遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『帰去来』  大沢在昌  朝日新聞出版

2019-09-23 17:41:49 | レビュー
 タイム・マシンで別の時代に飛び込むととか、次元の境界に遭遇して過去の時代に紛れ込んでしまうという類いのストーリーは結構ある。一方で、我々の棲むこの地球という世界とパラレルにほぼ類似の世界がもう一つ存在し、われわれと同じかあるいは近似の生活を営んでいる社会が存在するという伝説をかつて伝聞したことがある。この小説はこちらの伝説を着想の中心に据えて構想された警察小説である。

 主人公は志麻由子(しまゆうこ)。由子の父は刑事だった。「ナイトハンター」と名告る連続絞殺事件が発生して、その容疑者が任意同行を求められる直前に首吊り自殺した。それから10年後に、再び連続絞殺事件が発生。今度は凶器に金属製の鎖らしき品が使われた。この事件の捜査中に、由子の父が殉職した。もともと警察官になる気がなかった由子は、その10年後に警察官になっていた。本庁捜査一課に配置され刑事となる。かつて父と警察学校の同期生だった捜一の山岡理事官の引きで、「強行犯」に組み込まれたのである。
 20年前の「ナイトハンター」による絞殺手口と一致する女性会社員絞殺事件が発生していた。特別捜査本部が設置されて、由子はその捜査に組み込まれる。そして、20年前の「ナイトハンター」が使った犯行現場を週末に張り込むことになり、公園での張り込み班に由子は組み込まれる。今回はたまたま公園のベンチで由子一人が張り込む事態になった。稲光が走り、雷鳴が伴い、いきなり土砂降りになったとき、何かが頭上をよぎり、喉に巻き付いてきた。「知らないのか、ナイトハンターが帰ってきたのを」と、耳もとで声がつづいた。輪を絞めあげられた瞬間、あたりがまっ白く光り、視界が暗転して、すべてが闇に沈む。
 巡査部長で刑事の由子が絞殺死寸前まで追い込まれる場面が冒頭に描写されていく。この冒頭の経緯の中で現実の由子の大凡のプロフィールと状況が描き込まれていて、このストーリーのベースとなる。

 由子がはっと気づき体を起こした時に、「けいし」と呼ばれ、眼前に制服姿の男が立っていた。その顔は、半年前に別れた、二歳下の、大学の後輩であり、会社員として転勤で上海に旅だった里貴だった。由子もまた、眼前の男と同じ制服を着ていた。違いは、里貴が警部補、自分は警視の階級章を付けていることである。
 ここはどこかと問うと男は答えた。「東京市警本部、暴力犯罪捜査局、捜査第一部、特別捜査課、課長、志麻由子警視の執務室です」と。その男は志麻由子警視の秘書官で木之内里貴だった。今日はいつかという間の抜けた質問に、光和27年7月21日、土曜日だと里貴が答える。また光和の前は承天で、承天52年に戦争が終結し、元号がかわったという答えが返ってきた。
 これは夢なのかと当初思った由子だが、自分がなぜかもう一つの世界に投げ込まれてしまった事実を認識せざるを得なくなっていく。巡査部長である自分がこちらの世界では警視という立場に居る。警視という立場で、こちらの世界で起こっている諸問題に対処している由子がいるのだ。己とこちらの由子警視とのギャップを最初に意識する。幸いにして、警視を尊敬してやまない里貴秘書官が由子をサポートし、由子がこちらの現実と問題を認識できるように献身的に協力してくれることになる。

 このストーリーは、大凡こちらの世界で起こっていて、由子警視が取り組んでいた問題の解決を主体に展開していく。現実には巡査部長である由子がまさに由子警視として、勇気と知恵を絞って取り組むという展開になる。
 
