見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

言葉の民の革命/ロシア革命100年の謎(亀山郁夫、沼野充義)

2017-11-10 21:05:44 | 読んだもの(書籍)
〇亀山郁夫、沼野充義『ロシア革命100年の謎』 河出書房新社 2017.10

 今年2017年は、ロシア革命から100年目に当たる。そこで、池田嘉郎『ロシア革命:破局の8か月』(岩波新書)を読んでみたりしたが、基礎知識が不足しすぎて、よく理解できないことが多かった。本書は、ロシア文学を専門とするお二人の対談なので、分かりやすいかと思って読んでみた。実は、もう少し政治的事件としての「ロシア革命」を真正面から論じるのかと思ったら、そうではなかった。しかしロシア文学史というか精神史の概観を理解するにはとても役に立ち、面白かった。

 はじめにロシア人≒スラヴ民族は「言葉(スローヴォ)の民」であるという見解が示される。あのプーチンでさえ(by沼野さん)どんな質問にもきちんと論理的に答える。「そのまま印刷できるのではないかと思うほど立派な、文法的にも正しいロシア語」だという。これはすごい。今、そんな言語能力を持った大国の首脳がどれだけいるだろうか。ゴルバチョフはアイトマートフという作家に会って「私はあなたの小説を全部読んでいるけれども」と話し始めた。これは安倍首相が大江健三郎と会って「私はあなたの小説を全部読んでいる」と言うようなものだという。ロシアにおいては「言葉というもののあり方が違うのではないか」という指摘を念頭に、以下の記述を読んでいく。

 本書は「文学がロシア革命を準備した」という視点から、ロシア革命以前の19世紀にさかのぼる。ドストエフスキーの『罪と罰』(1866年)は個人的殺人を扱いながら、テロルの危険と革命を予言するものだったと考える。1981年にドストエフスキーの急死と皇帝アレクサンドル二世の暗殺。19世紀リアリズム小説の古典と呼ばれる偉大な長編小説が次々に誕生した時代が終わり、黄昏の時代を代表する作家がチェーホフ。ドストエフスキーの翻訳者である亀山さんが「僕は隠れチェーホフ派なんですよ」という。1890年代の停滞の中で、トルストイの『復活』(1999年)が誕生する。トルストイに対する二人の評価は高い。亀山さんは「ドストエフスキーがちょっと青臭く感じられるくらい」といい、沼野さんは「トルストイは(略)原理的に国家に対決する人です。国家に立ち向かうということは、教会とも対決するということである」と述べる。世紀末から世紀初頭にかけては、登場人物が前時代より小粒になる。しかし、日露戦争の敗戦がロシアの知識人と芸術文化に大きな衝撃を与え、「日本人には想像もつかないパラダイムシフト」が起きたという指摘は興味深かった。

 1917年の革命については、前述の池田嘉郎氏の著書も参考にしながら、二月革命の可能性を論じている。現代のアメリカで、オバマ政権は理念は立派だったけれど、大衆の望むような成果を上げられなかった。そこで大衆の支持がトランプに向かい、大変なことになってしまい、オバマはなんていい人だったんだろうと思っている。「二月革命はオバマ政権みたいなものだったかもしれない」という沼野さんの見立ては面白い。そしてわずかな記述からも、レーニンが天才的な革命指導者だったことを理解した。

 革命直後の戦時共産主義(内戦)の時代、ロシアは完全に疲弊し、レーニンが市場経済を一部認めたネップ(新経済政策)を導入する。この時代(1920年代)のキーワードは、アヴァンギャルド、多元主義、モダニズム、未来派など。1930年代には大形式(大長編)が復活する。当時の芸術家たちは、独裁者スターリンという存在に幻惑され、賛美すると同時に批判もしていた。この精神構造を、亀山さんは「二枚舌」という独特の用語で説明する。スターリン時代は、粛清(テロル)によって自由が圧殺されたが、大衆の生活は安定し、豊かな時代でもあったという。「天上のパン」よりも「地上のパン」。ロシアでゴルバチョフが評価されない理由も、その点にあるらしい。あと、ロシア人には天才に対する信仰がある(米原万里さんの言葉)というのも面白い。にこにこして誠実に他人の意見を聞いている人間は駄目なのだそうだ。

 1953年にスターリンが死に、「雪どけ」の時代が来る。64年にフルシチョフが失脚し、ブレジネフ時代が82年まで続く。亀山さんはこの時代のソ連を知っていて「皆幸せそうだった」と振り返る。結局、人間にとって究極の選択は、自由か平等か、何が幸せなのか?という質問にたどりついたとき、ロシア革命の100年(実はその前史を含めた200年)を、なぜ外国人である我々が振り返る必要があるのか、少し分かったように思った。

 なお、本書には文学だけでなく、思想・科学、絵画、音楽、建築、映画、演劇なども縦横に取り上げられており、総合的なロシア芸術思想史として読むことができる。巻末の人名キーワード集がたいへんありがたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする