見もの・読みもの日記

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変わるボーダー/入門 国境学(岩下明裕)

2016-05-22 23:56:17 | 読んだもの(書籍)
○岩下明裕『入門 国境学:領土、主権、イデオロギー』(中公新書) 中央公論新社 2016.3

 境界研究(ボーダー・スタディーズ)という学問があるのだという。初めて知った。本書は、はじめに著者が実際に体験してきた世界各地の国境や境界地域(ボーダーランズ)の姿が、豊富な写真とともに紹介されている。二重三重の警戒網が敷かれた国境もあれば、境界の存在を全く意識せずに行き来できるところもある。

 歴史的には、1648年のウェストファリア条約が「空間を明確に境界づけ、その空間内の人や物を権力が排他的に管理する」というコンセプトのルーツである。必ずしも当時の実態に即したものではなく一種の言説であったが、次第に普遍化していく。19世紀半ば以降、東アジアにおいて近代化へ向かう日本は、ウェストファリア的なコンセプトでロシアとの国境を画定し、続いて沖縄・小笠原を確保する。帝国化した日本の国境は外に広がっていくが、敗戦によって、かつての植民地や半植民地国家との間に境界問題を引き起こした。竹島も尖閣も「ポスト・コロニアルな空間をめぐる国境問題」であると著者は書いている。この認識は、以前はそれなりに聞いた気がするけど、最近すっかり聞かなくなってしまった気がする。

 離島の国境問題は「社会的構築」の対象となりやすい。「社会的構築」とは、ここでは、その物理的な意味を超えて聖域化(劇画化)されていくことを意味している。著者は、まず韓国社会における「独島」の聖域化を紹介している。日本において、北方領土問題は、以前の熱を失いつつもまだ「構築の罠」を抜け出せていない。今まさに強固に構築されようとしているのは尖閣である。

 続いて、多国間の関係を理論モデルから考えてみる。それによると、国境を共有する二国間にはどうしても緊張関係が働く。そして国境問題を持たない大国(たとえば、東アジアにおけるアメリカ)の自由度は高い。しかし、きちんと国境問題を解決しておけば(たとえば、ロシアと中国)外交の自由度は高くなる。日本のように、隣接する中国・韓国・ロシアとの間に国境問題を抱えたままでは、アメリカへの依存から抜け出せない。「ボーダースタディーズの知見は、国家が自らの国境問題を主体的に解決することで、自らの外交の自由度を高めうることを示している」という一文が、私が本書から学んだ肝である。

 最後に再び、歴史の中で伸び縮みしてきた「日本」について考え、国境や国境の痕跡を訪ねる旅「ボーダーツーリズム」を提唱する。昨年、私は稚内からサハリンに渡り、北緯50度の日露国境跡を見てきたので、実感があった。北海道の中でも道東の歴史はロシアとの境界づけのプロセスに大きく規定されているという。むかし訪ねた長崎県の平戸も面白かった。対馬も行ってみたい。こういうボーダーの痕跡を訪ねて歩くことは、現在の日本の国境が、万古不易の枠組みではないことを理解する助けになると思う。

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