遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『夜明けまで眠らない』  大沢在昌  双葉社

2017-08-25 11:53:04 | レビュー
 ひとこと感想として言えば、深夜のタクシーに置き去りにされた携帯電話に秘められた謎をハードボイルドタッチで解明していくミステリーであり、東京の夜がアフリカにある戦闘の絶えない小国家の夜と連結していくストーリーといえる。最終的には「夜明けまで眠らない」主人公が、遂に夜の安眠を取り戻すことになるというストーリー。

 主人公は、城栄交通のタクシードライバー久我晋(すすむ)。彼は東京に戻ってきたあと、12時間シフトで夜専門の乗務をするというタクシードライバーとなる。昼専門の相番は中西幸代で、久我が運転する車を分け合うことができて、彼女も家庭を営む上で便宜を得ている。 久我が、夜専門のドライバーとなったのは、「夜明けまで眠らない」ために最適の仕事だから。彼は夜、眠ることができなくなったのだ。それは、なぜか? 

 それは久我の過去に絡んでいる。まず久我のプロフィールを要約しておこう。
 愛知県生まれ。兄弟はなし。高校卒業後、人とはちがう生き方をしたいと思い、陸上自衛隊に入る。軍隊や戦闘について、もっと知らなければ中途半端だとの思いから除隊。フランスの外人部隊に入る。10年で除隊し、より稼げる民間軍事会社に転職する。数年後、その会社から中央アフリカの小国、アンビアに派遣される。政府軍と分派の多い反政府勢力との内戦が続く国である。久我の所属する軍事会社はアンビア政府と契約を結んでいて、会社の社員はPOと呼ばれていた。POはベテランの兵士ばかりだが傭兵である。反政府勢力からPOは激しく憎まれる。彼はアンビアで2年間、激しい戦闘の渦中で過ごす。中でも、現地の言葉で「夜歩く者」を意味する「ヌワン」と呼ばれるゲリラの部族が、昼間の戦闘よりも恐怖の対象となる。ヌアンは、夜の漆黒の闇の中を眠る兵士達に近づき、その数名だけを殺し、首を戦利品として持ち帰るのだ。ヌアンは、太陽が昇ると襲って来ない。久我は己の身を守るために、自分以外の見張りを信用できなくなる。そして、己のサバイバルのために、夜の歩哨を志願する日々が現地で続いたのだ。久我が見張りに立っている間、二度、襲撃をうける。最初の襲撃では、組んでいた歩哨が殺されかけたのを救う。二度目は自分が傷を負い、現場を離れる。南アフリカの病院で治療を終えると、アンビアの内戦は終息していた。久我は夜の闇の中では眠れない体になっていた。必ず悪夢を見るのである。その後、1年間、中央アジアで働き、POをやめ、日本に戻った。そして、夜専門のタクシードライバーとなった。

 ストーリーは、京浜急行「青物横丁」駅に近いビジネスホテル前を指定し、久我の車を予約した「カケフ」と名乗る客が乗車するところから始まる。その客は「大森駅」に行くよう告げる。鈴ヶ森の交差点を右折し、久我が「大森駅の駅前でよろしいでしょうか」と尋ねると、客は「ガール」と答えた。「はい?」「駅でいい」このやり取りで、久我はこの客を一度六本木のロシア大使館近くから中目黒まで乗せていたことを思い出す。その折この客はふいに、久我にフランス語で話しかけてきたのだ。久我は「はい?」と応じるに留めたのだった。カケフと名乗った客は、久我に1万円札を出し、強引に受けとらせて駅前で車を降りた。駅前で乗り込んできた客が、「運転手さん、忘れものだよ」と携帯を久我に差し出した。この携帯がトリガーとなり、次々に思わぬ事態が進展していくことになる。
 その携帯は日本では見られないものだった。スマートホンのような画面の下に、ダイヤル型のスイッチがついていて、中国製と思える代物なのだ。ダイヤル型のボタンを押すと、ロックがかかっているのだった。

 忘れものの携帯が振動し、六本木のミッドタウンの近くにあるビル内の「ギャラン」という店まで届けて欲しいと言う。しかし、携帯を忘れた者と名乗る相手の声は別人だった。久我は要望通り、まずは「ギャラン」に行く。だが、そこに居たのは見知らぬヤクザである。久我は携帯を渡すことを拒否する。それが携帯の謎に関わる始まりとなる。
 乗務明けで帰庫した久我は、運行管理者で主任の岡崎を捜し、忘れものの携帯に関する経緯を報告して、携帯を一旦岡崎に預けておくことにする。
 その後、久我を指名し午後11時に麻布郵便局前での配車を希望する予約が入る。先方はイチクラと名乗る女性で、一緒に携帯を届けてほしいとも言う。その場所は携帯を置き去りにした客を最初に乗せた場所だった。久我は、そのイチクラと名乗る女が、客の知り合いかもしれないと考える。
 配車指定の場所で、イチクラと名乗る女の話から、手がかりが得られる。
 カケフと名乗った客の本名は桜井。空挺からPO、アンビアの治安維持部隊に居て、久我が戻ってくると信じ、一緒に働きたかったと言っていたという。イチクラは、その携帯が桜井のものではないが「ヌアン」に関係していて、久我に預けるのが一番と桜井が考えたのだろうとも語る。彼女は市倉和恵と言い、桜井の婚約者だった。必ず毎日連絡を取り合っていて、連絡が途切れた時は死んだときと言われていた。桜井が死んだのではと和恵は亞考えていた。桜井はアンビアでのPOの延長線上の仕事として、東京にはある人物の警護で日本に来ていたという。
 ロックのかかった携帯が、東京をアンビアさらにヌアンと結びつけて行く。それは久我がもはや触れたくもない領域だったのだが、久我の思いと無関係に、渦中に飛び込まされてしまう。ストーリーは、徐々にハードボイルドの色合いを強め、劇的に展開していく。この小説の面白さは、携帯がヌアンと何らかの関係があるということから、久我の関心度を高めてしまい、対決を迫られていくというプロセスにある。日本の警察に話したところで、理解を得られない異次元のことと思える存在なのだから・・・・。
 そして、首のない桜井の死体が荒川の河川敷で発見される。ヌアンとの関係を真に断ち切るためにも、久我は携帯に秘められた謎の解明に立ち向かわざるを得なくなる。

