水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「生老病死・24」

2012-08-20 13:13:21 | Weblog



自分で最後の時に余裕があった場合。
最後に振り返れる人は少ないだろうが、あった場合。
生きてきた事、その死に満足はできるだろう。
個人的な満足が大切かもしれないし、充分だとも思う。
それは理想的かもしれないし、当たり前かもしれない。

だから生きてきた事や死に、他が価値や意味を付けるのはズレる。
生きたのは本人。
それが長くても短くても、他がアレコレ言えない事柄だ。
生命は、全てそうなのかもしれない。
意味は、本人のもの。
それが理解できても、出来なくても。

死に関しては、アレコレ言えない。
人の分際で口出しできない事柄のような気がする。
生に関しても、同じだ。
何故生まれたのか、その意味は、などとは口出しできぬ。
ある程度まで出来るのは、間の老と病だろうな。


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