見もの・読みもの日記

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描かれた衣食住/文明開化がやって来た(林丈二)

2016-11-01 22:42:43 | 読んだもの(書籍)
○林丈二『文明開化がやって来た:チョビ助とめぐる明治新聞挿絵』 柏書房 2016.10

 ここに開化のチョビ助あり、として明治9年の「東京絵入新聞」に登場するのは、西洋かぶれの知ったかぶりのおっちょこちょいらしい。著者は自ら知ったかぶりの「チョビ助」を名乗って、明治時代の新聞挿絵を題材に、だいたい百年から百四十年くらい前の日本人の生活を覗き見ていく。私たち現代人は、明治の生活を知っているようで、意外と細部を正確に知らないこと、その知らないことの手がかりが、新聞挿絵に豊富に残されていることが分かって、非常に面白かった。

 たとえば、明治20年「絵入朝野新聞」に描かれた「真夏のもてなし」。金満家の主人が座敷で客人と対座している。畳の上にはソーサーとカップ。そうか、ちゃぶ台はないのだ。カップの中身はコーヒーか紅茶か。実はコーヒーの流行のほうが早く、日本で美味しい紅茶が飲めるようになったのは明治19年頃からだという。ココア(チョコレット)を飲むようになったのも同時期から。明治22年「江戸新聞」には、夏の「氷屋」の店先が描かれている。「アイスクリーム金四銭」はだいぶ庶民的な値段。ビール瓶も見える。初めて見たのは太い胡瓜形(糸瓜に近い?)をしたラムネの瓶。今知られているビー玉の栓が入ったラムネ瓶は、明治20年頃から登場したのだそうだ。

 「食」以上に興味深かったのは「衣」に関する話題。明治の男たちが、こんなに帽子好きだとは知らなかった。やっぱり、髷を切ったあとの頭が寂しかったのかなあ。和服にトルコ帽とかナポレオン帽(ヘルメット帽)とか…あやしすぎる。さらに明治の男はマフラーやショールを首に巻くのも大好き。女物にしか見えない派手なチェック柄のショール(しかもお洒落な房つき)を肩に羽織っていたり、なぜか小さなハンカチーフを首に巻いて結んだ例も、たくさん採集されている(女性もあり)。私たちは、明治時代の服装というと、非常に典型的な例しか浮かばないので、もし明治時代を舞台にしたドラマや映画に、こんな珍妙な風体の人物を登場させたら、非難ごうごうになるのではないかと思う。

 もちろん新聞挿絵に描かれたものが、全て一般化した風俗だったとは断定できない。そこは著者も慎重である。明治26年「やまと新聞」には、西南戦争にからむ小説で、どう見てもスリッパを履いた看護婦さんが、室外に出て、ふつうの地面に立っている姿が描かれている。果たして、こんなことがあり得たのか?という疑問から始まる、明治時代の「履き物」に関する考察はとても面白い。西洋人の邸宅で、主人は当然、室内で靴を履いているのに、客の日本人(和装)は履き物を脱いで足袋になっていたり、日本人どうしが西洋間で対面する図で、えらそうな主人はスリッパを履いているのに、格下の訪問者はスリッパを出してもらえず、靴下姿だったりする。結局、最初の挿絵はスリッパを「つっかけ」代わりに使ったのだろう、という解釈に落ち着く。

 自転車に乗る女性(特に女学生)の話も面白かった。女学生について、野口孝一著『銀座物語』によれば、東京築地にあった居留地に宣教師カラゾルスが英学塾を開いたところ、どうしても英語を学びたいと思った女子が男装をして入って来たため、心を動かされたカラゾルスの妻ジュリアが、同じ築地居留地内にA六番女学校を開いた。これが日本で最初の女学校である、と紹介されている(173頁)。びっくりした。実はこれ、私の母校の創立物語で、中学高校時代に何度も聞いた覚えがあるのだが、出典である書籍の名前を知ったのは初めてである。記念に記録しておく。

 明治37年「東京朝日新聞」は、自転車の女学生が電車(路面電車)とスピード競争をしてみせたことを記事にしている。むかしから「活発女子」はいたのだな。そして、大阪の娘は「昔の娘の風」があるが、東京の女学生は「ツンとしていて、男らしきに過ぎる」と言われていたのは面白い。それって、御一新以前からの江戸っ子気質だと思うけどな。

 最後に「住」は、貧乏人の長屋暮らしについて詳しい。江戸時代から「長屋の犬」というものがいて、誰が飼っているというわけでもなく、長屋の番犬として住人たちと共存共栄の関係にあったという。北斎や国芳の浮世絵に描かれている犬って、そういうことだったんだな、と納得。本書のように歴史的な図像が豊富な図書は、何かの参考になると思って買うのだが、読みものとしては、あまり面白くないことが多い。しかし、本書は読みものとしても無類に面白くて、得をした気分だった。挿絵を描いた画工の名前(国松、洗耳)も少し覚えた。
コメント
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