 久我以外の主な登場人物について、簡単にご紹介しよう。
 岡崎 城栄交通の運行管理者で主任。元ヤクザ。事件に巻き込まれていく。
 市倉よしえ 和恵の妹。国際政治学者。久我の行動に協働する。彼に惹かれて行く。
 和田 警視庁刑事部捜査第一課所属。桜井殺害事件の捜査を担当。
    事件を捜査するにつれ、この事件に対する警察の限界を感じ始める。
 アダム 久我のPO時代の唯一の戦友。東京での表の顔は精神科医である。
     久我の依頼で、携帯電話のロック外しに関与し、事件の解決を支援する。
 竹内 港北興業の組長。携帯の奪回を執拗にねらう極道。
 木曽 竹内の叔父貴分にあたる極道。
 リベラ 東京在住メキシコ人。自称コンサルタント。メキシコの犯罪組織に関わる。
 ルンガ 桜井が何度か口にしていたという人物。
 ヌール ヌアンと呼ばれる部族の一員。

 この小説のおもしろいところ、読みどころはいくつかある。箇条書き的にまとめてみよう。
1. 一つの携帯電話が、あたかも池に投げ込まれた石で波紋がどんどん広がるように、地理的空間を広げて関係づけていくスケールの広がりの面白さ。
  タクシーの空間⇒東京都内⇒アフリカ大陸、メキシコと関係づけていく。
2. 傭兵の存在。傭兵がどのような役割を担い、利用されているか。普段、考えることのない世界の実在を感じさせる。一方で、民間軍事会社という二律背反的な存在の奇妙さを考えさせる。
3. 警察力の権限行使の法的限界をもたらす領域で発生した事件というものの可能性を考えさせることがサブテーマともなっていると捕らえられる設定のストーリーである。
4. 傭兵として歴戦の戦士だった久我を主人公として設定したことにより、その行動力、対応能力、武器の扱いなどの描写と展開が、至極自然に受け止められる。主人公の設定が巧みであり、アダムという戦友の協力がすんなりと流れに取り込まれていくところがうまい構成となっている。それにより、奇想天外的な展開部分も、小説世界でのおもしろさにうまく吸収されている。
5. 夜はいつもヌアンに追われているというのが、久我のトラウマではなく、現実のものだったという構想の展開がおもしろい。
6. 東京というエリアに存在する「外国」とも呼べるエリアの存在。そのようなエリアがあってもおかしくないとおもわれるところが興味深い。ほぼ在日の外国人だけが集まる場所って、あるんだろうな・・・・そんな気にさせる。
7. ハードボイルドタッチのストーリーの中に、いくつかの人間関係、人と人の絆が描き込まれていく。久我と相番の中西幸代、幸代の思い。久我と岡崎の関わり方と相互理解の有り様。久我と市倉よしえの関わりの深まりかたが読ませどころ。久我とアダムのつながりにある阿吽の呼吸。久我と和田の間に培われた意思疎通。和田は言う「あんたのことは喋らない。だから、あいつを・・・・・ヌールを、殺せ」と。

 読み出せば、最後までノン・ストップで読み続けたくなるストーリー展開がいい。

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外人部隊採用キャンペーン   :「在日フランス大使館」
フランス外人部隊  :ウィキペディア
外人部隊へ行こう! フランス外人部隊脱走兵の従軍記  ホームページ
ヒーロー妄想?フランス外人部隊を辞めていく日本人兵 :「NAVERまとめ」
フランス外人部隊の現実!志願する日本人兵の戦場   :「NAVERまとめ」
僕らは戦場を知らない━━フランス外人部隊に7年所属した、結城健司・元伍長の物語  :「GQ」
フランス外人部隊 写真特集  :「JIJI.COM」
フランス外人部隊について調べてみた  :「草の実堂」

民間軍事会社  :「コトバンク」
Private military company (PMC) :「ENCYCLOPEDIA BRITANNICA」
Private military company :「METAL GEAR WIKI」
世界的に名高い30の民間軍事会社   :「カラパイア 不思議と謎との大冒険」
民間海上警備会社(PMSC)による武器保管船ビジネス    :「防衛省」
  -スリランカにおける現状と課題-   岩重吉彦氏 論文 
民間軍事警備保障会社(PMSC)とその法的諸問題  高井晋氏 論文
      :「日本安全保障戦略研究所」
民間軍事会社(PMC)が無ければ戦争は成り立たない?世界で暗躍する民間軍事会社事情
    :「NAVERまとめ」
ヤバい仕事は俺たちに任せろ!──英軍の3倍を誇る民間軍事会社の実態 :「GQ」

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『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』  毎日新聞社
『獣眼』  徳間書店
『雨の狩人』  幻冬舎

