあるかもしれないと考え、浩志の家を訪れる。
 浩志の家で莉子が手がかり探しをしているとき、郵便受けに何かが投げ込まれた音を耳にする。それは「凜田莉子様」宛となている1枚の封筒だった。切手なし、差出人の住所氏名は無記名。莉子が今現在ここに居ることを知っての投函だったのだ。
 だれが仕掛けて来ているのか、何が目的なのか不明だが、それは莉子の鑑定能力を試そうとするテストの始まりだったのだ。
 太陽の塔内部での密室失踪事件に取り組み始めた莉子に対する鑑定能力テストという独自の流れ。戸惑いながらも、莉子はそのテストに対処していくのだ。そこから、意外な発見が積み重なっていく。そして、事件解決の糸口にもなっていく・・・・。

 この作品のおもしろいところは3つある。
 第1は、太陽の塔の内部がどんな構造であるのか、その内容が失踪人の捜査というプロセスの中で、具体的に克明に描写されていくことである。臨場感があってまずおもしろい。その描写は、読者にとってはまさに密室状況を納得させられる羽目となり、事件解決に興味を一層深めることになる点だ。
 第2は、莉子の鑑定能力をテストするという行為の連続である。誰が、何のために・・・ということもさることながら、どのような鑑定能力テストの課題がだされるのか? それを莉子がどういう風にクリアしていくかという、その対決プロセスそのものののおもしろさである。該博な知識の裏づけのもとでの観察と論理思考による推論を追いかけるという楽しさ、おもしろさである。このプロセス自体が蘊蓄話として、この作品の読み応えになっている。一種のトレビア的要素。
 第3は、大阪府の担当者が予算がないからと、インターネットオークションを通じて収集した1階の宇宙航空関連部品とおぼしき玉石混交のパーツ類についてである。府行政の予算ということに対するアイロニカルかつ漫画的な設定のおもしろさと同時に、ネットオークションがどんなものかということもわかる。そして、この展示品が盗難に遭うという事件がトリガーとなって、密室失踪事件の解決にはずみがついていくことになる。盗難に遭ったパーツ類の中の一つに、莉子は目を付ける。インターネット検索による調査から情報を累積し、1枚の写真から例の雨森華蓮の協力で外観レプリカの作製を行い、そのレプリカを使ってのさらなる映像検索をインターネットで行うというネット駆使のおもしろさ。インターネットで映像自体の検索ができるのか? 今の私には知識がないが、特定のアプリケーションの利用でかのなのかも知れない。この作品、SFレベルには踏み込んでいないだろうから。莉子と華蓮が連携すれば、まさに最強となるおもしろさである。
 
 手品は種を知れば、なんだそういうことかとあっけなく思う。
 この最終巻も事件解決の種は、ちょっと漫画チックなあっけないもの。馬鹿げているともいえるが、まあけっこうおもしろい落とし所でもある。
 後は読んでお楽しみいただきたい。十分に楽しめる最終巻である。

 文庫本のカバーは凜田莉子のウィーディングドレス姿。莉子が結婚してハッピーエンドなのか・・・ともちょっと想像したのだけれど・・・・・これにも落ちがあった。おもしろい。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

太陽の塔  :ウィキペディア
太陽の塔 :「万博記念公園」
太陽の塔
「太陽の塔」内部を公開へ 大阪府、改修費用に見通し
  2013.11.13  :「朝日新聞 DIGITAL」
太陽の塔内部、生命の樹復活 常時公開へ200体再現案
  2014年5月23日 :「朝日新聞 DIGITAL」
太陽の塔「第4の顔」復元へ 16年度末の公開目指す
  2014.7.31  :「朝日新聞 DIGITAL」


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』

『無縁旅人』 香納諒一  文藝春秋

2014-08-21 09:29:11 | レビュー
 西武新宿線の下落合駅からほど近い、賃貸マンションの2階、6畳のリビングが妙正寺川に面している部屋で腐敗の進行した死体が発見された。キッチンとリビングの境目にうつぶせになった、まだ17,8か、もう少し下もしれない大柄の娘の死体で、死後4,5日が経過していた。死体の後頭部に出血が見られ血が頭髪にこびりついている。玄関ドアは施錠されドアガードまで掛けられていた。玄関ドアのアームには何の細工の後もないという。 警視庁捜査一課強行班七係、通称小林班のデカ長を務める大河内茂雄が古参刑事・渡辺一男を相棒として、石嶺辰紀、菊池和己などの若手も含むチームで捜査に入る。

 死体が持っていた布製の財布には、東京都内の店のネームカード、割引券の類、その中にはラブホテルやファッションホテルの会員カードが含まれている。そしてネットカフェの会員証が全部で5枚。<<ハンド・イン・ハンド>>という名称のNPO団体「ネットカフェで暮らす人々を支援する会」事務局の「辻原竜」と印刷された名刺が入っているが、保険証・銀行カード・学生証などの類いは無し。ネットカフェの会員証2枚に共通する名前は「片桐舞子」である。もちろん、本名だという保証はない。1万円札が7枚入っていた。身元を確認できるものは所持していない。
 被害者は誰かに襲われてこの部屋に逃げ帰り、自ら施錠した後に死亡したという可能性が考え得られる。大河内はこの娘の死体があった部屋について、現場を見たときに違和感を感じたのだ。捜査は賃貸マンションの大家への聞き込み、周辺の聞き込みから始まって行く。
 死体の発見は、隣人が隣の部屋から異臭がすることを大家に訴えたことによる。部屋の契約者は32歳のIT関連会社に務める会社員萩本達矢だった。
 大河内と渡辺は萩本の勤務先を訪れて、萩本と面談する。彼は社内ソフトのプリグラマーだった。萩本はネットで知り合った「マイ(Mai)」と名乗る少女を部屋に泊めることを許した後、自分の部屋にその娘が居座ったため、自分は3週間ほどネットカフェ暮らしをしていたと話す。舞子が死体となって発見されたことをもちろん知らなかった。裏づけ捜査の結果、萩本はシロだと判断される。

 この事案は、ネットカフェ難民と称される社会風俗現象を取り上げ、その中で発生した事件の解明というストーリーの展開である。
 萩本への聞き込みから判明したことは、出会い系サイトではない、SNS(ソーシアル・ネットワーク・サービス)で知り合ったというだけで、比較的気軽に男女が交流し、「メシカレ(飯彼)」と「ヤドカレ(宿彼)」の関係が作られるという。萩本の場合も単純にごく短期間、自宅にマイをとめてやるという気軽な気持ちが動機だったのだ。それがそうではなくなって、困っていたのだ。舞子に部屋を明け渡し、自分は会社の傍のネットカフェで寝泊りする状況に追い込まれていたのだから。
 大河内と渡辺は、舞子が所持していたNPO<<ハンド・イン・ハンド>>の事務所を訪れ、名刺に記載の辻原とは会えなかったが、代表と名乗る勝呂晴美と面談することから、舞子に関する情報の一端を得ることができる。そして、ボランティアでこのNPOで働いている辻原とのコンタクトがとれ、聞き込み調査が展開していくのだ。

 この作品はネットカフェ難民と称される一群の人々の発生している実態を背景にしながらこの社会現象の問題点を描き込む。舞子という少女がなぜネットカフェ難民の状況に自らを投げ込み、東京で何を求め、どんな行動をしてきたかの追跡捜査を展開するプロセスで、事件解明の糸口を発見していくという展開である。

 この作品では、ネットカフェ難民についてその現象や問題点を要所要所に織り込んでいる。たとえば、
・ネットカフェ難民を助けようとするNPOが存在する一方で、彼らを助ける振りをして、逆に行政手続き(生活保護費受給)の中で、金をピンハネする団体もある実態
・政府調査でネットカフェ難民が五千数百人という調査結果を出したが、現場の実感はそれはまやかしの数字にすぎないというもの。
・ネットカフェ難民の中には、行き場のない十代の娘も多数紛れ込んでいる。
・出会い系サイトだけでなくSNSを通じた交流など、知り合う場は多様化している。
・「メシカレ」や「ヤドカレ」が常態化し、気軽な交際がベースになっている。そのつきあい方は、「いい男」のレベルから、セックスを伴うものまで、幅広い。援助交際をしている者も居る。
・ネットカフェ利用者には会員証が発行されているケースがあっても形式的なもの、というのもある。

 つまり、このネットカフェ難民の局面は、捜査解決の障害要因、ノイズになる。
 一方、聞き込み捜査他から徐々に舞子の実像が見え始める。
・辻原が8ヶ月前の去年6月に、未成年に見えた舞子を渋谷のネットカフェで見付け、声をかけた。そこから、NPO<<ハンド・イン・ハンド>>と舞子の関わりができた。
・静岡のどこかの擁護施設を飛び出して、東京にでてきたという。
・東京で誰かを探しているらしい。
・舞子が援助交際の類いをしていた可能性は・・・未詳。辻原はないと判断している。
・勝呂晴美は、舞子が妊娠しているという事実をつかんでいた。2週間前に舞子がNPO事務所に現れたときに、確認したのだという。
・静岡の擁護施設にいた時に、大学生と付き合っていて妊娠した結果、むりやり堕胎させられた経験があるという。
・舞子の死因は、急性硬膜外血腫。頭部の1カ所の傷、頭部を殴打された結果、血腫が生じたことが原因である。
 
この作品のおもしろいところは、舞子殺害の犯人究明のプロセスにおいて、舞子に関わりのある人々のそれぞれの思いと行動が、捜査進展の撹乱要因になりながら、そこに反面で事件解決へのヒントがあるという重層構造になっていることである。大河内と渡辺は、舞子殺害の事件解決のプロセスで筋読み違いの事件を並行して解決していく。大河内の頭の中が筋読みのために、二転三転することになる。この辺りが読ませどころである。
 この事件を解決するプロセスでのキーワードをいくつか上げておこう。ネットカフェ難民経験、援助交際、保険金詐欺、親の干渉、海外送金のペーパーカンパニー、ネットでの株式トレード、「伊達直人」のプレゼント・・・・などである。これらが、どこでどのように絡んでいくか、お楽しみいただくとよい。

 この作品の構成上で興味深いのは、幾重にも組み込まれた「どんでん返し」というところだろう。歌舞伎の舞台がくるりと反転するように、事件の筋読みが反転するという巧妙さである。
 そして事件解決の目処がたつと共に、明らかになるのが舞子のお腹の子の、本当の父親が誰だったのか、である。そして、舞子はどうしたかったのか?

