遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『マスカレード・ホテル』 東野圭吾  集英社

2016-02-29 09:19:08 | レビュー
 著者の本を読むのはこれが初めてだ。名前はかなり以前から知っているものの著者の本を手にすることはなかった。最初の1冊の出会いが、その後同じ著者の本を読む気にさせるかどうかの契機になる。この警察物はホテルを舞台とする捜査活動のメイン・ストーリーの流れとホテルで起こるトラブルというサブ・ストーリーがうまく織り交ぜられて構成されている。じつはそのサブストーリーがどこでメイン・ストーリーに関わるのか、メインストーリーへの一ステップなのかが見えづらいからこそ、興味をそそられるのだ。かつサブ・ストーリーに落ちがつくと、そこまでの脇道が一つの短編小説となっているようにもなっている。つまり、ホテルを舞台とした短編集的色彩を放つ。ここのストーリー展開、本筋とどう繋がるのかと時にはいぶかしく感じても、その脇道話につい引きこまれているという面白さがある。ホテルを舞台とする大きな事件の流れと、そこにノイズを生みように引き起こされる小事件との交錯が、ホテルという舞台設定である故に、自然なストーリーとなっている面白さを味わえた。また、その短編に盛り込まれたトラブルの真因が、じつはメイン・ストーリーが発生する原因にリンクする伏線になっているのである。直接には予測できない真因というものがあるというある意味の怖さを内在している。
 結論として、私にはマイ・ペースでその作品を読み継いでみたい著者が一人、またここでリストに加わった。

 題名にある MASQUERADE という単語を辞書で引くと、第1羲に仮面[仮装]舞踏会、第2羲に見せかけ、虚構、見せかけ[変装]の生活、と説明されている。ホテルという機能にはそういう側面があるとうなずける。ビジネス・ホテルの場合、利用者は主に短期宿泊のためだけにホテルを機能的利用する。一方、一流ホテルの伝統の気品と華やかさに溢れ、優れたもてなしとサービスを得られる場所に、晴れ羲姿に着飾って、普段とは違う自分を演出して宿泊客となり、その雰囲気を味わうことで高揚感を楽しむということもある。それはまさに利用者がひとときの仮面舞踏会的場を享受する空間でもある。ここでは、勿論後者の一流ホテルがストーリーの舞台となる。「ホテル・コルテシア東京」である。

 なぜ、このホテルが舞台となるのか。それは10月4日夜に、公衆電話からの通報で発見された第1の事件から始まる。事件現場はりんかい線品川シーサイド駅から徒歩5分ほどの月極駐車場に停められた自動車内。被害者は絞殺死体として発見され、その車・ボルボXC70の所有者である岡部哲晴本人で会社員だった。助手席のシートに、奇妙なメモが残されていた。そのメモには「45.761871 143.803944」という2つの数字が印刷されていた。
 10月11日の早朝、第2の殺人事件が発生。現場は千住新橋付近にあるビルの建設現場。背後から襲われた扼殺痕が被害者の首に残る。解剖の結果、死亡時刻は前日の午後6時から9時の間と推定される。被害者は野口史子,43歳の主婦だった。この事件でも、被害者の衣服の下から1枚の紙が見つかり、そこには数字の活字の切り貼りで、2つの数字が並んでいた。「45.648055 149.850829」である。
 さらに、第3の殺人事件が発生する。10月18日夜。現場は首都高速中央環状線の葛西ジャンクションの下の道路上。被害者は畑中和之、53歳の高校教師。毎夜のジョギング途中だった。そこでも1枚の紙片に「45.678738 157.788585」の2つの数字が印刷されていたのである。

 連続で発生した殺人事件の捜査と分析から、捜査本部は次の殺人事件が「ホテル・コルテシア東京」で行われると予測し、何とかホテルの捜査協力を取り付ける。第4の殺人事件の発生を直前で阻止し犯人を逮捕の上、この連続して起こってきた事件の解決を目指そうとする。この小説はその事件解決までを、ホテル・コルテシア東京を舞台の中心にしてストーリーが展開していく。