『パレートの誤算』  柚月裕子  祥伝社

2017-08-17 18:03:23 | レビュー
 社会派ミステリーと呼べる領域の作品と言える。
 小説のテーマは、社会福祉の一環として存在する生活保護臂の受給にまつわる社会的断面の問題事象を生活保護受給者を扱うケースワーカーが殺害された事件の解決プロセスを通して浮彫にする、生活保護費受給者の実態を客観的に捕らえ直すというところにあると思う。前者は新聞報道に現れる負の局面につながり、後者は社会的弱者である生活受給者層の存在に対する適切な認識をするための素描というところである。読者への情報提示という位置づけになると思う。巻末近くに、こんな文が登場人物の思いとして記されている。「弱者と位置付ける定義は、国、条件だけでなく、個人の見識によっても変わってくる非常に難しい問題だ。・・・・・その困難さを理解してくれている人もいるが、まだ認知していない人が多くいることも事実だ。福祉の必要性、問題点を知ることから、理解がはじまるのではないだろうか」(p332-333)と。
 「終章」の中で、「はっぴー・はーと」という創刊雑誌に載っているある学生の寄稿文のタイトルが「パレートの誤算」だとして書き込まれていく。本書のタイトルはここから来ている。上記のテーマで言えば、後者につながる。一方で、テーマの前者に相当する中でも「働き蟻の法則」として、異なる意味づけで使用されている。「パレートの法則」をどう考えるかという点でも、興味深いタイトルだ。
 
 舞台は、津川市という瀬戸内海に面した港町で人口20万人規模。古くは年貢米の積み出し港として賑わい、造船業が盛んだった時代がある。そして、津川市役所福祉保健部社会福祉課が関わるストーリー展開となる。同課の主な登場人物は以下のとおり。
  課長 猪又孝雄  定年まで2年。見た目には無難にやり過ごしたいと思う管理職。
  課長補佐 倉田友則  50代前半。猪又の5歳下。
  主任 山川亨   同課に在籍8年目。人望のある有能なケースワーカー。
           担当生保者世帯は百を超え、社会福祉課の仕事を熟知する。
  課員 小野寺淳一 異動してきて3カ月。ケースワーカーの仕事を嫌っている。
     西田美央  新卒で市役所勤務4年。当初から同課に所属。
     牧野聡美  臨時職員として採用されて1年目。希望職場ではなかった。

 冒頭は、生活保護費を窓口支給する対象163世帯分の生活保護費の現金を事前に封筒詰めする作業場面から始まる。津川市では生活保護受給者は、およそ2000人、約9割は口座振替。生活受給者層の存在とその状況がここでは津川市という社会の雛形を通して描き込まれていく。社会福祉の一環としての生活保護費支給の持つ意義、その活用実態の局面が、社会福祉課と生活保護費受給者との直接の関係の中で、鮮やかに浮彫りになっていく。
 そこには、生活保護費を受給しながらその状況から脱して自立を目指す大半の人々の存在の陰に、生活受給費に群がる一群の人々の存在という負の社会的現象、ネガアティブ局面が切り出されていく。貧困ビジネスというダークな次元で暗躍する人々の存在。
 臨時職員の聡美は、小野寺と組んで、ケースワーカー見習いとして、生活保護費受給者の対象世帯を分担することを始めるよう、課長から指示を受ける。ケースワーカーの仕事、受給者世帯訪問という作業を毛嫌いする小野寺は、そのことを聡美に言いつつも、仕事として割り切って形通りの作業をこなそうとする。一方、ベテラン山川の信条とケースワーカーとしての活動に敬意を払う聡美は、希望の仕事ではなかったが、与えられた課題に正面から取り組んでいこうとする。
 この聡美と小野寺が、殺人事件の解明のために、自ら社会福祉課職員として、何ができるかを考え、行動するというストーリー展開がメインとなる。
 彼らが事件の解明に挑む推理プロセスで、殺人事件の真因究明に対する心の揺らぎと行動の選択が読ませどころとなる。それは同時に、彼ら自身の社会福祉に対する考え方と取り組み姿勢が変容していくプロセスとしても描かれていて、もう一つの読ませどころとなっている。
 
 この小説は、ベテランの山川がケースワーカーとして、生活保護費受給者世帯の巡回訪問に出たことから、状況が具体的に動き出す。同時に、聡美と小野寺たちも、自分たちの担当となった生保受給者宅への巡回訪問に出かける。聡美と小野寺は5時近くに社会福祉課に戻ったのだが、山川はまだ戻っていなかった。課長の指示を受け、聡美が山川に携帯電話で連絡を取ろうとした矢先、消防自動車のサイレンのけたたましい音が聞こえる。課長が確認をとると、大きな火事の火元は北町の成田にある北町中村アパートだとわかる。そこは、山川が担当する生活保護費受給者の住むアパートだった。山川はその地区の巡回訪問に出かけていたのだ。聡美が携帯をかけても山川に繋がらない。小野寺は火元の場所に行く許可を課長から得る。聡美も同行する。

