○平岩弓枝『私家本 椿説弓張月』 新潮社 2014.9
昨年(2014年)秋、札幌の書店で見つけて、へえこんな本が出ていたんだ、と思って買ってしまった。平岩弓枝さんと言えば(私はあまり読んでいないが)江戸を舞台にした時代小説の第一人者。だが、それだけにとどまらず、「南総里見八犬伝」とか「西遊記」など、古典的な伝奇小説の語り直しに取り込んでいることは知っていたが、私の大好きな「椿説弓張月」に筆を染めていらしたとは。本書の注記によれば、雑誌「小説新潮」2012年12月号から2014年4月号まで連載されたという、最新の作品だ。
私は小学生の頃、家にあった「少年少女世界文学全集」(完全揃いではなかった)に、たまたま「椿説弓張月」を載せた巻があって、いつの時代の話なのか、「琉球」や「伊豆大島」がどこにあるのかもよく分からないまま、何度も繰り返し読んだ。日本のようで日本らしくない、ファンタジー感がとても好きだった。
それを、久しぶりにどうしても再読したくなったのは、2012年の大河ドラマ『平清盛』に影響されて、橋本治の『双調 平家物語』を読んだためで、このときは『全訳 鎮西八郎為朝外傳 椿説弓張月』(言海書房、2012)というのを探し当てて読んだ。これは、原作をかなり忠実に訳したものと思われ、馬琴らしさというか、近世の小説らしさがよく分かって、ありがたいものだった。
それに比べると、本書は登場人物の性格や行動が、現代読者にも飲み込みやすいよう、いくぶん「まろやか」になっている感じがする。基本的な物語の骨格に変更はない。本州および伊豆大島を舞台とする物語と琉球の物語の順序を、一部入れ替えているかな?と思ったところがあるが、あまり自信がない。私の記憶違いかもしれない。
最後はどうするのだろう、と思って読んでいったら、やっぱり原作どおり、崇徳院の白峯陵で自害する姿が見かけられて終わる。ただし、このときの為朝はすでに霊魂のような存在で、翌日には、かき消すように見えなくなり、人々は狐狸のいたずらかもしれないと噂し合ったことになっている。しかし、このラストシーンの感動は原作(全訳)のほうが強い。現代人の感覚ではとうてい理解できない主従の強い絆、保元の乱での一期一会を、命尽きるまで持ち続けるという武士の倫理は、馬琴の描く小説世界ではまだリアルだが、現代風味を加えた本書では、ちょっとそぐわない。あと、大怨霊となった崇徳院がなお為朝を愛しむという関係性も、あまり訴えてこない。
それでも原作が日本文学史上でも指折りの傑作小説であることは確か。本書によって新しい読者が増えてくれたら嬉しい。表紙と各章の扉絵は蓬田やすひろ氏。品があって、冒険小説の期待感にあふれていている。
昨年(2014年)秋、札幌の書店で見つけて、へえこんな本が出ていたんだ、と思って買ってしまった。平岩弓枝さんと言えば(私はあまり読んでいないが)江戸を舞台にした時代小説の第一人者。だが、それだけにとどまらず、「南総里見八犬伝」とか「西遊記」など、古典的な伝奇小説の語り直しに取り込んでいることは知っていたが、私の大好きな「椿説弓張月」に筆を染めていらしたとは。本書の注記によれば、雑誌「小説新潮」2012年12月号から2014年4月号まで連載されたという、最新の作品だ。
私は小学生の頃、家にあった「少年少女世界文学全集」(完全揃いではなかった)に、たまたま「椿説弓張月」を載せた巻があって、いつの時代の話なのか、「琉球」や「伊豆大島」がどこにあるのかもよく分からないまま、何度も繰り返し読んだ。日本のようで日本らしくない、ファンタジー感がとても好きだった。
それを、久しぶりにどうしても再読したくなったのは、2012年の大河ドラマ『平清盛』に影響されて、橋本治の『双調 平家物語』を読んだためで、このときは『全訳 鎮西八郎為朝外傳 椿説弓張月』(言海書房、2012)というのを探し当てて読んだ。これは、原作をかなり忠実に訳したものと思われ、馬琴らしさというか、近世の小説らしさがよく分かって、ありがたいものだった。
それに比べると、本書は登場人物の性格や行動が、現代読者にも飲み込みやすいよう、いくぶん「まろやか」になっている感じがする。基本的な物語の骨格に変更はない。本州および伊豆大島を舞台とする物語と琉球の物語の順序を、一部入れ替えているかな?と思ったところがあるが、あまり自信がない。私の記憶違いかもしれない。
最後はどうするのだろう、と思って読んでいったら、やっぱり原作どおり、崇徳院の白峯陵で自害する姿が見かけられて終わる。ただし、このときの為朝はすでに霊魂のような存在で、翌日には、かき消すように見えなくなり、人々は狐狸のいたずらかもしれないと噂し合ったことになっている。しかし、このラストシーンの感動は原作(全訳)のほうが強い。現代人の感覚ではとうてい理解できない主従の強い絆、保元の乱での一期一会を、命尽きるまで持ち続けるという武士の倫理は、馬琴の描く小説世界ではまだリアルだが、現代風味を加えた本書では、ちょっとそぐわない。あと、大怨霊となった崇徳院がなお為朝を愛しむという関係性も、あまり訴えてこない。
それでも原作が日本文学史上でも指折りの傑作小説であることは確か。本書によって新しい読者が増えてくれたら嬉しい。表紙と各章の扉絵は蓬田やすひろ氏。品があって、冒険小説の期待感にあふれていている。