著者は最後のページに大河内のつぶやきとして、「無縁社会」という言葉を語らせている。
 大河内 「無縁社会か・・・・」 
 渡 辺 「何です---?」
 大河内 「無縁社会。嫌な言葉ですよ。寄る辺もなく、行き場もないAには、
      Bの善意が希望そのものに見えたのかもしれない」
 渡 辺 「ふたりには、一瞬の邂逅で、何かが通じ合ったのかもしれませんね--」

 AとBには、登場人物の名前が語られている。

 現代社会は、血縁共同体社会の枠をはずれ、利益で関わり合う社会となったのだろう。だれにとっても、無縁社会の中に生きる様相を呈している側面が濃厚にある。その無縁社会の旅人として社会に投げ込まれている側面を否定できない。無縁旅人にとって、無縁を己の利のために悪用し、擬似的縁を演出する輩の群れ、一方、無縁旅人同士の一瞬の邂逅で心の通じ合うという縁が生み出される可能性。現代は誰しも無縁社会の旅人なのだ。そんな視点がこの作品にあると感じる。
 ネットカフェ難民は、無縁社会の象徴としてここに組み込まれたのかもしれない。

 ご一読ありがとうございます。


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ちょっと気になる情報をネット検索してみた。

インターネットカフェ :ウィキペディア
Internet Cafe : From Wikipedia, the free encyclopedia
Net cafe refugees : From Wikipedia, the free encyclopedia
ネットカフェで宿泊 :「YAHOO! JAPAN 知恵袋」

日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び
住居喪失不安定就労者の実態に関する調査の概要

  平成19年8月28日  厚生労働省

住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書
     平成19年8月 (2007.8.)  厚生労働省職業安定局

「ネットカフェ難民」調査、その意義と限界 湯浅誠氏 「賃金と社会保障」

【深層】 ネットカフェ難民 ネカフェ難民 ネカフェで暮らす人たち :YouTube
ネットカフェホームレス青年 :YouTube
頑張れ!ネットカフェ難民、ホームレスの岩井さん 1/2 :YouTube
頑張れ!ネットカフェ難民、ホームレスの岩井さん 2/2 :YouTube
新宿ホームレス1of2 :YouTube

The Cyber-Homeless of Japan  :"ROAD JUNKY"

インターネットカフェ ナビ

諸外国におけるインターネットカフェ関連法制に関する調査報告書
  公益財団法人 日工組社会安全財団

平成24年度 若年層居住実態調査結果報告書
   平成25年3月   群馬県居住支援協議会

「若年不就労・不安定住居者聞き取り調査」報告書
  -「若年ホームレス生活者」への支援の模索 -
 2008年3月 特定非営利活動法人釜ヶ崎支援機構 大坂市立大学大学院創造都市研究科



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著者の次の作品を読んでいます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『心に雹の降りしきる』 双葉社

『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』  松岡圭祐   角川文庫

2014-08-18 09:21:51 | レビュー
 このシリーズの発刊順に読もうかと思っていたが、なかなかそうはいかず、順不動となり、映画化されたこの第9冊目を読んだ。
 当初は、万能鑑定士Qの経営者・凜田莉子がフランスのルーブル美術館でダ・ヴィンチ作「モナ・リザ」に関わる事件の解決でもするのかと勝手に想像していたが、ちょっと筋を読み違えていた。

 この作品は、「モナ・リザ」が日本に貸し出される。1974年の東京国立博物館での展示以来、37年ぶりに日本に来日し、展示されるという設定である。未曾有の大災害にみまわれた日本に対する芸術および経済の両面におけるフランス政府の最大の支援策として実施されるというのだ。そうなれば、当然ながら「モナ・リザ」が日本国内において、盗難あるいは贋作とのすり替えなどが発生しない防御策が最大限に講じられなければならない。つまり、事件は日本国内が舞台になる。そこがちょっと読み違えだった。
 では、なぜ凜田莉子が「モナ・リザ」に関わっていくのか? いくら万能鑑定士といえども、評価の確定している「モナ・リザ」とは結びつかない。
 そこは、なかなか巧妙な構成と展開になっている。

 発端は、コヴェントリー生まれのイギリス人、ケネス・アリンガム(62歳)との偶然の応対から始まるのだ。場所は丸の内の三菱1号美術館、絵画の展示ホール。当日は震災の影響を考慮し、休館日に所蔵美術品の大々的なコンディション・チェックを日本中の鑑定家や目利きを総動員して行われていた。アリンガムは、ボストン出身のアメリカ人という偽名と美術商という資格で来館していたのである。彼は、尾形光琳と円山応挙についての専門家の意見を聞くために、展示ホールに歩を進め、莉子と出会い専門家の所在を尋ねた。連絡がつけばラウンジで待つというアリンガムに、莉子はコーヒーのサービスを買って出たのだ。そして、二人はしばらく会話をすることになる。アリンガムは莉子を将来が楽しみな逸材だと評価する。その場は、それで終わるのだが・・・・。
 偽名を名乗るアリンガムは、木製小箱の忘れ物をして美術館を後にする。美術館の職員がその忘れ物気づく。アリンガムに応対した莉子がその忘れ物を届ける仕事を引き受けたことが、今回の事件簿として展開することになる。なぜか?

 アリンガムが偽名を使っていたのには理由があった。彼はルーヴル美術館で20年にわたり学芸員をしていた経歴の持ち主である。特命を帯びて来日していたのだ。品川のマンションに住むことすら秘密にしていたにもかかわらず、莉子はそのマンションに直接忘れ物を届けることができたのだ。そこには莉子特有の観察力と合理的思考力が働いている。冒頭のこのエピソード自体がまずおもしろい。
 アリンガムはお礼にその小箱の中身を莉子に見せる。それはフランス人の技師の仕上げたカンザシだった。アリンガムの説明無しに、莉子はそれが何であるかを指摘し、本物だと目を瞠る。そして莉子は、ルーヴルの連想から、去年の夏にルーヴル美術館で見た「モナ・リザ」が贋作だった印象を持ったとアリンガムに話したのだ。
 また、莉子は週刊角川の記者・小笠原が莉子に持ち込んできた「海外の雑誌社のアンケート」に協力する。それは「モナ・リザ」を見た所感を答えるものだった。

 これらの伏線が莉子と小笠原を霞が関の文化庁での説明会への招待通知に結びつく。それは、「モナ・リザ」の日本での展示について説明するものであり、かつ若干名の日本側スタッフの選抜への応募案内だったのだ。「モナ・リザ」の展示期間中、すべての取り扱いは作品に同行する150人からなる専門スタッフが一切担当する。しかし、展示期間中大がかりな科学鑑定を繰り返すことは困難なので、一見して真贋を見抜ける才能が必要であり、日本側のスタッフとして一定期間の訓練受講後に臨時学芸員となる人材を求めるというのである。莉子はその臨時学芸員への応募の案内を受けたのだ。
 説明会では、オディロン・ボワイエが主旨と応募条件、選抜方法などを説明した。オディロンは分析とデータを重んじる科学鑑定の学芸員だが、「モナ・リザ」の真贋鑑定の権威は彼の同期のリシャール・ブレという学芸員であり、感受性の強さが真贋を見極めるという意見なのだという。そのリシャール・ブレが訓練を担当するという。
 フランス側の要求する条件に合致する日本人の「臨時学芸員」数名を選び出すための説明会だったのだ。

 そこで、ストーリーは次のステージを順次ステップアップしていく。
1.2週間後のフランス、ルーヴル美術館での選抜テストのプロセス
 勿論、莉子はこのテストを受ける為に、フランスに向かう。莉子の担当記者として選定されていた小笠原悠斗が同行する。
 このルーヴル美術館での選抜テストの方法がユニークであり、このテスト・プロセスが一つの読みどころでもある。
 テスト結果の発表される日、ルーヴルに向かう途中、広場を横切ろうとしたとき、飼い主の許から逃げて駆けてくる一匹のチワワを小笠原は捕まえてやる。追いかけてきた老婦はイギリス英語風の発音で小笠原の礼を述べて、チワワを受け取り、リムジンの後部ドアを開け、車中に乗り込み、去って行く。日本帰国後、来日したこの老婦のファミリーとの突然の関わりが小笠原に生じてくる。それは日本国内での同行取材という目的で。ところが、この同行許可には思わぬ裏があったという次第である。
 結果的に、この選抜テストに合格したのは、莉子と流泉寺里桜の2名だった。