 アパートの焼け跡から遺体が発見されていた。その遺体の身元を確認できるのは時計だけだという。時計には、ブライトリングというブランド品のロゴが読み取れ、時計の裏側にはT.Yというイニシャルが彫られていた。トオル・ヤマカワ!
 その後の遺体確認により、山川と確定され、しかも司法解剖の結果、放火殺人の被害者となったことがわかる。
 事件の翌日、社会福祉課に刑事たちが事情聴取にやって来る。若林刑事(警部補)が、主な登場人物の一人になっていく。若林は、山川が身につけていた時計は、ブライトリングのナビタイマー1461で、定価は94万5000円のものだという。それはシリアルナンバーが入った限定品。市役所の職員が高級時計を身に着けていたことから、若林は殺害された原因が彼自身にあるのではないかと疑いの目を向ける。生活保護費不正受給という問題が絡んでいるのか・・・・・・・。聡美には、山川が不正受給に関与していたとは到底思えない。
 若林は聡美へ事情聴取の際に、金田良太について知っているかと聡美に質問する。アパートの住人の一人で、いまだに連絡がとれないという。そして、アパートの住人は全員、生活保護受給者だったと。つまり、金田も受給者の一人だったのだ。聡美にはその名前で思い当たる人間が居た。後で調べてみると、同一人物だとわかる。
 
 聡美は小野寺と一緒に、社会福祉課の立場から、山川が担当していた生保受給者全員について、課内にある受給申請の記録について調査を始める。一方、ケースワーカーとして山川が記録してきていた内容も読み込んでいく。小野寺は当初反発していたが、若林刑事との連携も徐々に深まっていく。一方で、猪又課長は山川が殺害されたこと自体は警察の捜査に任せて、後任の手配もしているので、自分たちの担当分に専念しろと命じる。
 勿論、聡美と小野寺は、社会福祉課の職員という観点で、山川が関わってきた生活保護受給者のことに、そのまま無関係でいる気持ちになれず、山川が殺害された理由を探る行動を密かに続ける。いくつかの生活保護受給者たちに共通するある事実を発見することになる。
 聡美が事件解明に深入りすることにより、窮地に陥る羽目にもなっていく・・・・・。

 この作品はいくつかの特徴がある。上記と重複する部分もあるがまとめておきたい。
1. 社会福祉の一環としての生活保護費の存在とその実態が、生活保護受給者世帯のケーススタディ風に、点描されていく。生活保護費受給を得ながら、自立を図ろうと努力する人々、生活保護費を宛てにするだけの人々など、両面の事例が書き込まれている。
2. 若林刑事の立場と、聡美の立場が真逆の対極に位置するところから、事件解明が始まるというアプローチによる構成のおもしろさ。
  若林の観点:「大卒で市役所に15年も勤めている正規職員の山川なら、妻とふたりの子供を養っていけるくらいは余裕でもらっていたはずだ。しかし、高級時計をいくつも買えるほどの収入かと問われたら肯くことはできない」「生活保護か・・・・働き蜂の法則だな。・・・・つまるところ、どんなに一生懸命やったって、堕落者はいなくならないってことだ」 p70
  聡美の観点:ベテランのケースワーカーであり、社会福祉課の仕事に信条を持ち、取り組んでいる人。尊敬できる上司であり、見習うべきモデルである。「山川さんは人から好かれることはあっても、恨まれることなんてありません。思いやりがあって優しくて。誰かが仕事で悩んでいると、さり気なく相談に乗ってくれるような人です。(p67)
3. 貧困ビジネスの存在。その手口がこのストーリーに関わってくる。
  そこに、山川の死がどう関わっているのか、その構想の展開が読ませどころとなる。  「死者は語らず」とよく言われるが、このストーリーでは、死者・山川が間接的に様々な媒体を介して、語ることになる。その声を捕らえるのが聡美と小野寺ということになる。
4. 聡美・小野寺の推理と行動がストーリー展開の主役であり、若林刑事を中心とした警察の捜査は、脇役的存在として描かれる。若林が聡美に情報提供する形をとり、また聡美と小野寺も、適切に発見した情報を若林に伝えていくという連携がおもしろい。事件捜査の立場と社会福祉課の職員が担当領域の事実解明に取り組むという立場のコラボレーションである。
5. 市役所の社会福祉課という組織。行政的な視点での管理者感覚の一局面がさりげなく描き込まれていく。ありがちだなと思わせる局面である。
6. 聡美と小野寺がこの事件の解明プロセスを通じて、社会福祉の領域に携わるということの認識と自覚において、成長を遂げていくという側面をパラレルに描き込んでく。山川の信条と行動の継承者が生まれるというハッピーエンドが読後の後味として心地よい。

 山川が放火殺人事件の被害者となった背景、そのカラクリがどうなっていたのか、それは本書でお楽しみいただきたい。意外な展開となっていくところがこの作品の構想として興味深いところである。

 ご一読ありがとうございます。

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パレートの法則 ~ 80:20の法則  :{NAVERまとめ」
パレートの法則を図と例で解説!経営や営業、勉強で使うには :「ビジネス心理学」
働かない働きアリに学ぶ  :「PARAFT」
極度のニートっぷりを発揮する怠け蟻から学ぶこと :「NAVERまとめ」
生活保護制度 :「厚生労働省」  
   生活扶助基準額の算出方法
生活保護費の計算方法を初心者向けに解説!あなたはいくらもらえる? :「ファイグー」
生活保護費3.7兆円の半分は医療費 医療制度の歪みが生む長期入院の見直しこそ急務
          :「DIAMOND 男の健康」
生活保護費負担金(事業費ベース)実績額の推移
生活保護の現状と生活保護費の将来見通し  :「財務総合政策研究所」
貧困と生活保護(43) 生活保護費は自治体財政を圧迫しているか? :「ヨミドクター」
生活保護法  法律条文
生活保護法  :「コトバンク」
貧困者を食い物にする貧困ビジネスのエグい実態  :「NAVERまとめ」
貧困ビジネスとは?問題点と仕組み、陥らない為の対策について :「転職チャレンジ!」
生活保護法違反による不動産業者の再逮捕について  :「大阪市」
医療扶助の適正化 ~疑義のある医療機関への調査~ :「大阪市」

