昨日、新建築家技術者集団(略称:新建)(関西、主に京都支部と奈良支部)企画で、京都で西山夘三先生ゆかりの地ウオッチングがあり、出かけた。晴れて良かった。
西山夘三先生は、1911年大阪生まれ、京大の建築学科で「建築計画」「地域生活空間計画学」講座の教授を勤められ、1994年没(享年83歳)、今年は「生誕百周年」の年である。
実は、西山先生は私の恩師でもあり、京大を63歳で定年退官される時(1984年3月)に助手を勤めていたのも私である。
西山先生は「計画学」の調査研究で大きな業績をあげられたが、いくつかの建築作品、構築物の設計にも取り組まれてきた。今回、「生誕百周年」にあたり、それらを京都市内で見て回ろうというものだった。折角だからと他の建築なども見た。
コースは、京大病院前(南側)にある京都教育文化センターに集まって、京都教育センターから始めて、以下、岡崎公園、白川堤町を経て知恩院境内の京都解放戦士の墓まで歩いた。
懇親会は、祇園のロシア料理店「キエフ」であった。参加者は、地元の京都支部が一番多く、次いで奈良支部(9名)、大阪支部、兵庫支部は各1名で全部で30名近くいた。懇親会には20名ほど参加した。以下、それぞれ興味深い話があったが、筋だけ書いておく。
・京都教育センターについては蓮仏 享さん(元京都建築事務所所長、80歳)が説明された。1960年ごろから話が起こり1964年竣工。(後で見る京都会館との「対比」は?、当時は「打ち放しコンクリート時代」で共に影響を受けている・・・)
・岡崎公園へ(今回は時間の関係で西山先生ご自身の設計の墓のある西昌寺に行くのは止めた)ここでは、京都支部の方から前川国男設計1960年の京都会館改築(改装)問題について説明があり、近代建築の「遺産」とも言えるこの建築は保存すべし、とのことだった。「ローム」という会社が50年間50億円で命名権を買い取り、オペラが上演出来るように改築(改装)計画を進めているようだ。デザインも問題だ、ペントハウス部分など。
・並河靖之七宝館前を通り白川堤町へ・・・地域住民の北村さんと京都支部のK.さんから説明があった。西山先生が、マンション建設に対して建築審査会で住民の立場に立って、高層に反対、結局、住民運動の圧力で中低層にさせた、とのことだ。
・知恩院境内にある京都解放戦士の碑に行く。京都支部のH.さんから説明あり、彼は改修設計に携わったようだ。私は初めて見た。東山通りから東に入って華頂大学(短大含む)の新しい京都景観条例後の建物を見ながら行く。
・18時前からの懇親会は、祇園のロシア料理店「キエフ」に行った。キエフ市は京都市と姉妹都市である。例のチェルノブイリ原発の近くの大都市だ。この店は、歌手の加藤登紀子さんの兄夫妻が経営している。その夫妻(70歳代)が店に出ていて挨拶に来た。「強い」ウオッカはやめにしてビールとワインで喉を潤した。結構歩いたので美味しくはらにしみた。
9月3日(土)には、西山記念文庫によるシンポジュウム、9月11日(日)には新建によるシンポジュウムがある。又、次第が決まればブログに又書きますね。
西山夘三先生は、1911年大阪生まれ、京大の建築学科で「建築計画」「地域生活空間計画学」講座の教授を勤められ、1994年没(享年83歳)、今年は「生誕百周年」の年である。
実は、西山先生は私の恩師でもあり、京大を63歳で定年退官される時(1984年3月)に助手を勤めていたのも私である。
西山先生は「計画学」の調査研究で大きな業績をあげられたが、いくつかの建築作品、構築物の設計にも取り組まれてきた。今回、「生誕百周年」にあたり、それらを京都市内で見て回ろうというものだった。折角だからと他の建築なども見た。
コースは、京大病院前(南側)にある京都教育文化センターに集まって、京都教育センターから始めて、以下、岡崎公園、白川堤町を経て知恩院境内の京都解放戦士の墓まで歩いた。
懇親会は、祇園のロシア料理店「キエフ」であった。参加者は、地元の京都支部が一番多く、次いで奈良支部(9名)、大阪支部、兵庫支部は各1名で全部で30名近くいた。懇親会には20名ほど参加した。以下、それぞれ興味深い話があったが、筋だけ書いておく。
・京都教育センターについては蓮仏 享さん(元京都建築事務所所長、80歳)が説明された。1960年ごろから話が起こり1964年竣工。(後で見る京都会館との「対比」は?、当時は「打ち放しコンクリート時代」で共に影響を受けている・・・)
・岡崎公園へ(今回は時間の関係で西山先生ご自身の設計の墓のある西昌寺に行くのは止めた)ここでは、京都支部の方から前川国男設計1960年の京都会館改築(改装)問題について説明があり、近代建築の「遺産」とも言えるこの建築は保存すべし、とのことだった。「ローム」という会社が50年間50億円で命名権を買い取り、オペラが上演出来るように改築(改装)計画を進めているようだ。デザインも問題だ、ペントハウス部分など。
・並河靖之七宝館前を通り白川堤町へ・・・地域住民の北村さんと京都支部のK.さんから説明があった。西山先生が、マンション建設に対して建築審査会で住民の立場に立って、高層に反対、結局、住民運動の圧力で中低層にさせた、とのことだ。
・知恩院境内にある京都解放戦士の碑に行く。京都支部のH.さんから説明あり、彼は改修設計に携わったようだ。私は初めて見た。東山通りから東に入って華頂大学(短大含む)の新しい京都景観条例後の建物を見ながら行く。
・18時前からの懇親会は、祇園のロシア料理店「キエフ」に行った。キエフ市は京都市と姉妹都市である。例のチェルノブイリ原発の近くの大都市だ。この店は、歌手の加藤登紀子さんの兄夫妻が経営している。その夫妻(70歳代)が店に出ていて挨拶に来た。「強い」ウオッカはやめにしてビールとワインで喉を潤した。結構歩いたので美味しくはらにしみた。
9月3日(土)には、西山記念文庫によるシンポジュウム、9月11日(日)には新建によるシンポジュウムがある。又、次第が決まればブログに又書きますね。
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