 ストーリーには3つのテーマが組み込まれていて、それらが問題解決のプロセスで交錯し絡んでいくという側面が出てくる。絡まり始めると俄然ストーリーが急転回していくという面白さである。では、3つのテーマとは何か。
1.こちらの世界で由子警視が目指している懸案事項の解決。
2.由子警視の抱える父娘関係と出生の秘密、志麻家の親族を含めた人間関係の葛藤。
3.由子がこちらの世界から抜け出て、もとの巡査部長・由子の世界に戻れる方法の発見と帰還。

 それでは、第1の由子警視が目指している懸案事項とは何か。
 光和27年のこちらの日本は統制経済下にあった。電力制限がなされ、食糧品の配給制度が敷かれている。一方、東京市は犯罪者に乗っ取られたかのように、二大闇市エリアが形成されていた。一つはツルギマーケットで、ツルギ会の糸井ツルギが牛耳り、3人の息子たちがその手足となり悪行をこなしている。もう一つは、羽黒組の闇市である。この2つの闇市の商圏が緩衝地帯を設けて併存し、互いに対立している。由子警視は市警本部の特捜隊を指揮して、この2大闇市を牛耳るツルギ会と羽黒組の両方を壊滅させる画策を進めていたのだ。
 その一方で、闇市は犯罪者にとり天国であり、この犯罪社会に加担する汚職警官が東京市警の組織内部にもはびこっている。里貴はその筆頭が高遠警視であり、高藤は羽黒組の羽黒と友人関係にあるという。その高遠警視は組織犯罪課の長なのだ。
 東京市警には8人の警視がいるが、腐敗しているか無気力な警視ばかりで、由子警視がその中で孤軍奮闘し、警察組織の浄化を併せて試みようとしてきたという。
 由子は里貴に案内されて私服で闇市の現状視察にまず出向いていく。だが、それが契機となり、由子は羽黒組の組長である羽黒にまず会う決心をした。それは由子がこちらの世界の現実を知る端緒となる。闇市の商圏とその世界の人間関係の把握が始まって行く。闇市のそれぞれのトップと会うことで、由子警視がどのように関わりを持ちながら、闇市の壊滅を図ろうとしていたかがおぼろげに見え始めてくる。

 第2の問題は、里貴が由子に警視の父に会ってみるべきだと助言することから始まる。こちらの世界の由子警視の父は現在は既に退官しているが、軍人で陸軍参謀本部に属した大佐だった。由子警視の父親は由子と面談すると、由子が警視であるわが娘でないことを見抜き、一方でそれを平然と受け入れる素地を持つ人物だった。
 彼は「同じ姿形をした人間のいる、まるで別の世界がある」ということを認識していた。「向こうの世界を知っている人」を知っていると言う。こちらの世界の父親の過去が大きく関わってくることになる。
 こちらの世界の父親は、ふたつの世界をいききしている者のことを調べてみると由子に約束する。だが、それはこちらの世界の志麻家の過去を明らかにしていくことになっていく。

 第3の問題は、結果的に第1と第2の問題と表裏一体の如くに絡まり合い、接点を持つ。この絡まり方が興味深いところである。このストーリーの構想の巧みさと言えるだろう。
 第1の問題に対する解決行動プロセスの中で、由子は糸井ツルギの過去について知ることになる。そこから関圭次と名告っていた人物が浮上し、第3の問題にからむ糸口が現れてくる。第2の問題から、由子と由子警視の父親との対面が重なるにつれ、ふたつの世界のいききの方法の核心が明らかになる。さらに、父親は関圭次なる人物を知っていた。だがそれは、こちらの父親の苦悩を明るみのなかにさらすこととなってしまう。

 さて、このストーリーの巧みなところは、こちらの由子警視の世界での第1の問題の解決のプロセスの最終段階で、キーパーソンを逮捕する行動に出る。それが、由子にとっての現実の世界に一旦戻るという転換につながっていく。面白いのは現実の世界に戻りキーパーソンを捉えようとする行動が、再びこちらの世界に舞い戻る結果に転換していく。最後の決着、大団円はこちらの世界で起こる。だが、結果的にこちらの世界に戻った由子は、巡査部長である由子という現実の世界に戻る手段を手に入れていた。