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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『慈雨』 集英社
『ウツボカズラの甘い息』 幻冬舎
『検事の死命』 宝島社
『検事の本懐』 宝島社



『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版

2017-08-07 12:08:54 | レビュー
 今年も、昨日8月6日に被曝72年となる「原爆の日」を迎えた。日本の首相は「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた歩みを着実に前に進める」と語るだけで、それ以上には言及しなかった。式典後の会見では、核保有国が1カ国も条約に参加していないことに触れて、暗に「非現実的」と指摘し、条約への署名・批准には否定的だったと報じられている。この首相はどこに顔を向けて、何を考えているのだろう。唯一の被爆国だからこそ、条約に署名・批准して、その上で核兵器のない世界に向けて、積極的な発言と行動をすべきなのではないだろうか。この人並びにその周辺の人々にこそ、この写真集及びもう一冊の『決定版 広島原爆写真集』を真摯な思いで手に取り、じっくりと見つめて欲しいと感じる。8月9日は、長崎に原爆が投下された日である。多くの犠牲者を生み出した2つの原爆が爆裂した重みをきっちりと受けとめてこそ、一国の首相ではないのか。
 
 『決定版 広島原爆写真集』については、既に読後印象をまとめてご紹介している。広島の写真集を見て読んだとき、この書が出版されていることを知った。それでこちらも見て読むことにした。広島の悲惨な写真を見て、説明文を読んでいてふと思ったことがある。
 それは、原子爆弾のキノコ雲をはじめとして、原爆ドームの写真や石段に転写された人影、写真画面一杯の瓦礫だけの空間となった写真、橋の上の悲惨な姿の人々の写真など、写真集を見る前から、少しは見聞していた場面もある。それの再確認とヒロシマの当時の全体像を再認識したのだ。だが、そのとき、ならばナガサキはどうだった?
 自分の頭には、ナガサキには、8月9日に原爆が投下されたこと、爆心地が浦上天主堂に比較的近いところであり、原子爆弾のタイプが異なるものであること、平和の像などは情報としてインプットされていても、意外とナガサキの当日のリアルな現実の写真情報を記憶としても持っていないことに愕然とした。私の中では、広島の被曝、被災写真で代用されてしまっていたのだろう。原爆被災の事態、状況をリアルに画像として残した写真・映像情報が、ヒロシマ中心に記憶されていて、ナガサキを抽象的に知るにとどまり、リアルな事実映像という次元で受け止めていなかったことに気づいたのだ。
 この書を入手し、ほぼ初めてと言えるくらいのレベルで、ナガサキの原爆投下後の実態写真を目にし、説明文を読み進めることとなった。
 
 読後印象の結論をまず述べよう。この2冊の写真集は対比的に併せて読む事をお薦めする。そのことによって、反核への問題意識が一層相乗効果を生むと思う。是非、2冊とも目を通して、考えてみて欲しい。
 ここでは、ヒロシマの写真集の読後印象・まとめを前提にして、ナガサキの写真集を見て特徴的だと感じた点に絞りその印象記として列挙しておきたい。

1. 原子雲を撮った写真が1枚しかないこと。
 その理由は末尾にある対談記録のなかに語られている。
 冒頭の本書カバー写真は、雲が写真に比較的写っているものである。この写真集の中では原子雲の一部が写っている唯一の写真である。この写真が一番最初に収録されている。原爆の爆裂15分後に撮られたものだという。末尾の説明文から理解すると、原子雲を撮った写真が他に1枚だけあるそうだ。
2. ヒロシマと対比して、被曝・被災し生き延びた人々、治療を受ける人、一方で焼死した人々、被曝死した現場で荼毘に付されて残る白骨など、「人」に関わる写真が相対的に多い。原爆による悲惨さが一層切実に伝わってくる部分がある。被曝で亡くなられた人々の姿写真、焼死体の写真がまさに、反核へのトリガーになる。瓦礫となった建物群よりも、やはり人を撮った写真は強烈である。無惨にも一発の原発で、瞬時に同時に殺されてしまった一群の人々への鎮魂・・・・・。合掌。
3. 一方で、被曝による火傷を受けた悲惨ないわゆるケロイド状態を示す写真は、なぜか相対的に少ない。p93-95あたりから窺えるくらいである。
4. ヒロシマの場合は、比較的平坦な平野部の広がりと、その中心域から周辺にかけてが、見渡せる形で瓦礫だけの空白空間、都市の消滅が記録写真として鮮烈である。そして大半の写真には爆心地からの距離が明記されていた。同心円的に被害状況が見られるからかもしれない。
 それに対し、ナガサキの場合は、地形の違いが大きな要因として記録された写真にも出ている。空間的広がりの中での被災写真が少なく、相対的に限られた空間での建物群並びに被災した人々を撮った記録写真が多い。
5. ナガサキの爆心地の状況は、今や写真でしか知ることができない、確認できないのだなということを改めて認識した。
  爆心地に近い浦上天主堂の壊滅した写真を眺めていると、これを広島の原爆ドームと同様に記録写真の状態をリアルに元治で保存維持していれば、長崎の悲惨・苦難を訴えるモニュメントとして世界へのアピールになったのではないか。そんな思いが残る。
5. 70ページに電柱だけがぽつんと立つだけの焦土となった写真が載っている。「電柱は爆心のほぼ直下だったため、真上からの爆風で、立ったままになっている」(p71)という説明が記されている。後で調べてみると、現在長崎原爆落下中心地は、「平和公園」の南側に続く「原爆落下中心地公園」の中にあり、その地点には「黒御影石の石柱」がモニュメントとして建立されている。 

