〇馬部隆弘『椿井文書:日本最大級の偽文書』(中公新書) 中央公論新社 2020.3
2021年の新書大賞第3位に輝いた話題作。絶対面白いに違いないと思っていたが、読んでみたらやっぱり面白かった。椿井文書(つばいもんじょ)とは、江戸時代後期の国学者で山城国相楽郡椿井村出身の椿井政隆(1770-1837)が、依頼者の求めに応じて偽作した文書類である。厳密には、古文書とは差出人と宛先が記されたもので(それ以外は古記録)、差出人を偽ったものを偽文書と呼ぶが、椿井文書には由緒書や系図・絵図も含まれ、数百点が流布しているという。
椿井政隆がなぜ大量の偽文書を作成したかはよく分からないが、伝統的な利権をめぐって村と村の争いのあるところに出没することが多い。論争を有利に導く文書(エビデンス)が必要とされたためだ。椿井は地域の中核となる神社や史蹟に立脚し、中世の年号が記された文書を近世に写したという体裁で、その由緒書等を創作する。対象が目に見えるかたちで実在するので、真実味を帯びやすい。さらに関連の系図や連名帳・書状などを芋ヅル式に創作して、信憑性が担保されるように見せかける。すごい。
果てはカラフルで細密な絵地図まで創作しており、その精力的な創作欲に驚く。中には「空想を楽しんでいるとしか思えない」ものもあり、「悪意というよりも、遊び心をもって自己満足のために作成する椿井正隆」の姿が想像できる。即売を前提とせずに作成されたものもあり(椿井家に残されていたが、のちに流出)「椿井正隆の偽文書創作は趣味と実益を兼ねたものであったが、彼個人としては前者に重きを置いていたのではななかろうか」と著者はいう。確かに「日本最大級の偽文書」と言いながら、おどろおどろしい印象は全くないのだ。
椿井文書は、近江・山城・大和・河内など近畿一円に分布しているが、知識人の多い都市部(奈良市中・京都市中)は意識的に避けていたようだ。明らかに書札礼を無視した文書、未来年号(改元前に次の年号を使用する)など、明らかに偽文書であることが分かるように作られたものも多く、発覚したときの言い訳が考えられていたのではないかという指摘も興味深かった。
悩ましいのは、現在に及ぶ影響である。戦前、関西では椿井文書に疑惑の目が向けられていたが、戦後歴史学には十分に情報が継承されなかった。しかも分野の細分化が進み、現物を見ずに活字史料のみを用いる研究者が増えたこと、加えて、地域史の隆盛によって、椿井文書は自治体史等に利用されるようになる。カラー絵地図の見栄えのよさも幸い(災い?)した。ついには史蹟に立つ説明版に図版が用いられたり、自治体のホームページから発信されることも…。こうなると椿井政隆の遊び心を、のどかに受け入れてはいられない。
著者は枚方市の非常勤職員として勤務していた経験があり、「偽史を用いた町おこし」に誠実な批判を加えているが、「行政」や「市民感情」の壁は厚いようだ。自分の住んでいる地域が、偉人や伝統、歴史上の重大事件と結びついたものであってほしいという気持ちは、なかなか捨てられないのである。
本書を読んでよく分かったのは「式内社」(延喜式神名帳に記載された神社)というのが、近世に再構築された伝統であること。そうだよなあ、そんなに何もかも古代の伝統が継承されてきたはずがない。並河誠所(1668-1738)は『五畿内志』で多くの式内社を比定しており、椿井政隆もこれを利用し、補完しようとしているが、三浦蘭阪(1765-1844)のように並河に批判的な知識人もいた。しかし、新たな由緒を主張すれば、名所づくりによって実利を生むことができるが、批判は、どんなに真っ当でも実利を生み出さないので嫌われる。そして行政のお墨付きを得た「〇〇スゴイ」の偽史だけが残るのは、悲しいかな、今も昔も変わらない構図である。