遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『キンモクセイ』 今野 敏  朝日新聞出版

2019-04-28 11:38:41 | レビュー
 隼瀬順平は、9月28日土曜日の朝刊で、法務省の官僚が遺体で発見されたというニュースを読んだ。ふとその事案について情報を集めてみようかと思った。だが、刑事局の事案だと判断し何もしないことにした。しかし、同期の飲み会でその事件に対する皆の認識に刺激されるとともに隼瀬がその事件に直接関わる事態になる。捜査態勢の急変が隼瀬を一層その事件に深入りさせるとともに、彼を窮地に追い込んでいくという面白い設定になっている。

 隼瀬は私立大出身で1年間の留学経験を持つキャリアで、警察庁警備局警備企画課の課長補佐。階級は警視である。自分の行動原理は小さい頃からスーパーヒーローになりたいという願望を抱いてきたところにあると思っている。警察庁という選択の理由もそこにあった。
 
 彼には私立大学出身でキャリア官僚の同期がいる。「土曜会」と称し、情報交換を兼ねた飲み会を時折行っている。情報交換の内容を考え、居酒屋に集合するときでも個室をとる。メンバーは5人。木菟田真一(外務省北米局第二課)、燕谷幸助(厚生労働省健康局指導調査室)、鷲尾健(防衛省人事教育局)、鵠沼歩美(経済産業省)が彼の同期である。
 土曜日の夕刻、この飲み会に参加した。当然ながら、法務官僚の死が話題になる。同期の皆がそれぞれの省庁の立場を背景にこの事件に関心を寄せていた。警察庁の隼瀬が一番この事件についての情報を得ていると思っていたのだ。話がうまくかみ合わない。「官僚が殺されたんだ。日本の行政機構への敵対行為じゃないか」と言う発言まで飛び出す。それが契機となり、隼瀬は法務官僚の死について情報収集を迫られる立場になる。

 隼瀬は日曜日に刑事企画課刑事指導室に所属し二期後輩の岸本行雄に連絡を取る。階級は同じ警視。隼瀬は岸本から事件の概要を知ろうとした。
 被害者は法務省企画調査室次長、神谷道雄、35歳。キャリアである。自宅のある国家公務員住宅の傍で、22口径の拳銃で額を一発撃たれて殺害された。半年前に離婚していて、3歳の娘が居るという。一方、隼瀬は新聞記者からも現場情報を得ようとする。三大新聞のうち、リベラルを売り物にする新聞社の社会部にいて、警視庁記者クラブの担当である武藤武である。隼瀬は武藤とは良い関係にあると思っている。だが、初動捜査を含め、警察発表の情報以外は分からなかった。この事件に関して隼瀬は武藤との関係が出来る。事件捜査の進展の中で、キャリアとしての隼瀬が武藤とどのようにギブ・アンド・テイクの関係を図っていくのか。読者として興味が沸き起こる。
 
 同日つまり日曜日に隼瀬は警備企画課のもう一人の課長補佐水木勇吾から本庁に来るよう呼び出される。水木は隼瀬より10歳上。階級は警視正。隼瀬は水木が出世コースから落ちこぼれているのではと推測している。水木からの連絡は渡辺課長からの指示だった。渡辺芳郎は水木の一期上で、41歳。階級は警視正。水木とは対照的。隼瀬は理想的な警察官僚と思っている。
 捜査支援分析センター(SSBC)が法務省官僚殺人事件のビデオ解析をした結果、白人らしき被疑者が浮かびあがったことから、警視庁公安部外事一課と外事三課が動き出したという。そこで、隼瀬と水木が専任チームを作り、24時間態勢で警視庁から警察庁に上がってくる情報に対処する指示を受けたのである。
 職掌上で他人事と思っていた事案に巻き込まれていくことになる。

 だが、日曜日に組んで動き出した態勢を、月曜日の朝8時半に隼瀬が水木に引きつごうとした矢先、渡辺課長に二人が呼ばれる。「専任チームの件は終了だ」と。警視庁での捜査態勢も呼応するように縮小されてしまったのである。隼瀬は肩すかしを食らった気分に襲われる。
 このストーリーは、ここから実質的に始まって行くと言える。なぜ、急激な方針変更がなされたのか。
 
