遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『山桜記』 葉室 麟  文藝春秋

2014-04-27 11:14:28 | レビュー
 読後印象を簡略に述べるとしたら、武家社会にあって「純な愛」を育もうとした、あるいは育んだ人々の物語、オムニバスである。著者の作品群をマクロ視点で見ると、一貫して「愛」の在り方をテーマとして追求してきているのではないだろうか。この短編集もその流れの中にある。

 ここには平成23年(2011)9月~平成25年(2013)3月に「オール讀物」に発表された7つの短編作品が収録されている。家の存続維持を目的に政略的な婚姻が当然視されていた武士社会。当事者が投げ込まれた環境において、主体的に純な愛の在り方を追求した人々の姿を著者は結晶させようとしている。それは当時の世相の中では、ある意味で希有な存在の姿だったのではないか。各作品において、その愛の有り様のプロセスが異なり、愛の色調も微妙に変化している。純な愛にもさまざまある、それが著者の提示であろう。
 収録作品について、印象をまとめてみたい。

「汐の恋文」
 a.時 期 文禄2年(1593)7月~慶長3年(1598)8月
 b.当事者 肥前佐嘉の大名竜造寺政家の家臣瀬川采女と妻菊子
 c.発 端 文禄の役で朝鮮に出兵している采女に宛てた菊子の手紙の入った文箱が、便船の難破により博多の津に打ち上げられる。それを浜で拾った漁師が役人に届け出て、祐筆役を経由し、名護屋に在陣中の秀吉の目に触れるところとなる。
 d.過 程 菊子が秀吉の呼び出しを受け、秀吉の面前で己の気持ちを告げる。秀吉は菊子の容貌を見て、梅北国兼の一揆を想起する。梅北一族との関係を疑う。菊子が梅北国兼の妻爽子と自分の物語を秀吉に語る。そして「わたしは愛おしく思う方とともに生きていけるなら、悲しみの涙を流しません」という爽子の言を伝える。菊子の望みは采女を朝鮮から戻してほしいこと。秀吉は采女を呼び戻すと言う。しかし、「それはそなたの身代わりとして処罰を受けさせるためじゃ。それが嫌なら、彼の地に留まるほかないのだ」と付言する。ここから、ストーリーが展開していく。
 e.印 象 生を求めるなら恋い慕う采女に会えない。采女が帰還すればそこには死が待ち受ける。二律背反の発生。菊子の愛の苦悩が始まる。采女の器量が爽やかである。
 「されば、ともに参ろう。ふたりならば、あの世への道も寂しゅうなかろう」
これは、秀吉が登場するまでに山里丸の大広間での采女が菊子に語る言葉。この後のストーリー展開が実に巧みである。


「氷雨降る」
 a.時 期 慶長4年(1599)5月~慶長17年(1612)5月
 b.当事者 九州島原の領主・有馬晴信と妻ジュスタ
 c.発 端 公家・菊亭季持の死後、キリシタンの洗礼を受けたジュスタは、キリシタン大名小西行長の勧めで、信仰正しきキリシタン有馬晴信と再婚する。晴信は先妻ルチアを先年病で亡くしていた。晴信は良き妻を得たと喜び、ジュスタは敬虔なキリシタン夫婦として仲睦まじく暮らせると信じる。
 d.過 程 慶長5年(1600)9月、関ヶ原の合戦勃発。小西行長の催促で大坂に向かった晴信は、長門国赤間関まで行くが西軍に加担しないと決断し、引き返してくる。その後、晴信は川方に付く。加藤清正が小西行長の宇土城を攻める時には、嫡男直純を城攻めに参加させる。日野江城下にキリシタン会堂を建てる一方、家康の命を受け伽羅の交易に乗り出す。ポルトガル船グラーサ号の攻撃も行う。
 晴信はジュスタに言う。「キリシタンであると同時に、わたしは大名でもある。大名であるからには、家を守るのは務めだ」と。その晴信は、本田正純の与力となった岡本大八の甘言に騙される状況に陥っていく。ジュスタは、晴信の処刑、斬首されることを選択した晴信の処刑に立ち合うに到る。
 e.印 象 キリシタン信仰心の篤いジュスタは、キリシタンとしての晴信に対する思いを様々に変転させながら、晴信の生き様を見つめ続ける。その信仰心と晴信への愛の関わりが読ませどころと思う。ジュスタの愛は深く信仰心に根ざす揺るがぬものだったのだ。


「花の陰」
 a.時 期 慶長5年(1600)7月17日~慶長18年秋
 b.当事者 細川忠興の嫡男・細川忠隆と正室千世(前田利家の七女、母は芳春院)
 c.発 端 関ヶ原の戦いの3ヵ月前、大坂方に細川屋敷を取り囲まれた中で細川ガラシャ夫人は死ぬ。その時、同じ屋敷に居た忠隆の妻・千世は隣家の宇喜多屋敷に移り、その後京の前田屋敷に移る。関ヶ原の合戦後、大坂・玉造の細川屋敷に戻った細川忠興は「嫁の身でありながら、姑を捨てて逃げた」と非難し怒る。
 d.過 程 忠興は、明智光秀による本能寺の変後、光秀の娘・ガラシャ夫人(玉子)を疎んじていた。玉子はキリシタンとしての死を選ぶ。一方、秀吉の勧めで忠隆の正室に前田利家の娘を迎えたことを後悔し、離縁させたい腹づもりだった。ガラシャの死に対し千世が生き残っていることを問題視する。忠隆は千世からの手紙で無事だったことを知る。忠興は千世との離縁を督促するが、忠隆はそれを拒絶する。父子の意見の衝突。忠隆は忠興の勘気を被り、遠ざけられ、後に廃嫡されるに至る。だが、それは忠隆と千世の夫婦の関わり方の深まりへと展開していく。千世は「わたしは生涯、ガラシャ様の陰で生きていかねばならないかもしれない」と思う。そして、前田家に二度と戻れぬと覚悟せよと前田利長に諭されたうえで、丹波の大江山山中にある高守城に追いやられた忠隆の許に戻って行く。
 e.印 象 忠隆は父・忠興が己の母・ガラシャ夫人を見殺しにした上で、川家康の歓心を買いたいだけなのだと見る。父とは違う生き方を選択し、千世を大切に思う生き方を取ろうとする。忠隆・千世の二人に関わる周辺の人間関係が興味深い。ガラシャ夫人との関わりの上で、「わたしはいまだなすべきことをなしたようには思えないのでございます」という千世の思いがどう実現されていくか。そこに中心テーマがあると感じる。


「ぎんぎんじょ」
 a.時 期 永禄12年(1569)夏~慶長5年(1600)3月
 b.当事者 九州、肥前の大名鍋島直茂と正室彦鶴
 c.発 端 慶長5年(1600)3月、鍋島直茂の継母慶尼が93歳で大往生する。慶尼が彦鶴に遺した書状があり、侍女がそれを彦鶴に差し出す。そこには一行「如也」とだけ書かれていた。慶尼は何を言い残されたのか。それをトリガーに彦鶴の回想が始まる。慶尼との初めての出会いからの思い起こしである。
 d.過 程 彦鶴は肥前国佐嘉郡下の土豪の娘。嫁ぎ先の夫が戦死したため実家石井家に戻っていた。石井家は竜造寺隆信に仕えていた。あるとき、竜造寺方の部将鍋島信昌が石井館に立ち寄り、兵たちに昼食を摂らせてほしいと依頼する。鰯を焼いて出すにあたり、彦鶴が機転を働かせ、手際よく食膳に出す段取りをつける。信昌は彦鶴に礼を述べるために台所に現れる。それが契機で、信昌が彦鶴に夜這いをかけることとなる。そして、彦鶴が信昌の許に輿入れすることになる。彦鶴を継室にすることを勧めたのは、慶尼だった。その慶尼は、信昌の父のところに押しかけて来て継室となった人だが、竜造寺家の主君の生母でもあった。夫・信昌(後の直茂)を介し、彦鶴と慶尼の関わりが深まっていく。
 e.印 象 信昌の慶尼評がまずおもしろい。「ご自分の心を偽らぬ方であるとわたしは思っている。いろいろとわけがおありなのだろうが、つまるところ、慶様はわが父と夫婦になられたかったのではあるまいか。なにしろ父上は見目好いゆえ、すぐれて女人に騒がれたそうな」。「自分には慶のように揺るぎない覚悟はない。信昌のやさしさに惹かれ、恋焦がれていただけだ」「ひとの言うままに生きてきただけではないか」と思う立場の彦鶴が、おそるおそる慶尼と出会うところから始まる。慶尼の薫陶を受けて彦鶴の優れた資質が現れていくプロセスが読ませどころである。「うわなり打ち」に対する彦鶴の姿勢と、それを評する慶尼の表の顔と裏のこころの内との二面性がおもしろい逸話である。彦鶴は名護屋城の秀吉に呼び出されることになるが、その応対がもう一つの楽しいエピソードである。鍋島家と竜造寺家の微妙な関係の中で、直茂の意を理解して臨んでいく彦鶴の愛と生き方。著者はこの短編を楽しみながら書いたのではないだろうか・・・・。


「くのないように」
 a.時 期 慶長5年(1600)~寛文6年(1666)1月
 b.当事者 駿府城主川頼宣(家康の十男)と正室・八十姫(加藤清正の娘)
 c.発 端 八十姫の誕生。そして、ストーリーは元和3年(1617)に八十姫が川頼宣のもとに嫁すところから実質的に始まる。
 d.過 程 加藤清正は川家康と豊臣秀頼の二条城での会見を実現させ、その後九州に戻る途中で体調を崩す。帰国後の6月20日に急逝した。享年五十歳。家督は八十姫の異母兄忠広が継ぐ。家康による清正毒殺の噂も囁かれる。その噂を八十姫は知る。母・清浄院に八十姫は尋ねるが、そのうわさは承知していると答えるのみ。八十姫は、清正の遺言として清正愛用の片鎌槍を輿入れ道具の一つとして持参することになる。複雑な心境の八十姫に対して頼宣は「わしらは睦まじい夫婦になろうぞ」と囁くのだ。二年後に頼宣は紀州に転封、13年後、家光により熊本藩主加藤忠広は肥後一国を没収され、出羽庄内の酒井忠勝預けで1万石とされ、忠広の子・光正は飛騨配流となる。加藤家没落理由が、八十姫と頼宣の重要な議題となる。片鎌槍を前にした話へと展開する。さらに由比正雪の乱が絡んでくる展開となる。
 e.印 象 江戸幕藩体制の基礎固めから盤石の体制確立という中で、複雑な政略がらみの人間関係が描かれていて興味深い。そして、頼宣・八十姫の紀州川家の位置づけが興味深い展開となる。片鎌槍を輿入れ道具に入れるようにという清正の遺言、片鎌槍がこの短編の底流にあり、その果たす役割と意味合いがポイントになる。八十姫の名前の由来となぜこの槍が輿入れ道具のひとつになったか、それが最後に明かされるところがおもしろい落とし所である。


