生き生き箕面通信

大阪の箕面から政治、経済、環境など「慎ましやかな地球の暮らし」をテーマに、なんとかしましょうと、発信しています。

ikiiki

2010-05-28 06:58:34 | 日記
お早うございます。永田町の人々はいつまでアメリカのポチのままに甘んじるのでしょう。
生き生き箕面通信542(100528)をお届けします。

・「未来から軽んじられることになるだろう」
 今日、東京の永田町で展開される政治ドラマは、影の主役がアメリカです。「辺野古」を盛り込んだ日米合意文書の内容を日本政府が閣議決定し、日本政府の方針に仕立てあげられるか、アメリカは高見の見物です。

 社民党の福島党首は「沖縄に新たな基地は造らせない」と日米合意文書の内容に反対の態度を堅持しています。これに対し、マスメディアは、鳩山首相をはじめ他の政府メンバーが対処に苦慮しているという構図として報じています。いわば国内政局が右往左往しているドラマとしての伝え方です。

 よく考えてみると、そもそもは「辺野古でよい」という国内の合意が成立していないにもかかわらず、外務、防衛の両大臣がアメリカ側といわゆる2+2の会議で”見切り合意”してしまった。そうした状況がまったく不問に付されています。

 日米で合意した、あるいは合意させられた「辺野古」は、もともとアメリカが主張し続けた案でした。今年訪日したゲーツ米国防長官は、岡田外相に対し「なぜ早く辺野古で決着しないのだ」と一喝し、岡田外相が震え上がったという経緯があります。だから今回、訪米した岡田外相はゲーツ氏に「おおせの通り辺野古にしました」と、報告できたことになります。2+2の結論のあと、ゲーツ氏のことのほか上機嫌の笑顔が日本にも配信されましたが、さもあらんと、情けなくなります。

 今日は、アメリカの意向を日本政府の意向にするためのセレモニーが永田町で演じられるのですが、アメリカは後ろに隠れたまま、日本人同士にドタバタ劇を演じさせて実をとることができるのです。

 先月亡くなった井上ひさしさんは、「あの太平洋戦争は何だったのか、その意味を繰り返し問い続けた作家」と評されています。「復員した青年を主人公に、BC級戦犯の問題を書いた『闇に咲く花』という芝居に、こんなせりふがある。『起こったことを忘れてはいけない。忘れたふりは、なおいけない』」という追悼の言葉もありました。

 「東京裁判3部作」の公演では、遺言になった作者の言葉が寄せられました。「いつまでも過去を軽んじていると、やがて私たちは未来から軽んじられることになるだろう」。

 「九条の会」の呼びかけ人でもあった井上さんは、小田実、加藤周一さんに続き亡くなりました。あとに残った私たちは、これからの子どもたちにどんな日本を残さなければならないのか、改めて考えてみたいと思います。

 辺野古に決めても、できっこありません。だから、早晩、「日本で代替基地を造ることはムリ。例えばグアムで」という第2幕が上がるようにもっていきたいものです。

 





生き生き箕面通信541 ・社民党党首には声なき声の「ガンバレ」がある

2010-05-27 07:01:54 | 日記
お早うございます。
生き生き箕面通信541(100527)をお届けします。

・社民党党首には声なき声の「ガンバレ」がある
 日米両政府は明日28日に、「辺野古」を盛り込んだ共同文書を発表する予定です。これに対して福島社民党党首は「辺野古を含め沖縄に新たな基地を造るような内容には反対する。閣僚を罷免するようなことは相手(鳩山首相)が決めること」と、強い姿勢を表明しています。

 今朝の読売新聞は、政治部の青山健一、南省至両記者の署名入り記事で、まず「社民党党首の福島消費者相は26日もかたくなだった」と、「かたくな」と表現して書き出しました。

 続いて、「(政府内には)『ブラフだ。福島氏も夏の参院選で改選だから、強硬姿勢を見せて露出を増やしたいだけだ』(首相周辺)と冷ややかな見方も出ている」と、個人の問題にすりかえるような取り上げ方です。

 さらに、「政府内は『沖縄は、紛争が起こるかもしれない地域との関係で絶妙な場所にある。ここに海兵隊がいることは地政学的に大きな意味がある』(海洋政策研究財団会長の秋山昌広・元防衛次官)との認識で一致している」とも書いています。

 つまり、こういうことを伝えようとする記事の書き方です。「福島さんは、個人の選挙事情から駄々をこね取り上げられる回数を増やそうとしているのだ。辺野古の代替基地は沖縄以外にありえない。そんなことも分からないのか」と、いわんばかりです。