2.学芸員リシャール・ブレによる2ヵ月間の特別訓練のプロセス
 日本での特別訓練の場所は、外苑東通り沿いの閑静な住宅街にあるエンジいろの屋根を備えた洋館風の3階建ての豪邸である。住所は港区六本木七丁目33番8号。
 莉子と流泉寺里桜が講義と訓練を受ける場所は部外者秘であり、小笠原といえども知らされない事になっている。この豪邸に出向いて、初めて莉子は里沙とともにリシャール・ブレと会うことになる。説明会でのオディロン・ボワイエの説明によるリシャール・ブレのプロフィール以外は情報がなかった。週日はこの豪邸での宿泊という形での訓練が始まって行く。
 絵画を理解するには描き手のすべてを理解する必要があるとして、レオナルド・ダ・ヴィンチに関わる講義が始まる。莉子は徐々に、レオナルド・ダ・ヴィンチを深く知るようになっていく。一方で、ベル先生は、莉子と里沙に二人のチームとして真贋判定の直感力を養うトレーニングの実習を重ねていくことになる。1枚の真作と11枚の贋作をセットにされた12枚のある絵画の中から、一定ルールの手順で贋作をふるい落とし、真作を最後に残すというトレーニングなのだ。
 この特別訓練の状況が、具体的にかなり詳細に描き込まれていく。そのプロセスで、莉子と里桜は互いに真贋判別のスキルを上達させたと確信していくのだ。
 泊まり込みが42回目となった朝、最終テストを受けて、2人は合格だと知らされる。
 だが・・・・である。この特別訓練にはとんでもないからくりが仕掛けられていたのだった。からくりが二重三重に仕組まれているところが実に巧妙である。モナ・リザの瞳に隠された文字についての内容もその一つ。
 このトレーニングプロセスも結構楽しめるストーリー運びになっている。

3.鑑定に対する自信を喪失する莉子
 特別訓練を終えた里沙は、展覧会の開始までと、万能鑑定士Qの店を再会する。馴染みの客が訪れてくる。ところが、莉子はどれもこれもトンチンカンな的外れの鑑定をしてしまう。真贋判定の直感、感性を最大限に伸ばした筈なのに、いつもなら即座にできたレベルの鑑定が出来なくなってしまっているのだ。なぜなのか? そこにある落とし穴が潜んでいたのだ。それが今回の事件簿の要でもあった。
 自信を喪失した莉子は、臨時学芸員を辞退したいとブレ先生に告げ、里沙にもパートナーになれないお詫びを述べる。だがそこに、真の狙いが潜んでいたのだ。

4.小笠原の活躍と実験
 莉子が自信を喪失した原因究明を小笠原が実施していく。小笠原は、以前に莉子の活躍で今は刑務所に入っている詐欺師・雨森華蓮の意見を求めに出かけて行く。華蓮は小笠原にアドバイスをするのだ。小笠原は、波照間島に飛び、莉子の前で実験を試みる。小笠原の調べた事実を莉子に伝えるのだ。
 小笠原の果敢な調査が楽しめる。その結果、莉子が論理的思考力を取り戻すことになる。

5.隠された隠謀が白日に晒される最終ステージ
 莉子が特別訓練を受けていた豪邸に再度立ち戻ってみることから、真相が明らかとなり始める。
 「モナ・リザ」展開催のために搬入され、金庫室に保管されていたはずの「モナ・リザ」が金庫室から消えていた。
 消えたからくりが莉子により解明される。そして、「モナ・リザ」の真作を意外なところから発見されることになる。
 勿論、この隠された隠謀の解明がこの事件簿の読ませどころである。そこは読んでのお楽しみというところ。映画がどのように描いているか、見ていないので知らないが・・・・。 なかな巧妙に仕組まれたストーリー展開である。
 

 ご一読ありがとうございます。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

レオナルド・ダ・ヴィンチ :ウィキペディア
ダヴィンチの工房 トップ・ページ  作者:萬羽崇氏

モナ・リザ :ウィキペディア

Mona Lisa's eyes may reveal model's identity, expert claims
Tom Kington in Rome
The Guardian, Sunday 12 December 2010 19.49 GMT

モナ・リザの瞳に隠された文字、モデルの正体を告げる暗号か :「Gigazine」
  2010年12月13日

1974年4月21日の新聞記事 


鑑定眼テストとは?
 「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」映画の公式サイトにおもしろいテストが!
 このサイト、いつまで維持されるのか知りませんが、リストに加えておきます。
 


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『万能鑑定士Q』 角川書店 ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』  角川文庫
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』  角川文庫


『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』  松岡 圭祐   角川文庫

2014-08-15 11:42:18 | レビュー
 シーズを出版順に読んでみようかと思っていたのだが、入手した本の都合で順不同となった。一端乱れれば、あとはまあ手に取れた順に読み進めていくことにしよう。それぞれが独立した事件を扱うはずだから、どれから読んでもかまわないだろう。ということで、第11作を読む事に・・・・・・。

 この作品、地元の京都が取り上げられているので一層興味を抱いて読み進めることができた。その理由は、観光都市京都。寺社仏閣における観光ビジネス化した寺社拝観、記念・お土産としての信仰及び寺社関連グッズ販売などというある意味で事業といえる局面に焦点をあてているからである。寺社を取り巻く関連産業(その恩恵を受ける地元商店街を始めとした様々なサービスを含む)を含めて、「観光」の対象となっている寺社仏閣の現状に対する冷めた視点がこの作品の発想基盤になっている。この点に切り込んだ作品構成がおもしろい。

 かつては、寺社は熱心な信者の信仰心と浄財の喜捨/布施を基盤とするといえども、寺社建立及びその維持には、当時の天皇家、政権の担い手、地方豪族などが檀越、いわば庇護者となり寄進を継続する形でその運営のための財源のかなりの部分を供与し、負担ていたのだろう。また寺社が時の政治権力と結びつく形でもあった。それが得られないと、寺社は荒廃するだけ。多分純粋な一般庶民の信仰心だけでは、寺社仏閣という物理的存在物が維持できるわけがない。
 明治以降は、神仏分離、政教分離、信仰心の変容・・・・など、様々な変動を経て、寺社仏閣がその物理的存続をはかる財源を得る手段が変化せざるを得なくなったのは事実。寺社の美観を維持するにも金がかかる。寄進を受ける手立て、拝観収入その他がなければ、寺社仏閣の建物と境内の庭園などを維持ずるのは大変だろう。寺社仏閣の観光化は確かに仕方がない側面がある。だが、それがビジネス化することの是非を論じるのは、信仰との関わりからみれば、重要なことであるのも事実。

 ちょっと脇道にそれてしまった。この作品、年齢が二十代前半の水無瀬瞬が登場する。ほっそりと痩せ、すらりと長い脚で長身、長い髪、おとなしそうな顔つきだが鼻がつんと高く、目もとは涼し気で、高貴さと優しさ、少しばかり神経質そうな生真面目さが適度に入り混じるという姿態。だがどこか豹を連想させるほど、動作が軽やかで優雅という雰囲気の人物である。京都から東京に出て、代官山と神楽坂でイタリアンレストランを経営し成功させた。年商は両店あわせて10億、経常利益は3億。そんなビジネス成功者なのだ。
 その水無瀬瞬はお寺の息子だった。金閣寺の近くに土地を持っていた祖父が、僧侶でもなかったのに、半ば唐突に思い立ち寺を草創して音隠寺を作った。どの宗派にも属さない単立寺院である。瞬の父・直輝はその寺を継ぎ、ほそぼそと貧乏寺を維持してきた。借金に追われ、寺はうまくまわっているとはいえない状況なのだ。
 久しぶりに音隠寺に戻った瞬は、両親に宣言する。「父さん、僕、寺を継ぐよ」と。

 水無瀬瞬はあっさりと長い髪からスキン・ヘッドに切り替える。単立寺院だから寺のしきたりはあって無きが如し。寺も自営業。寺と主張するから寺。住職だといえば住職。という観点で寺をとらえる。つまり、自営のビジネス事業という見方だ。
 そして父にいう。建前の宗教論は不要。京都市内の有名な寺々は拝観料をとり、お札やお守りみたいなグッズを売り、おみくじというアトラクションで稼ぐ。人は寺にお釈迦様に会いに行く。それを楽しませればよい。人は目新しい歓び、風変わりなイベントを求めて寺社にも足を運んでいる。つまり、集客力のある人気スポットにできるか。その中で、寺社拝観で信仰心の一端を自ら感じて悦ぶ局面があれば人々は満足ではないのか。瞬の考えは、ビジネス視点で、音隠寺を集客力のある人気スポットにすれば、訪れる人々が満足する。満足させられればそれでよい。そのことで音隠寺が隆盛するのだから・・・。
 瞬は5年で、音隠寺を集客力のある人気スポットに仕上げ、着々と音隠寺の境内拡張整備、伽藍の建立整備を進めていく。
 それができたのは、水無瀬瞬が数ヶ月前に記している祈願文の内容が悉く的中し、成就するという祈願予言を実現させていることが話題となり、人々が己の祈願実現を求めて、音隠寺に殺到したことから始まる。
 世間には、知る人ぞ知る伝統的な寺という噂が流布している。一方、その祈願文は僧侶・水無瀬瞬の自作自演ではないかという疑いも渦巻いている。
 音隠寺の突然の隆盛に京都市内の多くの寺社は影響を受ける。中には音隠寺と協力提携するシンパの寺社も出てくる。相対的には、反音隠寺の立場が大勢であり、集団になって水無瀬瞬にやり過ぎな側面を匂わせて抗議に出向いてくる場面もある。単立寺院の立場なので、水無瀬瞬は丁重に対応するが相手にしない。
 とまあ、こんな背景の中で、『週刊角川』の取材記者・小笠原悠斗と、鑑定を依頼されて同行した万能鑑定士・凜田莉子が、ひょんなことから噂に上っているこの音隠寺を訪れるのだ。そこから水無瀬瞬が人気スポットにするために仕組んだ祈願文の謎解きが始まる。