「牡丹の咲くころ」
 a.時 期 寛永20年(1643)12月~寛文13年(1673)
 b.当事者 柳川藩主・立花忠茂と正室鍋姫(仙台藩伊達忠宗の娘、後の貞照)
 c.発 端 川将軍家光の意向があり、柳川藩11万石・藩主立花忠茂に、伊達藩62万石の藩主の娘が嫁すことになる。家格の違いは明か。忠茂は一旦辞退するが、最後は受け入れる。
 d.過 程 「不憫ではあるが」と言いかける父に、鍋姫は忠茂の人物を問う。それに対して、江戸に近頃出てきた家臣の原田宗輔が落ち着いた物腰で答える。「物静かで落ち着いたお人柄だと承っております」と。原田の顔を見た鍋姫は、国許に居た2年前に、青葉山山麓の丘陵で難儀に遭ったときに助けられたことを思い出すのだ。
 祝いの席の後、寝所で忠茂は鍋姫に言う。「それがしは俗人でござりまするが俗の中にこそ真があると思うており申す。これよりふたりして、真の道を探して参るといたそう」婚儀の翌年、鍋姫は後の三代藩主鑑虎を出産する。鍋姫は承応元年(1652)までの7年間に3男2女を出産する。その段階で、伊達家から付き従ってきた老臣の口から、国許には忠茂の側室に嫡男鑑虎より3歳年長の男子、鶴寿が居ることを知る。鍋姫の心に深い失望が宿り始める。鍋姫の父忠宗死去の後、伊達家では内紛が始まっていく。忠茂は伊達家問題に距離を保ちながらも、深く関わっていかざるを得ない。いわゆる伊達騒動との関わりである。これへの対応が忠茂と鍋姫の絆を再び強くすることにもなる。
 e.印 象 この短編は葉室麟が最も得意とするテーマ領域の作品だと思う。互いの懊悩を含みながらも静かに互いの愛を育んで行く忠茂・鍋姫の日常生活と同時進行的に、藩運営という次元で伊達騒動が忠茂に関わってくる。だがそこには、原田宗輔という深慮遠謀の家臣が居た。その原田は、立花忠茂という人物を見極めていた。そして、ある側面で仙台藩を維持するために忠茂の力を引き出す。その一方、原田には忍ぶ恋の思いが秘められていたのではないかという側面がそこはかとなく感じとれる。牡丹がそれを象徴する。短編の中に、多次元の軸が見える作品だ。
 「わたしひとり、何も知らずに参りました。恥ずかしゅうございます」
 「なんの。御方は甲斐にとって何としても守り抜きたい花であったのだ。花の美しさを守ろうとするひとの心を、花は知らずともよいのではないか」  p218
 このやりとりの意味を、この作品を読み、味わっていただきたい。
 もう一つ、挙げておこう。
 「牡丹を移すおりは根から土が落ちぬよう。そして牡丹が気づかぬようそっと移してほしいのでございます」 p186,p219
 「よきことを申す。なにゆえ、さように思いついたのじゃ」
 「それが花の幸せにございますゆえに」   p219


「天草の譜」
 a.時 期 寛永14年(1637)冬~寛永15年3月(1610年、1632-33年にも遡及)
 b.当事者 黒田忠之、万(浦姫の成り代わりとして登場、だが実は・・・)
 c.発 端 寛永14年冬、天草で島原の乱が蜂起する。幕府から派遣された板倉重昌は鍋島、有馬、立花、寺沢の4藩の兵を率い鎮圧しようとしたが苦戦する。幕閣は老中松平伊豆守信綱を総大将として派遣する。松平信綱が島原に到着する前、翌年元旦に板倉重昌は総攻撃を行い、陣頭指揮の中で討死にする。松平信綱の指揮下で、細川、黒田藩が攻撃に加わることとなる。黒田忠之以下黒田藩は、寛永9-10年(1632-33)の黒田騒動での汚名返上、名誉挽回とこの戦いで奮起しようとする。
 d.過 程 黒田騒動の発生において、忠之には家老栗山大膳に謀られ、面目を失した思いが強い。苦戦している島原の乱は名誉を挽回する好機である。着陣した場に、かつて忠之が重用し、黒田騒動の結果高野山に追放されていた倉八十太夫が黒田美作を介して、陣借りしたいと参上する。彼は浦姫と名乗る女を伴ってくる。浦姫とは慶長15年(1610)に、突如神がかりとなり予言をするようになった武士の妻女だった。人々に浦姫と呼ばれていた。その浦姫が実は忠之の将来を予言していた。十太夫に伴われて来た浦姫と名乗る女は万と称した。万に浦姫が憑依したかの如く、万が忠之に予言する。そして、万の正体が明らかになると・・・・、忠之の行動が決まる。
 e.印 象 この短編、著者が想像力を羽ばたかせた「島原の乱異聞」として楽しめる作品だ。短編の中に島原の乱の根本原因と九州キリシタンの状況、黒田騒動の背景を凝縮させた上で、黒田藩とキリシタンの関わりを重ねて、そこに想像力を羽ばたかせている。島原の乱で活躍した黒田藩が幕府にも一矢報いるという構想が愉快である。
 「・・・わたくしもともに城中に参りとう存じますゆえ、雑兵の身なりをいたしまする」
 「なに、女子の身で兵になると申すか」・・・・・・
 「そなたは恋い慕う男を救うため、わが黒田勢を動かそうというのか」
 「御意にございます」・・・・
 その姿を見遣った忠之は、体を揺らして哄笑した。
 この会話が、実に良い。この短編の山場である。松平信綱と黒田忠之の会話で締めくくったところが、異聞として心憎いし、おさまりがよい。

 「オール読物」初出の短編がこの一冊に収録されるにあたり、発表順ではなくて、順序が入れ替え編集されている。大きく見ると、作品が取り上げた時代の流れにほぼ沿った形に並べられているように思う。場所が江戸というものもあるが、やはり著者のホームベースである九州諸藩の視点から、東に広がっていく。このアプローチを新鮮に感じる。

 この短編集のタイトルは「山桜記」である。収録された7篇において、著者が直接に「山桜」という言葉に言及した箇所が記憶にのこっていない。読了後にスキャンニング読みしても簡単には見いだせなかった。この言葉は直接には出ていないようだ。
 ただ、「花の陰」にガラシャの辞世の和歌が載せられている。
   ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ
 そして、この作品の末尾に近くに、
  「咲かぬ花は散らぬ。花を咲かせたことを喜ぶべきであろうな」という忠隆の言。
 最後の一行が、「庭で桜が咲き誇り、一陣の風に桜吹雪が舞う日だった」である。
 このあたりから、本書のタイトルが生まれてきたのではないだろうか。


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本書関連でいくつか関心を呼ぶ語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

名護屋城跡と陣跡 :「佐賀県立名護屋城博物館」
名護屋城 大陸征服の本営城 :「散歩な気分」
 縄張図と城跡写真が多数掲載されている。
No.050 「 梅北の乱と佐敷城 」 山下 勉 氏 :「ふるさと寺小屋」
梅北一揆 :ウィキペディア
 
竜造寺氏 :「戦国大名探究」
鍋島氏  :「戦国大名探究」
大友氏  :「戦国大名探究」
立花氏 :「戦国大名探究」
伊達氏  :「戦国大名列伝」
 
日野江城 :ウィキペディア
日野江城 金箔瓦が出土した城  :「地域別訪問城&訪問城マップ」
佐賀城 佐賀藩主・鍋島36万石の居城:「地域別訪問城&訪問城マップ」
佐賀城 :ウィキペディア
原城  :ウィキペディア
原城  :「長崎の城」
 
「細川忠隆公と前田千世(ちよ)姫」 :「肥後細川藩拾遺」
-細川内膳家 肥後史料- 廃嫡後の細川忠隆(長岡休無):「肥後細川藩拾遺」
戦国の幽齋とガラシャ、そして廃嫡後の細川忠隆   細川 純 氏
慶尼と握り飯 :「さがの歴史・文化お宝帳」
慶ぎん尼  :ウィキペディア
戦国のゴッドマザー=龍造寺隆信の母・慶尼 :「今日は何の日?徒然日記」
徳川頼宣  :ウィキペディア
八十姫 → 瑤林院 :ウィキペディア
上天草と天草四郎のつながり  :「天草四郎観光協会」
天草四郎時貞 :「宇土市」HP
天草四郎の乱 :「サンタマリア館」
天草島原の乱 :「天草探見」
 

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。


『潮鳴り』 祥伝社
『実朝の首』 角川文庫

===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新2版




『膠着』  今野 敏  中央公論新社

2014-04-24 16:56:29 | レビュー
 著者の作品を結構数多く読んで来ている。しかし、著者がビジネスものを書いていたことを知らなかった。本書が私にとっては著者のこのジャンルとのファースト・コンタクトである。他にビジネスものがあるかどうか・・・無知である。

 さて、「膠着」というタイトルは私の読後印象では違う局面を重ねていった掛詞だったんだ、ということになる。

 主人公は丸橋敬太。三流私立大学を出て、就活に苦労しようやく入社できた会社がスナマチ株式会社で、営業部に配属された新人さん。かつては砂町糊本舗という名前の糊の販売業者だった。それが伝統的な糊の他に、ラテックス系や合成樹脂の接着剤、瞬間接着剤なども手がける接着剤の総合メーカーになった会社である。まさに「膠着」を売りにする。
 丸橋が入社して1カ月の研修を終わり配属になったばかりで、この会社が敵対的TOBで狙われているという噂がたち始める。社内には現在の経営体質の改革を志向する役員と旧来の経営体質維持派がいそうなのだ。年功序列体制肯定派と能力主義肯定派の存在。TOBをかけて来そうな会社はスリーマーク。資本金は約200億で、スナマチのざっと400倍。TOBされてしまえば、能力主義が吹き荒れるのが必然。この噂の中で、社内にはTOBからみのスパイがいるのでは・・・という状況が出始めた。
 丸橋にとって営業の師匠は本庄史郎。やり手の営業マンである。丸橋がマルコウからの受注を一桁大きく間違えて伝えた結果、納品トラブルになった案件を本庄に尻ぬぐいをしてもらうところから、ストーリーが始まる。営業部には庶務担当の内田真奈美がいる。短大卒で敬太より4年先輩、年は2歳だけ上。彼女は本庄がスリーマークのスパイではないかと疑っている。現時点では真っ白の丸橋にそれとなく本庄をさぐってほしいと依頼する。一方、本庄は内田が能力主義賛成であり、現経営体質に不満を抱いていて、某役員とのつながりが有りそうだといなしている。本庄はやり手で何でも売る自信の持ち主で実績もあるが、現在のスナマチの雰囲気が好きなのだ。そして内田がスパイではないかと思っている。丸橋に、内田にそれとなく目を配れと指示する。両者の板挟みになって、丸橋はスパイあぶりだし問題に悩む立場に投げ込まれる。真のスパイはどちらなのか。社内にほんとうにスパイがいるのか。疑心暗鬼のまま、心理的に「膠着」状態に悶々とする。この悩みのプロセスがけっこう読んでいておもしろい。

 さらに、受注ミスの尻ぬぐいで助けられ、その対策で落ち込んでいる丸橋は、本庄の一言で、御殿場工場に舞い戻ることになる。西成澄雄営業課長から本庄は御殿場工場の会議に加わるようにと命令を受けたのだ。丸橋を一人にしえおいても仕事にならないし、課の方針で丸橋の面倒をみると決めているためだと言う。これが発端で、丸橋は本庄に同行し、プロジェクト・チームの一員のなる羽目となる。
 そのプロジェクトとは、新製品の開発が失敗したために、その打開策として利用方法を検討するというものである。新製品開発でできあがったものは、接着能力のない接着剤だという。この会議を招集したのは社長の息子である常務の園山ジュニアなのだ。開発失敗が公になれば、株価が下落し、スリーマークの公開買い付けを早める危険性があるという。そのために、なんとしても失敗ではなく、新規用途を発見するというのがチームに課せられた緊急課題なのだ。接着能力のない接着剤の用途があるか?それは何か? 会議が果てしなく続くが、精鋭チームメンバーとはいえ、良いアイデアが出てこない。会議進行は停滞し、「膠着」状態になっていく。この会議での応用用途のアイデア発想にプロセスが大きな状況展開への軸となっている。この会議がこの作品の主軸でもある。
 新入社員の丸橋は会議の進行につれて、その討議内容に少しずつなじみ始め、理解が高まっていく。頭の隅に何かひかかかるものを感じながら、それがつかめない、言語下できないというもどかしさ、思考の「膠着」状態を感じながら、会議に参加する。

 何重にも重なる「膠着」状態が続く。その過程でスナマチの株価が急落する。そして遂にスリーマークがスナマチの株のTOBを発表する。新製品開発失敗の情報がリークしてしまったのか。この危機的状況の中で、どのように、何がトリガーとなって「膠着」が打開されていくか、その展開が読ませどころとなる。
 