 「帰去来」というタイトルは、こちらの世界[由子警視]と向こう(=現実)の世界[由子巡査部長]の両界の間を、帰り去り再び来たるという「いきき」を意味しているのだろう。たぶんこの小説の着想の始まりであり、象徴的語句と言える。

 著者は、このいききにいくつかの条件を設定している。それが興味深い点でもある。
  「生死にかかわる状況」、「実体化」、「飛ぶことが可能な体質/遺伝」
そして、「時間の流れが歪んでいて、・・・・二つの世界の時間の流れは、いっしょではない」という設定がストーリーづくりの創作性と自由性を確保している。
 昔からある伝説を警察小説として巧みに融合したものだと思う。エンターテインメント性を大いに楽しめる作品となっている。

 単行本の最後のページ(p546)を引用しておこう。
「腹に力をこめ、いった。泣きだしてしまいそうだった。里貴が退院する前に帰ろうかと決めたのは、だからだ。里貴と離れたくない自分をわかっていた。
 だが今日きたことで、決心はついた。
 病室をでて扉を閉じた由子は深呼吸した。
 明日から自分は、志麻由子巡査部長だ。」

 こちらの世界で由子が活躍する上で、ある意味で里貴秘書官の存在が際だっている。「里貴と離れたくない自分」を由子に自覚させるほどなのだから。この脇役の設定がこのストーリーを円滑に進展させているとも言える。読ませどころの一つである。

 ご一読ありがとうございます。

徒然にこの作家の作品を読み継いできました。ここで印象記を書き始めた以降の作品は次の通りです。こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『漂砂の塔 THE ISLE OF PLACER』   集英社
『欧亞純白 ユーラシアホワイト』 大沢在昌  集英社文庫
『鮫言』  集英社
『爆身』  徳間書店
『極悪専用』  徳間書店
『夜明けまで眠らない』  双葉社
『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』  毎日新聞社
『獣眼』  徳間書店
『雨の狩人』  幻冬舎


『呪護』  今野 敏  角川書店

2019-09-18 10:41:19 | レビュー
 警視庁生活安全部少年事件課・少年事件第三係、通称少年課の富野輝彦が主人公である。係長から刃物による傷害事件発生と言われ、神田錦町の神田学園高校の現場に30歳の相棒有沢巡査長と赴くところからストーリーが始まる。
 現場で、富野・有沢は神田署強行犯係の橘川刑事から概略の説明を受ける。化学の実験準備室で、化学担当の教師、中大路力也40歳が2年生の西条文弥17歳にサバイバルナイフで刺されて重傷を負った。西条は既に身柄を拘束されている。その時、現場には女子生徒が居合わせた。被疑者と同じ2年生、17歳の池垣亞紀である。
 被害者の中大路と現場に居合わせた池垣は外濠通りに面して建つ大学病院に救急で運ばれ、被疑者西条は神田署に運ばれていた。現場は有沢に任せ、富野は病院に向かう。病院には、神田署強行犯係の木原刑事が居た。木原と富野は、医者の許可を得られた時点で、池垣に事情聴取をした。中大路先生といっしょにいるところに突然西条が現れて、先生を刺したという。その場に居合わせた理由を言っても理解してもらえないと思うが、法力を発揮するために必要なので中大路とセックスをしていたと池垣は発言した。
 病院を出ようとしたとき、1階の人混みの中に、富野は全身白づくめの安倍孝景と、全身黒づくめの鬼龍光一、祓い師二人を見つけた。富野はすぐに、中大路・池垣の二人に関わる事情で病院に来ているのだと見抜く。富野は孝景と鬼龍を神田署に同行させる。
 神田署の会議室を借りて、富田は有沢と一緒に孝景・鬼龍と話し合う。鬼龍は中大路と池垣はおそらく玄妙道の術者だろうと語る。そして、鬼龍は真言立川流のことに話を転じ、真立川流という一派が生き残り、今でも密かに活動していると言われていると付け加えた。
 富野は祓い師をある種の専門家とみなして、孝景・鬼龍を同席させて、被疑者の西条に事情聴取をすることになる。西条は、化学の実験準備室に行くと、池垣が中大路によりレイプされていると思ったと言い、かあっと頭の中が熱くなり、はっと気がつけば中大路が血だらけで倒れていて、自分はナイフを手にしていたと発言した。ナイフはその準備室にあったと言う。