 この事件簿は、メインは水無瀬瞬の半ば公開状態で行っている祈願文の行為が、僧侶による自作自演のまやかしであるのかどうかの解明、謎解きである。それを凜田莉子がおこなう立場に投げ込まれるというもの。
 ところが、ストーリー展開はそう単純には進まない、いくつかの脇道エピソード、事案の解決を伴いながら、それがメインの事案にも、何らかの縁でリンクする局面があるという構成になっているから、おもしろい。
 このストーリーもいくつかの脇道事案が重なっていく。
 小笠原と凜田がそもそも関西に出かけたのは、滋賀県に所在の出雲製氷の工場にヘチマ水100%の化粧水製造過程に於ける契約違反の横流し容疑の問題解決の場に立ち合うためだった。この事案、事前の情報収集段階で莉子がほぼ問題の核心を見破ってしまうというもの。お陰で、時間のゆとりができて、東京に戻るまでに、少し京都観光をという小笠原の発案が裏目にでたのだ。乗ったバスが彼ら2人を音隠寺に導くことになる。
 音隠寺には、ちょうど定期的に行っている祈願書の開封パフォーマンスがある日であり、その開封パフォーマンスの少し前だったのだ。『週刊角川』からは取材記者宮牧が現場に来ている。小笠原と莉子は、雑踏から逃れるためにも、宮牧に合流する。だが、祈願書開封の場面を莉子が見聞したことから、そこに不審な裏の仕掛けがありそうなヒントをつかみとってしまうのだ。つまり、莉子の着眼が証拠で裏付けされるか否か、もし裏づけされるなら、宮牧にとっては大スクープとなる。莉子はこの事案解明に巻き込まれていくという次第。

 そのプロセスで、メインの事案にも様々な切り口から関わりを深めていくことになるが、そのものの問題解決としては独立した脇道課題がエピソードとして出てくる。そのエピソードは、結果的に小笠原と莉子の関係を深めるものでもあり、水無瀬瞬にも重要な意味をもつことであるのだが。
 その事案とは、櫂摩耶の両親の住む実家でもある、洋館風のひどく古びた木造二階建てアパートを、金をかけずにリノベーションして、短期間で満室にするという課題なのだ。諸般の行きがかり上、莉子が小笠原の協力を得て、この課題解決に取り組んでいく。それは、水無瀬瞬が櫂摩耶に無理な相談事ですよと拒絶したことにもよる事案だったのだ。
 そこには、別の背景が潜んでいたのだけれど。それは読んでのお楽しみ。
 この課題はうまく解決するのだが、そのプロセスで莉子は水無瀬瞬についてのあるヒントを得るきっかけにもなるという次第。

 さて、もう一つ重要なことを記しておこう。
 この水無瀬瞬は、高卒まではドン底の成績で、勉強もできず、友達もいない内気な子供で世に出てからも集団生活からつまはじきにされがちな男だったのだ。それが、ディスカウントショップ”チープグッズ”店長、あの瀬戸内陸との出合いで、無駄のない論理的思考を獲得し、内に秘められていた商才を開化させたのだ。ちょうど、凜田莉子が瀬戸内陸と出会った時には、水無瀬瞬はチープグッズから巣立っていたのである。
 つまり、瞬は莉子にとって先輩にもあたる。瀬戸内陸から学んだ論理的思考は二人に共通する。その二人が、この京都で対峙することになる。ある意味で、手の内を知った者同士の頭脳比べの感を呈していく。だから、一層おもしろくなるともいえる。

 この作品では一つの進展がある。櫂摩耶のアパート課題の問題解決プロセスで、莉子と小笠原の関係において、互いの気持ちの持ち方が、櫂摩耶が触媒となって一歩前進するという点である。それは、小笠原の意外な行動でも現れてくるという展開になる。その行動の結果が、音隠寺の祈願書からくり解明に重要なくさびを打つことにもつながるというおもしろい進展になる。

 さらに、水無瀬瞬が音隠寺の箔づけに、安倍晴明が使ったという「晴明六壬式盤」探しが後半の事案に加わり、ストーリーがピークに登り詰めていくという趣向である。この話の展開も謎解き絡みでおもしろい。本書冒頭の目次の裏に記された「亥趙塚神社屏風」の文言が、この後半の謎解きの起点になるという趣向である。最初にこの屏風文を読んだとき、何これ? どんな関係があるの? 山科にこんな神社ってなかったとおもうが・・・。
勿論、この神社名は本書でのフィクションだが。こんな神社と古墳がほんとにあったら、おもしろいのに・・・・残念というところ。後半、謎解きの展開に引き込まれる。
 さて、最後の結末をどう迎えるか・・・・それは、読んでのお楽しみである。
 
 このストーリーも少し潤色したら、映画化してもおもしろい作品になりそうである。
 特に寺社仏閣の代表者たちが水無瀬瞬に直談判に行き対峙する場面など、ちょっと脚色するとアイロニカルな滑稽味が生み出され、けっこう面白い場面になりそう。また、小笠原が鴨川に飛び込んで・・・・というシーンもおもしろいと思う。ただし、四条近くの鴨川って浅くて深みのところってあったかな・・・という気もするが。少し下流に行けば、まあ深いところもあるのかも。水無瀬瞬が古箱から祈願書を取り出し開封するシーンも、作りようによっては、荘厳で緊迫した祈願的中シーンが絵にできそうな気がする。ぼろアパートのリノベーション事案も映像化で一つの山場づくりができそう・・・・
 こんなことを空想したくなる作品でもある。


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本書に関連する語句をいくつかネット検索した。一覧にしておきたい。

単立  :ウィキペディア
単立寺院について  :「お寺ネット 仏事の相談室」

六壬神課  :ウィキペディア
式占    :ウィキペディア
占事略决  :ウィキペディア
安倍晴明  :ウィキペディア
安倍 晴明について  :「陰陽師本舗」
晴明神社 ホームページ


京都観光総合調査  :「京都市」
京都市外国人観光客動向・意識調査報告書  平成20年2月

京都の観光業は努力が足りない?  :「東洋経済 ONLINE」
  日本と英国の観光業界比較
   ミセス・パンプキン :グローバルマザー  2014年06月02日


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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』 松岡圭祐  角川文庫

2014-08-11 00:45:15 | レビュー
 万能鑑定士Qを経営する凜田莉子が鑑定を頼まれる用件が事件につながっているという設定がまずユニークである。今回はどんな類いの事件だろうか・・・と楽しみとなる。そして、登場人物がどのように変化するのかも、一つの楽しみになる。
 もう一つ興味深い点は、実際に存在する人、場所、物など現代社会で、同時代性としてかなりの人が知っているものがストーリーの中に登場し、そこにフィクションが織り交ぜられて、展開していくことである。

 さてこの事件簿Ⅲのテーマは「音」である。「音」についての盲点あるいは気にしていなかった視点が、鮮やかに組み合わされている。
 今回登場するのは、西園寺響という音楽プロデューサーである。バブル期まではダンスミュージック系を得意とする大手レコード会社、カンツォネッタ・グループ・ホールディングスと専属契約して、ミリオンセラーを連発していた。だが、2000年代に浪費癖がもとでカンツォネッタの柿内社長と対立し、独立。レコード会社を立ちあげたが不振となり、音楽の潮流変化のせいか、人気が急落しCDも売れなくなる。60億もの借金を背負う状況にあるといわれている人物である。その人物が事件の核心にいる人物なのか。西園寺響が詐欺師なのかどうか、それを裏づける証拠を押さえ、立証できるのか・・・そのプロセスが読ませどころである。

 今回の事件簿、音に関わるいくつかの事案を解決しながら、いずれの事案の背後にも西園寺響が関わっているのではないか、という展開になっている。『週刊角川』の取材記者・小笠原悠斗に頼まれて、引っ張り出された凜田莉子が、持ち前の該博な知識と論理的な推論で事案の不可思議な点を解明していく。それが西園寺響と結びつく形になり、音のプロである西園寺響と万能鑑定士との対峙となる。

 最初の事案は店舗の売り上げが急激に落ち込むという状況に陥った店舗の経営者星合結衣が小笠原の書いたストアシック症候群に関する記事を目にし、小笠原に面談することから始まる。
 結衣はモデル出身。飯田橋ヒルズという商業施設に、オリジナルブランドのショップ”ラプラドール”を経営する。経費節約のために、JASRAC(日本音楽著作権協会)に音楽使用料を払わなくてすむインターネットのサイトに会員登録して利用しているのである。そこは無料で店内BGM用の著作権フリーの音楽をブロードバンド配信している。パソコンをアンプに接続することで店内のBGMとして利用し重宝していた。
 ところが、最近急激にこの店舗での売り上げが激減しているのだ。店を訪れる客足はそれほど変化がない。しかし、客は長く店内に滞留せず、購入することなくそそくさと店を出て行く風なのだ。周辺の店舗には、ラプラドールのように急激な売り上げの落ち込み現象は見られない。そんな中で、高みから店舗経営を見守る者という男から電話がかかってくる。経営の落ち込みの現状を言い当て、今後の予測をし、赤字に直面するという。そして、経営の回復のコンサルを売り上げの35%の報酬で請け負うという。法外な申し出に、承伏できない結衣は、小笠原の記事を読み、小笠原の意見を聞くことから、売り上げの急減対策に取り組もうとする。
 小笠原は結衣に凜田莉子を紹介することになる。小笠原が結衣を莉子の店に連れて行く。莉子は店の前で、先客の持ち込んだルイ・ヴィトンのハンドバッグの鑑定をしていたのだ。即座に結果を出し、客に説明している。すべて贋作だと。莉子の理由説明が面白い。このあたり、贋作の見分け方のポイントが網羅されているようで、興味深い。結衣はこれを見ていて、感心する。結衣は自分の持っていたエルメスのハンドバッグの鑑定を莉子にさせてみる。結衣はそれを瞬時に見て、結衣の素性、店舗のことまで言い当てる。この理由説明も、実に合理的。読んでいてなるほどと・・・。

