語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【神戸】市、「同じ環境で再開」希望する店主らにつけ込む ~誰のための商店街再開発か~

2017年06月03日 | 震災・原発事故
 (1)神戸市長田区で中華料理店「雲来軒」を経営していた染谷繁さん(75歳)は、震災で店を失い、仮設店舗で3年間営業し、2000年ごろに同じ長田区にある大正筋商店街の「アスタくにづか」(アスタ)5番館1階の20平米を購入した。
 分譲価格は約3,000万円。店舗はスケルトン(壁や柱のみの状態)なので内装に費用がかかった。当初は客が入ったが、最近は馴染み客も高齢で来なくなった。若い人は三宮や元町に行ってしまう。月5万円以上の管理費で赤字が続く。
 連休でもアスタの人通りはまばら。鉄人28号がそびえるJR新長田駅近くの公園がある国道2号線より北側はましだが、南側はガクッと客足が減る。

 (2)震災から4年後の1999年、新長田駅南側に最初の再開発ビル「アスタ」がオープンした商業エリアは、地下1階から地上2階までの全9棟、合計37,000平米。アーケードを歩いていては分からないが、両側は9棟の高層ビルで上階は分譲マンションだ。
 下町の風情がある商店街は、あの激震と猛火で灰燼に帰した。だが、震災から2ヵ月後の1995年3月17日、神戸市は突然、予算約2,710億円で高層ビル39棟を新長田駅南側に建設する「西日本最大の再開発計画」を発表した。
 地権者が個別に再建することを許さずに土地を買い上げ、商売を再開する人には賃貸を認めずに分譲購入を義務づけた。「同じ場所で商売を再開したい」という切実な思いに市はつけ込んだ。市は、残った床を「一般公募」したが、売却はゼロ。つまり、震災前からここで商売をしていた人しか購入していない。
 目立つ空床を隠したい市は、先に分譲購入させた人に内緒で「賃貸」に変更し、家賃をダンピングして内装費にも多額の補助を出した。145平米もの床を月額たった1万円で貸すなど、固定資産税さえ下回る滅茶苦茶なダンピングで資産価値は暴落した。
 分譲購入した人が売却しようとしても、不動産屋から「値がつかない」と言われてしまった。

 (3)2012年、店主ら52人が「住宅部分より店舗の管理費が不当に高いのは違法」として管理会社の第三セクター「新長田まちづくり(株)」(まち社)を相手に、約3億円の返還を求めて裁判を起こした。
 「マンションの居住者と最大8.69倍もの差があるのは不当。建物全体の必要経費を区分所有者の専有面積に応じて案分すべき」だと主張した。「まち社」は、必要経費を恣意的に案分して管理費を決めていた。
 しかし、2015年2月、神戸地裁は「共用部分を利用していないマンション住民にとって不利益を被る」などとして訴えを退けた。
 新長田駅から近くの地下鉄の駅まで、信号待ちのある地上を通らずに通行できる「三層プロムナード」などの共有部分はエスカレーターなどにコストがかかるが、受益者は店主たちだけではないはずだ。