 水木と武藤はそれぞれの立場で、何か奇妙なことが起こっていると感じ始める。隼瀬もその意識に巻き込まれていく。水木は独自に課長には秘密でこの事件を調べ続けると隼瀬に言う。水木は渡辺課長と一人の理事官を信用できないと斬り捨てる。事態の急激な変化に疑念を抱く隼瀬もまた、水木と連携してひそかにこの事件を調べる決断をする。
 隼瀬は再び岸本と連絡をとる一方、土曜会の同期からも外から見た情報を得ようと試みる。
 同期との情報交換により、視点の違いからの関連情報が明らかになってくる。燕谷は、殺された法務官僚の神谷は日米合同委員会に関わっていたという。木菟田は、その委員会の構成や地位協定、密約などの一般情報を隼瀬に語る。
 水木は隼瀬に言う。岸本が水木に連絡してきたこと。キンモクセイという言葉の意味が分かるかと。その言葉は岸本が水木に訊いたことであり、かつ殺害された神谷が前日同僚にその言葉を伝えていたという。
 隼瀬は再度岸本と連絡をとる。岸本は、キンモクセイという言葉を、捜査本部にいた捜査一課のベテラン刑事松下からその情報を投げられたという。松下は捜査本部から外されていたが、直属上司との暗黙の合意で、本務の事件と併行し密かに捜査を続けているという。隼瀬は岸本と会って夜中の12時頃別れた。その翌日、岸本は登庁しなかったし、連絡がとれないことから同じ刑事指導室の係員が岸本の自宅に行き、首を吊っているのを発見した。
 隼瀬は勿論、松下刑事とコンタクトを取り、情報交換を始める。
 そんな矢先、隼瀬は岸本殺害の容疑者として指名手配されるという窮地に立たされる。
 追う立場であるはずの隼瀬が警視庁から指名手配で追われる立場になる。己の潔白を証明するためにも、法務官僚神谷殺害の真相を究明し、事実と証拠を掴まなければならないのだ。
 
 これからの展開がこのストーリーの読ませどころとなっていく。
1.キーワードとして「キンモクセイ」が関わっている。その意味は何か?
  追われる立場に立たされた隼瀬がどこまで、どのようにしてその真相に迫れるか。
2.水木の見解は、渡辺課長と一理事官は体制派であり、この事件に関しては敵である。
  この事件において警察庁警備局警備企画課という組織を信頼できないという。
  水木はもうひとりのゼロを統括する裏理事官だけが事件関連では信頼出来るという。
  さてどうするか?
3. 隼瀬は、土曜会の同期との信頼関係に依存せざるを得ない立場になる。
  同じキャリア官僚の同期が、隼瀬にどうかかわっていくか?
4.神谷殺人事件の捜査から外されている松下刑事との関わりはどうなるか。
5.隼瀬が指名手配されたことを、武藤は最も早く知る立場にいる。
  隼瀬と武藤の関係がどうなっていくのか?
6.容疑者として追われる立場になった隼瀬は、警察官僚として捜査員の捜査技法などは一通り知っている。その知識・ノウハウを追われる立場でどこまでどのように活かしていけるか? その逃走劇の側面がどこまでストーリーに描かれるか。

 これらの観点が様々に絡み合いながら、追われる立場の隼瀬の視点でストーリーが展開していく。そのプロセスには、いくつかの誤解も内在していて混乱要因になる。そして読者にとっては意外な事実も明らかになっていく。

 このストーリー、固い話の展開ばかりではない。ちょっと興味津々の一筋の流れが織り込まれつつ進行する。それは土曜会の中の唯一の女性キャリアである鵠沼歩美に対する男性キャリア4人の思いである。土曜会の席に、鷲尾と鵠沼が二人で現れることが重なる。隼瀬は鵠沼に思いを寄せているのだ。鷲尾と鵠沼が付き合っているのかを隼瀬は危ぶんでいる。一喜一憂・・・・・。著者が読者をちょっと楽しませる息抜き的な一筋をさりげなく絡めていくところもおもしろい。

 日米合同委員会は実在する組織である。このストーリーはフィクションであるが、現実の日米合同委員会とは何かということを、考えるトリガーになる小説でもある。普段はたぶん一般庶民の意識に上ることもない組織。それがどのような組織で、日本国にとってどこまでの重みをもつものなのか? 
 近松門左衛門の虚実皮膜論を連想した。この小説は、日米合同委員会を題材にした虚実皮膜論の一つとして、興味深いと言えよう。

 ご一読ありがとうございます。


本書に関連して関心の波紋を広げて、現実の事実情報を検索してみた。一覧にしておきたい。
日米安全保障条約(主要規定の解説)  :「外務省」
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約 :「外務省」
日米合同委員会  :ウィキペディア
日米地位協定及び関連情報  :「外務省」
日米地位協定Q&A :「外務省」
日米密約  :「コトバンク」
沖縄返還密約  :「コトバンク」
知らなきゃよかった…日本の空は「実はアメリカのもの」だった :「現代ビジネス」
都圏の空のタブー『横田空域』…未だに続く米軍の日本支配 :「NAVERまとめ」
スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」:「現代ビジネス」
利便性の陰で広がる監視網 国民弾圧を意図する共謀罪  :「長周新聞」
日弁連は共謀罪法の廃止を求めます  :「日本弁護士連合会」
【図解付】共謀罪をわかりやすく解説|適用への反対意見と主な罰則 :「刑事事件弁護士ナビ」
共謀罪 :ウィキペディア
共謀罪施行 「『関係ない』と決めるのはみなさんではなく警察官」 :「BLOGOS」

