いつか海外暮らし!

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ミャンマー旅行 2月20日 マグェ経由ピイへ

2011年04月19日 | ミャンマー旅行
5時30分、ドアをノックされ目覚めた。
昨夜、荷物をまとめていたのですぐにパッキング完了である。
6時チェックアウトした。昨夜ウェークアップコールを頼んだ若い女性が朝まで夜勤していた様だ。
ホテル通りをメイン・ロードに突き当ったところにバスターミナルがある。
まだ真っ暗だ、歩いて20分ほどであった。
「マグィ」と言うと「あっち」、また「マグィ」「あっち」と3回繰り返すとチケット売場に着いた。
しかし、まだ閉まっていた。

「○×の歩き方」のミャンマー地図にマグェMagwayとあるだけでそれ以上の情報は何もない。
どんなところか楽しみである。
昨日、マグィ行きのバスがあると教えてもらった時、私がマグと言うとマグと訂正された。
お蔭で今日は、マグィですぐに通じた。

薄明るくなってきてチケット売場の戸が開いた。バス会社の事務所が4軒ほど並んでいる。
チケットを買おうとしたが、後回しにされた。予約制であった様だ。
やっとチケットが買えた、6,500K(\660)であった。
バスはまだ来ていない。
 マンダレー行きバス


マンダレー行きバスが出発してからマグィ行きバスが入って来た。マンダレー行きと同じ大きさのマイクロバスであった。
私の座席は、通路に置いたプラスチック丸椅子であった。座席を指示しているおばちゃんスタッフが○×△でそこの2人が降りるのでそこに座れと私に言っている様だ。
定刻7時にバスは出発した。私の横の座席は空いている。他にも空き席がある。なぜ?
ニャウンウー街中で客を拾いながらバスは走った、車内が一杯になると男客は屋根の上に乗っていた。
郊外に出たところで私に空き席に座れと乗客が薦めてくれ、躊躇していると車掌が座れと言ってくれた。
ラッキーにも座席に座れた。プラスチック椅子とは雲泥の差である。

昨日通ったチャウッパダウンを過ぎてもヤシの木と畑の風景が続いた。
8時40分、田舎町で休憩した。女性用トイレはあるが、男性はその横の塀に向ってやっていた。
 田舎町風景


畑が続く、道路の両脇に樹木が植えられている。小さなマイクロバスは、その陰に入り太陽をさえぎる。
エーヤワディー川に面した大きな町に着いた。休憩も無く出発した!
道はエーヤワディー川から離れて行った。
畑が続く風景から丘陵地帯で低木しかない景色に変わった。崩れやすく痩せた土地の様だ。
お尻が痛い、車体のスプリングがへたっているのか!!! 道路は舗装はされている。
丘陵地帯が延々と続いた。
それが畑の風景に変わり、道路の両脇に樹木が見えた。
間のなくバスターミナルに入った、乗客が降りて行く、マグィ?と聞くとそうだった。
12時20分にマグィに着いた。
 マグィ・バスターミナル


客引きが「どこへ行く?」と聞いてきたので「ピイ」と答えた、付いて来いと言う感じであったので、出発時間を聞くと17時との事、「えー!」。
しかし、5時間もバスに乗りお尻が痛いので休憩できる、更にビールが飲めると思い歓迎である。
チケット代7,500Kを払いチケットを買った。16時30分には戻って来いとの事で、バックパックを預けた。
客引きが「昼寝をするか?」と聞いてきたのでビールが飲みたいと言うと通りのレストランに案内してくれた。ミャンマービールの看板のあるレストランにした。
客引きは、俺の客や!、日本人や!と得意げに話していた。
焼きそばとビールを頼んだ。スープを薦められたのでスープも頼んだ。

エーヤワディー川まで歩いて行けるか聞いたが、通じているのかよく分からない。
多分30分も歩けばエーヤワディー川に着くのではないか。ただの勘であるが?
ウエイトレスが英語の話せるバイクタクシーの運ちゃんを呼んで来た。それが答えであった。
エーヤワディー川を往復して料金はいくらか?聞くと3,000Kとの事。
それは高いだろうと思い、2,000Kと言うとOKした。
徒歩30分では無理で、40~50分の距離だろう。
エーヤワディー川に架かる橋が見えるところで停まった。
ここに橋が架かっている事は、マグィが重要な街なのだろう。
 エーヤワディー川に架かる橋