 「最低でも県外」といい続けた鳩山首相には、沖縄では「辞めろ」という声は強まっていません。むしろいまでも「鳩山さんで、なんとか解決してほしい」と願っているのです。福島さんも「沖縄や国民の皆さんに約束したことを守る政治をやることが民主主義だ」と、当たり前のことを主張しているだけです。

 読売の署名入り記事では「自民党などからは『社民党の安保政策は民主党よりむしろ共産党に近い』との指摘も出ている」とも書いています。「日本の安全保障はどうあるべきか」という正面の問題には向き合わずに、「共産党に近いから悪い」という論法です。

 「5月末」という期限が迫っても国民の大方が納得した合意が成立してもいないにもかかわらず、あくまでも沖縄に基地を押し付けようとするのが読売の社論だと分かると、暗然とせざるを得ません。ジャーナリズムの立場にある者は、いまこそ「日本の安全保障はいかにあるべきか」を根本から見直すべきではないでしょうか。

 社民党党首の主張とがんばりに精一杯のエールを送ります。

 




生き生き箕面通信540 ・普天間は「戦略的対話」で仕切り直しさせましょう

2010-05-26 06:49:11 | 日記
お早うございます。
生き生き箕面通信540(100526)をお届けします。

・普天間は「戦略的対話」で仕切り直しさせましょう
 今朝の朝日新聞は注目に値する議論をオピニオン面(13面)に「どうする普天間基地移設」の見出しで掲載しました。普天間問題に対する本格的な議論がようやく一般紙の一部に出てきたということを意味するものであり、歓迎したいと思います。

 議論は、慶応義塾大学教授の添谷芳秀さんと、米外交問題評議会上級研究員のシーラ・スミスさんの二人がそれぞれの持論を表明する形です。

 とくに添谷さんは普天間移設に関し、「当面有効な代替案がないとなれば、中長期的に態勢を立て直すしかない」との認識を示しました。そのうえで、「5月末の期限は仕切り直しの契機にすればよい。半年後には重要な行事が目白押しだ。沖縄県知事選挙、防衛計画大綱の改定、そしてオバマ大統領の訪日。今年は日米安保条約改定50周年でもある。11月のオバマ大統領訪日は新しい日米安保共同宣言を発出し、そこに日本の主張を織り込む絶好の機会である」と、主張しています。

 沖縄問題は、単なる「移設先さがし」の次元で済む話ではなく、変化する世界、とりわけ東アジア情勢の中で日本の安全をどう確保し、この地域の安定にどう寄与するか、から考えなければ歴史に耐える判断はなく、解決もできないのではないでしょうか。

 シーラさんは、日米安保体制は「日米防衛協力の価値を議論し直すべき」という主張です。現状をこうとらえています。「現在の日本で新たな米軍基地の建設が政治的に非現実的になっていること。いま全く新しい基地、それも米軍の使用だけに供される基地を建設しようという意欲はほとんどない」「アジア太平洋地域がより大きな地域主義を志向し、地域の安定を確かなものにするための協力的なアプローチを見つける努力を強める中、米国はより成熟した在日基地戦略へと努力を転じた方がよいのかもしれない」と。

 さらに、「日本の人々は両国の防衛協力の価値をきちんと説明されるべきだ。米軍と自衛隊による基地の共同使用は米日の防衛協力が成熟していることを反映し、日本の自衛隊に責任を移す時が来たという両国の認識を示すものでなければならない」とし、根本的に考え直すべきと主張しています。

 シーラさんは現在シンクタンクの一員ですが、これからの対日政策決定にあたって重要な影響力をおよぼしそうな予感がします。

 一方、読売新聞は現在の日米安保体制に固執し、世界の時代の変化に対応して新しい地平を切り開こうとする努力が少なく、いわば思考停止に陥っているかのように見えます。私たちの日本をどう創っていくのか、「この国の形」に対して読売新聞ならではの議論を望みたいものです。







生き生き箕面通信539 ・沖縄を「差別」し続ける朝日、読売新聞

2010-05-25 06:34:34 | 日記
お早うございます。新聞が同じ日本人をおおっぴらに「差別」していいものでしょうか。
生き生き箕面通信539(100525)をお届けします。

・沖縄を「差別」し続ける朝日、読売新聞
 朝日新聞は昨日5月24日の社説で「首相沖縄再訪―より険しくなった道のり」という見出しで、こう指摘しました。「首相が本当に語るべきは、沖縄の基地を将来的にどう減らしていくのかという構想と戦略である。それを示し、再度の努力を始めなければならない」と。つまり、基地は当面沖縄へ、辺野古しかないではないか、という考えを前提にして、将来的に負担を減らせばいい、と主張しているわけです。