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『カットバック 警視庁FCⅡ』  毎日新聞出版社
『棲月 隠蔽捜査7』  新潮社
『回帰 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『変幻』  講談社
『アンカー』  集英社
『継続捜査ゼミ』  講談社
『サーベル警視庁』  角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』  新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新5版 (62冊)


『知識ゼロからの世界の三大宗教入門』 保坂俊司 幻冬舎

2019-04-18 20:50:19 | レビュー
 神話と宗教はある地域・ある国の文化を深く理解するためには必須の基礎知識と言われる。そうとは知りつつ、中々手が出しにくい領域でもある。本書では、世界の三大宗教として仏教・キリスト教・イスラム教を扱っている。私にとっては、やはりこの順番で馴染み度合いも知識も、どんどんと乏しくなっていく。知識ゼロではないものの、本書を読むことでこの三大宗教の基礎の基礎という知識の取得と大枠の整理ができた。仏教については基礎知識の整理と再確認ができ、キリスト教については全体像の理解を深めることと基礎知識の補充に役立ち、イスラム教についてはこの宗教への馴染み感ができるとともに、基礎知識を学べたと言える。

 「はじめに」の冒頭で、著者は「本書の目指したのは、レストランのランチセット・メニューといったところでしょうか」とその意図を喩えている。実は回りに宗教についても膨大な情報が溢れているのが実体だが、日頃宗教意識の乏しい現在の日本人は戸惑うばかりで立ち往生しているのだという認識を、著者は出発点にしている。そこで、適当なボリュームで、三大宗教を比較するという視点により、これら三大宗教の宗旨の特徴を明らかにし、テーマ別に輪切りにして、簡潔かつ幅広く紹介するという方法を著者はとっている。そして、アラカルト料理を楽しむように、各宗教の情報を比較し、まず読者が関心を抱く観点から読み始めることができる形にメニュー(観点)設定されている。そして、見開き2ページあるいは4ページのボリュームで1観点の説明がイラストや図版を利用することで、ビジュアルに一目瞭然を目指している。この点は最初のイメージづくりと基礎としての大枠理解には有益である。言葉で詳細に解説された文章を読むよりも、ある観点の全体イメージでまず基礎知識に触れることが宗教への馴染みを強めることに有益であるという印象を持った。例えば、宗教の伝播経路や広がりなどはイラスト地図で明示されているので、詳細は再読が必要としても全体イメージがまず読者にインプットされてくる。全体を見ると、イラスト・図版が全ページでとらえて半分くらいのボリュームで多用されていると言える。

 本書の全体像をイメージするために、どういう構成で、どういうメニュー(観点)で三大宗教が対比しながら説明されているか。そのメニューでの各宗教のキーワードを著者が何と考えているかを抽出してみよう。これ自体が本書の特徴を示すとも言える。目次からの抽出である。括弧内はキーワードを仏教/キリスト教/イスラム教という順番に抽出した)。

第1章 三大宗教のはじまりを押さえる~誕生と教え~
  教祖(ブツダの生涯/イエスの生涯/ムハンマドの生涯)
  教義(四法印と四諦八正道/山上の垂訓/六信)
  戒律(五戒と八斉戒/復活祭とミサへの参加/五行とシャリーア)
第2章 神と人を結ぶ信仰を探る~信仰の象徴~
  経典(仏典/聖書/コーラン)
  信仰対象(諸仏・菩薩/父なる神/アッラー)
  偶像(仏像/イコノクラムス/偶像否定)
  聖地(仏教の八大聖地/キリスト教の聖地/イスラム教の聖地)
第3章 世界宗教へ発展した歴史をのみこむ~歴史と宗派~
  弟子(十大弟子/十二使徒/正統カリフ)
  歴史(仏教の伝播/教皇の権勢/イスラム圏の拡大)
  宗派(大乗仏教と部派仏教/3大宗派/スンニー派とシーア派)
第4章 生活に根付いた宗教行事に触れる~生活習慣~
  修行(六波羅蜜/秘蹟/ムスリムの日常)
  死生観(輪廻転生と末法思想/黙示録/最後の審判)
  冠婚葬祭(火葬の習慣/神の恩寵と加護/男女交際のきまり)
第5章 優れた宗教芸術を味わう~文化と芸術~
  建築(寺院の誕生/教会建築/イスラム建築)
  芸術(ブツダの表現/「美」の巨匠たち/イスラム芸術)
  科学(仏教医学/聖書と学問/『コーラン』と科学)
第6章 世界の「今」をキーワードで解く~現代と三大宗教~
  政治(仏教とアショーカ王/政教分離/神権政治)
  経済(在家信者/資本主義/『コーラン』と経済)
  女性観(変成男子/教父たちの誤解/女性の保護)
  戦争(不殺生戒と慈悲/宗教闘争/ジハード)
  日本(日本と仏教/日本とキリスト教/日本とイスラム教)