 (4)一審敗訴で多くの原告が降り、現在16人が控訴審を闘う中、アスタ三番館で洋品店「PET」を経営する谷本雅彦さん(53歳)があることに気づいた。
 三番館に防災センターがあるのだが、防災費用は国道2号線から南側の店主たちが北側の分も負担させられていたのだ。
 谷本さんは、「まち社」からアスタ一番館の2011年の帳簿を見せてもらい、逆算して割り出したのだ。
 だが、こうした事実は裁判の一審ではまったく表に出なかった。「PET」の向かいのアスタ四番館で飲食店「七福」を経営する横川昌和さん(55歳)は、「『まち社』のやりたい放題は今も変わらない」と話すが、実は一番館南側では役員会で「まち社」を追放して別の民間会社に委託し直し、管理費を半額に下げさせた。
 なぜ、ほかの店舗も一致団結して「まち社」を追い出す動きにならないのか。
  「まち社」や神戸市と繋がっている人が商店振興会に結構いるから、というのが横川さんの見立てだ。「まち社」は、一部の店のみに備品類を発注するなど、搦め手から団結を阻む、というのだ。
 「七福」の売上げは震災前の4分の1。横川さんは、借金を抱えて40万円の固定資産税や7万円の管理費に苦しむ。
 谷本さんも、「管理者の『まち社』が管理会社としての『まち社』に備品などを発注し、受注している。発注者と受注者が一緒。まさにお手盛りの、利益相反行為です」と話す。 
 「管理者は住民の利益を考えなくてはならないのに、住民から法外なカネをピンハネして私腹を肥やしている」と怒るのは店主らの代理人、津久井弁護士だ。
 「防災費が、面積割で店舗がマンションの9倍にもなっていることや、国道2号線以北の分まで負担させられていることを『まち社』が隠してきたのは明らかに説明義務違反。区分所有者の面積で割るべき負担を『まち社』は『修正面積』などとごまかしている」と、津久井弁護士は話す。警備員の人件費や監視装置など防災費は管理費の半分近くを占める。
 神戸市が店舗とマンションの負担にひそかに大差をつけたのは、震災前にはなかったマンションへの入居誘致のため分譲価格を下げたかったからだ。つまり、旧来の地域住民を犠牲にして新参者を大事にしたのだ。
 
 (5)「アスタ」では店主らに不信感を抱かせる事実が次々に出ている。〈例〉五番館に入居する特別養護老人ホームが、同館の他店舗の半分の管理費負担になていることが判明し、店主らが署名運動をして是正を求めている。
 「雲来軒」の染谷さんは、「施設は『まち社』と繋がり、五番館の会長も『まち社』と“つうかあ”なんですよ。施設では700万円の使途不明金を出している」と明かす。「アスタ」開業時から管理業務を一手に牛耳る「まち社」には神戸市職員OBなどが関わり、現在は神戸商工会議所OBが役員を務める。
 兵庫県と神戸市は、「職員1,000人を持ってきて賑わいを創出する」との名目で、この長田区に合同庁舎を建設。この計画について、出口俊一・兵庫県震災復興研究センター事務局長は「空床を使えば済むはず。税金の無駄遣い」と指摘する。

 (6)過剰開発で閑散としたら、今度はさらにハコモノを建てる。神戸市の目的はゼネコンの利益のみだ。出口事務局長は、「神戸市は『役所まで持ってきてやったんや』で問題を終わりにするのではないか」と危惧する。
 長田区で起きたことは、例えるなら一軒家に住む人が突然自治体に買い上げられ、「同じ場所に住みたければマンションを建てたから購入しなさい」と言われるのとかわらない。あの災禍で独裁国家なみの強権がまかり通ったことを忘れてはならない。

□粟野仁雄(あわのまさお/ジャーナリスト)「「同じ環境で再開」希望する店主らにつけ込む神戸市 商店街の再開発はいったい誰のため? ~阪神・淡路大震災から22年(下)~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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 【参考】
【神戸】行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し
【神戸】市営住宅を造らず新庁舎建設 ~被災住民の追い出し強行~
【神戸】希望の星から転落した神戸空港 ~埋立開発行政の破綻③~
【神戸】「医療産業都市」の躓きと暴走 ~埋立開発行政の破綻②~
【神戸】生体肝移植失敗の原因 ~埋立開発行政の破綻~
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(2)
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(1)
【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~
【震災】二重ローン 得するのは銀行だけだ ~その対策~
【震災】復興のカギはパイプ役(住民の自主組織) ~神戸の過ち、奥尻の教訓~
書評:『神戸発 阪神大震災以後』
書評:『復興の闇・都市の非情 --阪神大震災、五年の軌跡』

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【神戸】行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し

