〇歯黒猛夫『大坂がすごい:歩いて集めたなにわの底力』(ちくま新書) 筑摩書房 2024.4
私は東京生まれで箱根の西には暮らしたことがないが、ときどき大阪の本が読みたくなる。著者は大阪南部、岸和田市育ちで、大阪に拠点を置くライター。60年以上、ずっと大阪で暮らしてきたという自己紹介を読んで、ああ、こういう人もいるんだなあ(むしろ、こういう人生が標準的?)と感慨深く思った。
はじめに「水の都の高低差」では、7万年前の氷河期から、約7000年前の「縄文海進」を振り返り、生駒山地・大阪平野・上町台地・大阪湾など地形の成り立ちを確認する。上町台地の高低差を実感できる「天王寺七坂」は、今年の正月、生國魂神社そばの真言坂を歩いたことを思い出した。大阪平野を生み出した淀川は、古来、洪水で人々を悩ませてもきた。仁徳紀には「茨田堤(まんだのつつみ)」の記事があり、豊臣秀吉は「文禄堤」を築き、江戸時代には河村瑞賢が安治川(あじがわ)を開削した。なるほど~私は治水の話が大好きなのだが、大阪についてはあまりよく知らなかった。これはもっと知りたい。
「なにわヒストリア」では巨大な古墳がつくられた古墳時代から、太閤秀吉に整えられた近世の大阪までを通観。高槻市の今城塚古墳公園の「埴輪祭祀場」はちょっと行ってみたい。「『商都・大阪』興亡史」は今につながる近現代だが、ここでも治水の話題があり、淀川に蒸気船を通すために行われた「粗朶沈床」という工法は、中国ドラマ『天下長河』で見た黄河の治水方法に似ている気がする。旭区の淀川河畔に「城北(しろきた)ワンド」という遺構が残っているとのこと。ぜひ見たい。
「私鉄の王国」では、著者が考える大阪と東京の鉄道の違いがいろいろ挙げられているが、関東に「新快速」がないことに驚かれてもなあ…。大阪圏は、京都、大阪、神戸という拠点を高速運転で連結することに利便性があるけれど、東京は「中心圏」が巨大すぎ、横浜も千葉もさいたまも、全く釣り合わない。都市圏の構造が全く違うのである。
「キタとミナミ、そしてディープサウス」は、大阪の町(地域)ごとの特徴と歴史を語る。西成、釜ヶ崎と呼ばれる地域にはさすがに行ったことがない。大阪の「五大色町」も興味深く読んだ。飛田は名前だけ知っていたが、ほかに松島、今里、信太山、滝井。すべて「新地」がつくところに歴史を感じる。大正区の「リトル沖縄」は、観光で訪ねるのに比較的ハードルが低いかもしれない。いつか行ってみたい。
「未来都市・大阪」では、あえて「負の遺産」となった過去の再開発事業と、現在進行中の再開発エリアを歩く。「うめきた」で大規模再開発が進行中であることは、年に数回大阪に行くだけの私も認識している。阿倍野も大きく変貌した。変わり過ぎた風景を見て、大阪育ちの著者は「ここまですんのか?」という言葉が口をついて出たという。東京育ちの私が、いまの渋谷駅前に感じる気持ちみたいなものかな。関西空港に直結する「りんくうタウン」は、企業誘致が伸び悩み、負の遺産になりかけたが、最近、活気が戻ってきているという。頑張ってほしい。
私が仕事や観光で大阪府を訪れるのは、大阪市でなければ、茨木、箕面、池田など北部地域が圧倒的に多いが、実は、堺、河内長野、貝塚など、南部が好きなのである。最近、久しぶりに訪ねて気になっているのは泉佐野市。著者が私鉄沿線の住民気質を論ずる中で、南海本線の通る泉州地方の海岸側は、江戸時代から商工業で栄えており、明治になると紡績業や海運業で繁栄したので、地方からの移住者も多く、他者を排斥する意識が低い、というのをおもしろいと思った。