見もの・読みもの日記

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めんどくさい自由の国/宗教国家アメリカのふしぎな論理(森本あんり)

2017-11-24 22:57:39 | 読んだもの(書籍)
〇森本あんり『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(シリーズ・企業トップが学ぶリベラルアーツ)(NHK出版新書) NHK出版 2017.11

 『反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体』の森本あんり先生の新刊である。経済学者・中谷巌氏が主宰する「不識塾」でビジネスパーソン向けに行われた講演を中心に、その他の講演・雑誌記事をもとに構成されている。全体は「です・ます」調で統一されており、平易だが、内容は深い。

 本書は、宗教に注目することで、アメリカの現在を深層から把握する試みである。2016年の大統領選挙で、大方の予想を覆してトランプ新政権が誕生し、世界を驚かせた。トランプの父親は、伝統的なプロテスタント倫理にしたがって子供を育て上げており、「一生懸命に働けば必ず報われる」というのが信念だった。トランプには、奇妙に禁欲的な側面があり、飲酒や喫煙をせず、刺激はコーヒーすら飲まず、カジノ経営で儲けるけど自分はギャンブルに手を出さないのだそうだ。一般の報道では伝えらえない姿で、非常に興味深く思った。

 聖書が語る神と人間の関係は、「契約」モデルで理解することができる。カルヴィニズムでは、神は人間の不服従にもかかわらず一方的に恵みを与えてくれる「片務契約(カベナント)」的存在だったが、アメリカで土着化したピューリタリズムでは、人間の義務は神に従うことであり、神の義務は人間に恵みを与えることという「双務契約(コントラクト)」的理解が一般化する。さらに進むと「正しい者ならば、神の祝福を受ける」が逆転して「神の祝福を受けているならば、正しい者だ」になる。これは最近、日本の社会(ネット上)でも時折見かける論理で、何を馬鹿なことを言うのだろうと呆れていたが、世界的に見て特殊例ではないのだな。

 幸福(成功)を得た人々は、自分の幸福は偶然ではなく、正当な根拠があると考えたがる。一方、不幸な人々は、不幸の原因が自分の行いにあることを認めたがらず、原因を外部に求めようとする。著者によれば、アメリカ人は「負け」を神学的に理解できない人々なのだという。ううむ、これは厄介である。本来、多くの宗教には、現世の不幸を説明する論理が備わっている。少なくとも私が宗教に惹かれるのは、そうした論理を必要とするときだ。しかし、篤い信仰を持つアメリカ人は、無限の「富と成功」を求めて前進することしかできないのだ。

 次に「富と成功」という勝ち組の福音と「平等」がどう結びついているかを考える。アメリカは1776年に政教分離を定めた「世俗国家」として独立する。日本人は、これによって非宗教的な近代国家が誕生したと考えがちだが、「政教分離」の本当の目的は「各人が自由に、自分の信ずる宗教を実践するための制度」であると著者は考える。

 細かくいうと、アメリカ人の信仰にはチャーチ型とセクト型がある。国家や政府を神の道具とみなし、積極的な社会建設を求めるのがチャーチ型、地上の権力は必要悪と考えるのがセクト型である。セクト型の反権威・反権力志向は、反知性主義と容易に結びつく。反知性主義とは、知性そのものへの反発でなく、知性と権力の固定的な結びつきに反発するものなのだ。反進化論も、進化論という科学に反発しているのではなく、科学を「政府という権力が一般家庭に押しつけてくること」に対する反発なのだという。ああ、これは眼からウロコだった。信仰や家庭教育など、プライベートな領域に政府が踏み込むことを徹底的に拒絶する。アメリカって、素敵だけどめんどくさい国だなあ。

 さらにトランプ政権について考える。トランプは、大統領選に勝つことによって、自分が最強の男であることを証明したかっただけであって、それ以上の目的や使命は何もない、という考察は非常に納得できた。既成の権威に反発する反知性主義が政権の中枢部に侵入した結果、反発は国際社会に向かう可能性がある。トランプを支持する宗教的右派の考え方によると、アメリカは神の特別な恵みによって建国された特別な国であるから、他国と協調して余計な負担を背負い込むべきではないのだそうだ。どこかで聞いたような主張である。

 次にポピュリズムについて。ポピュリズムは善悪二元論に陥りやすく、民主主義の正統性を蝕んでいく。この章では、イギリスとアメリカの違いが面白かった。イギリス人はプライバシーの尊重を求め、アメリカ人は選択の自由を求める。アメリカでサンドイッチを注文するのに、何から何まで選ばせるのには、そんな背景はあったのか。

 最後に著者は、トランプ現象に象徴されるポピュリズムに侵されないために「正統」を担う気概を持て、と説く。そして、アメリカの神学者ラインホルド・二ーバーの祈りの言葉を引く。「神よ、変えるべきものを変える勇気を/変えることのできないものを受け入れる静謐さを/その二つを区別する賢さを、わたしに与えてください」。これは、言葉は少し違うけれど、中島岳志さんの『「リベラル保守」宣言』にも引用された章句であることを思い出した。「リベラル保守」という用語が気になって、最近、自分の感想を読み直したばかりだったので。
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