 この写真集も、あなたが原爆について思考する材料とし、そこから感じる思いを「反核」に向けるトリガーとしていただきたいと思う。そのために、まずここはご覧いただきたいと思うページを挙げておこう。あくまでまず「人」を見つめることに重心をおいた私の主観での抽出になるとことが大なのだが・・・・・。
 ページ番号:16, 19, 20-21, 22, 26, 45, 50, 53, 62-63, 68, 93-96, 100-103
114-117, 123, 132-133, 144-145, 166, 170, 176, 181, 187, 196-197, 211

 本書も『決定版 広島原爆写真集』と同じく、日本語と英語での説明という形でバイリンガルになっている。世界の人々に幅広く、見て読んでいただきたい写真集である。「反核」の一助とするためにも・・・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

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ナガサキの原爆に関連して、関心の波紋からネット検索した事項を一覧にしておきたい。
長崎市 平和・原爆 総合ページ
  原子爆弾とは
  被災写真 
  被爆直後の爆心地
長崎市への原子爆弾投下  :ウィキペディア
長崎原爆落下中心地(原爆落下中心地公園)1 :「ここは長崎ん町」
【原爆投下3ヵ月後】長崎の爆心地を撮影した驚愕のカラー映像 :「gooいまトピ」
松山町171番地は別荘だった――長崎とアトム(2):「科学技術のアネクドート」
長崎原爆と浦上天主堂  :「Google Arts & Culture」
長崎原爆投下70周年 : 教会と国家にとって歓迎されざる真実
 :「マスコミに載らない海外記事」
なぜ、長崎に原爆ドームが無いのか   :「NGOチーム3ミニッツ」
浦上天主堂  :「原爆慰霊碑・遺跡めぐり」(長崎平和研究所)

Hiroshima and Nagasaki: Gratuitous Mass Murder, Nuclear War, “A Lunatic Act”
   :「GlobalResearch」
Bombings of Hiroshima and Nagasaki - 1945 :「Atomic Heritage Foundation」
In pictures: Nagasaki bombing : BBC NEWS
Nuclear disaster as seen by the Russians: Rare footage filmed by Soviet researchers shows the utter devastation of Hiroshima and Nagasaki shortly after US atomic bombs flattened the cities in 1945 : Mail Online
Atomic bombing of Nagasaki - BBC  :YouTube
Rare footage of Nagasaki atomic bombing   :YouTube


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『今ひとたびの、和泉式部』  諸田玲子  集英社

2017-08-05 09:54:10 | レビュー
 この小説は興味深い構成になっている。和泉式部の人生が2つのストーリーの流れでパラレルに展開されていく。一つは、70代後半の赤染衛門が発案し、五条の東洞院大路西にある大江邸に親しき人々が集い蛍を愛でながら和泉式部を忍ぼうと呼びかける宴のストーリーである。その開催された「和泉式部を偲んで蛍を愛でる夕べ」の中で様々に和泉式部の恋と詠んだ歌が話題となる。和泉式部と親しかった人々が和泉式部像を明らかにしていくというものである。亡くなってしまった和泉式部を回想する形で展開する。和泉式部の恋の謎解きと言える。仮にストーリーB(SB)と略す。
 もう一つのストーリーは、和泉式部自身の視点で、式部の人生における変転がほぼ時間軸に沿って語られて行く。自叙伝風伝記小説の形をとる。ただし、主人公の和泉式部は、「わたくし」ではなく、「式部」と客観視した言葉で語られて行く。こちらをストーリーA(SA)と呼ぶ。

 この小説はSBから書き始められる。こちらのストーリーの展開はページの上部に横線が引かれていて、SAとは視覚的にも明瞭に識別できる体裁になっている。ボリューム的には勿論SAが主であり、SBは和泉式部像を解明するための要所に焦点を当てる形になり、時にはSAのストーリーの語られる時点とシンクロナイズしていく。
 SBの「和泉式部を偲んで蛍を愛でる夕べ」には、発案者の赤染衛門、その娘・江侍従とその夫である亮麻呂(藤原兼房)、さらに出席者として式部大輔である長兄・大江挙周、左衛門尉(源頼国)、兼参議(源兼経)が加わる。
 泉殿に集う人々が、夕陽が釣殿のうしろに姿を隠し、蛍の出番までのしばしの間に式部の気配を庭に感じ、誰もがある歌を思い出していく。
   ものおもへば沢のほたるもわが身より
   あくがれいづるたまかとぞ見る         
この歌を、亮麻呂が小声で詠じたことにより、参集者はそろって夢からさめたように江侍従の夫を見た。江侍従もまた式部の気配を感じていたのだ。
 亮麻呂が詠じたことが皮切りとなり、兼参議が亡き兄・道命と式部の関係を追想するところから話が始まって行く。式部の恋の遍歴と式部の歌が話題となっていく。このSBでは、赤染衛門と江侍従がますます和泉式部のことに憑かれたように深く考える契機となり、江侍従がこのSBの語り部となっていく。