それと、各章末にコラムのページが設けられている。そこでは、旅行家/巡礼/祭り・祭日/悪魔/格言という各テーマが取り上げられている。

 この全体の構成とキーワードを眺めれば、3大宗教のそれぞれの基本的知識が網羅されていることが大凡わかるだろう。その上で、これらのキーワードを見て、あなたがなにがしか基礎的な説明ができるなら、この本を読む必要はないかもしれない。キーワードを見て、何も説明できない、初見の語句と感じるならば、本書を開いてみる価値がある。その箇所をまず読んで(試食して)みて、このランチセットをたいらげてみるかどうか判断するのもいいかもしれない。

 最後に、多用されているイラスト・図版の中から、これは特に役立つと感じたものをいくつかそこに付されたタイトルで宗教別にご紹介しておく。丸括弧はイメージしやすいように補足した語句である。
[仏教] 
ブツダの人生をたどる地図、仏の32相、仏教の八大聖地、アショーカ王の碑(分布図)、ブツダに帰依した主な女性信者(所在地図)
[キリスト教]
イエス最後の24時間、イエスの教えを広めた十二使徒の略歴、パウロの伝道(経路図)、宗派の系譜、7つの秘蹟、「ヨハネ黙示録」神の手による破滅のプロセス、キリスト教の聖女(地図)
[イスラム教]
ムスリムの信仰箇条・六信、イスラム教徒が行なう大巡礼、3つの宗教が混在するエルサレム、ムハンマド周辺系図、こんなに違うスンニー派とシーア派、イスラム独特の習慣

 手軽に読める入門書と言える。

 ご一読ありがとうございます。

インターネットで宗教関連のわかりやすい情報が入手できるかを少し検索してみた。
検索範囲で役立ちそうなものと思ったものを一覧にしておきたい。
仏教へのいざない 青少年のための仏教入門 トップページ :「東京大学仏教青年会」
お釈迦さまの足あと(ブッダの生涯) :「無盡燈」
シャカ(ゴータマ・シッダールタ) :YouTube
ワールドセクト ホームページ
キリスト教 :ウィキペディア
キリスト教諸教派の一覧 :ウィキペディア
図解で納得 キリスト教の宗派って  :「毎日新聞」
イスラム教 MATSUBARA TERUO
イスラム教とは? :「ハラルジャパン協会」
どうしてイスラーム教はわかりにくいの? 危険だと誤解を招く4つの理由 :「SEKAI」
イスラム教を理解する ダニエル・C・ピーターソン :「LDS.org」
イスラム教国家を訪れる前に知っておきたいマナーとルール :「LINEトラベル.jp」

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『平成26年度 60 代表作時代小説 時を超える熱き思い、絆と志』 日本文藝家協会編 光文社

2019-04-07 10:13:28 | レビュー
 私が「代表作時代小説」を読むのはこれがまだ2冊目なのだが、このシリーズ自体はこれで60巻目を迎えるという。ここに選ばれている短編は、「前年に発売された文芸誌に掲載された新作の短編から選んでいます」(「まえがき」)という。文芸誌に掲載された新作は「1年間で総数は270編ほど」(同上)になるという。この平成26年度版の編集委員は安西篤子・未國善己・竹田真砂子・縄田一男の4人である。興味深いことに、編集者の内の一人の作品も含まれている。
 今回のサブタイトルは「時を超える熱き思い、絆と志」である。「まえがき」の著者が、文中に「アンソロジーの妙味とは、いろいろな個性のぶつかり合いを一度に堪能できること、と思うようになりました」と記している。まさにそうだなと感じる。
 以下、各短編の印象記などをご紹介する。

「はで彦」 奥山景布子
 常磐津亀文字の心意気と心がけ、芸事を教える人々のつながりが描かれる。松浦流の踊りの師匠乙彦は、見た目からはで彦と呼ばれている。そのはで彦が踊りの会を行う。長唄の音四郎・お久兄妹とともにその番付での唄方を亀文字は頼まれる。亀文字が瀬戸物問屋の隠居・卯兵衛の後妻になった経緯や萩野鶴之助の名で役者をしていたがある事件で唄方に転じた背景話、卯兵衛の思いなどを織り交ぜられる。「何があっても芸は乱すな。それがほんとの玄人ってもんだ」の心がけと、思い切り踊らせてやろうという心意気で締めくくる。

「約束」  宮本紀子
 紙屑買いを生業とし、少し頭の回りの遅い彦一は手習い所で初めて会った大店「坂井屋」の一人娘お路へ一途な思いを抱き続ける。その思いが生み出す哀しい結末への過程が描かれる。切なさが残る。
 「坂井屋」が商いにつまづき潰れる。お路は吉原に売られ女郎となっていた。幼な友達の源蔵に尋ねて知らされた彦一は、吉原に行き花風と名乗るお路に会う。お路から身請け百両と聞かされる。お路への約束を果たそうとし、純粋な思いは変わらぬままに偶然から悪の道に入り込んでいく。彦一は気づかぬままに、翻弄される羽目になる。