運ちゃんにパゴダを見たいかと聞かれ、行く事にした。
エーヤワディー川脇に黄金に輝く仏塔があった。
マグィは金持ちの街の様だ。
仏塔の名を聞くとミャッタローン・パゴダと発音した。ノートに書けと頼むと「Myathalun Pagoda in M
agway」と書いてくれた。
ミャンマーは英語教育が行き届いているのか?
観光関係者は独学で英語が話せる様になる人が多いが英語で書ける人は少ないと思う。
ミャンマーで英語を書いたのを見たのは2人目だ。
 ミャッタローン・パゴダ(Myathalun Pagoda)


 雨季には川幅一杯に川が流れる。


1時間ほどでバスターミナル前に戻った。
運ちゃんに2,000Kのところを彼が当初言った3,000Kを払った。
先ほどのレストランでペットボトルの水を頼んだ。
ビールを飲みたかったが、1時間半後にはバスにのるので辛抱した。
小説を読んで時間を潰した。
 バスターミナル前通り
 

30分前にバスターミナルに戻った。
ピイ行きバスが停まっていた、フロントに千曲バスとプレートが残っていた、日本の中古観光バスである。
 ピイ行きバス


「○×の歩き方」のミャンマー地図に省・管区都としてマグェMagwayが載っているだけだ。
また、「外国人への開放地域一覧」の地図があり、1.許可があれば入域可、2.限定された地域のみ開放&3.全域開放の3地域の分類される。バガン&ピイ間は、2.限定された地域のみ開放地域で訪問可能な都市間をバス、タクシー&船を利用するのは可能である。
しかし、訪問可能な都市としてマグェは載っていない。マグェは外国人が訪問できない都市なのか???
それ以上の情報は何もない。 


17時にバスは出発した。
畑が続く風景が再開して、道路の両脇にも樹木が植えられている。
1時間30分ほどで日が暮れ、ドライブインで休憩になった。
みんな食事をしている。私は何も食べなかった。
バスが次々と入って来た。
ヤンゴン行きバスである、私のバスもピイ行きでなくヤンゴン行きであった。
食事を終え、乗客が戻って来たがバスは出ない。
スタッフがバッテリーを交換してエンジンを掛けるとバッテリーから火花が出た。
バッテリーを元に戻し、どうするのか見ているとサイドブレーキを戻したのだろう、バスが前進しエンジンが掛かった。なぜ? 押し掛けの様だ!!!
乗客が乗り込み、出発した。

舗装道路から工事中の地道に変わった。
バスが砂ほこりを巻上げながら走るので窓を閉めた。
バスの後ろに付くと最悪だ。車掌は、ドアを閉め、乗客にも窓を閉める様に言った。
新しい道路を建設中であった。
悪路で大きくバスは揺れ、速度も出せない、対向車とすれ違うのが大変だ。
この道路を抜けるのに2時間ほど掛かった。

マグライトで照らしながら小説を読んだが目が疲れる。
バスが停まった、車掌に降りる様に言われた。
ピイ?と確認するとそうだった。
23時20分ピイに着いた。降りたのは私だけであった。
降りるとバイクタクシーの運ちゃんが声を掛けて来た。
ラッキー・ドラゴンまでいくらか聞くと3,000Kとの事で乗る事にした。
運ちゃんにバックパックを渡し、後ろに乗った。
ピイの中心地まで遠く感じた、騎馬像がある辺りで夜店が出ていた。

ラッキー・ドラゴンは、コテージタイプのホテルであった。
部屋が空いているか聞くと空いていた。
宿泊料はUS$30、部屋を見せてもらった。
シックなリゾートホテルと言った部屋で即決めた。
運ちゃんにバイクタクシー代を払い、引取ってもらった。
パスポートを提示しチェックインした。宿泊費は後払いであった。


ホテルのレストランはすでに閉まっていたので、先ほど見えた夜店に行った。
夜店まで歩いて3分ほどであった。殆ど夜店は閉まりかけていた。
閉まりそうなビヤホールで缶ビール2缶を買い、向かいのオープンエアの食堂に行った。
茹で置いたソーメンの様なヌードルを指差し注文した。
大きな釜から取ったスープをかけたスープヌードルであった。
一口食べて止めた、生温いスープヌードルで腹を壊す危険を感じた。
持ち込んだ缶ビールだけを飲んで出た。
途中、夜店でリンゴを1つ買ってホテルに帰った。
シャワーを浴びた後、リンゴとビールを飲んだ。

1時就寝。

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