 表のテーマは新製品開発失敗と見える現状の打開作として新規用途を発見する。新製品開発成功の発表により、スリーマークによるTOBを妥当するということである。そのプロセスで新入社員丸橋がどんな貢献ができるのか、丸橋の活躍が読ませどころである。
 一方、この作品は、丸橋と同時進行する形でそれぞれの立場の企業人がそれぞれの思考を二転三転させていく流れを描き込むことが陰のテーマになっているのかもしれない。

 いくつかの意外性を盛り込みながら集結するビジネス・ストーリーである。けっこう楽しみながら読了した。

 ご一読ありがとうございます。


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 この作品に出てくる用語のいくつかを検索してみた。一覧にまとめておきたい。

株式公開買い付け 事業再生用語集の解説 :「コトバンク」
株式公開買い付け :ウィキペディア
TOBとは? :「初心者の株式投資道場」
 
接着基礎知識 :「セメダイン」 
 接着のメカニズム 
 接着のプロセス
 接着剤の選び方 
 「画材教室 第3室」
にかわについて・・・  :「馬場建商店」
ゼラチン :ウィキペディア

瞬間接着剤 :ウィキペディア
シアノアクリレート :「日本化学物質辞書Web」
瞬間接着剤とは何なのか :「有機化学美術館・分館」
 
冬のエポキシ :「a-rchery.com」
重合反応 :ウィキペディア
 
粘着テープの歴史 :「Nitto テープミュージアム」
ヌーブラ  :ウィキペディア
高分子ゲル :ウィキペディア
グリース  :ウィキペディア
シリコーングリス :「IT用語辞典 e-Words」
 
JAXA ホームページ
 


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『トランプ・フォース 戦場』 今野 敏  中公文庫

2014-04-22 09:45:23 | レビュー
 第1作でなく第2作の方を先に読む事になった。
 「トランプ・フォース」というのは、トランプの「切り札」という意味での「切り札部隊」という意味で使われている。この作品、『トランプ・フォース 狙われた戦場』として、1989年4月に扶桑社から出版された。中公文庫として再刊にあたり、改題されたもので2010年9月刊である。

 ハイデルベルグの郊外の森の中に『ゴールドの城』という大邸宅がある。その城の主人はミスタ・ゴールド。1980年代後半に、国際テロ組織のフィクサーに対抗するために、ミスタ・ゴールドが『切り札部隊』を組織した。西側の主だった首脳と何度も会談を重ねたうえで国際的な承認を得て組織化された超国家的対テロ用特殊部隊なのだ。トランプ(TRUMP)は、Task force(機動部隊)、 Rescue(救助)、 Undertake(保証)、 Military Party(軍団)の頭文字でもある。各国政府あるいは、それに準じる組織からの要請があった場合、『トランプ・フォース』はすみやかにその国に強行し、まさに切り札部隊として活躍するのである。ミスタ・ゴールドが出動指令を出す。
 『トランプ・フォース』には7人のチームリーダーが居る。1チームはリーダーを含め4人編成の少数精鋭チームである。
 この作品では2チームが協力して作戦に従事し、1チームがバックアップとして呼び出しに応じて参戦するために待機するという展開になっている。

 舞台は中央アメリカのパナマとコスタリカにはさまれた小国・マヌエリア独立共和国。サンチェス将軍という独裁者が実権を握る軍事政権国家である。サンチェス将軍に面談するために日本人3人がサンピラト空港に降り立ったところから話が始まる。日本の大手商社、丸和商事ブラジル支社長串木田昌吾、秘書室長上原俊夫、ブラジル支社営業本部長佐野次郎の3人だ。将軍の右腕であるホセ・カレロ大佐の出迎えを受けた3人は、その案内で司令部兼将軍官邸に向かう。
 サンチェス将軍は、パナマの最高実力者であり国軍司令官のノリエガ将軍の息のかかった将軍だといううわさのある軍人でもある。マヌエリアはノリエガ将軍の避難場所として、軍部の計略で独立した国だという。

 サンチェス将軍との機密商談をお膳立てしたのは上原秘書室長。上原と串木田がサンチェス将軍と極秘面談をした後、海岸にある『カリブの別荘』と呼ばれる宿泊施設に案内される。準備がととのうのに時間がかかると言われ、その別荘に彼らは滞在する。そして、3日の朝に将軍が再度面談したいということで、カレロ大佐の部下、3人の下士官が彼らを迎えに来る。日本人3人は別々のジープに分乗させられて、将軍官邸に向かうことになる。各ジープには銃座がすえられ、ミディアムマシンガンが取り付けられ、射手の兵士が1名ずつ乗っている。

 将軍官邸に向かう途中で、ジープはゲリラに襲われる。そして、串木田支社長が誘拐されてしまう。支社長誘拐が目的と思った佐野はジープ後部の銃座のマシンガンに飛びつくという行動に出てしまい、射殺されてしまう。ゲリラはサンチェス体制に抵抗する自由パナマ戦線FFPだという。

 上原室長がどこから情報を入手したのかわからないが、「トランプ・フォース」の出動を依頼したのだ。ミスタ・ゴールドの許に集まった7人のチーム・リーダーは、ミスタ・ゴールドと食事を交えながら作戦会議を行う。
 その結果、2つのチームが任務を分担協力しながら、誘拐された串木田支社長の居場所を突き止め、FFPから奪還する。この作戦の展開状況に応じて1チームがいつでもサポートできるように、バックアップ体制をとるというシナリオができる。
 
 日本政府は中央アメリカにおける日本人誘拐事件を憂慮して、サンチェス将軍に外交的に働きかける。サンチェス将軍は、カルロス大佐に命じて、誘拐された日本人の捜索と奪還に着手する。そして、FFPの討伐作戦を展開しようとする。
 トランプ・フォースのチームが串木田支社長奪還作戦が進展していくにつれて、予想外の事実が徐々に判明してくる。

 この作品の読みどころは、中央アメリカの複雑な政治情勢を背景にしながら、ストーリーが構成されていることと、誘拐された人の奪還作戦がどのように展開されていくかというそのプロセスである。そして、さらに、意外な事実が判明してくるに及び、トランプ・フォースがどう作戦を変更し、新事態に対処していくかというところだろう。
 後は本書をお読みいただき、原題『狙われた戦場』の意味も考えていただくと良い。

 最後に、この作戦に従事するトランプ・フォースのプロフィールを簡単にご紹介しておこう。こんな構成の連中が、どうその持ち味を発揮するのか。著者が発揮させるのかが読ませどころである。武闘シーンは著者のお手のものと言えよう。

ホワイト・チーム 上原室長と面談し、支社長奪還を直接進めるチーム
 ミスタ・ホワイト: リーダー兼チームの教官
 佐竹 竜: 元商社マン。津軽半島の最北、青森県三厩村出身。家伝『源角』という
   拳法を修得し父から皆伝を得ている。源氏直系の末裔。英・仏・西語を話す。
 ワイズマン: 元アメリカ陸軍特殊部隊員。傭兵として紛争地帯で戦闘。
 李 文華(マーガレット・リー): 香港出身。元英国情報部香港支部の工作員。7ヵ国語OK
   内家拳三門(形意拳、太極拳、八卦掌)を体得。
バーミリオン・チーム マヌエリアに潜入し情報探索を進めるチーム
 ミスタ・バーミリオン: ラテン系南米人。
 ジョルディーノ: シチリア島出身者の子孫。南米育ち。ジャングルを熟知。
 ロペス :元空手の南米チャンピオン。
 リョサ :元ニカラグァ革命軍所属。ナイフ使いの達人。

ブラック・チーム  支援部隊としてロサンゼルスで待機。
 ミスタ・ブラック: 日本人
 ハリイ   :アイルランド系アメリカ人。元米海兵隊員。 
 ジャクソン :イギリスからの入植者の末裔。元米陸軍に所属。
 シュナイダー:ドイツ系アメリカ人。元米陸軍に所属。特殊任務に従事。狙撃の名手

 戦闘プロフェッショナルの集団が縦横に活躍する。まさに「切り札」である。
 おもしろいストーリー展開に仕上がっている。


 ご一読ありがとうございます。


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中南米絡みの事実情報をネット検索してみた。この作品の背景理解として、一覧にまとめておきたい。

ニカラグア年表 その1 :「ラテンアメリカの政治」
ニカラグア年表 その2 :「ラテンアメリカの政治」
ニカラグア年表 その3 :「ラテンアメリカの政治」
ニカラグア年表 その8 :「ラテンアメリカの政治」
エルサルバドル年表 :「ラテンアメリカの政治」
 1978年5月に、現地合弁企業で松本不二雄社長の誘拐・殺害事件発生の事例あり。
ホンジュラス年表    :「ラテンアメリカの政治」
パナマ年表  :「ラテンアメリカの政治」
 
コントラ :ウィキペディア
イラン・コントラ事件 :ウィキペディア

マヌエル・ノリエガ :ウィキペディア
パナマ侵攻 :ウィキペディア
 
サンディニスタ民族解放戦線 :「公安調査庁」
コントラ  :「公安調査庁」
レコンパス :「公安調査庁」
民主革命同盟(ARDE)  :「公安調査庁」
ファラブンド・マルティ民族解放戦線  :「公安調査庁」
民族抵抗武装軍(FARN) :「公安調査庁」
グアテマラ民族革命連合(URNG) :「公安調査庁」
11月29日民族解放運動(MLN-29) :「公安調査庁」
 
国際テロ組織 世界のテロ組織等の概要・動向  :「公安調査庁」
 
コルトXM177  :「MEDIAGUN DATABASE」
ポーランド Wz63 :「MEDIAGUN DATABASE」
M16自動小銃 :ウィキペディア
ウージー :ウィキペディア
M79 グレネードランチャー :ウィキペディア
 

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版



『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社

2014-04-19 01:02:00 | レビュー
 インターネットの「英辞郎 on the WEB」で whiteout の単語の意味を調べると、「〔猛吹雪や猛風などのせいで〕見えない[視界のきかない]こと」と説明されている。
 原発がホワイトアウトするとは、どういうことか? それだけ知りたい人は、本作品のプロローグと最終章「爆弾低気圧」を読んでいただければ良い。プロローグの冒頭は1998年2月21日朝刊の記事「70メートル送電塔 突然倒れる 香川・坂出」の記載から始まっている。

 内表紙の次のページにカール・マルクスの言が引用されている。

 「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」

この引用が、この作品のアイロニカルな表象であると強く感じている。フィクションでしか書き表せない現状ということだ。原発爆発事故の悲劇は再び起こり得る。その蓋然性を総合的視点から描出しようとした作品といえる。表裏の著者紹介は簡潔である。「東京大学法学部卒業。国家公務員I種試験合格。現在、霞が関の省庁に勤務」と。つまり霞が関の中央省庁内部で仕事をする日常体験の情報と実態がフィクションに仮託されている。多分、内部情報漏洩には抵触しない形で、内部告発に準じた変形された創作だと判断する。だが、そこには現実の姿が色濃く投影され、問題事象は読めばわかるという形で提示しているように受け止めた。
 福島第一原発爆発事故の発生は、さかんに、地震による津波と「想定外」が強調された。そして、たとえば、『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』(一般財団法人・日本再建イニシアチブ、Discover刊)を読むと、「事故の直接原因は、津波に対する備えがまったく不十分で、電源喪失による多数の機器の故障が発生したことに尽きる」(p41)と結論を記載している。地震そのものが原発設備にもたらした原因の側面についての論議を棚上げしたとしても、電源喪失がメルトダウンの決定的要因になっていたのは間違いないだろう。そして、水素爆発事故が発生し、悲劇が招来された。原子力安全神話の崩壊である。
 被曝・避難・死が3年を経過して終わった訳ではない。それは東北地方復興の遅れも含めて、未だ進行形である。何も終わってはいない。原発のメルトダウン、爆発事故はもう二度と起こらないのか? 著者はNOと言う。「歴史は繰り返す」。地震・津波による原発事故だけじゃないでしょう、その蓋然性は・・・・。ホワイトアウトという気象条件とある要素が絡めば、原発事故は起こりうるでしょう、という警鐘がここにある。
 これはフィクションでしか今提示できないことだ。
 その部分は、冒頭に記したように、プロローグと終章で尽きる。