 ストーリーの主体であるSAは、和泉式部の父・大江雅致が命令を受け自宅を明け渡し、太皇太后昌子内親王の養生所としたところから書き始められる。父雅致は太皇太后昌子内親王の世話をする大進という役割を担っていたのであるが、太后は病状が悪化し、死期が近づいていたのである。死という汚れを嫌い、御所から遠ざけるという当時の習慣がわかる事例でもある。どこに移すか、そこには藤原道長の意向があったようだ。
 少女の頃から宮中に入り、太后の許で仕えて江式部と当初呼ばれた式部は、この時、和泉国から戻ってきたところで、一刻も早く太后を見舞いたい心境にいたのだ。ところが、先に居た牛車邪魔となる。その牛車の屋形に隠れていて、太后を見舞う前に、酒の酔いをさまそうとしていたのが皇子の一人、弾正宮だった。この弾正宮に式部は顔を見られてしまう。好色な目で式部を眺める弾正宮がその後の式部の人生を変える最初のトリガーとなる。

 このSAは、橘道貞の妻となった時季から始まるが、式部の生い立ちから結婚前の期間の有り様を途中、関連箇所で徐々に回想風に織り込みつつ、その後の人生ははぼ時間軸に沿って、ストーリーが進展して行く。
 この小説を読むまで、華やかな恋の遍歴をした有名な女流歌人で、百人一首にその歌が選ばれている。『和泉式部日記』『和泉式部集』を残す。貴船神社に向かう道の途中に和泉式部の歌碑がある。数カ所に墓碑や供養塔がある。・・・位の知識しかなかった。
 この伝記風小説を読み、著者の見方を介してであるが、私には和泉式部の人生の大凡の経緯が理解できた点は、和泉式部への興味を深める契機となった。

 詳しくはこの小説をお読みいただきたいが、式部の人生ステージは大凡次のような遍歴を経ているようである。

1. 大江雅致の娘として生まれる。父の実家大江邸で生まれ育つ。大江匡衡・赤染衛門の大江邸で薫陶を受ける。和歌の手ほどきなどもここで学ぶ。大江家には、挙周、江侍従という子供がいた。
2. 少女時代に宮中に入り、太后の許に仕える。少女時代には御許丸と呼ばれ、後に江式部と呼ばれる。
  少女時代には、御所で冷泉上皇の皇子、為尊親王(後の弾正宮)と遊んだ時もある。また、太后に仕える時期に淡い恋や戯れの恋をし、歌を詠む。
3. 橘道貞の正妻となる。道貞はもとは父・雅致の部下で少進。その後、国守を歴任。
  道貞は、藤原道長が評価する有能な部下となり出世をはかっていく。
  橘家を継承した道貞には財産があった。いずれ国守となる力量の男と雅致は評価。
  財力があり安定した生活の男に娘を嫁がせるという父の思い・たくらみを式部は受け入れる。そして小式部を生む。「道貞の妻」として、大凡は満ち足りた人生を送り始める。道貞の任地「和泉国」で過ごす。何事もなければ、式部は別の人生を送っていた可能性がある。
4. 弾正宮が仕掛けた恋の罠に式部が捕らわれる。それが経緯となり、橘道貞は離れていく。だが、式部はそのとき、懐妊していた。その子は道貞の子と式部は断言しても、周囲は噂で動く。
 弾正宮の庇護の許での熱烈な生活に入る。だが、それもいつしか宮が足遠となる。
 弾正宮の死。行年26歳。
5. 弾正宮の弟、帥宮との恋。帥宮の南院での生活。
  帥宮との間に男児を産む。帥宮の死。行年27歳。

6.『和泉式部物語』を書き下ろし、それを持参で、宮中に出仕。彰子中宮に仕える。
 出仕の経緯が一つの読ませどころでもある。
 この宮仕えが式部を女流歌人として表舞台に立たせることになる。紫式部との関係も書き込まれていて興味深い。
 道命との恋が重要な恋のエピソードとして描き込まれていく。この愛も式部の人生の転機になると著者は描写する。

7. 藤原道長からの話があり、道長の家司・鬼笛大将(藤原保昌)の正式な妻となることを奨められる。そこには、道長特有のはかりごとと駆け引きがあった。
  鬼笛の正妻となる。鬼笛は式部より二十は年長の男で、式部が若い頃から知っている人物でもある。
  この鬼笛の正妻となった最後のステージも、かなりの期間、式部は宮仕えをしていたようだ。そして、その時に夫の鬼笛に関わることで、清少納言と面談する場面を書き込んでいる。事実なのかフィクションなのかは定かでないが・・・・。

 結果的に愛の遍歴を重ねる和泉式部の人生を式部の詠んだ歌を要所要所に織り交ぜながら、描き込んで行く。そして、そこに娘の小式部の人生も点描的に描き込まれ、また式部の人生に対して、生涯その支援者的な立場で関わり続けた藤原行成の生き方も垣間見せてくれる。
 SAとSBを2つのストーリーとしてパラレルに描きつつ、ときおり接点をつくり、また江侍従の好奇心の追究で、SBの最後がSAの最後と重なり合っていくクライマックスは、たぶん著者の独自解釈による想像が加えられた創作であり、エンディングとなるのだろう。藤原行成が死ぬ直前に式部に読ませようとした日記の最後が破られてしまっていたというのが興味をそそる。これ自身が創作の一環なのかも。

 この式部の愛に生きる遍歴へ、式部に決断させたのは弾正宮の恋の罠に陥った背景を道長から知らされた時である。愛に生き、心のままに歌を詠み歌人として生きるという選択をしたと、著者は描き込んで行く。

