○崔文衡(チェ・ムンヒョン)『閔妃は誰に殺されたのか:見えざる日露戦争の序曲』 彩流社 2004.2
いろいろあって、このところ、韓国の近代史に関心が傾いている。たまたま書店で目についた本書から読んでみることにした。閔妃(明成皇后)は、李氏朝鮮の第26代高宗の妃、朝鮮最後の皇帝純宗の母である。ロシア、清国、日本など、各国の野望が渦巻く政局混乱の中、景福宮で暗殺された。暗殺の真の首謀者は「いまだに明確ではない」(日本語版Wikipedia)とされている。
いちおう「日本政府による計画的な計画でないことは判明している」そうだが、定番・角田房子さんの『閔妃暗殺』は、韓国駐在公使・三浦梧楼を暗殺の首謀者と考えているらしい。ちなみに、2002年、韓国KBS製作の連続TVドラマ『明成皇后』は、日本では全く話題になっていないが、中国では圧倒的な人気を博して「韓流」ブームを定着させた。私は韓国語が読めないので、中国語サイトでこのドラマの梗概を調べてみると、やっぱり三浦梧楼が日本守備隊を率いて閔妃を殺害したことになっている。中国語版Wikipediaの「明成皇后」にも同様の記述がある。
本書の著者は角田説に批判的である。一介の駐韓公使に過ぎない(朝鮮に対する知識もなく、外交官としての経験もない)三浦を暗殺計画の首謀者と名指すことは、日本政府の「国家的犯罪」を隠蔽する結果にしかならない、という。事件当時、外相・陸奥宗光は病気療養中だった。朝鮮問題に関する専決権は、三浦の前任公使であり、「日本第一の朝鮮通」であった井上馨が握っていた。したがって、「刺客」三浦に閔妃暗殺を指示した首謀者は井上である、というのが著者の結論である。これはこれで、なかなかスジの通った推定に思える。
しかし、つまるところは状況証拠に過ぎない。大局的な歴史認識の問題と違って、こういう「個別問題」は、よほど決定的な証拠が新たに発見されない限り、あまり拘泥しても、不毛な議論にしかならないのではないかと思う。
むしろ、私は、本書の前半が非常に面白かった。閔妃暗殺事件の前後、清国、日本、ロシア、そして朝鮮王府が繰り広げたパワーポリティクスは、実に緻密でスリリングである。朝鮮は、決して列強に蹂躙されるだけの弱小国だったわけではなく、日本の進出に乗じて清国の支配を脱し、ロシアを引き入れることで、日本を牽制しようとした。清国は、日本の脅威を言い立てることで、自国とロシアの衝突を避け、日本は、三国干渉で窮地に立たされるが、ロシア、ドイツ、フランスの対立を逆手にとって、むしろ朝鮮での地位を固めた。
この間、目ざましい活躍をするのが、日本の伊藤博文と清国の李鴻章である。どちらも、韓国の視点から見ると、迷惑至極の大悪人だろうと思うんだけど、本書の前半を読んでいると、ものすごくカッコイイ。それぞれ、国内には左右の敵対勢力を抱えながら、外交の修羅場でも舵を切っていたんだよなあ。それに比べると、残念ながら、韓国の近代初期には、この両名ほど卓越した政治家はいなかったのかなあ、と思う。
このブログにも何度か書いたが、私は2003年に中国CCTVが製作した『走向共和』というTVドラマがとても好きだった。ドラマ前半の主役は李鴻章で、伊藤博文と対面する場面が印象的だった。敗戦国の全権大使として、屈辱的な講和条約の締結に臨んだ李を、伊藤は敬意を以って応接する。あのときは、意外な展開にびっくりして見ていたのだけど、あり得ないことではなかったかも。いや、両人は、国は違い、利害は決定的に対立していても、深いところで相手を評価し合っていたんじゃないかと思う。いまの日中の政治家に、この器量はあるだろうか。
いろいろあって、このところ、韓国の近代史に関心が傾いている。たまたま書店で目についた本書から読んでみることにした。閔妃(明成皇后)は、李氏朝鮮の第26代高宗の妃、朝鮮最後の皇帝純宗の母である。ロシア、清国、日本など、各国の野望が渦巻く政局混乱の中、景福宮で暗殺された。暗殺の真の首謀者は「いまだに明確ではない」(日本語版Wikipedia)とされている。
いちおう「日本政府による計画的な計画でないことは判明している」そうだが、定番・角田房子さんの『閔妃暗殺』は、韓国駐在公使・三浦梧楼を暗殺の首謀者と考えているらしい。ちなみに、2002年、韓国KBS製作の連続TVドラマ『明成皇后』は、日本では全く話題になっていないが、中国では圧倒的な人気を博して「韓流」ブームを定着させた。私は韓国語が読めないので、中国語サイトでこのドラマの梗概を調べてみると、やっぱり三浦梧楼が日本守備隊を率いて閔妃を殺害したことになっている。中国語版Wikipediaの「明成皇后」にも同様の記述がある。
本書の著者は角田説に批判的である。一介の駐韓公使に過ぎない(朝鮮に対する知識もなく、外交官としての経験もない)三浦を暗殺計画の首謀者と名指すことは、日本政府の「国家的犯罪」を隠蔽する結果にしかならない、という。事件当時、外相・陸奥宗光は病気療養中だった。朝鮮問題に関する専決権は、三浦の前任公使であり、「日本第一の朝鮮通」であった井上馨が握っていた。したがって、「刺客」三浦に閔妃暗殺を指示した首謀者は井上である、というのが著者の結論である。これはこれで、なかなかスジの通った推定に思える。
しかし、つまるところは状況証拠に過ぎない。大局的な歴史認識の問題と違って、こういう「個別問題」は、よほど決定的な証拠が新たに発見されない限り、あまり拘泥しても、不毛な議論にしかならないのではないかと思う。
むしろ、私は、本書の前半が非常に面白かった。閔妃暗殺事件の前後、清国、日本、ロシア、そして朝鮮王府が繰り広げたパワーポリティクスは、実に緻密でスリリングである。朝鮮は、決して列強に蹂躙されるだけの弱小国だったわけではなく、日本の進出に乗じて清国の支配を脱し、ロシアを引き入れることで、日本を牽制しようとした。清国は、日本の脅威を言い立てることで、自国とロシアの衝突を避け、日本は、三国干渉で窮地に立たされるが、ロシア、ドイツ、フランスの対立を逆手にとって、むしろ朝鮮での地位を固めた。
この間、目ざましい活躍をするのが、日本の伊藤博文と清国の李鴻章である。どちらも、韓国の視点から見ると、迷惑至極の大悪人だろうと思うんだけど、本書の前半を読んでいると、ものすごくカッコイイ。それぞれ、国内には左右の敵対勢力を抱えながら、外交の修羅場でも舵を切っていたんだよなあ。それに比べると、残念ながら、韓国の近代初期には、この両名ほど卓越した政治家はいなかったのかなあ、と思う。
このブログにも何度か書いたが、私は2003年に中国CCTVが製作した『走向共和』というTVドラマがとても好きだった。ドラマ前半の主役は李鴻章で、伊藤博文と対面する場面が印象的だった。敗戦国の全権大使として、屈辱的な講和条約の締結に臨んだ李を、伊藤は敬意を以って応接する。あのときは、意外な展開にびっくりして見ていたのだけど、あり得ないことではなかったかも。いや、両人は、国は違い、利害は決定的に対立していても、深いところで相手を評価し合っていたんじゃないかと思う。いまの日中の政治家に、この器量はあるだろうか。