 このストーリーの登場人物は、ホテル側の従業員、ホテル従業員に変装しその実務に就きながら一種の張り込み捜査活動をする刑事達、ホテルにやってくる宿泊客。その中に紛れ込んでいるかもしれない殺人事件の犯行場所を予告してきた人物、客を装ってホテル内に張り込む刑事たち、そしてホテル外で殺人事件の捜査活動をする刑事達である。
 ストーリーの軸となる登場人物は、まずフロントカウンターの責任を担う山岸尚美。彼女は大学受験に東京に出て来たとき、記念にとこのホテルに宿泊して、その体験で一流ホテルの有り様に感銘をうけた一人である。無事大学に合格し、卒業後このホテルに就職したのだ。彼女は上司の指示を受けて、フロント・クラークに変装する指示を受けた新田刑事の面倒をみる立場にさせられる。
 新田刑事は一フロント・クラークとして、フロント・カウンターでの業務につきながら、ここを犯行現場と予告した人物が、宿泊客として紛れ込んでくるのを発見せよと指示された。殺人事件を追う刑事達の年齢・風貌などから、フロント・クラークに変装できる適任者は新田刑事だという事になったのだ。新田刑事は未だ解決していない殺人事件の現場捜査活動の継続ができなくなることに憤懣やるかたないというところ。刑事の目つきや態度が表にでる。山岸はフロントで刑事の職務を達成したいなら、フロント・クラークになりきれないと相手に見抜かれると指摘する。新田刑事のフロント係としての基礎教育から始める。
 最初は心理的に抵抗感を露わにしていた新田刑事が、徐々にホテルのフロント係らしくなっていくところが、ストーリーの副産物としてひとつのおもしろみである。何せ、「あの方をホテルマンに仕立てあげるのは非常に難しいと思います。お客様へのサービスを実際にお任せするのは危険です。・・・・ただ、新田さんと一緒にいて思ったのは、この人たちと私たちとは価値観も人間観も全く違うということです」(p52-53)という山岸が総支配人に報告することから始まるのだから。

 この第4の殺人事件の犯行理由、犯人像の手がかりは一切ない。場所は予告されているが、それが何時おこるのかは定かではない。遠からぬ時点までに発生すると状況からは推測できるだけなのだ。そのため、ホテルにチェックインした宿泊客の風貌、物腰一つが予告犯人に繋がるのではないかという疑惑になっていく。チェックインした客が引き起こすトラブルやクレームが、新田や山岸に様々な思いを抱かせる。
 少しでも事件の解決に役立つことができないかと、山岸が試みることに対して、いつしか新田刑事は信頼感を深めていく。事件解決に役立ちたいために事件について知りたいという山岸の姿勢と要望に、少しずつこの一連の事件と犯行現場予告の内容を新田は漏らし始める。そのプロセスは、読者として事件の背景を知っていくプロセスでもある。

 過去に例のない連続殺人事件のために、既に発生した3つの殺人事件にはそれぞれ所轄署に特捜本部が置かれて、捜査活動が続行されている。さらにこのホテルを犯行現場と予告する第4の事件に対して、事前の対策本部が設置されたのである。
 第1の殺人事件の特捜部が設置された時、新田刑事は所轄品川署の能勢刑事と組んで捜査に従事していた。その能勢刑事が、ホテルマンとして変装し第4の事件に取り組む新田の前に宿泊客として現れる。この能勢との事件に関する情報交換並びに、能勢が主体に外での捜査活動を継続する行動に、新田は己の考えを提供していく形で関わって行く。
 この能勢の捜査の進展が、結果的に第4の事件との関係で重大なヒントをもたらすことにも繋がって行く。脇役的存在だが、主な登場人物の一人である。
 またベルボーイには関根刑事が変装して入り込み、ハウスキーパーに3人が加わる。ホテルロビーの要所要所に刑事が客を装い、さりげなく交替で張り込む。その一人が本宮刑事である。新田と直接に連携する役回りとなる。
 勿論、対策本部は、この第4の事件予告を内部の犯行という線でも視野に入れていく。