 小笠原と莉子はラプラドールの店舗を訪ねる。平日の昼間、集客力があるのに売り上げが伸びない状況を、店舗で眺めた莉子は、レジの液晶モニターをチェックしてみる。そして、火災報知器の点灯している赤いランプを目にして、アクリルのカバーに覆われたボタンを押すという行動に出た。当然ながら、火災警報がけたたましくなる。凛子が警報を止めるために、消火用ホースのわきにあるレバーを押し下げると、静寂が辺りをつつんだ。この挙にでたことで、凛子は売り上げ急減の原因を掴んだのだ。店内BGMの配信先サイトが原因だったのだ。それはなぜか? ここは本書を読まれるとよい。この原因についての知識などなかったので、興味深いところである。
 店内BGMが原因と聞いた結衣は接続を即座に止める。だが、それは証拠が消滅することに繋がっている。凛子はサイトの源を辿ろうとするが不可。
 牛込警察署の知能犯捜査係の葉山警部補のところに莉子は小笠原と赴いて、ラプラドールの防犯カメラの記録映像の検証を進言する。同時に全国の同種の相談についての捜査もすることを。そこから同一人物が浮かび上がってくる。だが、それだけでは証拠にはならない。それに加え、警察側にはうかつにその人物に手を出せない事情があった。さて、どうなるか・・・がこの事件簿の面白い展開である。

 この事件簿Ⅲは最初に少し触れたが、個別の事案が莉子の推論でスピーディに原因究明に向かうという展開を経る。だがその奥に居て核になっている人物にストレートには迫れないというもどかしさが重なる。この二面性の中で、徐々に西園寺響という人物像がクリアになっていくという展開である。

 どんな事案が累積されていくかだけ、列挙しておこう。

第1事案 ラプラドールの売り上げ急減の原因究明 →サイトの源究明不可
脇道   牛込警察署で葉山警部補が取り組んでいる事件
      被害者の失踪日を特定し、理由を説明する。
第2事案 飛鳥陽菜が英語のヒアリング問題での追試を受ける。
      落ちこぼれ生徒の陽菜が百点満点を取った理由を解明する。
      教師の蔵谷はインターネットから無料のヒアリング問題を入手していた。
      莉子は蔵谷が作成した追試用CD-Rを借用し、氷室の助けで原因究明する。
第3事案 西園寺響への小笠原の取材に同行する →学校の開校について知るため
      イベント会場の後、西園寺によるオーディション現場に臨場する。
      西園寺に近づくきっかけを作りだすことに莉子は成功する。
      そして、西園寺ミュージックスクール開校の意図を掴む。
脇道   西園寺邸から出た莉子は帰路の途中、白いロングリムジンに乗る羽目に。
      リムジンで連れて行かれた場所を、対面者に言い当てる
      西園寺が今、やろうとしているプランを知らされる。
第4事案 西園寺の妻・如月彩乃の依頼で、彩乃に同行しインドネシアに飛ぶ
      ロシアに個人旅行すると出かけた西園寺響の行き先究明
      西園寺響の実情を暴くには、現地取材しかない。海外に何かの裏活動が?
      西園寺は、ノロウイルス蔓延対策のボランティア活動をしていた。
      その発見には、隠された秘密があることに莉子は気づく。
第5事案 西園寺のファングループによるCDの大量集中レンタル行動の解明
      第5の事案には第4の事案が関連していた。
      各地でのCDレンタル率急上昇と各地のストックハウス借用の相関性
      莉子は葉山警部補に連絡して、現場を押さえる手段に出る。
最終事案 西園寺が莉子を料亭に誘う。西園寺と莉子の対峙
      西園寺はスコポラミン、別名ヒヨスチンという急性毒性物質を所持
      この二人の料亭でのやりとりの進展プロセスが興味深い。

そして、最後の場面。西園寺響が自己決断する。それも劇的な演出を行って。

 ある意味、小刻みに事案が起こっては速やかな原因究明で解決への道を歩みながら、全体の事件は一連のつながりがあるという設定なので、テンポが速くて、一気に読み進めることができる作品に仕上がっている。

 雑誌『モア』、ルイヴィトン、アバクロンビー&フィッチ、ブリトニー・スピアーズ、デイヴィッド・ベッカム、木村拓哉、YKK、エルメス、Tカード、新型インフルエンザウィルス、宇多田ヒカル、スティーヴィー・ニックス、フリートウッド・マック、ジョン・ケージ、『4分33秒』、ピニンファリーナ、ノロウィルスなど、実在する人、物などが実にうまく散りばめられ、ストーリーの展開にリアル感を与えていて、これまた面白い。この作品を読んで、初めて知りなるほどと思った項目もけっこうある。同時代性についても、学ぶ点があっておもしろい。
 
 原因分析の経緯に、ふんふんと納得しながら、楽しく読める作品である。


 ご一読ありがとうございます。


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この作品に出てくる語句であまり知らなくて興味を抱いた語句をネット検索してみた。
その一部を一覧にしておいたい。
音楽著作権とは  :「JASRAC」
  「JASRACについて」というページも別にある。

MORE ファッション誌MOREの公式サイト
LOUIS VUITTON 公式サイト
HERMES 公式サイト
Abercrombie & Fitch 公式サイト
アバクロンビー&フィッチ  :ウィキペディア
ブリトニー・スピアーズ :「Sonny Music」
Stevie Nicks discography  From Wikipedia, the free encyclopedia
Stevie Nicks LIVE 1983  :Youtube
"Dreams" Fleetwood Mac & Stevie Nicks (Live HD)   :YouTube
Fleetwood Mac  PROFILE  :「WARNER MUSIC」
4分33秒  :ウィキペディア
John Cage's Links ~《ジョン・ケージの輪》
ピニンファリーナ  :ウィキペディア
pininfarina  ホームページ



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『1冊でつかむ 天皇と古代信仰』 武光 誠  平凡社新書

2014-08-08 08:32:24 | レビュー
 著者は「天皇家が続いたおかげで、日本神話も皇室の祭祀も現在までうけつがれたのである」(p12)という。日本の古代には異なる文化をもつ集団が複数あったが、それらの信仰が切り捨てられ、天皇家の信仰に切り替わったのではない。天皇家となる王家の確立過程において、異なる文化の集団がそれぞれに信仰していた神々が取りこまれて、統合・融合・変容する形で集大成されていく。そして日本の古代信仰の全体が形成されて行った。それが現代まで継承されてきたのは天皇家が存続してきたからだというのが著者の論法だと理解した。著者はそれが『古事記』『日本書紀』という歴史書に記されている日本神話に表されているという。八百万の神々があるのは、その体系化を天皇家、つまり大和朝廷が意図的に行った結果であると。日本神話は大和的な天神の世界と出雲的な国神との二極対立という考え方を基盤に、国譲り神話というプロセスを組み込むことでその集大成が図られた。そこには古代信仰のあり方や位置づけが読み取れることになる。
 本書では、縄文時代から平安時代の諸資料を援用しつつ、古代信仰の骨格部分がどのように天皇家の下で古代信仰の有り様として集約統合されていくか、その大きな流れの把握が読ませどころである。対比及・図式化の手法を取り入れてあり、比較的平易な説明なので、わかりやすく、かつ読みやすい。図式は概念のイメージを描くのに役に立つ。

 著者はこう要約している。「皇室の祖先にあたる大王家が指導する集団が持つ神話が、まずあった。そして、それに他の共同体の神話がとりこまれ、さらに大王家の神話群が渡来系の知識人の手で体系づけられていったのである」(p179)と。天皇家(大王家)の首長霊信仰の下に、それまで存在していた他の大王家の首長霊信仰の神々を関連づけ、配する形で取り込み体系化した。一方、その基盤に精霊信仰という形で存在した様々な神々を否定せず包摂していったのだする。八百万の神々が日本に変わらず存在し、人々が重層的に好み(?)の神々を選択して、信仰の対象にしている実態がうまく説明されている。
 根底に有るプリミティヴな精霊信仰や祖霊信仰が歴史的に否定されなかった。それぞれに位置づけられたからこそ、各地の文化・風土のなかで、かつての首長霊信仰がそのまま多少の変容や融合があったとしても、継承されていくことができ、連続性が維持された。逆に時代の流れに合わせて、主祭神の置き換え、あるいは読み替え、合祀・配祀が自由にできる緩やかさが幸いし、それぞれの信仰対象とする神々を維持・拡張できたのかもしれない。それが現在まで継続している。本書を読み、そんな受け止め方をしている。ちょっと大きな神社に立ち寄れば、どことも数々の神々を境内に祀っているのが頷ける。徹底的な排除の論理がなければ、その地に住む人々が信仰対象とした地域の精霊、産土神、首長霊などが一つの土地に重層的に存在することになるのだから。そこにさらに人々が特定の思いを特定の神への信仰として、合祀対象にすれば・・・・、それが現状なのだろう。
 
 本書の章立てを見ると、古代信仰の変遷について大きな流れが読み取れると思う。
 第1章 日本人の基層としての縄文的信仰
 第2章 出雲神政国家の遺産
 第3章 王家の支配を正当化する国譲り神話
 第4章 王家が伝えた農耕祭祀
 第5章 古代の祭祀と三種の神器
 第6章 異世界の物語と古代人の信仰
 第7章 王家の神話の成立