2017年06月03日 | 震災・原発事故
 (1)川添輝子さん(73歳)は、震災まで神戸市兵庫区で夫と理容店を営んでいた。1995年1月17日、激震で自宅兼店舗は全壊。約1年間、公園の自衛隊テントで暮らす最中、夫は脳梗塞に倒れた。建て直された店舗はテナント料が高く、理容業は断念した。
 震災2年後にJR兵庫駅前の団地キャナルタウンウエスト(キャナルタウン)の抽選に応募、4号棟に入居した。都市再生機構(UR)から神戸市が借り上げて、被災者に貸与していた集合住宅だ。
 夫は、心筋梗塞も併発、2002年に他界した。
 家賃として負担するのは月1万円だが、川添さんの年金は月額数万円。「独立している2人の子どもに迷惑をかけられない」と、未明からの弁当作りと中央市場でのアルバイトで寝る間もなく働いた。
 2010年初夏、市は「(入居から)20年の契約期限までに出てくれ」と言ってきた。仰天して入居契約書を確かめたが、そんなことは書いてない。
 「最初は出なくてはいけない、と思って斡旋された市営住宅を申込みましたが、同じ団地の人に『出なくていいはず。いっしょにがんばろう』と言われて踏みとどまりました」と川添さん。
 2016年10月31日で神戸市の借り上げ期間が終了、川添さんは翌月にほかの3人の住民とともに神戸市から提訴された。

 (2)川添さんと同様に提訴された中村輝子さん(80歳)は、震災で夫を奪われた。倒壊した木造住宅に足を挟まれた夫は、猛火に襲われた。抜け出したが、翌日、大火傷が原因で亡くなった。家は再建できず、借地の返還を求められたので、2年後に当選したキャナルタウン4号棟に入居した。
 2017年1月10日、神戸地裁で、中村さんは「去年から脊柱管狭窄症を患い(中略)新しい住居で生活を始める体力がない。(中略)今の家は私の健康の一部」と意見陳述した。

 (3)神戸市は、このほかにも、これ以前に、キャナルタウンで2016年1月30日に借り上げ期限が切れた丹戸郁江(たんどいくえ)さん(72歳)と橋本敬子さん(54歳)ら3人も提訴している。

 (4)神戸市は、借り上げ住宅の入居継続要件として、①80歳以上、②要介護3以上、などの基準を設けた。
 しかし、兵庫県は80歳以上などが条件。それどころか、同じ県内でも宝塚市や伊丹市は、無条件で終の棲家にできる。県が統一すべきところだが、井戸敏三(としぞう)・知事は「それぞれ財政事情が違う」と逃げる。

 (5)提訴したのは神戸市が早かったが、最初に借り上げ期限がきたのは、兵庫県西宮市のシティハイツ西宮北口(シティハイツ)だ。西宮市は、2016年5月、退去拒否者10人を提訴し、神戸地裁尼崎支部で公判が進んだ。提訴された中下節子さん(79歳)は、病躯をおして裁判や集会に通い続けている。
 キャナルタウンもシティハイツも、裁判の論点は改正公営住宅法の適用と、住民が入居時に20年で契約期限が切れることを知らされていたかどうかだ。
 借り上げ方式の導入で、震災翌年に改正された同法は、32条1項で、借り上げ期間が満了すれば事業主体は入居者に明け渡しを請求できる、とする。一方、25条2項に、入居者を決定した際、満了時に明け渡さなくてはならない旨を通知す義務が定められている。
 改正法が適用されなければ入居者の権利を守る借地借家法が適用される。だが、西宮市と神戸市は、改正前に入居していた人にも公営住宅法を適用させようとしている。
 しかし、「事後法」は当事者に不利益になる場合は原則として適用できない。事案は民事だが、刑事事件なら「罪刑法定主義」に悖る。

