遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 濱 嘉之  文春文庫

2020-05-04 14:57:48 | レビュー
 青山望シリーズの第6作。同期カルテットそれぞれの警察組織上のポジションは前作『濁流資金』と同じである。書き下ろしの文庫として2015年10月に出版されている。

 プロローグは、大分県由布市にある金鱗湖東詰のベンチ脇で発生した事件から始まる。被害者は前歴者だったので身元があっさりと判明した。前科8犯で、岡広組二次団体三代目博福会顧問、相良陽一、58歳。県警本部組対四課に連絡が取られ、警視庁の組対四課にも速報が入れられた。トリカブト毒物を吹き矢のような武器を使って殺害したという検視結果が出る。「湯布院町毒物使用殺人事件」として特別捜査本部が設置される。
 
 大分県警からの毒物紹介で、科警研総務部総括補佐の藤中克範がまず毒殺事件を知る。藤中は同種の事件が東京であったことを想起する。平成10年に国際特許事務所の所長が殺害されたが、背景がいまだに明らかになっていない事件だ。藤中は早速大和田に電話を入れた。大和田は相良の名前を聞き、即座に大物だと言い、大事件になる可能性が高いと予測する。相良は九州ヤクザだけでなく、大陸を巻き込んだキーマンだったのだ。大和田は青山と龍に知らせておくと藤中に言う。この事件、同期カルテットが即座に動き出す形となる。湯布院で起こった事件がどれだけの波紋を広げるのか。
 藤中は警察庁刑事局審議官から電話を受け、君なりに事件の分析をしてみてくれと依頼されることになる。

 警察庁長官官房室での会議で、刑事局審議官は、この事件を日本の暴力団の組織構造全体から見る必要があると強調する。那珂川を境に西の福岡、東の博多という対立の構図、そしてこの福岡市を制するものが九州を制する。それは国内の暴力団抗争の構図でもあるという。さらに、福岡市における対立での仲裁役を相良が務めていて、それは対中国利権の仲裁でもあったという。チャイニーズマフィアとの利益配分だったと説明する。
 読者にとっては、冒頭からストーリーの進展に関心と期待が湧く。

 青山は藤中の居る科警研を訪れる。そして、相良陽一は追っていた一人だったと告げる。藤中から小渕沢あたりの自生のトリカブトを使っていたらしいと聞くと、青山はその自生地域の見当がつくようだった。翌日早朝、青山は部下の大下と一緒に、長野県の富士見町にある別荘地に現れる。ある宗教団体の政治教育責任者が持ち主の別荘である。そして、微生物を使い生ゴミを資源変換する装置内の廃棄物チェックから、トリカブトの根を採取した。さらに自生のものを採取に行く。科警研で分析を依頼すると、相良毒殺の毒物と一致した。相良陽一殺害に使われたトリカブトが、宗教団体・世界神の光教団の農業部門責任者・豊見城武雄が作ったものに間違いないと青山は確信する。
 藤中・青山の会話に、電話がつながった大和田が加わる。相良殺害事件は龍が追っていたという。そして、相当大掛かりな事件になるはずのものにリンクしていると言う。また、吹き矢の手口は十数年前に京都で坊主が殺された件を想起させると。その折り容疑者にあがっていたのは、岡広組からなぜか破門されていた田尻組という元三次団体だった。ここでも岡広組が背景に出て来た。さらにその事件の裏には、巨額詐欺事件が絡んでいたふしがあった。

 龍からの連絡を受け、青山が龍と会って情報交換をすると、相良殺害事件の背景には、福岡に於ける医療絡みで国会議員にまで及ぶ贈収賄事件が絡んでいると聞く。龍は九州に3個班30人を投入して県警とは別に、独自に事件の究明に臨む。

 相良陽一殺害事件とその手段のトリカブトと吹き矢が次々に波紋を広げていき、相関図が広がり、密になっていく。岡広組、チャイニーズマフィアと国内のチャイニーズマフィア、巨大宗教法人の何らかの関わり、吹き矢とトリカブトによる過去の事件とその背景、さらに医療絡みの贈収賄事件、チャイニーズマフィアとつながりを持ち、新宿の極東一家を仕切り、旅行代理店も運営する神宮寺武人の存在・・・・そこには大きな利権を巡る巨悪な思惑が蠢いていた。
 同期カルテットの強力な情報交換と相互支援のもとで、青山がどのように相関図を明瞭にしていき、核心にせまるのか。4人のチームワークから生み出される活動が読ませどころとなる。

 殺害された相良陽一の葬儀が、福岡市博多区にある聖福寺で行われる頃から、龍の派遣した3個班と青山率いる公安部の2個班がそれぞれ独自に福岡市内での被匿捜査を開始する。一方、藤中が科警研から警察庁捜査一課補佐の分析官として出向2年目に福岡に異動となって来ていた。
 捜査が急展開し始め、巨悪利権の全体構図が見えていく。
 この先は、本書を開いてみてほしい。