 縄文人の信仰は精霊信仰の世界だった。あらゆるところに崇拝対象が存在した。つまり、八百万の神々の心的ベースはここにある。著者は精霊崇拝を自分なりに定義する。「文明が芽生えた時代に世界の広い範囲で、精霊崇拝がみられた。この精霊崇拝は『宗教の原初形態』と呼ぶべきものであり、あらゆる宗教はこの精霊崇拝をもとに発展したものである。」(p18)と。
 発掘調査の出土物から、縄文人が精霊崇拝にもとづいてさまざまな神をまつっていた事実が見えるという。勾玉や管玉など、我々からみれば単なるアクセサリーと見えるものも、あの時代には貴石の呪力を得て己の身を守る呪器だったそうだ。彫られた文様は呪符とみることができるとか。
 縄文人は狩猟生活を基盤にした。集団は広場を中心に円形になって、獲物は共有財であり、平等にシェアして生活を営む。そこには「和の思想」「円の発想」が培われた集団が形成される。集団の一人一人を重んじる人間中心の社会が形成され、恵みをもたらす地に存在する精霊を崇拝する。その崇拝の対象は、縄文人の集団の立地場所によりさまざまだったのだろう。

 それが弥生文化が北九州に起こり東漸していくにつれ、変化が加わる。水稲耕作に拠る社会である弥生時代は、水稲を作る土地に定着しその土地で営々と生活を継続していくことが生活基盤となる。稲作の始まりは、財の蓄積を可能にし、貧富の差や身分制度を発生して行く。水田の間に溝を作り、田を区分して稲を育てるように「区分の発想」が優位となってくる。自他の所有の区分が基礎になっていく。過去からの継承を重視することが必然化していくことは当然だろう。それは祖霊信仰という考え方になる。つまり、現在の己の存在、蓄積した己の財産の存在を正当化してくれるのは、過去の継承であり祖霊の存在が認められることなのだろう。祖霊信仰が弥生人集団を束ねる首長の祖霊を優位にしていくことは必然の動きだと理解できる。

 弥生文化の東進につれ、縄文人は弥生人と争いつつも次第に東北日本が生活拠点となっていく。その結果、東日本に縄文文化の遺跡が色濃く残り縄文王国の存在を示している。弥生人にまつろわぬ縄文人は『日本書紀』『古事記』の中で、土蜘蛛、国栖などと表記されている。その東進過程で弥生人が縄文人の信仰の一部を自分たちの宗教に取り込んで行った。第1章は上記に併せて、この経緯が簡潔に説かれている。そこには信仰対象の排除ではなく包摂の発想があったことがわかる。この一歩が八百万の神々の継承の始まりとなるのだろう。「縄文時代の遺跡分布と人口分布」(p27)の時系列変遷図が興味深い。

 第2章で、著者は邪馬台国北九州説を前提にしながら、弥生文化の中での出雲政権の存在と位置づけを具体的に論じている。紀元前後に中国の江南からの移住者が北九州沿岸に小国を形成し、紀元1世紀初めには江南の文化が出雲に達したという。2世紀半ばに、一国規模のまとまりができ出雲政権の基ができる。出雲氏及びその同族とされる神門氏とがこの小国を指導者となったという。出雲地方の首長たちが後に大国主命と呼ばれる神を祀るという祭祀を通じて一つにまとまっていく。首長連合体の形でのまとまりが、「新政国家」出雲政権の形成・確立という経緯を辿ると説く。著者は『出雲風土記』に記されている4ヵ所の神南備山と遺跡の発見事例から論じている。そして、当時は土地の守り神をあらわす「国魂」の名前で呼ばれていたのだろうと著者は考えている。大国主命とは、大和朝廷が神々を意図的に体系化しまとめて行った日本神話の記録に現れる名称である。
 著者は出雲の遺跡から発見された大量の銅剣、銅矛あるいは銅鐸の埋設の意味を考察している。出雲王国の成立は、邪馬台国より古いとする。
 出雲新政国家の流れをひく人々を著者は「出雲族」と呼ぶ。出雲族とは大国主命を核とする農耕神をまつる集団であるとする。全国に広がる素朴な土地の神を守る信仰をもつ農耕民はすべて出雲族だと著者は捉えている。それに対して、天照大神という太陽神を最高神と考える人々「天孫族」が対置される。大和朝廷が6世紀頃、継体天皇の時代頃から、天照大神を重視するようになる。つまり、出雲新政国家と大和朝廷の対立に至るという。
 第3章は、まさにこの対立が、日本神話では「国譲り」の物語構想となる。この対立を大和朝廷(王家)を正当化する基としていく経緯を論じている。つまり、6世紀に大和朝廷の支配力が強化されていく中で、意識の転換が必然化されたとする。「各地の首長が大国主命をまつって独自の政治を行う形」から「大王が全国を統治する形」への意識転換が必要だったのだ。「国譲りのいきさつ」(p79)を図式化して、説明されているのでわかりやすい。
 「古代の王家・皇室が最も重んじたものが、農耕儀礼であった。国譲りは、日本における農耕の指導者が、大国主命という神から王家へと交代したことを主張するものであると評価できる」(p104)と著者は記す。
 神話の話が現実の対立抗争と政権交代を象徴したものであり、なぜそれを記す必要があったのか、当時の社会のあり方及び全国統一の要にあった信仰との関係をスッキリと理解できて、おもしろい。

 第4章は、現在の皇室がおこなっている「宮中祭祀」の内容について説明する。天皇が自ら行う「大祭」と掌典長が行い天皇が参列する「小祭」の区分があるという。今日の宮中祭祀は8世紀はじめの『大宝律令』で整備された朝廷の祭祀の大筋をうけつぐ形でいまも継承されているそうである。明治になって新嘗祭に付属する刈穂祭が岩倉具視の発案で整備されたというものも、現在継承されているという。この章を読むと、天皇家のまつりの基本型は、全国の神社にみられるものだということがわかる。
 「天皇の最もたいせつな仕事が神事とされ、それは農耕のためのたつりであると考えられた点は、古代以来かわらない」(p108-109)
 これらの儀礼やまつりの起源をたどれば、弥生人の祖霊信仰に行きつくという。そしてその上に、祭祀の場における首長の地位の高まりにつれ、首長の祖霊を信仰する形へと強まり、首長自体を神格化する発想が生み出されていく。首長霊信仰が重ねられていくという。首長霊信仰が神道思想の核となり、現在に至っていると著者は説く。つまり、天皇家が続いたおかげで、古代の信仰のあり方が現在まで伝わっているというのは、この宮中祭祀の実態が裏付けとなるのだろう。

 第5章は、王家の首長霊信仰の祭器とされた鏡・剣・勾玉といういわゆる「三種の神器」の起源や役割が論じられている。ここでも、三種の神器の出現と継承について図式化して説明されている。その経緯、特に裏話的な変遷経緯がわかっておもしろい。

 第6章では、第1節で、古代人の世界観を踏まえて、皇祖神と山の神、海の神との関係が説明されている。いわゆる「海彦・山彦」の物語、神の名としては海幸彦・山幸彦と皇祖神の関係が論じられている。そして、著者はこの物語の「最初の形は、兄が海神の宮に行って帰ってきた弟の勇気に感服して争いなしに弟に従うものではなかったろうか」(p157)と推測している。それは、「海人(あま)」と呼ばれた航海民を大王(天皇)が支配下に置いていった起こりを説くものだとする。これも興味深い象徴化である。
 第2節は道教的な異界を取り上げている。ここでは、羽衣伝説、浦島太郎、かぐや姫の物語が俎上に乗せられていて、興味深い。

 第7章は、日本神話の重層性と精霊信仰から神道への展開が簡潔に要約されている。


 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項、語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
銅剣  :ウィキペディア
絵画銅剣の意義 :「高知県文化財埋蔵文化財センター」
銅鐸  :ウィキペディア
銅矛  :ウィキペディア
銅鐸・銅剣・銅矛 :「NHK」
銅鏡  :ウィキペディア
銅鏡の歴史と変遷  :「神鏡と宇宙」

荒神谷博物館 ホームページ
銅鐸博物館 → 野洲市歴史民俗博物館 :「野洲市」


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『月は怒らない』  垣根涼介  集英社

2014-08-05 11:33:58 | レビュー
 一種不可思議な作品である。女1人に男が3人。女は、ふとしたきっかけでかなり強引に何の関係性もない男に近づかれる。そして、2人とは男女の関係になり、1人とはただ話し合う時間を持つ関係となる。それが同時並行に進行するという男女関係の有り様とその展開となる。そして、女は結果的に、その内の1人を選択する。
 この作品は、ごく少人数の登場人物で描き出されたクローズドな世界といえる。ある種の人生観を基盤にして、一人生きて行こうとした女の物語とその分析といった趣である。その女の生き方の基盤に不可思議さを感じるのだ。金のためでも、セックスの欲望のためでもなく、偶然にできた関係性をなぜか淡淡と維持していくというあり方が続く。そして、女がコントロールしていた現状が破綻していく。だがそれも想定内だった・・・。はじめから、結果に責任を持つという厳然とした意識が女にはあった。

 登場人物をご紹介しよう。
三谷恭子: 市役所の戸籍係に勤める。自転車で通勤できる距離のアパート住まい。
  彼女はだれにも己の過去をあれこれ詮索しないということを、最初に一緒に時を過ごす男に条件として言う。関係は持つても良いが、「誰とも付き合うつもりはない」というスタンスを貫くのだ。服装はいつも地味なものでこだわらない。服装や化粧品の金をかける意識がまったくない。外出して、遊びに行く、食べに行くということにも関心がない。アパートの部屋で手料理を作っているのが良いという。男と関係を持つ日も、食事を手料理で準備する。男たちに金を要求する意志はない。男が逆に気にしている。
  弘樹とは偶然がきっかけで、その後会うことになった。「ですけど、男なんてこんなもんですよ」と言う弘樹に、「特に、二十歳前後のやりたい盛りはね」と言う言葉を平然と口にできる女でもある。