 それでは、歴史を繰り返させる要素はどこにあるのか。それが第1章~第18章だと私は読み取った。原子力ムラの利益追求動因。電力会社の揺り戻しと巻き返し。一度目のフクシマの悲劇で悩み、苦しみの中に投げ込まれた状況のままである人を時折みつめながらも、日本社会全体の大衆レベルでみれば、フクシマの心理の風化現象の高まり。追求し続けるという姿勢や定見のないマスコミ。あいも変わらず縦割り行政、問題事象の限定化による自己保身、自己利益追求。総合的視点での対応策のなさ。政治家の自己利益追求と縄張り意識及び問題の先送り。正論が正論として徹底的に論議され対策の検討もされず、青臭い議論としてなし崩しにされるプロセス。批判があっても十分に討議を尽くさず多数決の論理で押し切る法制化。三権分立の欠落と癒着。などなど・・・・
 さまざまな観点が焦点を合わせる方向にではなく、分散させられ解体させられる方向に誘導されがちな体質と風土。
 それらを幾筋もの流れを織り交ぜながら、ストーリーが組み立てられていく。この流れこそ、フクシマ以前の路線方針を前提に、現在起こっている事象のフィクション化した提示である。
 そして、それがだれも本気で対策を検討すらしていない現実の提示となる。それは歴史が繰り返される蓋然性の一事例の提示となっている。絵空事とは一笑にふすことのできないエンディングである。それは、フクシマの原因の徹底分析と対策の追求欠如から発生する二度目であるからこそ、「喜劇」になるのだ。

 この作品にはこんな流れが織り込まれていき、相互に交わり展開していくことになる。・日本電力連盟常務理事・小島巌が原発再稼働の方針を掲げ、仕組みづくり・根回し・裏工作・仕掛けなどの手段を労していくそのやり口とプロセス。
 その一つは新崎県知事伊豆田清彦を贈収賄事件の中心人物に仕立て上げていく工作プロセスとして現出する。
・経産省資源エネルギー疔次長が、自らの立身出世と欲望の満足を内に秘めながら、国民の要望・要求を組む姿勢をみせる中で、エネルギー関連法案を骨抜きで成立させていくプロセス。保守党族議員のドン・赤沢浩一に根回し、保守党幹部岩崎道夫や木原英治をうまく立てながら巧妙に行動するプロセス。
・ある事情からアナウンサー・記者を辞職し、財団主任研究員という立場で、原発阻止のためにその重要な証拠をつかもうとする行動。ハニートラップをも利用して、証拠を得ようとするプロセス。
 他にも中小の支流が様々に本流に流れ込んでいく。
 このプロセス、まさに現実にありそうな気になってくる。いや、あるのだろう・・・・。

 フクシマ以降の日本社会の対応状況を総合してみれば、原子力問題について大きな陥穽があるという問題提起ではないだろうか。
 隠された事実、言及されない事実、知らされない事実が無数にあると感じる。一面の事実しか伝えないやり方。その対極に事実を知ろうとしない一般庶民、惑わされやすい一般庶民が居る。
 言い古された格言の真実性が垣間見える空恐ろしさ。
 ・喉元過ぎれば熱さ忘れる     ・水に流す
 ・寄らば大樹の陰         ・       
 ・知らしむべからず、寄らしむべし ・知らぬがほとけ
 ・羊頭狗肉
 
 そういうことを考えさせる警世のフィクションだと思う。
 読んでいると、現実に存在する、存在した人物、事件、状況などが連想されてくる。
ついでに、著者が実名で登場させている人名を挙げておこう。
  松永安左ヱ門、木曽義仲、青木昌彦
  古賀茂明、佐藤優、村木厚子、平野貞夫、小沢一郎、加納駿亮、三井環、宮野明
  小泉純一郎、福田康夫、森山眞弓、村上正邦、鈴木宗男、田中眞紀子、村岡兼造
まあ、これらの人名は公知事実の引用という局面での実名記載であるという意味合いだけなのだが。

 フィクションの形だからこそ、実態を表象化して明確に記述できる局面があるのだと感じる箇所が数多くある。それらを抽出してみる。この読後印象としての抽出箇所をどう解釈されるだろうか? やはりそれは絵空事だよ・・・とあなたは読み進められるだろうか。

*この電力システム改革のゲームには、電力会社や政治家が参戦する。しかし、制度の細部の決定権を最後の最後まで放さないことが官僚のパワーの源泉なのだ。  p30
*デモに参加している多くの若い人々は、「官邸前デモが政治を変える、社会を変える」と脳天気で信じているようだ。SNSの申し子ともいえる彼ら彼女らは、ネットでつながる仲間からの『いいね!』という即効的な反応を求める。じっくりと物事を考えて論壇に見解を表明し、ジワジワと社会の価値観が変わっていくことを待つという旧世代の忍耐力はない。  p35
*電力会社が、総括原価方式によってもたらされる超過利潤(レント)によって、政治家を献金やパーティ券で買収し、安全性に疑義のある原発が稼働し、・・・・ p43
*日本の社会は、組織のなかで個人が飼い殺しにされる構図である。  p44
*車上の私服警官が、無表情のまま、なにやら小型のビデオカメラのようなもので、デモ最前列のメンバーの撮影を始めた。デモ参加者が携帯端末を使ってデモの様子をネット配信するのは日常的なことなので、私服警官が撮影する姿をパッと見るだけでは違和感がない。  p45
*所詮は国家権力を獲得するところまでが目的の集団で、獲得した国家権力の使い方の要諦については何の定見もなかったということだ。  p50
*「・・・よろしく。できる範囲でいいですから・・・・」・・・封筒を預けられる。なかには通し番号付きのパーティ券の束と振り込み用紙が・・・・振り込みの際にその番号を振り込み名義人の頭に入力することが求められており、国会議員側からすれば誰が何枚パーティ券を買ったか一目瞭然なのである。   p59-60
*電力会社は地域独占が認められている代わりに政府の料金規制を受けているが、その料金規制の内容は、総括原価方式といって、事業にかかる経費に一定の報酬率を乗じた額を消費者から自動的に回収できる仕組みとなっている。ただ、事業にかかる経費自体、電力ビジネスの実態を知らない政府によって非常に甘く査定されているし、経費を浪費したら浪費しただけ報酬が増えるため、電力会社としても、より多くの経費を使うインセンティブが内在している。そのため、結果として、電力会社から発注される・・・等は、世間の相場と比較して、二割程度割高になっているのだ。  p62
*驚くべきことに、日本電力連盟自体も、法人格を取得していない任意団体であった。  理由は何か? それは、・・・外部の介入を過度に警戒しているからである。 p65
  →ノンフィクションの世界を眺めると:
   電気事業連合会 
   一般社団法人日本電気協会 
   一般社団法人日本鉄鋼連盟 
   一般社団法人日本自動車連盟 
*原子力規制疔では・・・原子力規制行政の中立性・公平性を確保するため「被規制者等との面談」は公開される、というルールだ。ところが日村は、被規制者でもないし、電話は面談でもない。したがって、日村が原子力規制疔の審議官と何を話そうとも、その会話の内容が公開されることはない。ルールというのは、いくらでも穴があるものなのだ。 p73-74
*大衆は常に「自分よろいもうまくやる奴」を妬み憎む。・・・・と大衆は思っているのだから、とにもかくにも、電力業界での競争原理の導入を謳った電力システム改革の実施を政府で決めて、これからは競争が起きると大衆に信じさせればよい。・・・・
 目的と手段を混同してはならない、ということだ。電力システム改革は、最終目的ではない。・・・本当は、原発再稼働の手段に過ぎない。・・・競争が起きると誤認させれば、大衆の溜飲が下がり、原発再稼働へのハードルをクリアすることになるだろう。 p81-82
*「電力システム改革はやりました」と保守党政権が胸を張りつつ、細かい穴がいくつもあって、実際には競争は進展しない状態、というのが現実の落とし所だろう。 p83
*そうなんですよ。規制当局の意識は急速にフクシマ以前に戻ってますよ・・・ p101
*実は、霞が関のキャリア官僚の結婚相手の実家は、有力な新興オーナー企業、特にIT企業創業者、というのが多いのである。新興オーナー企業に足りないのは名誉、霞が関のキャリア官僚に足りないのはカネだ。   p117
*三つ目のルートは、関東電力が飼っている自称「フリージャーナリスト」の活用だ。 p121
*同じ国会議員でも、野党の国会議員が法案の内容説明を受けるのは、法案が閣議決定され、国会に提出されたあとである。与党の下っ端議員に対してはどうか? 野党議員より少しは早いが、法案の国会提出の数日前に過ぎない。いずれも、法案の基本的方向性の策定段階で口を出すことはできない。つまり、所管省庁に重鎮と認められた大物の族議員だけが、省庁からの事前の相談を与ることができる。  p126-127
*報告書は法的分離を採るとしています。・・・発電部門と送電部門が法的分離をしたとしても、所詮、民間企業の同じグループ会社です。会社の建物も同じであれば、株主も共通で、持ち株会社によって支配されます。・・・・マスコミの監視があったとしても、発電部門や小売り部門と送電部門が意を通じて実質的な競争を進展しないような工夫は、いくらでも施せると思います。  p132-133
 →英国や北欧では発送電分離は所有権分離で人的資本関係の断絶であることとの対比
*法務大臣は、国家公安員会委員長や環境大臣と並んで軽量級の政治家が座るポストであり、引退直前の議員や、参院の初入閣者、あるいは女性の初入閣者が就くのが通例だった。 p183  検察の最高幹部(=検事総長)は法務大臣と給料も同額 p182
*原発の電気は発電時には安いと称しているが、実は白地小切手の振り出しのようなもので、後の放射性廃棄物の処分でいくらかかるかわからない、というような不都合な真実を・・・・   p185
*フクシマの事故から、状況は一変した。原発文化人は、自分が原発に好意的であった過去をできるだけ隠したがった。   p207
*まったく根拠のない出鱈目のデマであるが、同時に複数のルートから話が駆け巡ると、その瞬間はもっともらしく聞こえる。内部告発では告発者の保護が必要なので、デマを流された場合にタイムリーに反論して打ち消すことは難しい。  p210
*原子力業界を継続的にウォッチしていれば、業界が、常に明るい見通しを、素人相手に示すことが習い性であることに気がつく。  p225
*ただ、アメリカでは原発立地1ヵ所当たり原子炉の数は3基以下であり・・・・
 たとえば、欧州加圧水型炉では、万一のメルトダウンの際にも、原子炉格納容器の底部にはコアキャッチャーがあり、過酷事故時には、炉心の溶融から出たデブリが冷却設備に導かれる。格納容器自体の大きさも日本の原発と比べるとかなり大型化されている。そして、格納容器の壁は二重構造となっており、外側壁は鉄筋コンクリート製で、外部からの航空機衝突の予防壁となっている。
 このような最新式の安全性を確保した原発が、ヨーロッパのみならず中国でも導入されているのに、日本の規制基準には採用されなかった。日本の重電メーカーの製造する原発はこうした安全基準を満たしていないからだ。   p259
*特筆すべきは、公表された新しい規制基準は、すべて原発の敷地内のことに限られていたことである。・・・・チョンボがあったのは原発なのだから、原発以外の権限までをみすみす取り上げられる理由は経産省にはない。その結果、原子力発電所に直結する送電施設の安全性については、原子力規制委員会が規制基準を見直すことにはならなかった。p261

 ぜひ一読されることをお薦めしたい。フィクションの中に、原発問題と社会構造・体制の現状を真剣に考える材料となる書である。

 ご一読ありがとうございます。


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本書関連で、関心のある事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