「玉手箱」 竹田真砂子
 国学者添田儀舟に入門し内弟子となった諸橋清乃の物語である。こんな生き方が半ば公然と許容された時代もあったかという印象が残る。入門して3年経ち、淸乃は先生から告白され、20歳の初夏に、奥方らしきもの、つまり側女になる。先生と妻・甲との最初の男の子は赤子の内に死に、数年後に生まれた女の子は病がち。そこで祟り・悪業の噂が立つ。その結果、甲は別宅住まいとなっていた。
 側女の立場を受け入れた淸乃の眼から眺めた周囲の状況、己の父と先生の対比の思いなども語られる。「先生はずるい」と思いながらも、胸の内をぶちまけられない己を客観的に見つめている淸乃が描かれる。最後の結果がおもしろい。

「天草の賦」 葉室 麟
 「黒田騒動」で家老栗山大膳から訴えられて、誹謗の対象となった二代目福岡藩主黒田忠之は、寛永14年(1637)冬の島原の乱で、汚名返上をしようと意気込む。少し興味深い仮説を盛り込んだ結末がおもしろい。
 忠之が島原の陣中に到着した後、倉八十太夫が陣借りしたいと参上する。その時、浦姫の生まれ変わりと称する女・万を伴ってくる。その万が忠之に途轍もない願い事をする。そして、万は己の過去を語る。話を聞いた忠之は不敵な決断をすることに・・・・・。検証できない史実の闇の部分が巧みにフィクション化されている。

「小才子(こざいし)」 伊東 潤
 父信勝を信長に殺された信澄は信長に最も忠実な家臣として働きながら、信長を打倒し己が天下人になる策を練る。信長の殺された本能寺の変は、信澄が黒幕というストーリーである。ありえるかも・・・と思わせるおもしろい設定になっている。
 信長は弟の信勝を殺した。「小才子は理だけですべてを考える。この世は理だけではない。それが分かっておれば、信勝は死なずに済んだのだ」と。
 大溝城は、信澄の願いを聞き入れ、義父となる明智光秀が縄張りをした。信澄は大溝城に光秀を招き、ささやかな竣工の宴を催す。その席に信澄は隣国若狭国の丹羽長秀を呼ぶ。丹羽長秀とは予め合意が出来ていた。そして、光秀に謀反の話を持ちかける。光秀は拒否できぬ状況に陥る。本能寺の変が興される。結果的に信澄も小才子と呼ばれる立場に・・・・。

「密使の太刀」 犬飼六岐
 摂津国渡辺は源綱を家祖とする渡辺党の本拠地である。久しぶりに故郷に戻った渡辺城四郎は岩根敬之進と再会した後、渡辺分家である父の館に赴く。そして、父から将軍義昭からの進物として木下藤吉郎に名刀「鬼丸」を届けよと命じられる。義昭の追放を考える信長に対するとりなしを頼む為という。条四郎は仕方なく命令通り陸路で京へ向かう。
 この短編、進物する刀を運ぶやり方に、父の深慮企みがあったことと、条四郎が道中で騙されて刀をとられそれを追跡する立場になり、事態が紆余曲折し始める中に、岩根敬之進も関わっていたという面白さにある。結果として、二人は木下藤吉郎にではなく信長に会う羽目になる。

「鳴鶴」 澤田瞳子
『若冲』というタイトルで2015年4月に出版された時代長編の冒頭にこの短編が組み込まれている。一部対比してみると、若冲の連作発表がまとめられて長編となった際に、この短編にも加除修正の推敲がさらに加えられていることがわかる。『若冲』を既に読み、印象記をご紹介している。そちらをお読みいただければうれしい。

「昼とんび」 村木 嵐
 昼とんびとは掏摸(すり)のことをさすそうだ。雑司ヶ谷の不動尊そばの長屋に住む辰次と4つ年下のお道そしてしるべ石に関わる短編である。辰次は岡っ引きになり、お道は昼とんびになる。しるべ石にお道が貼り付けた「神田鍛冶町、志津」というしるべ紙がお道を昼とんびから脱却させて行く契機になる。最後の花嫁行列を見物する場面で辰次がお道に言う。「おめえはしるべ石になってやれ」と。そして、終わり方が実にいい。

「医は仁術なり」 仁木耕一郎
 信州諏訪の東掘村に住む長田徳本の物語。医者の鑑のような生き様が爽快である。
 徳本は武田信玄が信頼した医者であり、侍医の板坂卜斎からも頼りにされている。信玄の晩年における関わりを軸に、三河から来て弟子となった源太郎に嫌疑がかかる事件を主体にストーリーが展開する。信玄の死後、8年後、武田勝頼が敗れ、織田勢が乗り込んでくるとき、「医の道は、命の道に通ず。ずっと続いておる」と弟子たちや家人と共に諏訪を出て行くまでが描かれる。徳本は湿布薬トクホンの由来となった人だという。