梶原 彰: 自称、金融コンサルタント。ヤクザではないが法律ぎりぎりの線で請け負った仕事を生業とする一人稼業の男。闇金融業者世界の周辺を回る衛星の一つのようなもの。多重債務者の借金返済の仲介をする。借金返済の見返りとして、その債務者を山奥の飯場に送り込んだり、遠洋漁業船の人手に送り込んだりなどしている。戸籍の売買もその一連の仕事。斡旋といいながら身売りをさせているようなやり方を平気で行う男。
群馬県高崎市の生まれ。3歳の時に母が父と別れる。母子家庭に育つ。母はホステス稼業の道へ。売春婦の子と周囲から見られて育つ。15歳の時に家出する。
  戸籍の売買の仕事の一環で、ある市役所の戸籍係を訪ねる。その受付で対応したのが恭子だった。彼女が戸籍謄本を持って戻って来たとき、正面から視線が合う。
「こめかみにまで届くかと錯覚しそうな、恐ろしく切れ長の瞳だった。瞳孔の中心がごく微かに動き、梶原を見上げてきた。心臓が喉元までせり出しそうになった。春霞に煙る灰色の波間。そんな眼差しだった」(p25)梶原は、恭子の市役所からの退出を待ち受け、強引に接触の機会を生み出して行こうとする。曲折を経るが、恭子は梶原と関係を持つことを受け入れていく。梶原との関係を始める時には、小倉との関係が既にできていた。

小倉弘樹: 聖城大学経済学部2年の学生証を持つ。武蔵野市在住。本籍地は愛知県。
  中学1年のとき、クラスメイトと喧嘩をして、相手に大けがをさせたことが原因で、父親の実家のある高知県、土佐の小京都と呼ばれる小さな町に移転し、祖父の許で生育する。祖父から合気道の手ほどきを受ける。「合気道の精神」を唱和させられる。
  大学入学以来、仲間とともに、女をゲットすること、ナンパにうつつを抜かしていた。それが入学以来の3年間め、1月までの話。それが今は、三谷恭子と会い、共に居る時間を過ごし、話し、セックスをすることだけで満ち足りている。恭子を最高と思っている。弘樹は恭子に付き合えば付き合うほど惹かれていく。恭子は「君はまだ学生」「弟のようなもの」と、立場を明確にし、弘樹には何も期待していない姿勢を崩さない。
 弘樹が恭子を知り合ったのは、全く偶然の機会、恭子が仲間と忘年会の流れで飲んでいた場所に、弘樹が居たということだけである。恭子の仲間がそこで、別の客から難癖をつけられた折り、弘樹が介入したのである。

和田: 市役所の通りを挟んで斜め前にある交番に駐在する警察官。
  家庭を持つが、妻との間はうまく行っていない。
  交番の近くで、接触事故があった。自動車が自転車をはね飛ばしたのだ。その時の自転車の乗り手が三谷恭子。たいした怪我ではなかった。和田は夜遅い時間帯の巡回パトロールの際に、公園に来ていた恭子を偶然見付け、話しかけた。それがきっかけで、恭子のアパートを訪ねるという関係ができる。ただし、恭子の部屋で会いしばらくの時間話すことだけの関係。男と女の関係は持たないというのが、会話の時間を持つ条件である。警察官の和田は、素直にそれを受け入れる。だが、彼にとっては、そのわずかの話ができる時間を持てることが、幸せと感じる心境でもあるという。勿論、内心にはその先に関係が進むことを期待している側面はある。

 こんな3人の関係が続く。三谷恭子が3人の男に対するコントロール権を持つ中で、それぞれとの関わりが少しずつ変化していく。男の思いの変化が勿論生じていく。恭子自身の思いも変化していく。しかし、それはセックスの問題、その次元とは別次元での心の動きだった。この作品は、なぜこの男3人を恭子が受け入れる気になったのか。恭子の思いと男たちの思い。その心底に在る彼らそれぞれの人生観、人生哲学と湧出する思いの交錯を描き出すことがテーマのような気がする。そこには、エロティシズムは微塵もない。

 ここで、もう一人の男が登場する。
一人の老人: 井の頭公園の池の畔で毎週、同じ時間に亀に餌をやっている人。
 短期記憶障害のある人物。5年ほど前に自覚症状が出たらしい。ある期間より前の記憶が思い出せなくなるのだ。それが徐々に進行しているという。
 その老人に、恭子は雨が降らない限り、毎週、その場で会い、毎週ほぼ同じように同じ話をする関係ができていく。
 短期記憶障害の老人は、最初から詳細な日記を付けていた。そして、恭子との会話の機会がかなりの期間続いてきた段階で、恭子と過去の語らいの経緯をふり返り、恭子の心に在る思いや考えを分析していくのだ。
 老人は己の症状に気づいたとき、愕然として、迷った果てに、止観の法の修得をめざしたという。

 なんとも奇妙な世界である。こんな女性は存在するだろうか。その世界が逆に読みどころとなって行く。

 最後に、この一種人生哲学的精神を濃厚にしみ出させる作品の底流にあるものとして表現された文をいくつか引用しておこう。
*愛と憎しみは、常に表裏一体だ。そして、もう一つ。生まれ育つ環境は千差万別だ。だから、今という時間にどう落とし前を付けていくか。過去への照射はそれで変わっていく。記憶の中の原風景は変質していく。 p20

*人間の一番やっかいで、かつ始末に終えない部分は、ヒトは自分がこの世に生まれて来たことに、少なくとも生物学的には何の意味もないということを、あるいは、そういう意味において人生というのは基本的に虚しいものだということを、うっすらと自覚している点だ。  p270
*あるのは、いつだって今だけの事実に過ぎない。永久な事実ではない。  p283
*不幸なら不幸なりに、今後の和田が判断することだ。修復するであれ、バラけるであれ、そこにしか始まりはない。・・・・勇気ではない。勇気は持続しない。結局のところ、明日に向かう手段は、気組みしかない。   p288
*人間の体は、その精神の在りようによっては、時にして現実の理を越えることもある。  p296


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本書に関連する情報を少し検索してみた。一覧にしておきたい。

闇金融 :ウィキペディア

多重債務の解決方法 :「名古屋市消費生活センター」


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『村上海賊の娘』 和田竜  新潮社

2014-08-02 14:15:49 | レビュー
 戦国戦物語痛快エンターテインメントである。劇画タッチの戦闘描写、キャラクターが鮮明な登場人物のメリハリが実に面白い。戦闘シーンにCG手法をふんだんに取り入れた映画にするとダイナミックでヴァーチャル感覚のあるおもしろいものになるのではないだろうか。史実の要は押さえたストーリー展開になっているので、浮ついただけの映画作品になることはないだろう。

 この小説の読後印象として、3つの観点-(1)天正4年(1576)、石山本願寺(/大坂本願寺)の戦いとは何だったのか。(2)家の存続とは何か。(3)中世の海賊とは何か。-である。
 
 第1の観点では、天正4年(1576)という時代が切り出されている。歴史書では石山本願寺、この小説では大坂本願寺と記される摂津石山(大坂)の本願寺に対する織田信長の攻囲戦がテーマとなっている。「石山合戦」最後のステージのはじまりとも言える。
 石山合戦は1570~1580にかけての10年にわたる信長と一向宗門徒との戦だった。一向宗の門主・顕如を頂点とする大坂本願寺という布教拠点を、天下統一後の政治経済の観点から中心拠点としたいが為に、摂津石山の地の明け渡しを要求する執拗な信長との10年に及ぶ戦い。信長による包囲網の徹底構築による最後のステージに入る段階での戦いがテーマになっている。
 それは『信長公記』巻九、天正4年の項で、「原田備中、御津寺へ取出し討死の事」(=5月3日の木津砦の戦闘。楼岸の戦闘での原田直政の討死)、「御後巻再三御合戦の事」(=5月7日、信長自身による住吉口からの攻撃)、「西国より大船を催し木津浦の船軍歴々討死の事」(=7月15日の第1次木津川口の船戦)と記録されている箇所にあたる。
 陸戦と海戦がどのように行われたのか。そこに人々はどのような思念・情念で加わらざるをえなかったのか。史実の要所を押さえた中で、著者の想像力が躍動する。
 宗教という視点では、親鸞が抱き語った思念と、蓮如の布教活動以降、巨大教団化した一向宗本願寺における宗教心・信仰という局面と教団組織運営の政治的局面の絡まった教団としての考えとの間に生まれている差異が興味深い。

 第2の観点は、戦国武将のそれぞれが如何に己の「家」の維持存続を計ろうとしたか。家の維持存続を図るための方策を如何にとるか。その考えをどう行動に移すかという視点である。この小説の中では、毛利家の発想と戦略、村上海賊の3拠点である能島村上家、来島村上家、因島村上家のあり方の違い、泉州侍三十六家の考え方、信長傘下の侍達の考え方の違いである。その考え方の違いが合戦における行動のしかた、戦略と戦術の対処法の違いとして描き込まれていく。何の為の戦なのかというテーマとなっている。

