東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

デ・クーニング展

2015-01-09 21:49:14 | アート・文化

昨年秋から東京八重洲のブリジストン美術館で開催されている特別展。
昨年中から観たいと思っていたのが、忙しくて果たせませんでした。12月、羽子板市過ぎに「国立劇場」か「デ・クーニング」かと迷った挙句、「伊賀越」は12月しか観られない。「デ・クーニング」は1月までやっている。という判断となりましたが。ぼんやりしているうちにもうすぐ終わりだと気づき、今日はとりも直さず出かけてきました。東博へは行く機会も少なくないですが、他の美術館は本当に久しぶり。ブリジストンも何年ぶりでしょうか。結果としてすばらしい。行ってよかったです。自己流の観方なんですけど、キャプションを見ないで作品を観る。気になったらキャプションを読む。という感じなので、終いまでタイトルを読まないで観た作品が多いですがやっぱりすごい。説明的な情報を取り入れず、作品の中から感じる情報は受け入れるという感じなので、わかるわからないということにはこだわらずに観たのですが、面白いこと楽しいこといろいろやっていますね。マスキングテープがそのまま貼り残してあるのも「へえー」という感じ。何より、色や形がそこにある必然性というのがあるんだなー、、。
でもこういうタッチでその必然を逃さず置くって大変なことだと思いました。1960年代の作品群ということで、そのあとの人々が珍しくもなく踏襲しているようなこともありますね。でも瞳の強さと唇の強さ。こういう絵ってまねできるものではないです。

常設展示室に「スーさま」(カイム・スーチン)の小品がひとつ展示されていてうれしかったです。今の身の上では時間は作れるのだから、もっといいものを観にでかけなければもったいないなと思いました。油絵の具から離れて久しいですが、またいじってみたくもなりました。


煮出し汁によるこけし絵付け

2015-01-09 20:58:36 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)


昨年秋に仙台の高橋五郎さんから新たに出版されたご本を賜り、ページを繰っていたら何と以前試しに塗ったこけしの画像と記事がありびっくり。子供の頃からこけしも好きですが、こけし会のような団体に属したこともなく、普通の街の本屋でも売っていたようなこけしに関する本を読みかじった程度の知識しかなく、あまりどうこう言うことはできませんが昔、五郎さんとお話していて、現在使われているような化学染料が登場する以前のこけしには何で彩色されていたのか興味津々でいたのでした。ちょうどその頃、江戸時代の古い今戸焼の人形にも植物の煮出し汁が塗られている作例を確認しているので、一度煮出し汁でやってみたいといくつかの人形に塗り始めていたのでした。
土人形や張り子の人形の場合、色を塗る下地に胡粉を塗り真っ白にして、その上から顔料なり染料なりを置いていくので、膠をつなぎとして煮出した「蘇芳」や「きはだ」(黄柏)に膠の厚みがつき、重ね塗りすることで透明で重厚な色味や照りが出てくることを身をもって実感できたのですが、こけしの場合、木地に沁み込ませるように塗るので余り色部分に厚みが出るのはおかしいのではないかと思いました。また、一回さっと置いただけではうっすらぼけた痕にしかなりませんから、はっきりと発色させるには、重ねる必要があります。ちなみに現在のこけし工人さんたちは「スカーレット」や「ローダミン」などの化学染料にアラビア糊を少しつなぎとして混ぜるように聞いています。試しに使った白木の記事は作並温泉に泊まったときこけし屋さんからわけてもらったものですが、明らかに素人の絵付け体験用の6寸くらいのこけしです。本の画像の右のは全くの白木に「蘇芳+きはだ」で描いたもの。左は予め「きはだ」で地塗りした上に「蘇芳+きはだ」で描いたものです。梅の花状のをタテに5段描いていますが、一番上は一回、その下は+一回重ねるという風に下にいけば行くほど赤部分は重ねてあります。また、緑の部分は藍とキハダを混ぜました。下に黄色があるのとないのとでは発色がかなり違います。これらのこけしではやっていませんが、「蘇芳」を何も混ぜないで塗ると紫色なので、赤とは別に紫として区別させることは可能だと思います。
私自身古い真っ黒になったこけしで、明らかに煮出しを使っているというものを観たことがありませんが、こけしが生まれた時代に既に三春や堤、相良そして今戸などで煮出汁で彩色されていたので、こけしも同じやり方をやっていても不思議ではないかと思います。また植物煮出し以外にも土人形で使われていた「鉛丹」や「べんがら」などの顔料が使われていてもおかしくないと思います、ちなみに五郎さんの所蔵されている「古い遠刈田こけし」にはかすかに顔料のような痕がみえたように記憶しています。
時代が下って、終戦直後から昭和30年代くらいまで、顔料で代用して描かれたこけしが残っており、収集家の人は「邪道」のように言うのを聞いたことがあるように思いますが、当時として手に入る色で塗ったということがその頃の生活そのものであったかもしれず、王道とか邪道とか傍で言うことでもないように思いました。

関連する記事として
「蘇芳(すおう)ときはだ」→

 

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窯出し

2015-01-09 01:18:24 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

先日の「初窯?」の冷めたのを取り出しているところです。
毎度のことなのですが、近所の工事現場からもらってきた粘土を水簸(すいひ)にかけ、水気を飛ばして練った天然の土なんですが、焼く前の土から素焼き後のこのようなベージュっぽい色に変化してかちっと固くなるという科学的変化というもは不思議です。前々から不思議に思っていながら焼成前と焼成後との質量を測って比べるとか何もしていないのですが別の物質に変わっているからこそ中に入れたガラ(土玉)も音立ててカラカラいうわけですね。

窯の中身は三社様境内の「被官さま」の鉄砲狐がほとんどですが、羊や丸〆猫も混ざっています。

次に窯入れすべきものも既に揃っているので、これから詰めて素焼きします。年末年始割と夜更かしして仕事していることが多かったせいか、へとへとで昨日と今日は布団の中に入っている時間が多くなりました。深夜のラジオ番組でこれだけは聴きたいというのがあって、後悔しないよう頑張って仕事しながら起きているのですが、そのツケですね。