「夏の日」 青山文平
 懊悩する名主の生き様と最後に接した武士が己の弱さから脱却し、希有な胆力の持ち主と評価されるまでに成長する。人を変える心の動きが、様々に描き込まれているところが読ませどころといえる。
 22歳で中西派一刀流の目録を許されている書院番士の西島雅之は先任番士の苛めに遭い、引き籠もりに陥る。欠番届けを出し、知行地の名主、落合久兵衛を顕彰するという名目で夏に、上野国西原郡下久松村の名主落合家に逗留する。そこで小前百姓の利助に関わる事件が発生する。事件の経緯を雅之は見届ける立場なる。雅之は久兵衛の自刃を介助しその首を刎ねる結末に・・・・。だがその夏の日の事件が雅之を立ち直らせる契機となる。

「義元の呪縛」 天野純希
 還俗した男が、兄・玄広恵探と戦い滅ぼした後、駿河・遠江・三河の三国を領し、”海道一の弓取り”と呼ばれる。今川義元である。妙心寺での兄弟子だった太原雪斎が、義元の軍師として進言し活躍する。京を目指すのは亡き雪斎の果たせなかった夢である。戦国の世で生き残るためには領土を広げることが必須。雪斎亡き後、義元が織田信長を倒すための周到な策を練り信長打倒を目指し桶狭間に進出し敗れるまでを描く。
 雪斎に学び雪斎の敷いた道を歩むという呪縛から抜け出せなかった義元と、雪斎の思考を独自に学び、それを超えた独自の思考をする信長の対比を鮮やかに描いている。

「人生胸算用」 稲葉 稔
 小名浜生まれの小森辰馬は、読み書きを習った長雲和尚の勧めもあり、大名に頭を下げさせられるほどの大商人になる志を立て、江戸に出る。長雲和尚の友である江戸浅草の浄念寺の照源という住職を介して、穀物問屋石和屋を訪ねる。奉公人となるためである。
 辰馬が石和屋の奉公人として馴染み、受け入れられるまでを描く。その梃子となる事件が起こる。鼈甲細工屋に痩せた浪人が押し入り強盗をする事件が起こったおり、石和屋の娘お民の行方がわからなくなり大騒動になるのだ。その顛末がこの短編の山場となる。

「ぎゃまん身の上物語」 北原亞以子
 2014年2月に著者の単行本『きやまん物語』が出版された。2013年に著者が急逝する1週間前にmこの短編を記したと本書「あとがき」に記されている。また現時点で、『ぎやまん物語』、『あこがれ 続・ぎやまん物語』という2分冊で未収録作品を加え、文庫本化されている。だが、この短編はこれら文庫本にも現時点では収録されていない。
 イエズス会の宣教師が内密で作らせた手鏡を、二人の女の喧嘩が元で、宣教師の手許にとどまり、宣教師が来日した折り、これを役立てようとする。ノブナガに献上のつもりが、ノブナガは既に斃されていて、ヒデヨシに献上されることになり、それを古女房オネが預り、コウゾウズを介してオゴウの許に渡る経緯が鏡(私)を主体にして綴られている。これが文庫本の2分冊とどうつながっているのか・・・・。読む楽しみができた。

「頼越人(よりこしにん)」 小松エメル
 「頼越人とは、切腹した隊士の埋葬を依頼し、全てが滞りなく終了するまで見守る役目である」(p304)という。新選組を意外な視点から取り上げた短編だ。酒井兵庫は新選組に入隊し、総長山南敬助の助言でまず副長土方歳三勘定方に任ぜられ、後に頼越人を担当するようになった。その山南が処断された後に兵庫が頼越人を務めるという場面から書き出され、兵庫が入隊後に見た新選組の内情が描かれて行くことになる。山南と接した兵庫の眼に映じた山南の実像、池田屋事件、西本願寺北集会所への移転、公金を着服した同僚河合の切腹、山南の墓に語りかける藤堂の姿など・・・・。新選組という組織の一時期の実情が内部の目線から描かれていて興味深い。最後に兵庫の決意で締めくくられる。