 木原は上司の橘川に、池垣が法力の発揮のために必要と語った部分を無視して、中大路と池垣がセックスをしていたという事実の側面だけを報告した。一方、西条は中大路が池垣をレイプしている現場を目撃して、ナイフで刺してしまったと発言していた。
 このことから、橘川はまず、西条は少年による傷害事件なので、家裁送致となり、あとは富野の少年課が引きつぐものと判断する。一方、刺された被害者中大路は立場が一転する。中大路が池垣をレイプしたとするなら、強行犯係にとっては逮捕の対象になると橘川は判断する。刑法改正により、かつての強姦罪は強制性交等罪と規定されることになり、親告罪ではなく罰則も強化されていたのだ。池垣は18歳未満なので、起訴されたらレイプが証明されなくても、淫行条例違反で起訴されることになる。橘川は中大路の逮捕を考え始めた。
 つまり、中大路は教師としての生命と絶たれる羽目になる。この事件の状況について、富野は「犯罪性がないことを犯罪だと言って取り締まるのは問題」だと考える。
 この辺り、強姦罪についての刑法改正というトピックスを著者はうまくストーリーに組み込んでいる。

 ストーリーの主な登場人物は出揃った。さて、ストーリーはどんな方向に展開していくのか? 読者にとっては興味津々、引き込まれていかざるを得ない。
 よくある少年による傷害事件と単純視して富野は現場に足を運んだのだが、オカルト絡みの得体の知れない背景が関わっている捜査に進展していく。
 最初は言い渋っていた孝景がこの事件に関わる事になったのは、彼の属する奥州勢が宮内庁から依頼を受けたことによる。その結果、孝景が動くことになったと言う。鬼龍は、鬼道は歴代の皇室と深い関わりがあるので、宮内庁の依頼は珍しいことではないと言う。孝景は自分一人が動くだけでは対処が難しいかもしれないと、鬼龍に協力を依頼したという。
 池垣は法力を得る為に必要なのでセックスをしたと発言した。鬼龍は、台密系の玄妙道ならば、儀式としてセックスすることは普通のことと言う。それは東密系の真立川流でも同様なのだと。
 富野は、もし法力を得る為のセックスならば、橘川が狙う中大路逮捕は問題となると考える。法解釈と法の適用についてどう考え、どんな対応ができるのか。これは興味深い事例でもある。富野は打開策を見いだせるか。ここに一つのサブテーマがうまく組み込まれている。
 
 このストーリーは、徳川幕府の繁栄と安泰のために、台密(天台宗)の天海上人が江戸のグランドデザインを行い、そこに結界を組み込んだことに絡んでいき、平将門の霊力が深く関係する形に展開していく。さらには明治維新への時代転換の裏話(陰謀説)が関わってきて、問題意識が現代に及ぶ(中央と地方のギャップ)。江戸と東京が表裏一体となり、少年による傷害事件がとんでもない方向へとスケールアップし、オカルトの対峙へと進展する。この構想展開はけっこう楽しめる。いわば都市伝説レベルの伝承や穿った見方を巧みにいくつも取り込んで行き、自家薬籠化してしまう。この構想の面白さが、ストーリー展開のナルホド感を高めていく。落語の三題噺的な発想を巧みに取り込んだストーリーのスケールアップ展開ともみることができる。
 最後の最後に、富野が無自覚のままで、鬼龍のいうトミ氏の霊力を発揮するというところがまたおもしろい。