 この小説は結果的に一流ホテルにおいても、様々な宿泊客がもたらすトラブルの事例集的様相を帯びる。まさにそこには紳士淑女の仮面を被った人々が舞い踊り、物議を醸す数々の場面がある。客の対面をできるだけ傷付けないで、一方ホテルの品格や評判を損ねないように、いかに穏便適切に対処していくかが描き込まれている。興味深い副産物としてのエピソード集でもある。実に様々なトラブルがあるものだ。
 中にはフロント・クラークとして仕事をしている新田をピンポイントのように狙って、いやがらせまがいの要求を突きつけてくる栗原建治という宿泊客のエピソードまである。そのいやがらせ行為の遠因には、新田自身が忘却していたはるか昔の高校時代の出来事につながっていたのだ。新田にとてはさかうらみに類する出来事でもあった。だが、ここに、第4の事件に繋がるキーワードが潜んでもいた。
 
 様々な紆余曲折を経ていく。宴会部ブライダル課の仁科理恵は山岸と同期入社なのだが、その仁科から山岸に電話があった相談事の内容が、一つの大きな転機につながっていく。近々にこのホテルで結婚式を挙げる予定の高山佳子に関わることだった。ストーカーに狙われている可能性があるようなのだ。ブライダル課にも不審な問い合わせ電話があったという。勿論、この事は山岸から新田を経由して対策本部にも伝えられ、独自の捜査と対策の想定がなされていく。大きな山場を迎えていくのだが、そこにも一筋縄ではいかない仕掛けがあった。意外な展開に導いていくのが、この著者の手腕なのだろう。
 そして、一見事件と無関係に思える宿泊客への対応の経緯が、実は巧妙な犯人側の意図的伏線として準備行為として描き込まれていたことに、終幕段階で気づくという展開となっていく。私はその伏線のエピソードを、そのエピソードの描かれる段階では、メインストーリーへの伏線とは思い及ばなかった。巧妙なストーリー構成になっている。

 ホテル業における現時点の宿泊客への応対というテーマを掘り下げながら、そこに潜むサービス応対できる範囲の限界と、人が人に抱く恨みという心理的要因、心情の無限定性を巧みに絡ませていくところが実に巧妙である。恨み心の発生が人間関係で普遍的なものである例としてエピソードを伏線に描き出しながら、ストーリーを展開する辺りは実にうまい。
 また、4つの殺人事件の相互関連についても、実に現代的視点の切り口である。この作品は2011年9月の第1刷発行であるが、現実にインターネットを利用して同じカテゴリーともいえる手口により企まれた犯罪が近年発生していたように記憶する。そういう意味でも、時代風潮を先取りする犯罪形態を一捻りして取り込んだ警察小説でもある。
 
 著者・東野圭吾の出版物広告でベストセラー作家としての発行部数のキャッチフレーズを良く見かけてきた。初めてこの小説を読んで、なるほどと納得した。
 興味深いストーリー展開となる本である。ホテルが一種の仮面舞踏会の舞台であるというテーゼは、裏話エピソードからも頷ける。そんなことはありそうだな・・・素直に納得できるサブ・ストーリーもまたおもしろい。

 こんな場面が最終段階で挿入されている。(p457)
「これも勉強。何事も勉強だよ」そういったのは田倉だ。
尚美は頷き、もう一度上司たちを見た。
ホテルの中で仮面を被っているのは客たちだけではない--改めて思った。

 ご一読ありがとうございます。

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本作品からの波紋で関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
相手が間違えているときのプロとしての応対は?  :「YAHOO! JAPAN 知恵袋」
一流の接客スキルが身につくホテルフロントの仕事  :「an」
ホテルマンに学ぶ「Yes,but」コミュニケーション   :「PRESIDENT」
闇サイト殺人事件  :ウィキペディア
名古屋闇サイト殺人、神田司死刑囚の刑執行  :「Girls Channel」
もう同じ悲劇を繰り返さないで・・・。名古屋「闇サイト事件」の犯人の一人が死刑に
:「Spotlight」
奇跡体験!アンビリバボー 日本初ネット依頼殺人  :「dailymotion」

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