原子力規制のための新しい体制について :「首相官邸」

2014.04.10 19:26 記者 : 時事通信社
132人が他省庁転出=発足1年半で―原子力規制庁:「ガジェット通信」
  [付記:この見出しの記事があった。はやアクセス不能。
    見出しを敢えて残しておきたい ]
 同じ記事をこちらで採録できた!「時事ドットコム」にて。
   これもそのうち消えるかも・・・・。
  132人が他省庁転出=発足1年半で―原子力規制庁

原子力規制庁、安全基盤機構と統合へ 転入民間人厚遇にぼやきも 2014.2.4
 :「msn産経ニュース」
 
実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則
  最終改正:平成二六年二月二八日原子力規制委員会規則第一号
 
原子力規制委員のノーリターンルールと財界の原発利権について @大竹まこと ゴールデンラジオ
 
発送電分離問題の再考②-1 英国事例に見るフェアの追求とその帰結  奈良長寿氏
 
英国に学ぶ ~世界に先駆けた発送電分離の実態~ :「電気事業連合会」
 発送電分離と電力自由化についてかなり具体的に説明しているが、本書に出てくる「所有権分離」の側面はなぜか触れていない。
 
実用発電用原子炉に係る新規制基準について -概要-
  平成26年2月  原子力規制委員会
欧州加圧水型炉(EPR) (02-08-03-05) :「原子力百科事典 ATOMICA」
日欧の原子炉の違い・・・・日本はコアキャッチャーの設置義務の無い国しか輸出できない。  :「夢老い人の呟き」
 
中国における原子力発電の安全性と経済性の両立への模索  李志東氏
AP1000 :ウィキペディア
第3世代原子炉 :ウィキペディア
 


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『江戸っ子は虫歯しらず? 江戸文化絵解き帳』 石川英輔  講談社

2014-04-16 00:49:37 | レビュー
 タイトルに目がとまり、おもしろそう・・・副題が「江戸文化絵解き帳」という。中をペラペラと眺めると、絵入りで数が多い。なるほど絵をベースにした江戸文化の雑学編的な説明か、気楽に江戸文化に触れるのには便利そう・・・・と、読んでみる気になった。
 同種本として、『江戸吉原図聚』(三谷一馬著・中公文庫)というのが手許にある。が、これは江戸新吉原という特異文化の絵解き本である。一方本書は、当時の全般的な江戸都市文化への入門書である。

 最後に「あとがき」を読んで、おもしろいタイトルの理由がわかった。本書は月刊誌『歯医者さんの待合室』に「大江戸拡大鏡」として連載(2004年1月号~2006年12月号)されたものがもとになっていたのだ。「江戸時代のご先祖がどういう生活をしていたか」を江戸時代の絵師の絵を当時の様々な出版物から抽出して、拡大鏡で眺めてみるように、わかりやすく絵解き記事にされたものだった。ということで、本書には259点の図版(と、記されている。カウントはしていない)が紹介されている。江戸文化だから江戸だけにではなく、当時の関西圏での刊行本も江戸の文化を説明する資料として使われていて、地域限定でなく江戸時代の日本の文化背景解説となっている。
 まずは、どんな出版物からの絵が利用されているのか、列挙してみよう。こういう解説本でなければ、専門的な研究者と好事家以外は、滅多に目にすることも無いような当時の出版物のタイトルが多く出てくる。
 『都名所図会』『摂津名所図会』『江戸名所図会』『淀川両岸一覧』『熱海温泉図彙』『江戸名所花暦』『東都歳時記』『名所江戸土産』『絵本三都名所一覧』『神事行灯』『江戸府内風俗往来』『庭訓往来』『俄紫田舎源氏』『教草女房形気』『北雪美談時代鏡』『薄俤幻日記』『花壇朝顔通』『都鄙秋興』『五十三次北斎道中画譜』『北斎漫画』『素人包丁』『和漢三才図会』『伊勢暦』『拳会角力図会』『女大学操箱』という具合である。引用図版の残りの出典は末尾にまとめておこう。
 「まえがき」に「私は、三十年にわたっって挿絵の多い本を集めてきたので、その絵を使って昔の生活のさまざまな面を見ていただこうと思っている。時代小説が好きな方や、江戸時代の人々の暮らしぶりに関心がある方なら十分に楽しんでくださるだろう」という記されている。この点、期待を裏切られることはなかった。

 本書は6章構成になっている。1章「季節の楽しみ」、2章「商売いろいろ」、3章「飲んで治して」、4章「命あるもの?」、5章「よく遊びよく学ぶ」、6章「飾る装う」、7章「旅からたびへ」である。この章立てでどんな切り口で説明されているかほぼおわかりいただけるだろう。
 本書表紙の絵は、第3章の「16 昔の歯みがき粉」に載っている絵である。朝の歯みがきの典型的スタイルがこれだとか。右手に持つのは房楊枝。左足許に歯みがき粉の袋。「江戸の町で愛用者が多かったのは、現在の千葉県館山市付近で産した『房州砂』を原料にした歯みがき剤」(p116)だったそうで、天然炭酸カルシウムの微粒子を分離して歯みがき粉の基剤にしていたそうな。「乾かした砂に竜脳、丁字、白檀などの香料で香りをつけた歯みがきを紙の袋に入れて売った」とか。1袋が4文。当時の一人前の大工の日当が500~600文だったという。
 食事後に楊枝をふだん使うことがあっても、その材料が何かを考えたことがない。本書を読んでなるほど! その字のとおりだったのだ。「楊柳の枝」つまり「ネコヤナギ(=カワヤナギ)」だそうだ。軟らかいヤナギ科の植物。歯をみがくのにその材料は桃の枝でもいいのだとか。
 房楊枝は一方の端がブラシ状になっている。江戸の後期には、美女が店頭で槌で叩いて砕いて製造販売している絵が多く残されているという。美女が叩いて作っているのを、男たちが買いに行くという構図である。いつの世も男は美人に引かれるのか・・・・。「焚きつけにするほど楊枝浅黄(あさぎ)買い」という川柳があるという。「浅黄」というのは参勤交代で江戸に出てきている田舎の下級武士をさす。(浅黄は彼らの着ている着物の裏の色のこと。)おもしろい。
 この16項の末尾に著者は記す。「本当に、『江戸っ子は虫歯しらず』になったかどうかについては、保証の限りではない!」と。この落ちもおもしろい。

 本書は江戸時代の庶民の実態を残された図版から帰納的に解き明かしていく。絵からこういう学び方もあるのか・・・というのが、新鮮だった。漠然と江戸の絵師がこんな絵を描いていたのか・・・と眺めるだけにとどめずに、一歩着眼点を持って数多の絵を渉猟すれば、江戸庶民の生活が生き生きと見えてくる! な~るほど、である。
 絵解きをしながら、著者は当時の景色が現在どう変化したか、また江戸と現在の生活パターンの対比もしている。ところどころに皮肉を交えながら・・・・その斜めの視点にも、再考すべきことがあり、参考になる。温故知新がここにもある。

 絵解きから、初めて知ったこと、面白い点、興味深い点をピックアップして混在で列挙し、ご紹介しておこう。より具体的には、本書の絵解きを直に楽しみ、現代人の行動の根っ子がやはり江戸文化の名残があることに気づくのもおもしろいと思う。時代が替わっても、同じことを・・・である。カギ括弧での引用以外は要約したものである。

*墨堤と王子の飛鳥山の桜は8代将軍吉宗が植樹させたもの。上野山での歌舞音曲・肉食禁止の代替として、庶民が気楽に花見ができるように、だったそうだ。 p14-15
*東京にある「川開き」の行事はもともと川施餓鬼というお盆の行事で宗教的な意味が濃かった。「『川開き』は陰暦5月28日から8月28日までの川の納涼期間、『川を開いている期間』の意味だった。」 p22
*花合わせの機会:厳しい身分制度のある社会だったが、一方、趣味の道では身分を越えた交流が行われていたのも事実である。 p34~38
*江戸には、墨引内(町奉行の管轄域)、朱引内(実質的な江戸の範囲)の2種類の境界があった。広い方の朱引内は、それでも現東京23区の面積の約27%でしかない。p46-47
*江戸の茶店もいろいろ。「水茶屋」は「純喫茶」相当。「料理茶屋(=色茶屋)」は料亭であり、時には芸者や遊女を呼んで遊興させる店。「掛茶屋(=腰掛茶屋)」は葦簀張りの茶店で、簡易純喫茶。せいぜい団子、餅ていど。「立場茶屋」は給仕の女性が居る軽食喫茶の類い。 p54~67
*江戸時代の買い物はほとんど「振り売り」の行商人から行っていた。食べ物はほぼすべて行商人から買えた。 p68~88
*「江戸時代の日本は、当時の世界でも出版大国だった」(p89)。貸本屋全盛の時代。大名も貸本を利用。貸本屋が本を背負って町中を歩き、流通させた。
*「江戸の就学率は農村部まで含めた江戸府内で、1850年前後の嘉永年間には85%に達していた。江戸市中では、ほぼ100%」だった。寺子屋での手習いは1対1の個別授業方式。寺子屋の教科書は各種「往来物」本を利用したようだ。 p89~100、p162~178
*江戸の医者は医師免許なし。医者も徒弟修業の経験主義。本道医(=内科医)の診察は問診・脈診・腹診と生薬の配合処方。「本道医は、僧侶のように頭を剃り上げているのが普通のスタイルだった。」 p102~106
*江戸は犬だらけの都市だった。伊勢参りをした犬がいたという。 p132~145
*「今のわれわれが江戸らしく感じるファッションや風習などができ上がっていったのは、文化文政期以降、つまり1800年代初頭から幕末期にかけてだ。江戸時代は多様性の時代だったから髪形も千変万化で、昔の風俗画をこまかく見ると実にさまざまな形がある。」 p211
*江戸時代の女性の絵に「お太鼓」結びの帯の絵は見当たらないとか。「通説によると、文化年間に江戸の亀戸天神の太鼓橋の渡り初めの時、深川の芸者衆いわゆる辰巳芸者の姐さんたちが工夫して結んだ野が今野お太鼓結びだそうだ。」  p225
*江戸時代の婚姻は「婚礼」と言った。「神前結婚を日本の伝統的な結婚式だと思っている人が多いが、こういう形式の結婚式が始まったのは明治33年(1900)からだ」p234 
*嫁入りのことを「輿入れ(こしいれ)」というのは、身分の高い女性が「輿(こし)」に乗って嫁入りしたから。形式的ながら武装した武士が警護して行った。 p235
*江戸慈大は、21世紀の日本なみに離婚が多かった、という。 p237
*江戸時代の駕籠は「先棒」と「後棒」の二人で舁く。舁く相手を「棒組」あるいは「相棒」という。刑事物語でつかう「相棒」の由来はここに。「お先棒をかつぐ」というのもこの駕籠の用語から。当時の駕籠賃は江戸市中1里(約4km)につき400文くらい。上記の大工の日当と対比してみるとよい。  p252~253
*宿駅で待機している馬(=駄賃馬)には公定料金が決められていた。 p254~255
*駄賃馬には本荷・乗掛下・から尻という利用区分で料金が異なった。「三宝荒神」という乗り方もあったとか。 p255~256
*江戸・京都間の徒歩旅行の必要平均日数は14泊15日くらいで、1両あれば往復できた。一人前の大工の月収が2両2分(2.5両)くらいの時代。旅籠には「浪花講」というしくみが工夫されたようだ。今の「JTB指定旅館」「国際観光旅館」表示の先祖。p259~262
*温泉場。「どうやら昔は混浴が普通だったようだ。」 p267

 こういう江戸文化の実情を、豊富な絵を提示して具体的に解き明かしていく語り口も平易で楽しく読める。こちらが注意深く観察すると、絵は文字で書き記せない様々な情報を開示してくれている。まさに「百聞は一見に如かず」、本書は絵解きを深める良きガイドである。
 江戸文化、一歩踏み込めば、好奇心をかきたてる世界が広がっている。

