(1)神戸市長田区で中華料理店「雲来軒」を経営していた染谷繁さん(75歳)は、震災で店を失い、仮設店舗で3年間営業し、2000年ごろに同じ長田区にある大正筋商店街の「アスタくにづか」(アスタ)5番館1階の20平米を購入した。
分譲価格は約3,000万円。店舗はスケルトン(壁や柱のみの状態)なので内装に費用がかかった。当初は客が入ったが、最近は馴染み客も高齢で来なくなった。若い人は三宮や元町に行ってしまう。月5万円以上の管理費で赤字が続く。
連休でもアスタの人通りはまばら。鉄人28号がそびえるJR新長田駅近くの公園がある国道2号線より北側はましだが、南側はガクッと客足が減る。
(2)震災から4年後の1999年、新長田駅南側に最初の再開発ビル「アスタ」がオープンした商業エリアは、地下1階から地上2階までの全9棟、合計37,000平米。アーケードを歩いていては分からないが、両側は9棟の高層ビルで上階は分譲マンションだ。
下町の風情がある商店街は、あの激震と猛火で灰燼に帰した。だが、震災から2ヵ月後の1995年3月17日、神戸市は突然、予算約2,710億円で高層ビル39棟を新長田駅南側に建設する「西日本最大の再開発計画」を発表した。
地権者が個別に再建することを許さずに土地を買い上げ、商売を再開する人には賃貸を認めずに分譲購入を義務づけた。「同じ場所で商売を再開したい」という切実な思いに市はつけ込んだ。市は、残った床を「一般公募」したが、売却はゼロ。つまり、震災前からここで商売をしていた人しか購入していない。
目立つ空床を隠したい市は、先に分譲購入させた人に内緒で「賃貸」に変更し、家賃をダンピングして内装費にも多額の補助を出した。145平米もの床を月額たった1万円で貸すなど、固定資産税さえ下回る滅茶苦茶なダンピングで資産価値は暴落した。
分譲購入した人が売却しようとしても、不動産屋から「値がつかない」と言われてしまった。
(3)2012年、店主ら52人が「住宅部分より店舗の管理費が不当に高いのは違法」として管理会社の第三セクター「新長田まちづくり(株)」(まち社)を相手に、約3億円の返還を求めて裁判を起こした。
「マンションの居住者と最大8.69倍もの差があるのは不当。建物全体の必要経費を区分所有者の専有面積に応じて案分すべき」だと主張した。「まち社」は、必要経費を恣意的に案分して管理費を決めていた。
しかし、2015年2月、神戸地裁は「共用部分を利用していないマンション住民にとって不利益を被る」などとして訴えを退けた。
新長田駅から近くの地下鉄の駅まで、信号待ちのある地上を通らずに通行できる「三層プロムナード」などの共有部分はエスカレーターなどにコストがかかるが、受益者は店主たちだけではないはずだ。
(4)一審敗訴で多くの原告が降り、現在16人が控訴審を闘う中、アスタ三番館で洋品店「PET」を経営する谷本雅彦さん(53歳)があることに気づいた。
三番館に防災センターがあるのだが、防災費用は国道2号線から南側の店主たちが北側の分も負担させられていたのだ。
谷本さんは、「まち社」からアスタ一番館の2011年の帳簿を見せてもらい、逆算して割り出したのだ。
だが、こうした事実は裁判の一審ではまったく表に出なかった。「PET」の向かいのアスタ四番館で飲食店「七福」を経営する横川昌和さん(55歳)は、「『まち社』のやりたい放題は今も変わらない」と話すが、実は一番館南側では役員会で「まち社」を追放して別の民間会社に委託し直し、管理費を半額に下げさせた。
なぜ、ほかの店舗も一致団結して「まち社」を追い出す動きにならないのか。
「まち社」や神戸市と繋がっている人が商店振興会に結構いるから、というのが横川さんの見立てだ。「まち社」は、一部の店のみに備品類を発注するなど、搦め手から団結を阻む、というのだ。
「七福」の売上げは震災前の4分の1。横川さんは、借金を抱えて40万円の固定資産税や7万円の管理費に苦しむ。
谷本さんも、「管理者の『まち社』が管理会社としての『まち社』に備品などを発注し、受注している。発注者と受注者が一緒。まさにお手盛りの、利益相反行為です」と話す。