 第3の観点は、戦国時代における海賊の実態である。略奪行為を主体とした海賊集団が、戦国時代の時点でどのように変容していたかということがよくわかる。略奪行為がなくなったわけではないが、略奪行為中心から、海上交通での権益として帆別銭という通行料をとり、上乗りにより安全に海上交通ができるように計らうという。地域毎に海賊が領域を棲み分けていたという実態がおもしろい。そして海賊間で自然に合意事項が形成されて共存を図っていたようだ。戦国時代の天下統一の機運の中で、流通経済が広域化し、合戦の地域拡大の中で、海賊つまり水軍をいかに味方に引き入れるか。海賊側からみれば、自分達の存続のために一番有利なことは何かの模索、力関係の見極めでもある。
 この小説でいえば、村上三家においても生き方の違いが出てきている。村上三家の宗家とも言うべき村上武吉率いる能島村上家は、瀬戸内の大半を勢力下におさめ、いずこの戦国大名いにも属さず、独立不羈を維持し、帆別銭を軸に海上権益で生きている。村上吉充が率いる因島村上家は毛利家に臣従する立場に立ち、村上吉継ぐが率いる来島村上家は伊予守護家・河野家を主家としている。
 同じ海賊でも、児玉家は毛利家直属となり、警固衆(水軍)という立場となっている。この小説では気位が高く、色白の美丈夫である児玉就秀が警固衆の長であり、村上武吉が娘・景姫の輿入れ先としたいという条件を出し、毛利家に味方するという考えを打ち出していく。同様に、乃美宗勝の率いる乃美家は小早川隆景の警固衆となっている。
 一方、泉州の海賊である真鍋家は、陸侍を中心とする泉州侍三十六家の中では異色であるが、泉州を基盤にして、誰と手を結ぶのが自家存続に有利かを常に考える立場である。真鍋家はあくまで己の家を有利にしてくれる側につくという姿勢で時代の動きを捉えている。
 おもしろいのは、同じ海賊といえども、瀬戸内の海賊・村上家は焙烙という火薬玉を秘伝の武器として利用し、大坂南部の真鍋家は銛を武器として駆使するという違いがある点である。そして、互いが戦闘の場面で対立するまでは、相互にその特技を知らなかったということだ。

 さてこの小説はそんな3つの観点が経糸・緯糸として織り込まれながらストーリーが展開していくことになる。村上武吉の娘・景を設定し、史実の有名な合戦の中に組み込んで行ったところが劇画的なストーリー展開を生み出したおもしろさである。景は「悍婦にして醜女。嫁の貰い手がない当年20歳」という女である。「悍婦」というのは「気の荒い女。気性の強い女}(『大辞林』三省堂)のことである。乃美宗勝は、景姫が武吉の海賊らしい剛勇と荒々しさを引き継いだ女子と評している。序でに、武吉の長男・元吉(23歳)は怜悧さを受け継ぐが剛胆さに欠け、次男景親(19歳)は穏やかさだけを引き継ぐとも評する。
 なぜ、醜女なのか。著者は景姫をこんな女性として描いている。「寵臣から伸びた脚と腕は過剰なほどに長く、これもまた長い首には小さな頭が乗っていた。その均整の不具合は、思わず目を留めてしまうほどである。最も異様なのはその容貌であった。海風に逆巻く乱髪の下で見え隠れする貌は細く、鼻梁は鷹の嘴のごとく鋭く、そして高かった。その眼は眦が裂けたかと思うほど巨大で、眉は両の眼に迫り、眦とともに怒ったように吊り上がっている。口は大きく、唇は分厚く、不適に上がった口角は、鬼が微笑んだようであった」(上・p69-70)
 当時の一般的な日本人の美女観からすれば、この姿態・風貌はまさに醜女なのだろう。景姫は周囲から醜女と言われて育つのだ。しかし、この姿態・風貌って、相対的に言えばヨーロッパ的姿態・風貌なのではないのか? だから、景姫が大阪に行き、泉州侍たちや真鍋海賊に会うことにより、「別嬪さん」と評価されることに転換してしまう。人気の的になるのだ。貿易の町・堺の立地した泉州において、ヨーロッパから来航する南蛮人・紅毛人や絵画などは、見慣れたもの、受け入れられていたのだから。
 自分は醜女と思っていた景姫には、これはポジティブなカルチャーショックである。
 
 この景姫の視点を通して、史実の一端が観望されまた、その史実に景姫が関わっていくというおもしろいストーリー展開である。そして、最終的展開へ飛躍するキーフレーズは「鬼手が出る」である。

 この小説を起承転結風に眺めるなら、大凡次の構成でストーリー展開しているものと思った。個人的な読み方に過ぎないが・・・・・。

起)テーマ設定 : 大坂本願寺御影堂の場 
 一向宗・大坂本願寺門主顕如が下間瀬龍と雑賀党の鈴木孫市と語る場面。石山合戦の現状、毛利家への兵糧10万石申し入れ・搬入の依頼、さらに孫市の所存も語られる。序章はテーマ及び背景設定となっている。

承)どう受け止められるか?

 (起)安紀郡山城本丸の会議の場
 毛利家の輝元の元での重臣会議。大坂本願寺・顕如からの兵糧10万石所望にどう対応するかの会議。村上海賊を味方にするために、村上武吉への交渉役に、児玉就英と乃美宗勝が任命される。

 (承)景姫の海賊働きの場
 大坂本願寺に向かう安芸門徒の百姓や源爺、留吉との出会い。

 (転)武吉と毛利家使者との交渉の場
 武吉は景姫の児玉就英への輿入れを条件に提示する。武吉は毛利家の立場、小早川隆景の思惑を読み切っている。

 (結)景姫、大坂への上乗りの場
 源爺の話を聞き、泉州の堺に行くことに興味を示す。安芸門徒を大坂本願寺、木津砦に運んでやる。それが泉州海賊との出会い、関係の深まるきっかけとなる。行きがかり上、景姫は海賊船に乗っていた織田信長の家臣、太田の首を刎ねる。

転)どのように動き出すか?

  (起)天王寺砦の場
 信長側が築いた攻囲網の拠点である天王寺砦に、景姫は出かけることになる。太田の首を刎ねた申し開きをするという。これが泉州侍たちとの出会いとなり、真鍋海賊の若き当主・真鍋七五三兵衛との出会い、交流の契機となる。これが後々大きくストーリー展開に関わっていく。

 (承)5月3日の合戦の場
 木津砦、楼岸での門徒及び雑賀鉄砲衆と天王寺砦から出た織田方との局地戦の展開。
 景姫は木津砦に送り込んだ留吉・源爺や安芸門徒の活躍を思いながら、天王寺砦から現実の戦の場というものを観戦する立場で望む。景姫は戦の実態を理解していく。
 「進者往生極楽、退者無限地獄」という旗を目にして、景姫は怒りを発する。

 (転)5月7日の合戦の場
 景姫は信長を初めて遠望する。信長の戦ぶりを見聞する。それが、結果的に、鈴木孫市と出会い、約束事をする契機となる。

 (結)景姫、能島城に戻るの場
 景姫が思念にある戦と現実の戦の違いを知る。現実の戦に望めない己を自覚する。女としての生き方を選択する道を選ぶ。

結) その結果、どうなるのか?

 (起)毛利軍船、淡路島滞留の場
 大坂本願寺への兵糧10万石運搬・搬入の体勢で淡路島岩屋城周辺に滞留する。なぜか?そこには、小早川隆景の存念と戦略があった。この滞留が、村上海賊にとっては、その後の心理的爆発の伏線となっていく。

 (承)景姫、父の存念を知る場。景姫、立つ。
 兵糧運搬が成功裏に終わることを待ち望む景姫。だが、父が脳裏に描く戦略構想を知る。それが景姫の思念にある戦へのトリガーとなり、景姫は新たなアクションへと暴発する。

 (転)景姫、真鍋海賊・七五三兵衛との掛け合いの場
 毛利家の立場を押さえ、真鍋海賊との海戦を回避する道を探る。

 (結)第1次木津川合戦の場
 遂に「鬼手が出る」。それは何を意味する言葉だったか? それが明らかになる。それを引き出すための伏線がこれまでのストーリー展開だったとも言える。この点は、勿論史実資料にはない。著者の想像力を大いに楽しんで戴くとよい。
 壮絶な船上での戦いが描き出されていく。陸戦に共通する戦法、海戦でしかみられない戦法などが駆使されていく。一気に読ませる部分であり、劇画的タッチのダイナミックな描写は、読みごたえがある。
 史実の結論だけははっきりしている。この戦に勝利し、毛利方は兵糧を木津砦に運び込んだのである。



 ご一読ありがとうございます。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

顕如 :ウィキペディア
本願寺 と本願寺顕如(光佐) と「一向一揆」 :「本願寺家部将名鑑」
下間頼廉  :ウィキペディア
闘うお坊さん 「下間頼廉」 後編  :「お寺さんぽ Ver.3」
下間氏   :「戦国大名探究」

第一次木津川口の戦い :ウィキペディア

村上水軍博物館 ホームページ
  能島村上氏
村上武吉  :ウィキペディア
村上元吉  :ウィキペディア
村上景親  :ウィキペディア

児玉就英  :ウィキペディア
乃美宗勝  :ウィキペディア

大山祗神社  :ウィキペディア

淡路岩屋城と菅氏、毛利氏の石山本願寺支援 :「淡路・菅水軍の歴史」
十六世紀末の淡路水軍・菅氏と豊臣秀吉。:「淡路・菅水軍の歴史」

真鍋島の歴史と習俗(伝承の記録)

安宅船  :ウィキペディア
戦国時代、安宅船と云う大型軍船があったそうですが、絵図などで見る限り船の上に...
  :「YAHOO!知恵袋」
関船   :ウィキペディア
小早   :ウィキペディア
2013因島水軍まつり海まつり小早レース【4】1部決勝  :Youtube
関船と小早  ミニ内航海運史  Ⅳ 水軍2

鈴木孫一  :ウィキペディア
鈴木重秀  :ウィキペディア
雑賀衆 と 雑賀孫市  :「雑賀衆武将名鑑」
伝説の人・雑賀孫一  :「戦国浪漫」
雑賀衆と石山本願寺  :「鉄炮と紀州の傭兵集団」
「紀州宇治住」の雑賀鉢 :「紀州雑賀 孫市城」

根来衆と津田監物   :「鉄炮と紀州の傭兵集団」




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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『のぼうの城』  小学館文庫