 今回は、橘川刑事が意外やオカルトファンであることが途中で明らかになる。そして、そのオカルト知識の豊富なオタクぶりが巧みに活かされていく。この人物設定がストーリーを円滑に進行させる一つの要にもなっている。逆にそういう人物キャラクターの造形がなければ、このストーリーをスムーズに面白く展開させる運びにはならなかったと言える。
 鬼龍光一・安倍孝景・富野輝彦のオカルトトリオが三者三様に活動し協力する物語としてエンターテインメント性に富む。「小説 野性時代」の連載物が2019年3月に単行本として出版された。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心の波及から検索してみたものを一覧にしておきたい。
長髓彦  :ウィキペディア
長髄彦の後裔とその奉斎神社 :「古樹紀之房間」
鬼道の実態 :「邪馬台国・奇跡の解法」
玄旨帰命壇 :ウィキペディア
玄旨帰命壇 :「コトバンク」
摩多羅神 東照三所権現の一柱、玄旨帰命壇の本尊 :「神旅 仏旅 むすび旅」
立川流  :ウィキペディア
今どきの立川流って何でもありなのか :「霊媒師 蓮鬼のブログ」
天海 :ウィキペディア
妙見堂と妙見菩薩・平将門ー資料集 :「梅松山 円泉寺」
妙見菩薩 :「コトバンク」
神田明神 ホームページ
鎧神社  公式サイト
平将門首塚  :「パワースポット研究所」
早稲田水稲荷神社 公式サイト
筑土八幡神社  :「東京 神楽坂ガイド」
兜神社  :「パワースポット研究所」
鳥越神社 :「東京都寺社案内 猫の足あと」
靖國神社 ホームページ
築地本願寺 ホームページ
霊園・葬儀所 一覧  :「都立霊園公式サイト TOKYO霊園さんぽ」
ジャーディン・マセソン :ウィキペディア
ジェームス・マセソン :ウィキペディア
ウィリアム・ジャーディン(船医) :ウィキペディア
グラバー商会  :「コトバンク」

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『キンモクセイ』  朝日新聞出版
『カットバック 警視庁FCⅡ』  毎日新聞出版社
『棲月 隠蔽捜査7』  新潮社
『回帰 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『変幻』  講談社
『アンカー』  集英社
『継続捜査ゼミ』  講談社
『サーベル警視庁』  角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』  新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新5版 (62冊)




『平安京散策』 角田文衞 京都新聞社

2019-09-16 16:49:49 | レビュー
 先日、9月13日(金)の新聞に、「平安京の範囲確定 南端の羅城跡出土」(朝日新聞)、「平安京 羅城 九条大路 初出土」(京都新聞)と報じられた。京都市南区の元洛陽工業高校跡地の発掘調査で、南限の九条大路の痕跡が初出土。北側の側溝、南側の側溝が出土したことで、その間が九条大路の路面(幅約29m)とみられる。さらに、羅城門につづく城壁である羅城跡が出土した。9~10世紀ごろの基底部にあたる土壇で、柱列がみつからないため、築地塀が立っていた可能性が高いという。上記調査地は、平安京右京九条二坊四町にあたる。羅城跡の出土地点は、羅城門跡から西に約630mの辺りで、今までに考えられていたよりも、羅城(城壁)は長く築かれていたことになるそうだ。
過去の調査と併せ、平安京の範囲がこれで考古学的にも確定したこtになり、平安時代の法令集「延喜式」の記述が裏付けられることになったという。

 なぜ、この直近の発掘報道を冒頭に記したか? 
 それは本書の内容に直結するからである。本書は1991年11月に出版され、また著者は2008年5月14日に享年95歳で鬼籍に入った。
 著者は、本書冒頭の「平安の都」に、「平安時代の平安京に関しては、文献的史料が頗る豊富である。さらに近年は、発掘調査も活発に遂行されており、平安京の全貌もかなりよく判明して来た」としながらも、「その遺跡の多くは地下に眠っている上に、市街化が激しいため、遺跡の場所すらさだかでないところが多い」。つまり、研究、調査は活発に進行していても、建て替えや再開発の機会を待たねば発掘調査ができないという壁が存在している事実を述べている。その一例が、冒頭の羅城、九条大路の出土にリンクしているとも言える。

