藤原正彦氏の著作は共感できるところが多々あるので全て目を通すようにしているが、「日本人の矜持」~九人との対話~(2007年7月15日、著者:藤原正彦、新潮社刊)も面白かった。
藤原氏が、日本人の矜持(きょうじ:誇り、自信、自尊心など)について様々な角度から各界の人物との対談を通じて味わい深く語り尽くしたもので、まさに談論風発とどまることをしらない話が展開される。
その九人とは次のとおり。
☆齋藤 孝(教育学者、明治大学教授)
「日本人らしさ」をつくる日本語教育
☆中西輝政(国際政治学者、京都大学教授)
論理を盲信しないイギリスに学べること
☆曽野綾子(作家)
真実を述べる勇気を持つ日本人に
☆山田太一(脚本家、作家)
人間の弱さを感じること、傷つくことで得る豊かさ
☆佐藤 優(起訴休職外務事務官・作家)
アンテナが壊れシグナルが読み取れない日本
☆五木寛之(作家)
昔の流行歌には「歌謡の品格」があった
☆ビートたけし(映画監督、タレント)
人生すべてイッツ・ソー・イージー
☆佐藤愛子(作家)
心があるから態度に出る 誇りが育む祖国愛
☆阿川弘之(作家)
「たかが経済」といえる文化立国を
対談相手の9人全てにハズレがないのがいいが、この中で特に興味を引かれたのは①中西輝政②佐藤優③阿川弘之の各氏との対談。
①中西氏と藤原氏は政治学、数学と分野は異なるが、ともにケンブリッジ大学に在籍経験あり、という共通項を踏まえ、知り尽くしているから語り合える英国論が展開される。日本との相違点、また意外な共通点を挙げながら、繁栄を経験した国のあり方を考えている。
イギリスの哲学者の言葉に「三段論法は地獄への道」というものがある。彼らは形式的な論理にはこだわらない。人種や社会の構造は日本と正反対だが、論理を盲信せず現実や史実に即して行動するという点でイギリスには学ぶことが多く、アメリカやドイツの幼稚な形式論理の影響を防ぐうえで、極めて有用。
歴史的に見ると日本はアジアの一国といえず、現在でも少し疎外されているところがある。イギリスも同じで、イギリスでヨーロッパといえば大陸のみを指し自分達は入らない。しかも日英両国ともアメリカとの関係が非常に重要なので、こうした共通点を踏まえて外交上手なイギリスからいろんなことが学べる。
1902年の「日英同盟」に続き「第二次日英同盟」の提案が面白い。
②外交官でロシア通として知られる佐藤氏ならではの話として「北方四島の返還の突破口」についてのユニークなアイデアが盛り込まれている。
まずアイヌ。いま、国際的な流れとして先住民が歴史的に住んでいた土地に対して自治を要求できるようになっている。それをアイヌの人たちが主張する。ロシアは先住民の権利を法的に求めているから北方領土に居住していたアイヌ人が声を上げれば国際法が味方をしてくれる。
次に知床の世界遺産登録は大失敗。これは有効なカードになりえた。生態系は繋がっているから、知床、北方四島、ウルップ島とあえてロシア領のウルップ島を入れて、日ロ共同提案の形で世界遺産にするべきだった。ロシアには極東の自然環境保護をやる余裕はないしむしろ開発を進めているわけだから、保護者たる資格なしと訴えて結果的には日本が北方四島の管理をもらうなど、知恵を絞ればお金をかけずにできることは山ほどあるとのこと。
③「山本五十六」などの著作で知られる作家阿川弘之氏の場合は、海軍の教育を通じてイギリス文化とアメリカ文化の比較論が述べられる。
同じアングロサクソンでもイギリスとアメリカは全然違っており、イギリスは伝統を大事にして古いものを大切にする、アメリカは新しければ新しいほどいいという風潮が際立っている。イギリス人は、内心ではアメリカ人をバカにしているという。
イギリスではユーモアが紳士の大切な品質証明となっており、危機的状況になったときに、機知を発揮したり精神の余裕、フレキシビリティを持つことが深い意味を持っている。そうした人間的なキャパシティを持たせるという観点から日本の教育制度、教育のあり方を問い直し、つまるところ日本は経済繁栄よりも文化立国へ志向すべきだと話が展開されていく。