「水戸黄門 天下の副編集長」 月村了衛
 徳川光圀は彰考館という『国史』編纂組織を設立し、『大日本史』という歴史書を世に残した。その業績は一方で水戸藩の財政を逼迫させる原因にもなった。各地の学者に執筆依頼した多くの原稿が締め切り期限内に提出がされず、その編纂が遅延しているところにも一因がある。業を煮やした光圀が、自ら副編集長と位置づけ、執筆依頼者の自宅まで原稿の取り立てに出向くというストーリーである。映画にもなった水戸黄門漫遊記ものの目的志向型翻案版といえようか。
 この短編は下田の錫之原銅石の自宅に原稿取り立てに向かうというストーリー。光圀は書物問屋のご隠居、彰考館総裁の安積澹泊覚兵衛と国史編纂委員の一人で元妙心寺の僧だった佐々介三郎宗淳が従者となる。所謂スケさん、カクさんである。そして、光圀配下の甲賀者お吟が加わり、伊賀者・風車の男が助っ人に加わる。実は公儀の隠密。
 町人一行に化けた珍道中と原稿遅延には今江戸で人気のある羽衣庵乙姫作『夢現桃色枕』という艶本が絡んでいたという展開が大いに楽しめる。いわば、漫遊記の換骨奪胎版。
「二代目」  東郷 隆
 千代田区麹町3,4丁目(旧6丁目)から今の市ヶ谷あたりへ抜ける道が地獄谷と呼ばれ、麹町が小路町と称された慶長8年(1603)年の話である。家康が征夷大将軍に補任され、江戸が建設ラッシュに沸き立つ時期のこと。地獄谷の番小屋に住み込む伊賀者惣十が主人公である。麻布村の善福寺で簑市が立った日に、顔見知りになった酒屋がもがり者3人から難癖を付けられているので、総十が助けに入り尋常の勝負に持ち込み3人を成敗するところから始まる。翌日、惣十は呼び出されて服部石州屋敷に出向く。そこで二代目服部正就に婿引出物として賜った関孫六兼元二代目作の大業物の試し切りをする機会づくりを命じられる。辻斬りは良くある話。惣十の手引きでそれ首尾良く行ったが、そこに問題が内在した。さらに、正就の横暴さが「伊賀者一揆」を引き起こす。そのおり、惣十が自ら「一揆大将」を引き受ける顛末となる。さらに、服部正就の改易に至る。江戸時代初期の伊賀者史にもなっている。点的史実を踏まえたフィクションとして、興味深い。

「紀尾井坂の残照」 谷津矢車
 明治11年。未だ罪人を斬首していたそうだ。『囚獄掛斬役』(首切御用)を務めたのは山田朝右衛門家。江戸府内で知られた首切り朝右衛門の弟、25歳の山田吉亮と罪人の話である。その夏の日、吉亮は既に5人を斬っていた。四半刻前に斬首したのが島田一郎。そして、最後の一人、浅井寿篤と名乗る罪人を斬首する場面がメインストーリーになる。若く、ひどくうつろな目で、夢の中を泳いでいる、そんな表情だった。淺井は吉亮と同じ25歳だと言う。清らかな風すら感じる男。山田家には”死者の声を聴け”という家訓があるという。そこで、吉亮は淺井としばし対話する。淺井は島田一郎に付き従っただけで、誰を斬ったために斬首となるのかすら知らないという。その誰?を知りたいという点から回想が始まる。そして、吉亮は最後にその名を告げる。吉亮はそのとき、三代目が言い残した家訓の意味を知る。末尾に記された吉亮の独白が印象深い。
 「あなたの言葉、確かに心に刻みました。」
 「俺もまた、時代の波に磨り潰されてしまう日が来るのだろうか」

ご一読ありがとうございます。

本書に関連した史実事項を関心の波紋からネット検索した。一覧にしておきたい。
永田徳本  :「コトバンク」
甲斐国長田徳本翁与蔵司書 / 長田徳本 [撰] :「早稲田大学図書館」
今川義元  :コトバンク」
本当は強かった今川義元  :「ユカリノ」
大日本史  :ウィキペディア
徳川光圀は、なぜ『大日本史』を編纂したのか :「WEB歴史街道」
徳川光圀画像 :「文化遺産オンライン」
山田浅右衛門  :ウィキペディア
山田浅右衛門一覧  :「つるぎの屋」
江戸時代の死刑-山田浅右衛門家の話  :「裏辺研究所」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その点、ご寛恕ください。)


こおちらもお読みいただけるとうれしいです。
『平成22年度 代表作時代小説 凜とした生きざま、惚れ惚れと』 
                     日本文藝家協会編  光文社

『英語で一流を育てる』 廣津留真里  ダイヤモンド社

2019-04-04 12:56:45 | レビュー
 サブタイトルに「小学生でも大学入試レベルがスラスラ読める家庭学習法」とある。
 タイトルに惹かれて通読してみた。著者は、大分県在住で、「ブルーマーブル英語教室」代表である一方、一般社団法人「Summer in JAPAN(SIJ)」を設立し代表理事になるなどでも活躍されているようだ。

 この本は、著者が運営する英語教室でのノウハウを公開したもの。小学生にどのように英語を教えていくと英語がスラスラ読めるように、話せるようになるかを論じている。
 プロローグのキャッチフレーズを引用する。「まさか」を「すごい」に変える”奇跡の勉強法”初公開、という。
 だが、通読して感じたことは、何もこれからの小学生に限ったことじゃない。大人にとっても、大いに役立つノウハウと言える。それこそポジティブにとらえよう。今からでも遅くはない。たちまち情報収集の英語力を必要としているのは、ビジネスパーソン、リサーチャーなどなど、日本人の大人なのだから。