[引用図版のその他出典一覧]
『大和名所図会』『善光寺名所図会』『東海道名所図会』『伊勢参宮名所図会』『花洛名勝図会』『宇治川両岸一覧』『絵本吾妻抉』『江戸大節用』『江戸名所画本』『風俗金魚伝』『仮名保古一休草紙』『誠忠義臣略伝』『黄金水大尽盃』『咲替蕣(むくげ)日記』『商売往来』『百姓往来』『番匠往来』『江戸往来』『四季の花』『春色辰巳園』『三世相縁の諸車』『春色英対談語』『昔日新話』『春告鳥』『青楼之昼』『絵本江戸紫』『絵本満都鑑』『百人女郎品定』『絵本花葛蘿』『雪の朝』『朝皃水鏡』『人間万事虚誕計』『柳川画帖』『江戸東京風俗野史』『四時交加』『倶客竅学問』『料理通』『富嶽百景』『日本その日その日』『塵劫記』『拳独稽古』『諸国道中袖鏡』

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図版のソースをインターネットで得られるか? 試してみた結果を一覧にしておきたい。リサーチすればもっと発見できるだろう。本書を読んで、あなたもチャレンジしてみてください。

『花洛名勝図会』 東山之部. 巻1-4 :「古典籍総合データベース」
 祇園林夜桜  東山之部 一 49コマ
川崎 桜宮 『淀川両岸一覧』 :「淀川資料館」
『摂津名所図会』 [正,続篇] :「古典籍総合データベース」
 生田の花見 谷田部郡 上 9冊目 10コマ
『大和名所図会』 :「神奈川大学」
   吉野山の花見図は 34/52コマ
『東都歳時記』巻之1-4,附録  :「古典籍総合データベース」
   墨田川堤の花見図 2冊目 12コマ
『江戸名所図会』 :「絵双紙屋」
『絵本江戸土産』 :「古典籍閲覧ポータルデーターベース」
   墨田堤花盛 掛茶屋 
    諏訪台の掛茶屋 歌川広重画
『江戸府内 絵本風俗往来』上編 (復刻版):「近代デジタルライブラリー」
   伊勢参りの犬図 32/98コマ
『江戸府内 絵本風俗往来』中編 (復刻版):「近代デジタルライブラリー」
   裏長屋の夕涼み(35/133コマ)・朝顔(37/133コマ)
   共同で飼う犬の小屋作り図(67/133コマ)
 

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『心霊特捜』 今野 敏  双葉社

2014-04-12 09:56:14 | レビュー
 今野敏がこんな特異な設定での警察小説を書いているとは知らなかった。
じゃあ、どこでこの作品を知ったのか。著者のホームページにアクセスした結果である。「今野 敏の作品リスト」というページをプリントアウトし、この「遊心逍遙記」以前から読み継いでいた本をチェックしてみたのである。いわば消し込み。そして本作品のタイトルを見つけた。3月28日時点では171冊がリストになっていて、171冊目が『アクティヴメジャーズ』である。本書のタイトルは140番目として出ている。本書を加えて95冊を読んだことになる。

 本書は「小説推理」の2007年2月号から2008年6月号までの期間に、6編の短編小説が発表され、それがまとめられて2008年8月に単行本化されたものである。
 単行本の表紙イラストの人物は、本作品集の一応の主人公岩切大悟だと思う。この作品集で描かれている彼のキャラクターがにじみ出ているようだ。大悟は神奈川県刑事部刑事総務課に所属し、刑事企画係である。刑事部のなんでも屋的存在。だから、捜査として活躍するのは彼ではない。
 活躍するのは県警本部のR特捜班である。Rは「霊」のRであり、別名『心霊特捜班』という。特捜班の係長は番匠京介、警部で40歳。いつ見ても眠そうな顔をしていて、よれよれの背広を着ていて、髪がちょっと乱れているという風貌の人物。少々のことでは動じない。彼自身は「霊」とは無縁。その番匠が係長なのだが、その理由は不明。
 R特捜班には3人の捜査員が居る。簡単にプロフィールをご紹介しよう。
数馬史郎(かずましろう):主任。35歳の巡査部長。長目の髪をオールバックにしている。スーツを着ているがノーネクタイ。古神道の伝承者の家柄で、神社神道では失伝されてしまった秘伝を知っている。
鹿毛睦丸(かげむつまる):32歳の巡査。短髪を整髪料で針のように固めたパンクな感じのする男。大きな鋲をあちらこちらに打ち込んだ黒革のジャンパー、細身のジーパンスタイル。実家は密教系の寺。鹿毛自身も密教の修行を積んでいるようなのだ。
比謝里見(ひじゃさとみ):28歳の巡査。沖縄出身。黒々とした長い髪と大きくよく光る目に特徴がある。沖縄の神事に関わる女性霊能者(ノロ)の家系の女性。
 という具合で、彼ら3人が霊感を持っているということになる。この3人の活動を番匠がとりまとめていることになる。
 
 彼らR特捜班はあまり表に出ることなくひっそりと行動する。現実主義の刑事たちにとって、R特捜班は奇異なうさんくさい存在にみえる。本気にしていないが、それなりに知られた存在。R特捜班はその霊感を発揮し、幾多のトラブルを解決してきた実績がある。 当初R特捜班は横浜の県警本部内に設置された。だが結果的に今は鎌倉署の一室を借りてそこに常駐している。なぜか? 「鎌倉は古都だけに怪談の類も多く、心霊スポットといわれる場所も少なくない。心霊現象に関する通報も多い」(p19)からである。
 著者は別に警視庁科学特捜班(ST)シリーズの作品群を書いている。このシリーズはけっこう事件の捜査プロセスの分析と解明における論理展開が興味深い。それと対極にあって、現在の科学捜査では対処しかねる事象を扱う特捜班を生み出したのだから、実におもしろい。こんな特捜班が実際に存在したら・・・・実に奇妙でかつおもしろいだろう。

 大悟は県警の一般捜査員とR特捜班との連絡係という役割なのだ。この男、なぜ警察官になったかわからないと本人が思うくらいに、おそろしく恐がりなのだ。特に霊などと聞けばそれだけで嫌悪するようなのだが、なぜか連絡係として、間接的に関わっていくとう役回りなのだ。ある意味、黒子的な役割を果たす存在である。

 つまり本作品は、R特捜班が直接間接に関わって、事件解決を促進した事件簿といえる。人が心霊現象、呪われた・・・と感じる状況をトリックとして利用した犯人究明といえる。霊が存在するのかしないのか・・・・さて。
 それでは、本書にまとめられた事件を簡略にご紹介しておこう。後は本書を手にとって楽しんでいただくとよい。STシリーズと比較すると、短編ということもあり、割合にシンプルなストーリーで軽い読み物にまとまっている。霊の登場のしかたとそれへの対処のしかたが興味深いし、おもしろい。

「死霊のエレベーター」
場所:港北区のマンション内の乗ってはならないエレベーター内
  (6年前にエレベーターの故障で、当時22歳の青年が死亡。
   エレベーターは作り直されている。別にもう1台エレベーターがある。)
被害者:死体で発見される。マンションの住人。鳥谷渡、65歳。無職。
  退職後悠々自適生活の人。医師の死亡診断書は、心臓発作が原因と記す。
状況:被害者は一人でエレベーターに乗っていた。
R特捜班は、1)遺体の検分のやり直し、解剖すること、2)マンション住民への聞き込みをすることを提言する。数馬はエレベータに霊の真剣なまなざしを感じる。

「目撃者に花束を」
神奈川県警捜査1課の刑事・細島慶太が大悟を介して、R特捜斑に持ち込む話が契機となる。話とは細島が何度も同じ夢を見るというもの。
場所:夢に出てくる景色が、1年前の未解決殺人事件の発生場所と判明
   住宅地と住宅地の間で、昼間でも人けのない林に挟まれたカーブ
被害者:35歳の営業マンが殺害された。死因は刃物による刺し傷。
    その会社員が乗っていたはずの営業車は現場から持ち去られていた。
細島、R特捜班、大悟は現場に行く。細島はカーブの場所に置かれている花束の近くに若い女の人がこちらを見ていたとつぶやく。大悟はいう。「誰もいませんよ」

「狐憑き」
場所:鎌倉署管内、自宅近くの林の中で遺体として発見
被害者:女子高校生。下崎亜里砂。頭文字A・S。
状況:鈍器による頭部の殴打。頭蓋骨骨折に脳挫傷。即死。遺体傍に赤ん坊の頭台の石。   石に付着の血液と頭髪の鑑定から凶器と判明。
   遺体発見者は被害者の母親。
   被害者の携帯には参考人からの着信記録がある。参考人は市原静香。
   市原は学校で下崎(首謀者)からいじめにあっていた。市原はブログにA・Sを
   殺したいという記述をしていた。
   市原静香は今、狐憑き状態に居るという。
事件の前から、市原静香は狐憑きの状態で、土蔵の中で祈祷師にお祓いを受けていたという。R特捜班は現地を訪ねてみる。

「ヒロイン」
場所:横浜みなとみらい署管内。特設の巨大円形テント内のミュージカル上演舞台
被害者:6日前の稽古中に、ヒロインがライトが落下してきて死亡。事故死と見なされた
   次に抜擢されたヒロイン(藤本あゆみ)が、脚を骨折。
状況:藤本あゆみの事故は、死亡したヒロイン(高野紅美)の呪いだとか、
   高野の死、藤本の骨折もこの舞台そのものが呪われているとの噂が立ち始める。
呼び出されたR特捜班は事故現場の舞台の検分をする。数馬は突然舞台でお祓いをする。鹿毛は入院中の藤本あゆみに会いに行く。

「魔法陣」
地域課長を介して、地元の訴えを聞くことになる。黒谷真佐子という女性が、近所の女子高生を悪魔から守ってやってほしいという話を持ち込んでくる。
場所:明淑学院高校(お嬢さん学校)の校庭。魔法陣を描き、悪魔召喚の儀式実施。
被害者:遠藤沙也香以外の3人が入院。1人は部活中に大怪我。1人は交通事故に遭う。
   1人は肺炎を起こして入院。
現地検分には少年育成課の捜査員沢渡が同行することになる。学校で聞き込みも実施。
沙也香と面談すると、魔法陣は好奇心からだと言うが、何かに怯えている様子である。
沙也香の説明は、沢渡にもヒントになる。

「人魚姫」
あるT字賂で頻繁に交通事故が起こる。T字賂近くの大木を切ったのが原因だという住人がいる。そのため、R特捜班に交通課から相談がかかる。
場所:鎌倉署管内。新興住宅地にあるT字賂付近。
被害者:大小合わせて5件の事故が発生。衝突事故、接触事故など。
R特捜班はその現場に案内してもらい、現地を検分する。同行した大悟は、そこで、林を背景にして佇んでいるきれいな若い女性を眺めることになる。トラックが通りすぎるとその女性はいなくなっていた。大悟はR特捜班の連中に、立っていた女の人のことを告げるが、誰も見えないという。その夜、大悟は夢を見る。その後、大悟に変化が現れる。
 この作品では、大悟が当事者の一人になっていく。「あんたは、ちょっとおかしい」と数馬に言われる立場になる。

