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見もの・読みもの日記

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出会い、包み込まれるまで/アメリカ・イン・ジャパン(吉見俊哉)

2025-03-22 22:44:44 | 読んだもの(書籍)

〇吉見俊哉『アメリカ・イン・ジャパン:ハーバード講義録』(岩波新書) 岩波書店 2025.1

 本書は、著者がハーバード大学の客員教授として2018年春学期に行った講義「日本の中のアメリカ」を活字化したものである。ちなみに2018年は最初のトランプ政権の2年目だった。全般的には、日本という小国が、海の向こうの大国に出会い、包み込まれてしまう歴史だが、そこに抗った人々の存在が印象的である。

 講義は、日本がアメリカに出会う「ぺリー来航」の前史から始まる。18世紀半ば、対仏戦争に勝利したアメリカでは「西漸運動」と呼ばれる西への不可逆的拡張が始まる。西谷修は「アメリカ」とは「ヨーロッパ国際秩序」の外部の「無主の地」にもたらされた、〈自由〉の制度空間の名前であると論じているという。そして大陸西岸に行き着いた西漸運動は、さらにその西へ、太平洋へと乗り出していく。

 第1講、ぺリーの遠征。ペリーの使命は、日本を開国させ、アメリカ西海岸を起点とする太平洋航路を開く道筋をつけることだった。ぺリーは、巨大な蒸気船など、進んだ文明を見せつける効果をよく理解しており、日本人は狙いどおりに反応した。ぺリーは遠征前に、可能な限り日本関連の情報を集めて交渉準備をしており、さらに二度の日本訪問を通じて、以下のように結論している。日本という国は「それぞれの組織が相互監視を徹底させて失敗を許さない仕組みを発達させており、内部からの変化はきわめて起こりにくい」。あまりにも的確で、21世紀の日本にも通じそうなので、唸ってしまった。

 第2講、捕鯨船と漂流者について。実はぺリーの遠征に先立って、アメリカの捕鯨産業は日本近海に達しており、日本の漁師たちと遭遇することもあった。土佐の漁師万次郎は漂流中をアメリカの捕鯨船に助けられ、公平で愛情深い船長に才覚を認められ、アメリカ市民としての教育を受ける。このジョン万次郎を論じた鶴見俊輔の著作も読みたい。のちに日本に帰国した万次郎は幕府の小笠原調査に参加するが、小笠原諸島が、船乗りをはじめとする移動民のコンタクトゾーン(無縁無主の地)だったという指摘も興味深い。

 第3講、宣教師と教育の近代。近代日本の私立大学や女子教育は、アメリカン・ボード(海外宣教組織)の影響を大きく受けている。「自国の文明が西洋文明を超えると信じていた中国や中東では、ボードの宣教は必ずしも成功しなかった」という著者の評価には苦笑してしまった。日本は外部の影響力に弱いんだよな。なかなか衝撃だったのは、未読の内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』が、アメリカの拝金主義や人種差別を告発し、真実の「アメリカ」がいかに非キリスト教的であるかを批判した書であるということ。初めて知った。

 第4講、モダンガール。有島武郎の『或る女』を取り上げる。主人公の葉子は、女というものが日本とは違って見られているらしいアメリカを目指して、客船で太平洋を渡るが、結局、上陸せずに帰国してしまう。彼女の不安定な自意識は「アメリカ」でも「日本」でもない海の上に漂い続けるのである。

 第5講、空爆。日米戦争において、アメリカは徹底的に日本を調査研究し、最も効果的な空爆を実行した。一方、日本は「アメリカとは何か」をまるで理解しないまま、無謀な戦争を仕掛けてしまった。この非対称性は、現代でも解消されていないように思う。

 第6講、マッカーサーと天皇。占領下の日本人がマッカーサーに熱烈なファンレターを送ったことはよく知られているが、「日本を米国の属国にして下され」「なるべくならば植民地にしてください」等の文面があったと聞くと苦々しい。日本人は、自分たちがこんなふうなので、かつて日本が占領した地域の住民は日本に感謝しているはずだと考えるのではないか。著者はこうした態度を「要するに権力ある者に一体化していこうとする願望」と要約する。マッカーサーは、最初から東洋人を「勝者にへつらい敗者をさげすむ」人種と見做していたというが、敗戦後の日本人はこの偏見を実証してしまったようで悔しい。

 第7講の原子力、第8講の米軍基地は、著者の他の著作でも詳述されているので省略。第9講は、アメリカの表象としての星条旗、自由の女神、ディズニーランド。自由の女神は、日本以外の国では「自由」「共和国」「独立」「革命」といった観念と結びついているが、日本では、アメリカ的な豊かさやギャンブルやセックスの自由奔放など、通俗的な欲望のキッチュとして受け入れられてきた。1960年代以前のアメリカは、大衆の欲望を投影する先だったが、70年代以降、「アメリカ」は日常的に消費可能な環境として日本人を包み込んでいく。その成功例が東京ディズニーランド。日本人の日常意識が、既に深く「アメリカ」に取り込まれているという指摘は、現下のトランプ政権を支持する日本人を見ても当たっていそうである。今こそ、内村鑑三に学ぶべきかもしれない。


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