先日の19日(日)の夜のこと、新潟県の「S」さんという初めての方から実に”うれしくなる”メールが届いた。ご本人の了解なしの掲載だが、匿名なので大目に見てもらうことにして、大要、以下のような内容だった。
「貴ブログを読んでオペラ”魔笛”(モーツァルト)を見直したくなり、わざわざプロジェクタを購入した。所有していた”魔笛”は昔懐かしいレーザーディスクによるサバリッシュ指揮の1983年の録画で、10年くらい見る機会がなかったが、これからじっくりとオペラ鑑賞を楽しみたい。貴ブログのおかげでオーディオと音楽にやる気が復活してきた。」
こういうメールをいただくと、つくづくブログを続けていて良かったと思う。ブログを始めて5年が過ぎるが、大した内容でもないのにご覧になる方も随分増えてきて、たいへんありがたいことだが、昨年あたりから、自分はいったい何のためにブログを続けているんだろうと思いが、ときどき、過(よぎ)るようになった。
まあ一種の馴れからくる倦怠期みたいなものだろうが、こうして「初心忘れるべからず」という気持ちを想起させるメールをいただくと「よしっ、がんばろう」という気分になる。
実を言うとこのブログを始めた動機そのものが、「魔笛」の素晴らしさを広く世に伝え、最終的には「魔笛」に魅せられた愛好者ばかりが集まった全国的な「魔笛倶楽部」を創ろうというのがそもそもの発端だった。
しかし、ブログを開始して3か月も経たないうちに「魔笛」に関する材料が種切れとなり、仕方がないのでオーディオや読書などの話題を盛り込まざるを得なくなって、いつの間にかブログの性格が変質してしまったというのが偽らざるところ。
今や(自分のブログの)メインになっているのは「オーディオ」だが、たしかに面白くてたまらない趣味には違いないが、この分野には「先達」(せんだつ)がそれこそ”ごまん”といるのを十分承知している。
正直言って、自分のような”ひよっこ”がとても太刀打ちできるような世界ではないし、それに、人によって「好み」や「環境」があまりに違うので広く共感を呼ぶ話題としてはちょっと無理があるように思っている。
たとえば、自分がどんなに「いいシステムだ、いい音」だと力説しても、「僕はラジカセやヘッドフォンで聴く方が好きです、箱庭の世界のような音が好きなんです」と言われればそれまでの話。
その点、あらゆる民族共通の言語ともいうべき音符の世界は共感できる幅が大きいのが利点。「死ぬということはモーツァルトを聴けなくなることだ」と述懐した天才物理学者の「アインシュタイン」を始めとして、老いも若きも、貧富の差もなく、秀才も鈍才も関係なく、そして人種を問わず万人が同列に楽しめる趣味なんて、この世に音楽を除いてほかにあるんだろうか。
さて、そこでサバリッシュ指揮の「魔笛」。
Sさんに刺激を受けて、久しぶりにじっくり聴いてみようかという気持ちになった。
手元にある「魔笛」の40数セットの中からすぐに見つけ出した。CDとDVDが各1セット。サバリッシュ指揮の魔笛は中庸を得ていて、今でも”すこぶる”いい印象が残っている。
写真左側のCDは1973年の録音で1987年にアナログ録音をデジタル化したもの、右側のDVDは1983年の録音だから新潟のSさんがお持ちのレーザーディスクと同じ音源のはず。
オーケストラは両方ともに「バイエルン国立歌劇場管弦楽団」で1973年のCD盤は配役が凄い。主役の「王子」役があのペーター・シュライアーで、「道化」役がワルター・ベリー、そして「高僧」役がクルト・モルときていて男性陣が超一流の布陣である。
一方、DVD盤の方は「夜の女王」役が「エディタ・グルヴェローヴァ」で「王女」役が「ルチア・ポップ」ときている。CD盤と比較して今度は女流陣が万全の体勢というわけで、グルベローヴァは史上最高の「夜の女王」だし、ルチア・ポップは比較的若いうちに壮絶なガン死をとげたが、透き通った張りのある歌声(ソプラノ)はまさにトップクラス。
21日(火)から試聴に入ったが、何せ2時間半の長大なオペラだから、手元の二つのシステムを駆使して効率よく聴くことにした。
まずCD盤の試聴から入り、全二幕のうち第一幕を「Axiom80」を主体としたクラシック向きの第一システムで聴き、次に第二幕はJBLの3ウェイ・システム(ウーファーを容れたボックスはタンノイ・ウェストミンスター)で構成した第二システムで聴いてみた。
第一システムによる「魔笛」の第一幕は言うことなしだった。当然アナログ録音をデジタル化したハンディがあって最新のデジタル録音の音質を期待できないのは残念だが、シュライアーたちの全盛期の張りのある歌声を堪能できた。
またサバリッシュはまるで大学教授みたいな風貌をしているが、奇を衒うことがなく誰もが安心して音楽に浸れる正統派で、この魔笛もまったくスタンダードだった。たしか以前はN響の指揮者もやっていたので日本のファンにもお馴染みのはず。
問題は第二システムによる第二幕の試聴だった。日頃、テレビの試聴とジャズを聴くときに大活躍しているシステムだが、歯切れが良くスピードがあって小気味よい音で、あれほど完璧だと思っていたのに、クラシックになると、どうもいまいち。
音が前に出て来すぎるのだ!