 「百年河清を待つ訳にも行かないので、今日判明している限りにおいて主要な遺跡を探訪してみるのは、有意義なことと思えるのである」という立場から、著者は平安時代の平安京に関して判明している諸事項・場所を抽出している。その史跡・遺跡について諸史料や発掘調査結果を踏まえて、語り部のスタンスでその場所は何で、何があり、誰がどのように使っていなのかなどを平安時代史として説明していく。著者は地域区分して、その地域に所在したもの、あるいは現に所在(存在)するものを取り上げている。
「もくじ」にある地域区分とそこで取り上げられた事項の件数をまずご紹介する。括弧内は抽出された件数である。
    大内裏(3)、左京(21)、右京(6)
    洛東(13)、 洛北(6)、 洛西(9)、 洛南(2)
 判明している史跡、遺跡を60項目取り上げている。その場所に佇み、諸史料と発掘調査結果などを通じて見えて来る平安時代の有り様を著者は語り、浮かび上がらせていく。ここに取り上げられた個別項目の説明を累積し相互に関係づけていくと、読者には平安時代の人々の有り様、社会の制度や構造の全貌が見え始めるという次第である。

 冒頭の報道と絡めてみると、「右京」の最後、第30項目に「羅城門」が取り上げられている。
 芥川龍之介は『今昔物語集』から取材して『羅生門』という小説を書いた。それが映画化されて世界的にその名が広まった。著者は、後世になって来生、羅生と記されるようになったが、平安時代には羅城門と記され、それは「ラジャウ」(呉音)あるいは「ラセイ」(漢音)と呼ばれていたのだという。冒頭に、「平城京や平安京が諸外国の古代都城と著しく違う点は、周囲に城壁、つまり羅城をめぐらさなかったこと」と記している。また、1023年、藤原道長は己のための法成寺を建立するにあたり、廃墟となっていた羅城門の礎石を運ばせて転用したという事実にも触れている。羅城門と道長がリンクするのをこの項で初めて知った。
 著者が理事長をつとめていた財団法人古代学協会が1961(昭和36)年に羅城門址の第二次・三次発掘調査を「九条通車道の全面改修という千載一遇の機会に便乗し」て実施した結果、現在の矢取地蔵堂から東20mの地点に「羅城門北側の溝を築いていた二列の石組みと、その西に粘土をつき固めた土壇らしいものの基部が発見された」という事実を述べている。一方でこの調査の結果、「羅城門址がほとんど破壊されているのを知る結果に終わった」と残念がる一文でこの項を終えている。著者は、羅城部分がどの程度の長さであったのかは、直接には触れていない。当時は発掘調査結果がなかったからだろう。
 この1961年の発掘調査からすれば、半世紀余、本書の出版からすれば、二十有余年を経て、冒頭の出土、発見をみたのである。著者は彼岸からこの発掘調査結果に喝采を送っているのではないかと思う。九条大路がほぼ確定したこと、羅城が少なくとも羅城門址から少なくとも西方向に600m余、築地塀という形式で設置されていたことにより、平安京の全貌がまた一歩クリアになったのだから。

 少し前に本書を読んでいたので、この新聞報道を読んだ時、その内容が本書とリンクしてきた。「平安の都」の文のすぐあとに、「平安京条坊図」が見開きページで掲載されている。発掘場所をこの条坊図に重ねてみると、平安京の広がりがイメージしやすくなる。
 時代が重層化されている現代の京都市街の地に、平安時代の平安京の痕跡を押さえてみる。その場所への紙上散策から、平安京に思いを馳せるうえではコンパクトにまとめられた便利な書である。本書は、さらに史跡・遺跡が確定している現地に足を運ぶための手がかりの書、誘いの書となる。
 ただし、よくある京都観光史跡ガイド的な本ではないので、ご注意を。その一例として「洛東」で取り上げられている場所・事項(13件)の名称を参考に列挙しておこう。
   東北院・中河のわたり・悲田院・白河押小路殿・東光寺・法勝寺金堂
   法勝寺の八角九重塔・金仙院・沙弥西念の家・村上源氏の墓地
   関白忠通の墓・関白兼実の墓・鳥部野
こんな項目が取り上げられている。他の地域も特定の建物名称が結構多い。