「管理者は住民の利益を考えなくてはならないのに、住民から法外なカネをピンハネして私腹を肥やしている」と怒るのは店主らの代理人、津久井弁護士だ。
「防災費が、面積割で店舗がマンションの9倍にもなっていることや、国道2号線以北の分まで負担させられていることを『まち社』が隠してきたのは明らかに説明義務違反。区分所有者の面積で割るべき負担を『まち社』は『修正面積』などとごまかしている」と、津久井弁護士は話す。警備員の人件費や監視装置など防災費は管理費の半分近くを占める。
神戸市が店舗とマンションの負担にひそかに大差をつけたのは、震災前にはなかったマンションへの入居誘致のため分譲価格を下げたかったからだ。つまり、旧来の地域住民を犠牲にして新参者を大事にしたのだ。
(5)「アスタ」では店主らに不信感を抱かせる事実が次々に出ている。〈例〉五番館に入居する特別養護老人ホームが、同館の他店舗の半分の管理費負担になていることが判明し、店主らが署名運動をして是正を求めている。
「雲来軒」の染谷さんは、「施設は『まち社』と繋がり、五番館の会長も『まち社』と“つうかあ”なんですよ。施設では700万円の使途不明金を出している」と明かす。「アスタ」開業時から管理業務を一手に牛耳る「まち社」には神戸市職員OBなどが関わり、現在は神戸商工会議所OBが役員を務める。
兵庫県と神戸市は、「職員1,000人を持ってきて賑わいを創出する」との名目で、この長田区に合同庁舎を建設。この計画について、出口俊一・兵庫県震災復興研究センター事務局長は「空床を使えば済むはず。税金の無駄遣い」と指摘する。
(6)過剰開発で閑散としたら、今度はさらにハコモノを建てる。神戸市の目的はゼネコンの利益のみだ。出口事務局長は、「神戸市は『役所まで持ってきてやったんや』で問題を終わりにするのではないか」と危惧する。
長田区で起きたことは、例えるなら一軒家に住む人が突然自治体に買い上げられ、「同じ場所に住みたければマンションを建てたから購入しなさい」と言われるのとかわらない。あの災禍で独裁国家なみの強権がまかり通ったことを忘れてはならない。
□粟野仁雄(あわのまさお/ジャーナリスト)「「同じ環境で再開」希望する店主らにつけ込む神戸市 商店街の再開発はいったい誰のため? ~阪神・淡路大震災から22年(下)~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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【参考】
「【神戸】行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し」
「【神戸】市営住宅を造らず新庁舎建設 ~被災住民の追い出し強行~」
「【神戸】希望の星から転落した神戸空港 ~埋立開発行政の破綻③~」
「【神戸】「医療産業都市」の躓きと暴走 ~埋立開発行政の破綻②~」
「【神戸】生体肝移植失敗の原因 ~埋立開発行政の破綻~」
「【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(2)」
「【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(1)」
「【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~」
「【震災】二重ローン 得するのは銀行だけだ ~その対策~」
「【震災】復興のカギはパイプ役(住民の自主組織) ~神戸の過ち、奥尻の教訓~」
「書評:『神戸発 阪神大震災以後』」
「書評:『復興の闇・都市の非情 --阪神大震災、五年の軌跡』」
分譲価格は約3,000万円。店舗はスケルトン(壁や柱のみの状態)なので内装に費用がかかった。当初は客が入ったが、最近は馴染み客も高齢で来なくなった。若い人は三宮や元町に行ってしまう。月5万円以上の管理費で赤字が続く。
連休でもアスタの人通りはまばら。鉄人28号がそびえるJR新長田駅近くの公園がある国道2号線より北側はましだが、南側はガクッと客足が減る。