 なかなかおもしろい事件簿に仕上がっている。軽く楽しみながら気楽に読めるところがよい。

 最後に心霊について、R特捜班が語る説明をいくつか抽出しておこう。これもひとつの説明方法か・・・・・。
*霊というのは、潜在意識がそのまま裸になって残留しているようなものです。霊自体が直接コミュニケーションしてくることはほとんどありません。・・・・ただ存在するだけです。 p29
*何か明確な意思を持った霊は、言葉を用いてその意思を伝えることはできませんが、示唆したり暗示したりすることはできます。・・・だから、宗教的体験というのは、暗示に富んでいるわけです。メッセージを受ける側の受け入れ準備が必要なのです。 p29-30
*もう一つの方法は、現世に生きている人間の肉体と脳を一時的に拝借するのです。・・・憑依現象です。しかし、これには危険がともないます。霊のメッセージは憑依した宿主の脳の制限を受けるのです。
 霊が何かのメセージをインプットしても、宿主の脳でニュアンスが変えられてしまったり、言葉にすることを拒否されたりすることがあります。宿主は、操られているわけですが、宿主にも自我がありまうから・・・・。霊の意思と宿主の自我がぶつかり合うこともあります。  p30
 霊媒師や憑依された人物の記憶や潜在意識によってバイアスがかけられる場合が多いのです。 p165
*霊障などというのは、ごく稀にしかない。  p58
*狐憑きなんて、そうそうあるもんじゃない。たいていは、精神的なトラブルを、周囲の人間がそう思い込むんだ。  p94
*血は霊の媒体になる。  p152
*人が大勢集まる演劇なんかのホール。人が集まるということは、霊も集まるということだ。 
 良くも悪くも、情念が凝り固まる。激しい思いが交錯するばしょですからね。人はその魔に魅せられるのよ。もともと舞台というのはそういうものなの。観阿弥・世阿弥の能の幽玄も言ってみれば、一種の魔よ。   p153
*魔はただの概念だ。人と人との関係性や、人と気候風土の関わりの中で生まれてくる忌み事だ。  p183
*魔法陣は霊能者や魔術使いの能力を増幅させる効果がある。本当に能力のある人が使えば、悪魔召喚だって不可能じゃないだろう。 p198


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心霊現象がどう扱われているか、少しネット検索してみた。
まあ、脇道への踏み込みであるが、一覧にまとめておきたい。

心霊現象 :ウィキペディア
憑依   :ウィキペディア
霊魂   :ウィキペディア
Spirit From Wikipedia, the free encyclopedia
幽霊   :ウィキペディア
Ghost From Wikipedia, the free encyclopedia

憑依現象と除霊について :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
悪霊に憑かれやすい人の性格と、憑依から脱却する為の心掛け
霊能者 :ウィキペディア
本物の霊能者とニセ霊能者の見分け方 :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
霊能者 NAVERまとめ
 
ノロ :ウィキペディア
ユタ :ウィキペディア
イタコ:ウィキペディア
最年少のイタコが告白する知られざるイタコの世界  :「ダ・ヴインチNEWS」
日本三大霊場 恐山 :「むつ下北観光案内」
青森・イタコ信仰殺人事件 :「事件録」
 
超常現象 :ウィキペディア

 

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版

『エチュード』  今野 敏  中央公論新社

2014-04-08 09:54:03 | レビュー
「そういえば、降りるときに、妙なことを言ったんですよ」 ・・・・
「ぽつんと独り言を・・・。たしか、こう言ったんです。『エチュードなんですよ』って・・・・・・」

 この作品のタイトルは、後半に出てくる冒頭の返答に由来する。
 その後に、こんな会話が記されている。
「エチュードって何のことです?」
「フランス語で、勉強という意味です。日本では、主に芸術の世界で使われます。美術の世界では、習作という意味です。絵画や彫刻のための下絵のこともそう呼びます。演劇の世界では、即興で演じていく稽古のことをいいます。そして、音楽の世界では練習曲のことです。」

 この会話でエチュードの意味を説明しているのは、藤森紗英(さえ)、警察庁刑事局に所属の心理調査官。通り魔事件や立てこもりなどの、特殊事案を専門に研究している女性である。藤森紗英は指示により、特捜班に参加することになる。そして、今年48歳になり、警部補にようやくなったばかりの碓井弘一と組むことになる。碓井弘一は警視庁の捜査一課第5係に所属する。係長はノンキャリアで3歳年下の鈴木滋警部である。
 著者の作品で、心理調査官が活躍する作品を読むのは記憶する限りで初めてだと思う。
 なぜ、心理調査官が特捜班に参加したのか。それは発生した事件の見かけとは違った特異性にあった。

 6月17日金曜日午後5時すぎ、渋谷のハチ公前広場で通り魔事件発生の報が入る。鈴木第5係長以下、碓井を含む係員全員が現地に向かう。若い男が喚きながら次々と人を刺した。だが現行犯逮捕されていた。目撃者の証言では、犯人は俺じゃない、俺じゃないと、捕まるときに繰り返していたという。あっという間の出来事であり、またたく間の逮捕だったのだ。それには善意の第三者の逮捕協力があったからだという。協力者は返り血を浴びていた被疑者にしがみついていたのだ。警察官が現行犯逮捕した直後、その協力者は事情聴取される前に姿を消していた。鈴木係長の質問に対し、協力者の人着(にんちゃく)について、逮捕に携わった巡査は口ごもってこう言ったのだ。「身柄確保の後、しがみついた男のことを思い出そうとしたんですが、どうしても確保した犯人のことしか頭に残っていなかったんです」「それはどういうことだ?」「さあ、自分にもよくわかりません。その男のことを思い出そうとすると、確保した犯人のことしか浮かんでこないんです」(p11)被疑者が渋谷署に確保されている以上、捜査1課のできることはなく、現場を引きあげることになる。釈然としないまま鈴木係長以下、現場を去る。

 そして2日後の日曜日、久しぶりに呼び出しもないことから、碓井は家族と一緒新宿に出かけた。久しぶりの家族サービス。家族で専門店を見て、歩行者天国を歩き、午後3時過ぎに駅のほうに向かっていた。そして、悲鳴や怒号を耳にし、事件の発生に偶然にも遭遇する。休日で警察手帳を持っていない碓井だが、家族と別れて現場に駆けつける。彼の頭には、金曜日の渋谷の通り魔事件がよぎっていた。
 新宿駅前広場の事件。渋谷の事件と同様に、通り魔は現行犯逮捕されていた。逮捕された男は、「俺じゃない。俺じゃない。」と喚いていた。勇敢な市民の協力者は既に、直後に現場から居なくなっていたのだ。碓井にとってはまるでデジャヴを起こしたような気分である。碓井は即座に鈴木係長に携帯電話で連絡を入れる。

 人通りの多い駅前広場での通り魔殺傷事件。いずれも現行犯逮捕された被疑者が居る。犯人は俺じゃないと喚いていたのも同じ。市民の逮捕協力者は事情聴取を受ける前に現場を去っていた。逮捕に携わった警察官は誰一人、協力者の人着を思い出せないという現象も同じ。事件の被害者は死者1、軽傷者2でこの数まで同じ。
 現行犯逮捕の被疑者が居るので、捜査本部を設置される事件にはならない。だが、どこか異常である。これらの事件は、池田管理官に報告されており、碓井は新宿の事件を直に管理官に説明することになる。池田管理官は2つの事案の共通点に気づいていた。新宿の事件は、渋谷の通り魔事件を知った模倣犯の仕業なのか・・・・偶然の一致か・・・・イヤ・・・。様々な疑問が呼び起こされる。

 その結果、第5係に若干名を加えて、特捜班としての捜査を続行する方針がとられる。被疑者を自白に追い込む材料の捜査という名目が当面旗印となる。善意の協力者についても調べてみる指示が出る。この協力者の行動が一番気になると田端課長は言う。
 そして、この特捜班の捜査に藤森紗英心理調査官が派遣されたのである。

 碓井は藤森紗英と組み、捜査に従事させられることになる。彼は同僚に言う。「美人かなんか知らんが、いい迷惑なんだよ」と。プロファイリングというものになじまない現場の刑事たちは当初は彼女の参加の意義を理解しない。美人の心理調査官に近づいて、気分を害した梨田刑事は事あるごとに彼女の発言に反論する。
 具体的な情報が収集されていくにつれて、藤森の分析が進展していく。最初は迷惑がっていた碓井は、捜査の過程で徐々に彼女の分析に納得していく。
 具体的な情報が集積されるにつれ、藤森心理調査官の頭脳には、これらの事件のからくりが見え始めるのである。それは、「だとしたら、この事件はとてもやっかいなものかもしれない」「私たちは、事件を最初から見直さなければならないかもしれない」という語り口になっていく。碓井はこの発言を気に入らない。その気持ちを彼女に投げかける。二人は現場に足を運ぶことから、初めて行く。
 そして、藤森心理調査官は第3の事件発生を推測する。実際、事件は起こる。
 そこから、意外な展開が始まって行く。

 プロファイリングがどういうものなのか。それが中軸になりながらストーリーが展開していく。プロファイリングの意味を初めて知ったのは、パトリシア・コーンウエルの小説『検屍官』(1992年文庫本刊)に登場するベントン・ウェズリーを介してだっだと記憶する。それ以来、プロファイリングという分野に関心を抱いている。著者・今野敏がそれを取り入れた作品を書いていたのを知らなかった。そういう意味で、この作品を一気に読んでしまった。

 渋谷の事件、新宿の事件、そして第3の事件の可能性・・・それは起こる。だが、そこまではまだ「エチュード」だったのだ。というところが、この作品のおもしろい展開である。
 真の犯人は、通り魔事件を起こし、その場で現行犯逮捕させる犯人を仕立て上げるというすり替えを巧みに大勢の人の中で実行した。そこには、手品師のやるマジックのようなトリックが仕組まれている。藤森心理調査官は心理の隙をついた人物の記号化によるすり替えだと分析していく。この結論に到るプロセス、碓井との現場調査、対話、集積された情報の分析にある。その展開がこのストーリーの読みどころになる。
 さらに、そのストーリー展開をひきつけるのは、藤森心理調査官が真犯人はこの一連の事件で警察に挑戦しているのではないか、という仮設を立てたことである。
 これから先は、本作品を手に取り楽しんでいただくとよい。

 なお、この作品には少なくとも2つの副次的読みどころがある。
 第1は、碓井が藤森心理調査官を相棒としたことで生じていく碓井の考えと心理の変化プロセスである。田端課長から藤森心理調査官にはベテランと組んでもらうと言い、碓井を相棒に指名したときの碓井の反応、「思わず声を上げそうになった。おい、冗談じゃないぞ」という驚きと戸惑いの心理からスタートし、事件解決後に「いい仕事をしてくれた」と最後に藤森心理調査官に言うまでの相棒としての対応の変化プロセスが事件と並行して進行していく点である。
 第2は、梨田刑事の行動と心理のプロセスである。藤森心理調査官との関わり方がおもしろく描かれて行く。同僚の高木刑事に「おまえ、何をそんなに意固地になっているんだ? おまえの態度こそ現実的じゃないぞ」と言わせる。また碓井刑事が藤森心理調査官に「俺といっしょい飯を食っているところを、梨田に見られると、また面倒なことになるかもしれない。だが、気にすることはない。あいつも、もともと悪いやつじゃないんだ」と言わざるを得なくさせてしまう。こちらは男女間の人間関係と心理から生まれる行動という観点で捜査の進展に影響を投げかけていく。
 
 様々な次元での心理の変化及び心理分析が捜査プロセスの展開、ストーリーに織り込まれていくところにこの作品の読みどころがあるという気がする。勿論、中心となるキーワードは「人物の記号化」である。

 最後に、こんな質疑応答を引用しておこう。
「いいだろう。では、記号化というのは何だ?」
「すべての事象には、固有の性質や属性があります。本来の認識というのは、それぞれの差異を把握することです。ですが、あるひとまとめの事象について、何か象徴的な印象を付加すると、その固有の性質や属性を無視して同質のものと認識されてしまうのです。」この藤森心理調査官の説明に対し、刑事の解釈が続きに書き込まれていく。それは本書を手にとって楽しんでいただきたい。

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本書に関連する用語などをネット検索してみた。一覧にしておきたい。

プロファイリング :ウィキペディア
情報分析を一元化 警視庁、捜査支援分析センター発足 2009年4月 1日 (水)
 :「police story」
警視庁司法警察員等の指定に関する規則 
 第2条第2項(1)エ号に「捜査支援分析センター」の規定がある。司法警察員という身分と規定している。
 

こんなサイトに出会った。「心理学総合案内こころの散歩道」の一分野としてのページから。
模倣犯の心理 :「犯罪心理学 心の闇と光」
新たな模倣犯、愉快犯を防ぐために :「犯罪心理学 心の闇と光」
通り魔事件の犯罪心理学 :「犯罪心理学 心の闇と光」
 