 (6)被告にされた人たちは、「もし20年後に出なくてはならないなんて言われれば、最初から入りませんでした」と声を揃える。
 神戸市や西宮市は、「募集要項に明示した」とするが、肝心の入居許可証には一切書かれず、周知の努力もしていない。そもそも20年とは、住民と両市との間の契約期限ではなく、市とUR間での契約だ。
 川添さんは、「私より年上の入居者も頑張っているし、弁護士さんたちも支援して下さっているから、頑張らなくては」と笑みを見せる。
 兵庫県内の弁護士で作る借上復興住宅弁護団(団長:佐伯雄三・弁護士)は公判が終わると報告会を設けている。吉田維一(ただいち)・弁護士が丁寧に説明し、質問を受ける。
 こうした事案で行政が持ち出すのが「公平性」だ。神戸市も西宮市も「継続入居を認めれば(先に)応じて出ていってくれた人に不公平感が生じる」とする。2013年3月の県議会で、県の住宅管理課長は「公平性の観点から(中略)強制執行もあり得」ると答弁したが、まさに実現されようとしている。
 佐伯弁護士は、「脅し同然のように追い出した自治体がそれを言い出す資格は、そもそもない」と語るが、行政側は退去拒否者に「ゴネ得」のレッテルを貼りたいのだ。

 (7)阪神・淡路大震災では、被災マンションをめぐり、建て替え派と補修派の住民同士が訴訟沙汰になった。裁判は致し方なかったかもしれない。
 だが、今回は高齢の被災住民を自治体が「被告」に仕立てたのだ。「被告なんて呼ばれたら、それだけで恐ろしくて寝られません」と川添さん。
 借り上げ住宅問題にくわしい出口俊一・兵庫県震災復興研究センター(神戸市長田区)事務局長は、「訴えられた住民は、精神的苦痛などからも、神戸市長(久元喜造)や西宮市長(今村岳司)を被告にして反訴すべきだと思いますよ」と強調する。
 
 (8)20年期限を通知していなかったことについて、神戸市は「震災のどさくさだったから」(矢田達郎・前市長)などと弁明したが、それだけではない。「迅速な復興」を誇示したかった行政は、「被災の象徴として報じられる仮設住宅を一刻も早くなくす」をスローガンに震災5年目で実現。仮設などから拙速に借り上げ住宅に入居させて「一件落着」とした。
 戦後最大の大都市災害である阪神・淡路大震災での住宅不足解決の「苦肉の妙案」は大失敗だったが、今後、次々と「20年の期限」を迎える西宮市や神戸市は、自らの失敗を隠蔽して住民を提訴していくのだろうか。
 西宮市のルネシティ西宮津戸(つと)では、2017年11月末に借り上げ期限が切れる。松田康雄(69歳)・入居者連絡会会長は、「西宮市は年齢による継続入居許可すらなく、904歳を超える女性が怯えています」と怒る。
 現在、全国の都市は建設費や維持費のかかる自前の公営住宅をなるべく持たずに、「非常時は民間の借り上げで間に合わせる」政策へと舵を切るが、出口事務局長は「東北では民間から借り上げる“みなし仮説住宅”を大量に設けたが、早くなくしたい自治体と入居者の間でこじれるのでは」と心配する。
 「復興」誇示の陰で被災者が置き去りにされないように、東北の被災地でも監視すべきだ。

□粟野仁雄(あわのまさお/ジャーナリスト)「行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し ~阪神・淡路大震災から22年(上)~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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 【参考】
【神戸】市営住宅を造らず新庁舎建設 ~被災住民の追い出し強行~
【神戸】希望の星から転落した神戸空港 ~埋立開発行政の破綻③~
【神戸】「医療産業都市」の躓きと暴走 ~埋立開発行政の破綻②~
【神戸】生体肝移植失敗の原因 ~埋立開発行政の破綻~
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(2)
【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(1)
【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~
【震災】二重ローン 得するのは銀行だけだ ~その対策~
【震災】復興のカギはパイプ役(住民の自主組織) ~神戸の過ち、奥尻の教訓~
書評:『神戸発 阪神大震災以後』
書評:『復興の闇・都市の非情 --阪神大震災、五年の軌跡』

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