「クラシックは明るめの音でスピーカーの後方に広がり、ジャズは暗めの音で前に出てくるのが理想」とは、オーディオ仲間のM崎さんの持論で、自分もまったく同感。
両者の音楽の成り立ちからして、この理由はきちんと説明がつく(長くなるので省略させてもらう)が、明るめの音かどうかは主観の相違もあって譲れるものの、後方に広がる音、前に出てくる音、これだけは自分にとって音楽を鑑賞するうえで絶対に妥協できない生命線である。
どうも原因は中高域ユニット(JBLのLE85+075)を鳴らしている真空管アンプにありそうだ、とはおよそ推測がつく。このアンプを替えてやれば概ね決着はつきそうだが、はてさてどうしたものか・・・。
ここにきて第二システムを完全にジャズ向きのシステムとして、この先ずっと割り切ってしまうかどうか、思わぬ決断を強いられることになった。第二幕を引き続き聴きながらしばし黙考。
やはりどう考えても自分は70点主義の凡庸な人間である。とても100点か0点かという豪放磊落なタイプではない。結局、第二システムのアンプを入れ替えることにして、「思い立ったが吉日」とばかり、すぐに作業開始。結局、奈良県のMさんから修理していただいた「虎の子」的存在の「PX25・1号機」を持ってくることにした。
この「PX25・1号機」は第一システムの「Axiom80」に使っていたので、その後釜には甲乙つけがたしの「WE300B」(モノ×2台)を据えることにした。
何だか「魔笛」の鑑賞の途中からオーディオ実験みたいになってしまったが、入れ替え作業が小1時間ほどかかっただろうか、改めて第二システムで再度聴く「魔笛」は、舞台が後方にきちんと位置するようになって実に聴きやすくなった。アンプを入れ替えて正解かな。また、改めて気になるジャズ(「A列車で行こう」デューク・エリントン楽団)も聴いてみたが、このくらい鳴ってくれるならまあ良しとしなければ・・・。
ということで、初日の21日はどうにか終了。
そして2日目の22日(水)はいよいよDVDの視聴。ハイビジョンDVDレコーダーとシャープの液晶テレビ「アクオス」(45インチ)による画像のもとに、音声の方は今度は第一幕を第二システム、第二幕を第一システムという順番で聴いた。
今回は前日と違ってまったくの様変わりで、オーディオ装置をあまり意識することなく純粋に「魔笛」の世界に浸ることができた。
CDと違ってDVDは台詞が日本語で画面に表示されるので大いに助かる。圧巻だったのはグルヴェローヴァ扮する夜の女王の登場シーンとその歌唱力、そしてポップが高僧ザラストロの面前で許しを請いながら歌うアリアの部分、「パ、パ、パ」の二重唱、堂々たるフィナーレといったところで、これだけでもこの「魔笛」を聴く価値があると思った。全体的に見てもこれは間違いなくAクラスのDVDである。音質もさすがにフィリップス・レーベルだけのことはあった。
ただし、通常、オペラを鑑賞するのに映像は欠かせないものだが、「魔笛」に限っては音楽があまりにも素晴らしいので映像は一度ぐらい見ておくといい程度で、普段はCDだけで鑑賞しても十分だと思う。むしろ自分はCDで目を閉じて場面を頭の中で想像しながら聴く方が好きである。
今回は改めて「魔笛」の素晴らしさを堪能できたと同時に、図らずも第二システムも見直しができて、これもこういう”きっかけ”を与えてくれたSさんのおかげだと心から感謝である。