 著者はSAストーリーてんかいに置いて、太皇太后の死の後に、播磨国書写山円教寺への花山法皇が御幸をした時に、藤原行成が式部に次の歌を奉納してもらうのがよいと助言する。
   冥きより冥き道にぞ入りぬべき
   遙かに照らせ山
式部の詠んだこの歌が、SAのストーリーでのモチーフとなっていると受け止めた。

 この伝記風小説を読み、興味深く思う点をいくつか列挙しておきたい。
*和泉式部は、歌の上手な多情な「浮かれ女」が本性なのか。
 著者は、ある事実を知らされて、式部が生き様のカラクリを知り、心境の変化を来した。そして、「浮かれ女」と見られてもかまわないという主体的な選択をしたのだという立場でストーリーを展開する。その時その時に必然的となった愛に生きるという選択を重ねたのだと。単なる多情な浮かれ女ではなかったという経緯が描き込まれている。
*SBの展開において、「和泉式部を偲んで蛍を愛でる夕べ」を契機として、江侍従が和泉式部の実像をより深く知りたいために、式部の愛の所在の追究をするプロセスの推理が興味深い。そのプロセスがSAの展開と接点を持ち呼応する。そこには江侍従と亮麻呂との夫婦関係の生き様が反面として書き込まれている。
*和泉式部の人生の背後に、藤原道長が常に陰に潜む黒幕として存在していた。式部の人生の有り様を間接的に方向づけたフィクサー的人物として、要所で顔を覗かせる。藤原道長の人生が、様々な他者を介して、間接的に描き込まれている。その道長が式部の人生の最後(死)にも影響を及ぼしていたという解釈は興味深い。
*和泉式部とその娘の小式部が、それぞれの人生の局面で同じような境遇に陥るという経験をしたという描写がある。幾人かの宮廷に仕えた女性たちの生き様も点描されていて、平安時代の宮仕えの状況や結婚の有り様が副産物としてイメージできる。
*上記しているが、和泉式部と藤原行成の生涯にわたる同期意識的な人間関係もあり得たという描き方は、式部の人生を支えた人として、爽やかである。『権記』を残した藤原行成という人物にも関心を抱き始めることになった。
*この小説では、式部が『和泉式部物語』をまとめ、それを持参し献上する形で彰子中宮に宮仕えしたと記される。このタイトルをみて、あれ!と思った。『和泉式部日記』というタイトルしか文学知識の記憶になかったからだ。後で調べてみて同じものをさすということを初めて知った。手許に高校生用学習参考書の『クリアカラー国語便覧』(数研出版)を開いてみて、次のことを知る羽目になる。
 「ここまでの二人の心の揺れ動きが、約150首の贈答歌を中心に歌物語風に語られるので、『和泉式部物語』とも呼ばれた。」
 高校生には、基本知識にちゃんと組み込まれてる! 知らなかったのは私だけか・・・・。
*この小説を読むことで、逆に、『和泉式部日記』そのものに回帰し、いずれ読んでみようかという動機づけともなった。
*式部についての伝記風小説なので、あたりまえのこととも言えるが、当時の上級貴族の人間関係と宮廷における人間関係が図式的に関係図として理解できる。このストーリー展開の中での著者の視点を介しての人物と言うことになるが、上記以外にも知識を得た、あるいは興味を持つようになった人々が出て来ておもしろい。これも副産物といえる。

 最後に、『百人一首』に載る和泉式部の歌を引用しておこう。

  あらざらむこの世のほかの思ひ出に
  今ひとたびの 逢ふこともがな

 この歌は、『後拾遺集』から採用されたと言う。『こんなに面白かった『百人一首』』(吉海直人著・PHP文庫)でこの解説を読むとおもしろい。「恋多き女、魔性の女、小悪魔・・・・。この人には、そんな形容がよく似合う。」という一文から、3ページの説明本が載っている。世間一般的な見方をベースに解説がおもしろく書かれていると言える。
 これを開いて、『今ひとたびの、和泉式部』というタイトルが、この百人一首の歌から来ていることを再認識した次第である。吉海氏の式部簡略紹介文と対比してみると、一層面白みが増す。
 他の百人一首本では和泉式部の人物像をどう紹介しているかも知りたくなる。それは、両書からの関心の波紋である。
 出典の『後拾遺集』には、この歌の詞書として「心地例ならず侍りけるころ、人のもとにつかはしける」とある。しかし、この歌がいつ頃、誰に対しての歌かは不詳だという。調べてみたが、当然ながら『和泉式部日記』には出て来ない歌である。


 ご一読ありがとうございます。

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和泉式部に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
和泉式部  :ウィキペディア
和泉式部  :「コトバンク」
和泉式部日記 (原文)   :「杉篁庵」
和泉式部日記 (口語訳)  :「杉篁庵」
和泉式部集 データベース :「国際日本文化研究センター」
”浮かれ女”と呼ばれた歌人!『和泉式部』の恋愛が凄い! :「NAVERまとめ」
和泉式部 恋多き女流歌人は 親王や貴族を虜にする女子力を持つ小悪魔系
   その日、歴史が動いた    :「BUSHO! JAPAN」
和泉式部の墓 「木津川町/歴史と紹介」 :「相楽ねっと」
京都府の最南端、木津川市にある和泉式部の墓と伝える五輪塔 :「京都検定合格を目指す京都案内」
和泉式部誠心院専意法尼の墓所(宝篋印塔) :「和泉式部 誠心院」
伝和泉式部の墓  :「伊丹市」


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