語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【後藤謙次】トランプの地滑り的勝利で始まった未知なる対米外交

2016年11月16日 | 社会
 (1)外務省が「トランプ研究」を怠っていたわけではない。降りに触れてトランプ周辺の人物との接触を重ねてきた。
 〈例〉10月上旬に来日したマイケル・フリン【後注】。元米国防情報局長で、一時はトランプ政権の副大統領候補としても名前が挙がったトランプの外交ブレーンだ。トランプ政権の要職に就くのは間違いないとみられている。
 ただし、政府として大っぴらにフリンと会ったわけではない。自民党で開かれたサイバー問題の委員会で行う講演のため来日したフリンに政府関係者がアプローチ、朝食を摂りながら日本の立場を説明したという。話題の中心はトランプが繰り返し言及していた在日米軍の見直し問題だ。
 「日本政府は在日米軍の経費について多くの負担をしているし、アジア太平洋の平和と安定に果たしてる在日米軍の役割は極めて大きい。米国の国益にもかなう」
 だが、外務省を中心としたトランプへの接触はどうしても力が入らなかった。政府関係者の一人は本音を語る。
 「まさかトランプが勝つとは思っていないあったので、クリントンに気兼ねして動きが鈍った」

 (2)安倍晋三・首相は9月の国連総会に出席した際、ニューヨークでクリントンと会談しているが、トランプとの接触を試みた形跡はない。ただし、開票速報が始まると、結果が出ない早い段階で河井克行・首相補佐官を首相官邸の執務室に呼んだ。河井は補佐官に就任以来、十数回にわたって渡米し、トランプが属する共和党の議員を中心に人脈を築いてきたという。そのこともあって安倍は河井に14日からの訪米を指示した。
 河井は、トランプ大統領の誕生は安倍にとってマイナスではなく、むしろ国際的な評価は高まるとみる。
 「自由世界の指導者の中で政治経験の豊富さと国内政治の安定度はナンバーワン。意外にトランプのようなタイプの政治家と総理は馬が合うのではないか」
 安倍もすぐ動いた。10日、トランプと電話会談を行い、17日にもニューヨークで会談する方向となった。河井のミッションの中には、なるべく早く安倍とトランプとの会談を実現させることが含まれている。唯我独尊タイプの政治家とは、いくら周辺人物とのパイプを太くしても効果的ではない。安倍との個人的信頼関係を築くことが唯一無二の選択肢といっていい。そして安倍がトランプを直接説得するしかない。

 (3)それにしても1年半以上も続けられた大統領選を通じて浮かび上がった米国社会の変貌ぶりは驚きだった。
 「日本人はどうしても米国の最先端の人たちばかりに目を向けてきたが、取り残された人たちがたくさんいることが分かった」
 選挙結果を示す赤(共和党)と青(民主党)の色分けが米国のそれを象徴した。青に染まっているのは太平洋と大西洋の沿岸部。海に面していない州のほとんどが赤で埋まった。その地図が、分断された米国社会の断面を明確にした。

 (4)米国社会は1980年代から始まった国際化の流れの中で生産工場は海外に移転。ただでさえ小さくなった雇用の場に入ってきたのは移民たち。
 こうして職を奪われた白人中間層と若年労働者が抱えた不満が「トランプ劇場」を牽引した。トランプはこの構造変化を見逃さなかった。トランプが掲げた最大の政治的メッセージは「反グローバリズム」。
 「言いたくても物を言えなかった白人中間層や若者が爆発した」【政府高官】
 まさしく「アンチエスタブリッシュメント」【政府高官】が今回の大統領選を貫いた核心だ。大統領選で怨嗟の的になったのは、「ワシントンインサイダー」と呼ばれる首都ワシントンの政治家や官僚、「ウォール街」の金融関係者、クリントン寄りの報道を続けた「大手メディア」。それを敵と見なし、暴言や差別用語を濫発しながら巧みに有権者の心に入り込んだのがトランプだった。
 「米国第一主義」「保護主義」「孤立主義」「人種差別」。トランプの口から吐き出されたどぎつい言葉に多くの支持者が熱狂した。知性派の商社マンは、「トランプは商売上手な中古車ディーラーのおやじを連想させる」と語る。
 戦後70年以上にわたって連綿と続いた日米関係が、大きく変わるのか、それともトランプ劇場は選挙期間中だけのものなのか。これまで経験したことがない真剣勝負の日米外交が始まる。

 【後注】フリンは、トランプ政権発足後1ヵ月も経たない2017年2月13日、大統領補佐官(国家安全保障担当)辞任した。

□後藤謙次「トランプの地滑り的勝利で始まった未知なる対米外交 ~永田町ライブ!No.315」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月19日号)
    ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【後藤謙次】築地市場の移転延期の決断が小池都知事の手足を縛るリスク
【後藤謙次】幹事長の入院が人事に波及、「ポスト安倍」めぐり早くも火花
【後藤謙次】参院選大勝も激戦12県で大敗 ~劣る「勝利の質」~
【後藤謙次】都知事選で与党分裂の理由 ~自民党内の反安倍勢力~
【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~
【後藤謙次】甘利大臣辞任をめぐる二つのなぜ ~後任人事と直後のマイナス金利~
【政治】不可解な時期に石破派が発足 ~その行方は内閣改造で~
【政治】震災後2度目の統一地方選 ~異例なほど注力する自民党本部~
【政治】安倍が描いた解散戦略の全内幕 ~周到な準備~
【政治】安部政権の危機管理能力の低さ ~土砂災害・火山噴火~
【政治】「地方創生」が実現する条件 ~石破-河村ラインの役割分担~
【政治】露骨な安倍政権へのすり寄り ~経団連が献金再開~
【政治】石原発言から透ける政権の慢心 ~制止役不在の危うさ~
【原発】政権の最優先課題 ~汚染水と廃炉作業~
【政治】「新党」結成目前の小沢一郎の前にたちはだかる難問
【政治】小沢一郎、妻からの「離縁状」の波紋 ~古い自民党の復活~
【政治】国会議員はヤジの質も落ちた


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。