 『源氏物語』への関心から、この物語の背景となる平安京自体の有り様、実態にも関心の波紋が広がり、本書を知った。テーマ設定と取り上げ方について、類書はあまりないのではないかと思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、いくつかの事項を検索してみた。列挙しておきたい。
京都市平安京創生館 ホームページ
  平安京図会
平安時代の街作り  :「古代の京都」
京都平安京古地図  :「Story-β」
平安京オーバーレイマップ :「立命館大学 アートリサーチセンター」
芥川龍之介 羅生門  :「青空文庫」


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『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫

2019-09-04 22:49:33 | レビュー
 副題は「知られざる生い立ちから切腹の真相まで」である。「101の謎」と言われると、「謎」という言葉にまず惹きつけられてしまう。何かほとんど解明できないような出来事、不可思議なことが盛りだくさんに俎上に上げられているのでは・・・・という思いに囚われる。この種のタイトル本はけっこう様々な歴史上の人物について出版されている。
 手許に買い込んだ本が幾冊かあるが、読み始めるのはこれが最初になった。千利休についての「謎」本はこれ一冊である。

 結論から言えば、千利休に関しての真の謎というものがそれほど語られている訳ではない。「謎」という魅惑的な言葉は、この際、千利休という超有名人の誕生から切腹による死に至るまで、彼の人生を多角的・多面的に分析し理解していくための「観点」・「視座」という意味に転換してうけとめた方がスッキリとわかりやすい。つまり、千利休という人物をとらえやすくする問いを投げかけ、そこから語っていくという進め方である。
 読者はその問いかけに問題意識を感じ、千利休についての基本的情報を知ることになる。色々な角度から千利休像に迫っていく結果となる。つまり千利休を知る一般教養書となっている。
 千利休という名は知っていても、千利休についての知識・情報が無いから謎らしく感じるということなのだろう。たしかに千利休に関する「謎」に留まる事項があるが、本書を読んだ結論としてその数はそれほど多くはない。

 千利休を知るための問いかけがタイトル通り101問並んでいる。しかし、その問いかけの101問は、「利休の<*****>の謎」という見出しのもとに、10のグループに仕訳され、10問ずつ均等に問いかけがされている。このグルーピングが千利休を知るための中分類的な観点といえる。それが第1章から第10章という構成にまとめられている。***マークにした部分の語句だけ列挙してみる。
  序. 実像&業績  1. 出自&家庭  2. 私生活&子孫 3. 茶の湯&修行
  4. 流儀&茶会  5. 茶室     6. 茶道具    7. 流派&弟子
  8. 天下人&茶頭 9. 失脚&切腹 10. 史跡&供養

 つまり、千利休について、第1~3章では、利休の私人としての側面を捉えている。第4~7章では、利休の茶道という側面を、第8~9章では、利休の公人としての側面を捉えていると言える。最後の章はその見出し通りである。

 本書の利点は、読者が関心を持つ観点、側面から読み進めるのに便利というところにある。関心事項から読み進めていくことができる。そこから、関心の波紋は自ずと広がっていくことだろう。結局、千利休を総合的に理解し基礎的情報を得ようとすれば、結局全章を読むことになる。そして、読後には、この問いが千利休に関して確認したいことのインデクスとして利用できる。
 問いかけ方式の欠点もある。それは多角的に捉えようとした問いかけ故に、著者にはその問いに対する一応の完結した回答を読者に提示する必要性が出てくる。そのため、ほぼ同じ記述説明が各所で転用されてその箇所でのまとまりを与えることになる。つまり、初めから通読していくと、同じ記述の再出が煩わしくなってくる。通常の伝記としての記述ならそういうことはほぼ避けられるだろうから、この問いかけスタイルの一長一短というところか。

