見もの・読みもの日記

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記憶と忘却と/日露戦争史

2005-04-29 11:39:46 | 読んだもの(書籍)
○横手慎二『日露戦争史:20世紀最初の大国間戦争』(中公新書)中央公論新社 2005.4

 日露戦争と聞くと、すぐに司馬遼太郎の『坂の上の雲』を想いだす――これは本書の著者が、個人的事情として、「おわりに」の冒頭で告白していることである。たぶん、多くの日本人がうなづくに違いない。私もそうだ。

 しかしながら、本書は、そういう人にこそお勧めしたい1冊である。著者は外務省調査員としてモスクワの日本大使館に勤務したことがあり、ロシア近代史と地域研究、国際政治が専門である。したがって、本書は、日露戦争そのものよりも、戦争に至る前段階に紙数を割いている。また、日本よりもロシア側の事情(国内の政治対立、社会的緊張、そして外圧)の解析に重点をおいて記述につとめている。

 当時の国際情勢、東アジア情勢、その中で、日本を含む各国が、どのような利害関係を持ち、どのように熾烈な外交上のかけひきが行われていたかについても詳しい。武力衝突は、外交の延長上にある選択肢のひとつだったに過ぎない(それにしては、日露戦争の消耗は両国ともあまりに大きかったが)。「極東の海でまどろんでいた小さな島国が、あるとき、大国ロシアを倒して国際政治の舞台に踊り出ました」的な耳あたりのいいおとぎ話は、あまり鵜呑みにしないほうがいいと思う。

 日露戦争の結果は、両国の社会構造に多大な影響をもたらした。日本においては、日露戦争の勝利→軍部の政治力拡大、というのが、教科書的な理解だと思っていたけれど、むしろ、屈辱的な講和条件に反対する集会が、警察にも止められない焼き打ち事件に発展するなど、今日まで続く「大衆(ポピュリズム)の時代」の幕開け、という理解のほうが正しいのかも知れない。

 ロシアでは「恥ずべき敗北に陥ったのは、ロシアの人民でなく、専制である」と断言したレーニンによって共産党政権が樹立された。しかしながら、ロシア人民は決して日本への恩讐を忘れたわけではなく、1945年、第二次世界大戦の終結に際して、スターリンは「40年間、われわれ古い世代の者はこの日を待った」と述べたという。日本の敗戦を決定づけたソ連の参戦は、日露戦争の雪辱を期したものだったというわけだ。

 うーん。複雑。いまの日本にも「われわれはこの日を待った」と、いつか言いたい者たちがいるんだろうな。
コメント
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