「記号化」という概念についてこんな説明、使われ方もネットで見つけた。
符号化(encoding) 月浦崇氏 :「脳科学辞典」
思考の記号化 「ネット世代の心の闇を探る」:「iwatamの個人サイト」
記号化 :「ピクシブ百科事典」
記号   -初心者のための記号論- 田沼正也訳
記号化  -初心者のための記号論- 田沼正也訳
 


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『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版


『アトミック・ボックス』 池澤夏樹  毎日新聞社

2014-04-04 09:51:21 | レビュー
 このフィクション、実にリアルである。”ある計画の遂行と挫折、それに関与した一人の男のその後の生き様、彼の遺言への判断と選択”がテーマとなっている。
 「事実は小説より奇なり」というから、一般国民の知らぬところで、同種の開発が秘密裏に進行していた、あるいは現実にしているとしても不思議ではない。そんな思いにとらわれる作品である。だからこそ、福島原発爆発事故という事実が突きつけられても、原発再稼働の圧力、プルトニウムの再処理というものにこだわっている一群の人々が存在するのではないか。そんな思いにとらわれてしまう。NUCLEAR=原子力=核兵器というつながりへの回帰を裏がえしにしているように思う。著者はその予兆への警鐘としてフィクションで問題提起しているように感じた。

 戦時下で核分裂連鎖反応の理論を研究していた若い学者・藤原清美が、砲弾型の原爆の原理を独自に考案する。だが、敗戦で戦争が終わる。戦後、国立大学の工学部に潜り込み、機械工学の分野に転身して頭角を現し、日本の重工業に貢献していく。産学協同を体現する藤原教授は、核兵器に関する知的好奇心から、自宅の書斎にリンゴ箱を横にして三段ほどに積み上げて、「アトミック・ボックス」と名付ける。そしてこの箱に、最先端の論文などを集積し始める。教授宅に遊びに来た院生などが仲間を集め、勝手な研究会を始めるのだ。「アトミック・ボックス」、それが実現不可能な原爆製造計画の一歩を進める契機になる。そこへ、その背中を押すような人物が現れる・・・・。ここから本書のタイトルが名付けられているようだ。

 瀬戸内海にある凪島で30年近く漁師をしてきた宮本耕三が、癌により病室で終わりの時を間近に迎えようとする場面からこのストーリーが始まる。耕三は妻洋子と娘美汐(みしお)を呼び、医者に延命を拒否した上で、美汐に最後の頼みをする。「美汐、おまえの手で向こう側へ送ってくれないか」と。
 福島原発爆発事故の後、しばらくして、自分が癌に冒されている事を知る。そして若い時の過ちに改めて気づき、過去の己の行為を悔やむことから、寿命をまっとうする資格がないのだと告げる。二人には何のことか全くわからない。妻の洋子は、夫が東京から故郷の凪島に戻って来て、漁師になった以降のことしか知らないからだ。そういう約束で、二人は結ばれた。耕三は妻に、自分の死亡が知られれば、結婚式の晩に頼んでおいた封筒を誰かが取りに来るので渡すようにと依頼する。
 一方、娘には本箱の文学全集の『万葉集』の箱の中に、CDが入っていて、そのデータの中に美汐宛ての手紙が入っていることと、そのCDは、封筒の中身のコピーなのだと告げる。その手紙は美汐宛ての遺書であり、「それを読めば事情がわかる。大きな間違いのこともわかる。」「読んでみた上で、俺がしたことを世間に知らせるか知らせないか、おまえが判断してくれ」(p13)と・・・・。

 凪島には火葬場がないので、三原市の市営施設で簡素な葬儀と火葬をすることになる。葬儀は少数の人々の参列だけ。その中に凪島の郵便局の行田と生前に凪島の漁師としての耕三を取材し、親しくしていた大和タイムス広島支局の記者竹西オサムが列席していた。
 葬儀後、凪島に戻った宮本母子の前に行田が現れる。宮本耕三と約束していたものを受け取りに来たのだという。美汐の問い詰めに対し、行田は凪島に来て7年にして初めて手帳を示した。「警視庁 警部補 行田安治」。そして、「『あさぼらけ』引き取りの証明」と記され、伊藤博文の描かれた、半分にちぎった千円札が貼り付けてある紙を正当な受取人の証だと提示する。行田は目的の封筒を受け取ると即座に東京に去る。
 ここから、このストーリーが急速に展開していく。

 これで任務を完了したと思う行田にとって、それは始まりだった。科捜研の調べでは、割り印が捺されていない封筒の端が開封された痕跡が発見された。つまり、中身のコピーが作成されたと見なさざるを得ない。国家機密に関わるその中身のコピーの回収は絶対不可欠となる。つまり新たな始まりとなる。
 一方、CDの中身を凪島で読む手段を美汐は持っていなかった。大学で社会学の講師として勤めている美汐は、高松のアパートに戻ってデスクトップのパソコンで見るしか手段がない。「禁開封」として割り印まで捺してあった封筒の中身なら、まずは凪島を出るまでどこかに隠すしかない。
 行田が「捜索差押許可状」を持って急遽凪島の宮本家に現れる。

 CDを携えた美汐の逃亡が始まる。行田と警察に知られずに、密かに凪島を脱出して、どこかでCDに入力されている父からの文書をまず読むことができなければ、美汐にはどうして良いかわからないのだ。父の頼みが何なのか、なぜこんなことになったのか・・・・。
 美汐は瀬戸内海の小島を転々と逃亡しながら、その過程で竹西とコンタクトを取り、CD内にある父の手紙の内容を読む。手紙には、父の前半生において、あるときから「あさぼらけ」と称された原爆を作る計画に関与したこと、計画が挫折した後にとった行動の経緯が記されていた。CDにコピーされたデータは、父耕三が己の生命に対する保険として手許に保管することになったものだったのだ。それは計画の存在と関与への証でもある。
 美汐は父の頼みを果たす判断をするために己の課題を明確化する。世間に知らせるか知らせないかの判断のためには、手紙に記されているある人物に会うことが必要となる。そのためには東京に行かねばならない。竹西は記者生命をかけ美汐の行動を支援することを約束する。
 公安警察は、行田を直接の担当者として、いかなる手段を講じても、美汐の身柄を拘束し、国家機密暴露の起爆となるCDのコピーを回収する行動に出る。
 
 本作品は、2つのストーリーがある時点からパラレルに展開され、そして結びついていく。
 一つは、美汐が東京に居る人物に会うための逃亡ストーリーだ。行田をはじめとする警察組織の総動員で美汐を追跡するという逃亡劇である。これはまさに波瀾万丈の展開になる。美汐は、凪島という小島で漁師の娘として育ち、大学で社会学を専攻し、2009年に『離島における独居老人の生活環境』というリサーチを行い論文を書いている。ストーリーの構想において、これが実に巧妙な設定になっていると思う。
 公安警察は、美汐を追跡し拘束するために、殺人の容疑で指名手配するという手段を持ち込んでくる。美汐が父の死を早める手助けをしたのかどうか・・・・。
 私が巧妙な設定と思う理由は、本書を手にとって読み、確認あるいは評価していただきたい。この逃亡劇のプロセスの自然さと必然性、納得性を高めるベースになっている。はらはらさせられながら、読み応えがある展開なのだ。

 もう一つは、美汐が父の手紙の内容を読むところから始まって行く。
 宮本耕三は、広島の高校を出た後、東京の大学に行き、理学部数学科に学ぶ。彼は工学的現象のシュミレーション・プログラム開発の専門家となった。製造業の大きな会社に就職する。会社勤務の途中で、なぜ、どのようにして、「あさぼらけ」計画に関わるようになったのか。だれが、なぜ、その計画をスタートさせたのか。どのようにしてその計画が進行して行ったのか。そして、計画がなぜ挫折したのか。その一端を語っていく。宮本耕三の半生の行動が明らかにされていくのだ。
 耕三が寿命をまっとうする資格がないと自己認識する背景は、実にシリアスな背景要因があるからでもある。

 「あさぼらけ」計画をある人物が発案し、それを受けた人物を軸に周到な開発計画が推進されるというストーリーには、実にリアルな背景要因を感じさせる局面がある。このリアルさが、この作品の一つの読みどころでもある。
 そこには、国家の論理に対して一人の人間の論理を対置するという問いかけがなされているためだ。ここに著者の問題提起があると思う。

 最後にこの作品から、私がキーセンテンスと思ういくつかを引用しておきたい。

*そういう自分がなんでよりによってこの二年間、原爆の開発に関わってきたのだ?
 「あさぼらけ」は終わった。すべては消されてしまった。それでよかったのかもしれない。少なくとも自分は安斎さんのように殺されはしなかった。  p331
*僕は工学というものから身を引きたいんです。・・・工学は時として罪を犯すから。p339
*炉心融解という見出しの文字を見て、耕三は金田が言っていたことを思い出した。彼は「発電は恐い」と言った。製造後は眠っていればいいだけの原爆に比べたら超臨界状態をずっと維持しまければならない発電所の方が恐い。  p349
*しばらくして、福島第一原子力発電所の崩壊で放出されたセシウムの量は原爆の168.5倍という報道があった。   p352
*さて、第二次世界大戦の後の世界では軍事力の中心は核兵器だった。これを持つものが世界を制する。だからアメリカの後を追ってソ連も核兵器を開発した。  p387
*(「古い言葉だが、愛国心だよ」に対しての美汐の思いとして)
 本当に古い言葉だと思った。
 愛していればわざわざ言う必要はない。勝手に国を担ぐ者がそれを強調する。国への愛を独占する。愛すればこその批判もあるのに。だいたい国のような抽象的なものが愛の対象になるのだろうか?   p417
*国はないかと秘密を作る。しかし国の主体は官僚ではなく国民だから、国が作るものはすべて最終的には国民に属する。   p444

 考えるべき観点を数多く含むフィクションである。いや、リアルなシュミレーションなのかも・・・・・。


 ご一読ありがとうございます。

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いくつか本書関連で語句をネット検索して見た。一覧にしておきたい。

自殺関与・同意殺人罪 :ウィキペディア

機関車先生 :「YAHOO! 映画」
 
ポアンカレ予想 :ウィキペディア
曝縮レンズ :ウィキペディア
爆縮式となったプルトニウム原爆  沢田昭二(名古屋大学名誉教授):「日本原水協」
 
犬島(岡山市) :「岡山県の離島」
犬島アートプロジェクト→ 犬島精錬所美術館 :「ベネッセアートサイト直島」
犬島のご案内 :「ベネッセアートサイト直島」
瀬戸内国際芸術祭 公式サイト
瀬戸内国際芸術祭 :ウィキペディア
5月3日は犬石宮の例大祭で犬ノ島に上陸可能  斉藤 潤氏
  :「旅、島、ときどき、不思議」
 
マッハッタン計画 :ウィキペディア
Manhattan Project  From Wikipedia, the free encyclopedia
日本の原子爆弾開発 :ウィキペディア
日本軍の原爆研究 :「恐るべし[731部隊」の全貌」
日本の核保有、外務省幹部が69年に言及か 西独と懇談 :「朝日新聞」
 
仁科芳雄 :ウィキペディア
荒勝文策 :ウィキペディア
湯川秀樹 :ウィキペディア
 
核兵器の歴史 :ウィキペディア
核兵器の開発  核兵器開発・核軍縮の歩み :「広島平和記念資料館」
軍縮-核廃絶へ 核兵器開発・核軍縮の歩み :「広島平和記念資料館」
中華人民共和国の大量破壊兵器 :ウィキペディア
北朝鮮核問題 :ウィキペディア
 
西山事件 :ウィキペディア
西山太吉 :ウィキペディア
ジュリアン・ポール・アサンジ :ウィキペディア
ウィキリークス :ウィキペディア
ウィキリークス ホームページ
 

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今までに読後印象を掲載した著者の本は次のとおりです。
こちらもご一読いただけるとうれしいです。

『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』  小学館
『雅歌 古代イスラエルの恋愛詩』 秋吉輝雄訳 池澤夏樹編 教文館
『すばらしい新世界』
『春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと』 写真・鷲尾和彦 中央公論新社