オーディオマニアだと自負する人なら「あの日、あのとき、聴いた音」として絶対忘れられない音というのがきっとあるに違いない。
あれは、もう40年以上前になるかなあ・・・。仕事の手を休めて、たぶんお昼休みだったろう、職場から歩いて10分ほどのオーディオショップに立ち寄ったところ、それはもう素晴らしい音、何と表現していいのか、キラキラと音が輝いてまるで小さな宝石が辺り一面に四散しているような感じの音だった。
衝撃を受けてすぐにアンプとスピーカーをチェック。
アンプはパイオニアのエクスクルーシブ「M5」(A級:モノ×2台)、スピーカーはヴァイタボックスのクリプッシュ・コーナーホーン「CN-191」だった。
しっかりと脳裡に刻み込んだが、なにしろ当時の安サラリーマンにはとても手の出せる価格ではなかった。まことに適切な表現があって、これを「高嶺の花」という(笑)。
爾来、オーディオ遍歴をいろいろ重ねてきたが、片時も脳裡からこの組み合わせが離れたことはなかった。
しかし、時代の流れは残酷で肉体のみならず夢までをも風化させていく。
「M5」は今でもオークションでときどき見かけるが、「A級方式」とあって、電力の大飯ぐらいで昨今の家庭の電気事情にはとても合わない代物になってしまった。
性能的にもパワー面ではともかく、「古典管アンプ」の幽玄、繊細さにはとうてい及ぶべくもなかろうとおよそ想像はつく。
で、簡単に諦めはつくのだが、問題はクリプッシュホーン「CN-191」だ。
当時の盲信状態からすると、ネットワーク部分などをはじめいろいろと弱点が分かってきたものの、基本的な畏敬の念は今日までいささかも薄れることはなかった。
そういえば、「CNー191」で思い出すのが湯布院温泉郷の盟主「中谷健太郎」氏だ。
中谷氏といえば周知のとおり今日の湯布院観光の立役者であり、オーディオマニアとしてもつとに知られた方である。
「ゆふいん音楽祭を前に」~想念に身をまかせ世界漂う~と題して、ずっと前に朝日新聞にコラムを寄せられていた。
以下、概略。
『わが店の珈琲(コーヒー)ルームに音楽を持ち込んだ。まずはスピーカー「ヴァイタボックス・CN191」、イギリス製の大型コーナー・ホーンだ。~中略~。30年ほど前、「ゆふいん音楽祭が」始まって数年、私が40台後半であったか。
「1日200円で25年間、音楽を楽しもうぜ」とカミさんを口説いて買った玩具だ。アンプはアメリカの「ウェスタン・124型」。350Bという大きな真空管がウリのパワーアンプ。軍隊の通信用に国費で開発されたという伝説があり、「だから凄い」という人と、「だから音楽には向かない」という人がいる。私はどちらでもヨロシ、黙って夜の帳(とばり)に光る真空管を見つめるだけだ。~以下略~』
さて、その憧れのマドンナ「CN-191」が先日オークションに出品されていたのをご存知だろうか。
中古の専門ストアからの出品でスタート価格は1000円!
「ウェストミンスター」(改)が無ければすぐに飛び付くのだが、今となっては家内の目はウルサイしと、ハナから諦め気味だが価格の推移だけはずっと注視した(笑)。
初めのうちは5ケタの価格帯で推移していたのが落札期日が迫ってくると、みるみる価格が上昇していく。
良かった!微妙な心理である。喩えて言えば、昔好きだった女性が歳を取って落ちぶれてしまい粗末に扱われるのを見たくない心境とでもいおうか(笑)。
結局、入札件数が127件 落札価格は「901、000円」なり・・。
さて、前出の中谷氏の口説き文句「1日200円で25年間」だが、満期になった25年後に上記のように90万円で下取りとなるとものの見事に「1日100円で25年間」音楽を楽しめることになる。