 本書の興味深いところがいくつかある。
1. 利権に群がる闇の世界、悪の構図をかなりリアルに描いているところにある。
 その一つが、フィクションを介して日本の反社会的勢力の有り様をリアル感を込めて描き出している。経済ヤクザの視点が興味深い。そこに二色のチャイニーズマフィアの存在がどのように絡んでいるかを構図として提示している。中国に拠点を置くチャイニーズマフィアの勢力構図と日本国内のチャイニーズマフィアの存在とそのリンク。日本の暴力団とチャイニーズマフィアの関係など。このあたり、実情を踏まえた上でのデフォルメにフィクションが加味されているのだろう。そうでなければ、読者に対してリアル感を生み出せない。
 組対課発想の視点に常に公安部発想の視点が重ねられていくところが、このシリーズのおもしろいところである。

2. 巨大観光船を利用して来日する中国人観光客のルートに関係する利権の存在。巨大医療法人、医療団体、医療関連の大学や専門学校、医学部関連予備校、特別養護老人ホームなどとさらに医療関連企業という医療分野での相互関係が生み出す利権の存在。その分野をマクロでとらえると、利権という視座が浮かび上がることをナルホドと思う。
 これは、一種のバーチャルなシミュレーションと言えよう。

3. 警察組織内におけるデータの一元化。それが現実にどれだけ進化しているのかは知らない。勿論、知らされるわけはない。IT技術の進歩で、実質的に監視社会化している局面があるのは事実だ。それはデータ化されているはずである。
 このシリーズでは、ビッグデータの解析とデータの一元化がもたらす有効性という側面をかなりシミュレーションして描写しているところが興味深い。青山の分析力の源である。今回は科警研のデータシステムという側面でもフィクションの形で描かれている。

4. 青山の部下、佃係長が教団の農業部門責任者・豊見城武雄医学博士を取り調べる場面が描かれる。公安視点での取調べのプロセス描写が興味深い。ここにもリアル感が充満している。この流れの中で、次のような会話がさりげなく書かれている。
 青山「単なるビッグデータだけじゃなく、それに公安部の独自データをリンクさせてこそできる手法だ。佃係長にもこれを覚えてもらいたかったんだ」
  佃「これじゃあ個人情報なんてぶっ飛んでしまいますね。来年施行される個人識別番号制度が恐ろしいもののように感じてしまいますよ」
 青山「マイナンバー制度か・・・・」
この会話の意味をリアルに受けとめると・・・・・。恐ろしさが出てくるではないか。
 さて、このストーリーでは、豊見城の自白が重要なリンキング・ポイントになっていく。

5. 事件捜査の中で、大物政治家が絡む大規模墓地開発の不動産詐欺、新興宗教団体が立派な病院を経営していて、一方でヤクザとも深い繋がりがある、また新興宗教団体が美術館を所有していて絵画購入という形で野大掛かりなマネーロンダリングに手を貸していた、という事例が出てくる。リアルでありそうな事例が織り込まれていて興味をひく。

6. 興味深いフィクションの会話の一部を引用しよう。p232-233
 「反腐敗? 何だそれは」
 「中国共産党内の巨大利権を持つ経済派閥潰しですよ。経済派閥は主に中国国内の機械工業と石油に分かれているんですが、藤内最高指導者人事を手中に収めたい習近平は、腐敗という汚名を着せることによって経済派閥の解体を目指しているのです」
 これはヤクザの幹部の会話である。答えているのは、清水保から引き継ぎ清水組二代目となった藤原という経済ヤクザ。経済ヤクザにさりげなく語らせている内容が実に興味深い。このスケールで現在現実の社会文脈を捉えた会話が出てくるのがこのシリーズのおもしろいところである。

 最後に、佃係長が「私は管理官のように優秀じゃありませんからある程度のところまで行けば十分です」と言ったのに対して、青山が己の信念を吐露する返答である。ここにこのシリーズを読ませる楽しさがあると思う。これだけ明確に青山の思いを表出されているのは、これが初めてではないだろうか。
 「ある程度・・・・署長か? 本部の課長か? 僕はそんあことを考えていない。自分の思うような仕事ができる力を身につけられるかどうかだ。そのためには組織というものを知っておく必要があるんだよ。特にノンキャリはね。キャリアを活かしながら自分を生かす。警視庁ではそこが肝心だ。キャリアに尻尾を振るだけなら馬鹿でもできる。しかしキャリアからも馬鹿としか見られないんだ。といってもキャリアがみな優れているとは限らない。何人ものくだらないキャリアを見てきたからな。そんなキャリアを下手に活かすと組織にとってマイナスになる。」(p119-120)
 「キャリアは行政官。行政官は執行官であるノンキャリアが働きやすい環境を作るのが仕事だ。そう考えればキャリアを活かす意味がわかるだろう?」(p120)

 ご一読ありがとうございます。

こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫



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