見もの・読みもの日記

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連環する東アジア/世界のなかの日清韓関係史(岡本隆司)

2008-08-16 23:53:32 | 読んだもの(書籍)
○岡本隆司『世界のなかの日清韓関係史:交隣と属国、自主と独立』(講談社選書メチエ) 講談社 2008.10

 東アジアの近代史のうち、私が最初に興味を持ったのは、中国だった。テレビドラマ(中国製の)や小説(浅田次郎の『蒼穹の昴』)の影響が強い。少し遅れて、自国・日本の近代史にも、はじめて関心が向いた。最後が韓国である。著者の最初の単行本『属国と自主のあいだ』(2004)は、2006年に読んでいるが、まだこのときは、内容の半分も理解できなかったんじゃないかと思う。

 著者の専門は近代史だが、本書は「グローバルな規模で世界が一体となりはじめた16世紀の東アジア情勢」から書き起こされている。16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵は、東アジアに大きな衝撃を与えた。日本という軍事的脅威と、いかに関係を構築するかは、朝鮮のみならず、中国(明、清)にとっても大きな課題となった。17世紀初め、大陸には新たな勢力・清が勃興し、朝鮮は、これまで宗属関係を結んでいた明を棄て、清との関係の結びなおしを迫られる。しかし、小中華を自負する韓国は、夷狄の王朝である清に、心から従ったわけではなかった。こうして、三国は、以後200年間にわたり、ひとまずの安定を維持する。しかし、19世紀半ば、西洋の接近による清朝と日本の変貌は、朝鮮を揺るがすことになる。

 本書を読んで感じたことは、近代初頭、東アジアに起きたさまざまな事件は、一見、二国間問題に見えるものも、つねに第三国の存在が影響を及ぼしているということだ。書契問題(「皇」「勅」をめぐる対立)から江華条約に至る日本の行動には、清韓両国の宗属関係の「厚薄深浅ヲ量ル」意図があった。1890年代、防穀令(穀物の輸出禁止措置)をめぐって、日本が対応を誤ったことは、袁世凱を喜ばせた。日韓関係の悪化は、清韓関係の強化につながっていたからである。万事が、こんな調子。近代日本が、なぜ朝鮮に支配の手を伸ばそうとしたかは、当時の清韓関係が分からなければ、分からないのではないか、と思った。

 それにしても、江華条約の第1条が「朝鮮国ハ自主ノ邦ニシテ、日本国ト平等ノ権ヲ保有セリ」であり、下関条約(日清講和条約)の第1条が「清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス」であるというのも…実は、あらためて原文をWikisourceで確認して、唸ってしまった。でも、井上毅は、朝鮮の永久中立化を本気で考えていたらしい。山形有朋の『外交政略論』も、よく読めば朝鮮中立化構想である、と著者はいう。へえ~。しかし、そうした理念も、ロシアやイギリスを含めたバランス・オブ・パワーの中で、可能性を断たれてしまう。

 ちょっと驚きだったのは、1897年に成立した大韓帝国が、独立国として、新たな清韓関係の構築を求めたのに対し、清朝政府はなかなか応じなかったが、光緒帝が、韓国側の希望を全てうけいれる断を下したというエピソード。ずいぶんと英邁な決断ではないか。ん? これは1898年夏の話だというから、「戊戌の変法」の最中と思っていいのかしら。本書は、三国の国内の動きには、あまり詳しく触れていないので、そのへん、補って読めれば、より面白く感じられるだろう。

 日清戦争のさなか、朝鮮で行われた甲午改革(日本主導の内政改革)は、そもそも日本が開戦の便法として主張したものに過ぎなかった。国内の協力勢力もなく、武力を背景とした改革は、両国間に禍根を残す。著者が本書の初めに取り上げた宰相・金弘集は、「親日派」の烙印を押され、群集に虐殺されたという。この人、韓国国内での現在の評価はどうなんだろう? 私は、近代化の過程に尽力しながら、今なお「漢奸」「国賊」評価をされている人物に興味が湧くのだが。

 私は、日清韓三国の関係者については、だいぶ馴染みになった。本書には、チラリと名前しか現れない人物でも、その人となりを、かなり具体的に思い描くことができる。まだよく分からないのは、ロシア人の登場人物。ロシアの状況が分かるようになると、東アジア史はもっと分かるんだろうと思う。本書は、各国の利害の絡む複雑な東アジア近代史を分かりやすく論じた好著だが、欲をいうと、簡単なものでいいから、年表をつけてほしかった。
コメント
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