 読売新聞は5月22日と24日の2回、社説で取り上げました。22日は「日米外相会談 現行案軸に『普天間』合意急げ」と、現行案を実施せよという直截な主張です。24日は「首相沖縄再訪 決断先送りのツケは大きい」の見出しで、「昨年末に首相が社民党の反対を押し切り、現行案での実施を決断していれば、その後の展開は全く違っていたはずだ。致命的な判断ミスであり、首相の罪は重い」とまで強調しています。

 その2日前の社説でも「もはや鳩山首相はメンツにこだわっている時ではない。米軍普天間飛行場の移設問題で日米合意を目指すなら、小手先の修正に固執せず、現行案に回帰する決断をすべきだ」と、ともかく辺野古で決着せよという催促です。結果的に、沖縄に基地を継続させようと、「差別」もものかわ、臆面もなく主張を続けています。

 そこには、沖縄の人々の悲願に対する思いはひとかけらもありません。沖縄に基地を押し付けることをてん(恬)として恥じないあからさまな社説を展開しています。これが日本一、いや世界一と読売新聞社が胸を張っている言論紙の現実です。

 沖縄がどんなに悲惨な戦火を体験させられたか、その後アメリカ軍の占領下でどれほど犠牲を強いられたか、本土復帰すれば基地から解放されるという思い……。最近の県民大会でも沖縄の民意は、すべての人が分かったのではないでしょうか。辺野古のある名護市長選でも、いわば予想をひっくり返して基地反対派市長を誕生させました。

 それらをすべて承知の上で、本土のマスメディアは「辺野古でやむなし」、あるいは読売のように積極的に「辺野古で決着せよ」という主張です。明らかに日本人が日本人を「差別」し、「差別」を固定化することがまかり通ろうとしています。

 鳩山首相は、よくここまで「国外、最低でも県外」の線を残し続けてきたものです。そもそも日米安保条約のもとでアメリカの意向にここまで楯突いた首相は、鳩山さんが初めてであり、よくぞ頑張っとと大いに賞賛したいと思います。

 それに反し、ことここに至っても日本のマスメディアから「国外、グアムへ」の主張が出てこないのはどういうわけでしょう。グアムで当面のよりよい解決が得られるのではないでしょうか。日本のマスメディアの思考停止、アメリカのマインドコントロールから目の覚めないマスメディア。社民党が党の存立を賭けてでも「辺野古反対」を貫くことを応援したいと思います。日本の輝かしい未来は、鳩山首相と社民党のがんばりにかかっています。








生き生き箕面通信538 ・道元禅師も嘆く?永平寺の観光寺化

2010-05-24 07:03:20 | 日記
お早うございます。一泊で福井へ行き、帰りに永平寺へ寄りました。そういうわけで昨日は「箕面通信」が送信できませんでした。
生き生き箕面通信538(100524)をお届けします。

・道元禅師も嘆く?永平寺の観光寺化
 横殴りの強い雨のなか、30年ぶりくらいに永平寺を訪れました。700年を経たうっそうと茂る杉木立の参道は、おのずから粛厳としたたたずまいで訪れるものを迎えてくれます。

 しかし、かつて堂内全体に充ちていた厳しい修行の雰囲気はどこへやら、観光客をコンベアベルトに乗せて数でこなす観光寺に変わっていました。

 まず、最初は若い修行僧が「お参り参拝の説明」をするのですが、ベンチがいくつか置いてあり、「修行僧は写真に撮らないで下さい。フラッシュはご遠慮願います」というもの。かつては、全員が正座して、しかるべき僧侶の説法を聞くことができましたが、いまはそんなことをしていたら、観光客をこなせないということなのでしょう。

 なにより驚いたのは、色々な草花の絵で埋まった天井画の大広間に、きらびやかな袈裟に身を包んだ僧のカラー写真が2メートル四方の大きな額に入れて麗々しく飾っていたことです。それもだるま大僧正の墨で描いた肖像画に並べるようにして飾ってありました。だるまさんの白黒のいわば「禅の世界」に対して、片や「ふんだんな虚飾をほどこした世俗の世界」丸出しで、それが平気でならべられていることに強いショックを受けました。

 カラー写真の主は、現在の福山猊下だそうです。

 道元禅師は、日常の所作ふるまいがすべて修行と教えられたはずですので、このきんきらきんの姿を飾ってあることもひとつの修行のあり方を示すものかもしれません。ただ、ぼくには極めて違和感を覚えるもので、奇異にうつりました。 

 そうしてみると、窓ガラスを磨いている「修行の姿」も、どこか「観光のパフォーマンス」とも取れ、なんだかすべてが嘘っぽく受け取られてさむざむしたのは残念でした。

 檀家のない禅寺では、収入を得ないとやっていけないし、改修には多額の資金を要するのも事実だと思いますが、そのために観光寺に成り下がるのは、道元さんにはどうなのでしょう。

 ともあれ、ささやかな寄進はさせていただきましたが……