 手許に、1969(昭和44)年7月に改版として出版された桑田忠親著『新版 千利休』(角川文庫)がある。伝記としての著作といえる。これと対比してみると、私人としての千利休については、桑田書は「三 利休の素性と茶系」では、利休の先祖・祖父田中千阿弥のこと、祖父の代で堺に移り、父千与兵衛の長男として生まれ、生家が魚問屋で、初め与四郎と称したこと位に最小限の記述である。一方、本書では、それらに加えて、「Q9 利休の二人の妻と人となりは?」「Q10 利休には何人の息子や娘がいたのか?」など、利休の私人としての側面がさらに広げられていて興味深い。桑田書に所載のないものとして、「千利休関係略系図(千利休関係閨閥図)」と三千家の略系図が載っている。
 一方、本書では、道号利休について古渓和尚が授け、正親町天皇が改めて利休居士号を勅賜したことに触れています。しかし居士号利休の意味そのものには言及していません。この点については、桑田書では、「八 利休居士号の由来」で、利休の長男道安が、利休没後十余年を経た時期に、利休の語の意味がわからなくなったので、春屋和尚に質問し、その由来の説明を受けたという内容を記しています。

 「Q12 利休が大徳寺で一族の追善を依頼した意図は?」の問いがあります。天正17年(1589)に大徳寺で一族の追善が行われたそうです。利休が追善を行った事実を現存する寄進状を踏まえて、著者は説明します。利休が一族の追善を依頼するのは、謎でも何でもないと思います。しかしそこに利休の早世した息子と考えられる宗林童子・宗幻童子という名が記されているそうです。その事実は説明されていますが、母が誰なのかという具体的な関係は謎のままです。まさに解けない謎の一つでしょう。また、この追善において、利休は自分自身と後妻・宗恩の逆修もあわせて聚光院に依頼しているのです。なぜ、この時期に己と宗恩の逆修まで依頼したのでしょう。この逆修依頼の意図こそ、私には謎に思われます。勿論著者は、逆修を依頼したという寄進状に記載の事実を提示するにとどまります。利休が切腹するのは、2年後の天正19年2月です。
 利休にまつわる解けない謎は何か? 101の謎という問いかけを読み、真の謎が幾つあるかを、お楽しみください。

 本書は千利休という人物像に多面的に迫る手引書・教養書として読みやすいので、これを手がかりにすると便利です。
 そして、上記桑田書をはじめ、主要参考文献一覧に掲載の単行本で千利休の伝記を扱う書を重ね読みすると、さらに千利休像に肉迫できそうに思います。

 ご一読いただきありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
千利休  :ウィキペディア
茶道とは  :「裏千家 今日庵」
千利休屋敷跡  :「堺観光ガイド」
利休について :「さかい利晶の社」
なぜ切腹!3分でわかる千利休 :「NAVERまとめ」
妙喜庵 待庵 :「山崎観光案内所」
国宝茶室 待庵  :「豊興山 妙喜禅庵」
表千家不審菴  :「茶の湯 こころと美」
今日庵 茶室・茶庭  :「裏千家 今日庵」
武者小路千家 官休庵 :「武者小路千家 官休庵」
龍寶山大徳寺  :「臨黄ネット」
南宗寺  :「堺観光ガイド」
北野天満宮 ホームページ
利休所持 茶壺 橋立 :「表千家北山会館」
黒楽茶碗 銘 次郎坊  :「Google Arts & Culture」
竹一重切花入 銘 園城寺  :「東京国立博物館」
利休作竹花入 -園城寺・よなが・尺八-  :「茶香逍遙」
建水 大脇差  :「茶道入門」
桂籠花入 :「つれづれ」
井戸香炉 銘 此世 :「文化遺産オンライン」
唐物鶴首茶入「利休鶴首」 :「茶道具事典」
千利休木像 :「ADEAC」
茶聖・利休と激動の京都 :「そうだ 京都、行こう」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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