語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【後藤謙次】憲法改正発議までの長い道のりが賭のリスクに ~天皇退位・総裁選・衆院選~ 

2017年06月12日 | 社会
 (1)6月6日16時過ぎ、自民党本部(東京・永田町)の5階にある会議室で、今後の国のあり方を変えることになるかもしれない会合が開かれた。
 「自民党憲法改正推進本部」(本部長:保岡興治)の初会合だ。大きな特徴は、保岡ら旧来の推進本部の幹部に加えて、安倍晋三・首相が派遣したお目付役のような顔ぶれがそろったことだ。
 高村正彦・自民党副総裁、下村博文・幹事長代行、西村康稔・総裁特別補佐、古屋圭司・選挙対策委員長らだ。保岡によれば、「執行役員幹部会」と呼ぶらしい。明らかに安倍が仕切る推進本部に変質した。あいさつに立った保岡は、早々に目的、目標を明言した。
 「憲法改選論議をより具体的かつスピード感を持って推進し、遅くとも年内をめどに(国会の)憲法審査会に提案できる具体的な党の提案をまとめたいと思う。(中略)この幹部会は、最終的に憲法改正発議案を作成する」
 安倍は「2020年の新憲法施行」という改憲目標を掲げた【5月3日付け「読売新聞」など】。保岡の発言はその意向に沿うべく検討スケジュールを提示したものだ。むろんその発言の裏側には、衆参院共に改憲勢力が発議に必要な3分の2を占める現状で、改憲発議目指すという思惑が潜むことは言うまでもない。つまり、現職の衆院議員が任期満了を迎える2018年12月までに与党内の意見を集約するということだ。
 次の衆院選を経れば、衆院で改憲勢力が3分の2を割る可能性は否定できない。となれば遅くとも2017年の通常国会召集までには改憲項目を絞り込むというのが大前提だ。

 (2)(1)はあくまでも安倍サイドが描く希望的な行程表にすぎない。
 すでに学校法人加計学園をめぐる獣医学部新設問題で、安倍政権は大きく揺さぶられている。来年の政治日程が安倍の思いどおりになるか。そのハードルはかなり高い。
 安倍が「1強体制」を構築できたのは、首相の大権である衆院解散権を手中に収めているからだ。第2次安倍政権の足取りを振り返ると、2012年12月に政権に返り咲いた後、安倍は国政選挙と自民党総裁選を軸に求心力を維持、強化してきた。毎年のように大きな選挙を戦い、かつ勝利を収めてきた。
 2019年10月には、いよいよ2度にわたって延期した消費税率の引き上げ時期がやってくる。「二度あることは三度ある」のか、「三度目の正直」なのか。いずれを選択するにしても2018年中に決断が必要だ。
 それでもまだ消費税問題には安倍の意向が大きく反映されるが、安倍の政治的思惑通りにはいかない課題が横たわる。天皇陛下の退位とそれに伴う様々な儀式や準備がめじろ押しだ。

 (3)天皇陛下の退位を実現させるための特例法は6月9日の参院本会議で可決、成立した。
 退位の日付は政令で決めることになっているが、いつにするのかは極めて難しい判断が伴う。日付が具体的になれば、おそらく日本社会がその退位の日を軸に動き始めるのは確実だろう。6月7日の参院特別委員会でも菅義偉・官房長官は具体的な退位の日付について明言を避けた。
 「退位の準備にどれくらいかかるかを示すのは困難だ」
 元号制定一つをとっても国民生活に直結する。現段階では「2018年6月ごろ制定」が有力視されている。そこからは「平成」と新元号が重なり合う時期を迎える。国民の誰もが経験したことがない“未体験ゾーン”に突入する。菅も認めているように、やるべきことがあまりにも多い。「上皇」になる天皇陛下の補佐組織をどうするか。その予算の決定、さらに秋篠宮家の長女、眞子さまの結婚も入ってくる。皇室行事日程が錯綜する中で、憲法改正発議という最重量級の政治課題を議論する環境ができるかどうか。

 (4)もともとの推進本部のメンバーで、自民党草案作りに深く関わっていた中谷元・前防衛相は温厚な人柄で知られるが、6月7日のラジオ放送で珍しく安倍を牽制した。
 「権力者は『あいうえお』だ。焦らず、威張らず、浮かれず、えこひいきせず、おごらず。それを戒めないと政治は信頼を得られない」
 中谷は、自転車事故で入院リハビリ中の谷垣禎一・元総裁の側近中の側近。谷垣グループの一部が麻生派への合流に向かう中で残留を決めた数少ない一人。安倍も谷垣への見舞いを試みたことがあるが、実現せずに終わっている。この逸話に、谷垣の安倍に対する微妙な思いが滲み出ている。
 中谷の索制球は、憲法改正に前のめりになった安倍に対する潜在的な党内「反安倍感情」をうかがわせる。ポスト安倍の有力候補、岸田文雄・外相も安倍が目指す憲法9条の改正に反対だ。2年前の総裁選では最後まで野田聖子が立候補を模索した。結局無投票で安倍が再選されたが、2018年の総裁選ではそうはならないだろう。

 (5)天皇陛下の退位、総裁選、衆院選・・・・これだけ課題山積みの中で、憲法改正の発議にたどり着ける保証はどこにもない。むしろ、改憲が「大きな賭」になりかねない。

□後藤謙次「天皇退位、総裁選、衆院選 憲法改正発議までの長い道のり ~永田町ライブ!No.3」(「週刊ダイヤモンド」2017年6月17日号)
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