 本書は著者自身の英語習得術とその応用である娘との家庭学習体験、英語教室主宰の実績の積み上げをベースにしていると記す。そして、上記SIJのサマーキャンプに採用したハーバード大学生に対するリサーチ、聴き取り調査での学習法の結果を紹介しながら、主として、小学生の英語学習法についての自説を論じている。
 著者は文部省が目論む”2020年英語改革”を先取り紹介しながら、現状でのその思考の問題点にも手厳しく切り込んでいく。この点、日本の英語教育を考える材料にもなる。

 著者の主張点はわかりやすい。家庭での英語学習が基盤になり、親子で英語を学ぶのが基盤だということと、本書のやり方はだれでも、どこの家庭でも出来るという。
 著者が強調するのは、英語力をつけるのは音読による単語の暗記、英語文の音読暗記が基本だということ。英文法から入る従来の英語学習を否定する。英語の基本は「音読」なのだと。
 これでふと連想したことがある。それは江戸時代の武士が行っていたという漢書を声を出して読む素読である。漢書の文の意味が分からずとも素読して暗記するということから入ったというのをどこかで読んだ事がある。黙読がふつうになったのは、明治以降だとか。

 英語「を」教えるのではなく、英語「で」世界に通用するスキルを教えることが重要なのだと論じている。著者はメソッドとして、「読む、聞く、話す、書く」の4技能を一体化し、結論⇒その理由⇒事実描写という論理展開で日本語を扱う国語力の育成を説いている。
 著者が言う一流の英語力とは、英語を使い世界レベルで情報を「ゲット(収集)」できる力、英語で情報を「シェア(共有)」できる力、そして英語を使って「価値(バリュー)を創造」できる力なのだと定義する。チャラチャラとした日常会話でのコミュニケーション力レベルの英語力ではないのである。
 「日常会話に困らない、なんとなくコミュ力がある中学生を育てることを目標としてきた日本」(p54)と今までの英語教育の問題点を指摘している。国は本気で学校英語を変えようとしているという動向を是としながら、そこに大問題がある点を論じている。この点、考える材料として有益である。

 著者がいう英語家庭学習法は、親が小学生の子に英語を教える事ではない。子どもが英語学習をすることをサポートすること。「子どものやる気を引き出す」ことに注力することだと論じている。これなら、どこの家庭でもその気になればできることだろう。
 サポートするとは、「続けられる環境」「会話をする環境」「安心できる環境」を作ることだと論じ、そのやり方、ノウハウ事例を紹介している。著者は親子での会話は勿論日本語でOKと述べているので、ご安心を。話す機会づくり、「伝えたい気持ち」の強さを引き出す環境づくりだということ。それが英語で伝えるという力に転化していくとする。 ポジティブで、失敗を恐れず、オープン・マインドであること。「ほめる」ということが「魔法のアクション」になると著者は強調する。

 「英語は単語が9割! 英語力=単語力」という見出しすらあるという強調ぶりである。この見出しは、日本の公立高校から現役でハーバード大に合格した著者の娘が「ハーバードの英語は単語が9割」と断言している事実と、情報を英語で読み、聞き、収集する時に単語力が必要となることを踏まえている。意味のある英語力が求められるということである。
 そして、英語学習では、「英作文は”英借文”」であり、「どれだけ大量の例文(テンプレート)を覚えているか」が勝負なのだと論じる。基本的な例文の大量の暗記から始まるという主張である。例文の音読となぞり読みを著者は勧めている。
 さらに、1分間スピーチのトレーニング法を勧めている。自分の考えを15秒でまとめ、45秒で発表する。それをまず日本語でスピーチできるトレーニングから始めることのアドバイスである。結論⇒その理由⇒事実描写というスタイルでのスピーチが母国語でできる力がなしに、英語でスピーチ出来るわけがないのである。
 著者はTOEFLのスピーキングテストは、「パソコンを使用し、モニター画面に映し出された問題を見て、15秒で考え、45秒でマイクに向かって英語で応えます」と説明している。1分間スピーチは、このテストへの対応でもあるようだ。逆に、この方式から推奨していると言うべきか。

 最後に2点、ご紹介しておこう。
 1つは、著者の論じる単語暗記の3つの極意である。
   極意1 音声に合わせて音読する---口と耳で覚える
   極意2 「英語→日本語」を交互に音読する---体で覚える
   極意3 書かずに「なぞり読み」する---目で覚える
  その詳細は、本書を開いていただければよい。第4章のp149~151である。
 2つめは、本書のおもしろいところであるが、無料で動画視聴できるアクセス先を載せていることである。クリックして動画もご覧いただくと参考になるだろう。
   3つの動画:英語は単語が9割!暗記法&超・音読法3つの技法
このアクセス先は、著者紹介の奥書を読むと、著者が経営する会社である。
 
 ほかに、プレミアム特典ページというのが巻末にある。本書を開いてご覧戴くとよい。その16ページ分をちょっと立ち読みしてみることから始めるのもおもしろいかもしれない。

 ご一読ありがとうございます。