(2)震災から4年後の1999年、新長田駅南側に最初の再開発ビル「アスタ」がオープンした商業エリアは、地下1階から地上2階までの全9棟、合計37,000平米。アーケードを歩いていては分からないが、両側は9棟の高層ビルで上階は分譲マンションだ。
下町の風情がある商店街は、あの激震と猛火で灰燼に帰した。だが、震災から2ヵ月後の1995年3月17日、神戸市は突然、予算約2,710億円で高層ビル39棟を新長田駅南側に建設する「西日本最大の再開発計画」を発表した。
地権者が個別に再建することを許さずに土地を買い上げ、商売を再開する人には賃貸を認めずに分譲購入を義務づけた。「同じ場所で商売を再開したい」という切実な思いに市はつけ込んだ。市は、残った床を「一般公募」したが、売却はゼロ。つまり、震災前からここで商売をしていた人しか購入していない。
目立つ空床を隠したい市は、先に分譲購入させた人に内緒で「賃貸」に変更し、家賃をダンピングして内装費にも多額の補助を出した。145平米もの床を月額たった1万円で貸すなど、固定資産税さえ下回る滅茶苦茶なダンピングで資産価値は暴落した。
分譲購入した人が売却しようとしても、不動産屋から「値がつかない」と言われてしまった。
(3)2012年、店主ら52人が「住宅部分より店舗の管理費が不当に高いのは違法」として管理会社の第三セクター「新長田まちづくり(株)」(まち社)を相手に、約3億円の返還を求めて裁判を起こした。
「マンションの居住者と最大8.69倍もの差があるのは不当。建物全体の必要経費を区分所有者の専有面積に応じて案分すべき」だと主張した。「まち社」は、必要経費を恣意的に案分して管理費を決めていた。
しかし、2015年2月、神戸地裁は「共用部分を利用していないマンション住民にとって不利益を被る」などとして訴えを退けた。
新長田駅から近くの地下鉄の駅まで、信号待ちのある地上を通らずに通行できる「三層プロムナード」などの共有部分はエスカレーターなどにコストがかかるが、受益者は店主たちだけではないはずだ。
(4)一審敗訴で多くの原告が降り、現在16人が控訴審を闘う中、アスタ三番館で洋品店「PET」を経営する谷本雅彦さん(53歳)があることに気づいた。
三番館に防災センターがあるのだが、防災費用は国道2号線から南側の店主たちが北側の分も負担させられていたのだ。
谷本さんは、「まち社」からアスタ一番館の2011年の帳簿を見せてもらい、逆算して割り出したのだ。
だが、こうした事実は裁判の一審ではまったく表に出なかった。「PET」の向かいのアスタ四番館で飲食店「七福」を経営する横川昌和さん(55歳)は、「『まち社』のやりたい放題は今も変わらない」と話すが、実は一番館南側では役員会で「まち社」を追放して別の民間会社に委託し直し、管理費を半額に下げさせた。
なぜ、ほかの店舗も一致団結して「まち社」を追い出す動きにならないのか。
「まち社」や神戸市と繋がっている人が商店振興会に結構いるから、というのが横川さんの見立てだ。「まち社」は、一部の店のみに備品類を発注するなど、搦め手から団結を阻む、というのだ。
「七福」の売上げは震災前の4分の1。横川さんは、借金を抱えて40万円の固定資産税や7万円の管理費に苦しむ。
谷本さんも、「管理者の『まち社』が管理会社としての『まち社』に備品などを発注し、受注している。発注者と受注者が一緒。まさにお手盛りの、利益相反行為です」と話す。
「管理者は住民の利益を考えなくてはならないのに、住民から法外なカネをピンハネして私腹を肥やしている」と怒るのは店主らの代理人、津久井弁護士だ。
「防災費が、面積割で店舗がマンションの9倍にもなっていることや、国道2号線以北の分まで負担させられていることを『まち社』が隠してきたのは明らかに説明義務違反。区分所有者の面積で割るべき負担を『まち社』は『修正面積』などとごまかしている」と、津久井弁護士は話す。警備員の人件費や監視装置など防災費は管理費の半分近くを占める。
神戸市が店舗とマンションの負担にひそかに大差をつけたのは、震災前にはなかったマンションへの入居誘致のため分譲価格を下げたかったからだ。つまり、旧来の地域住民を犠牲にして新参者を大事にしたのだ。
(5)「アスタ」では店主らに不信感を抱かせる事実が次々に出ている。〈例〉五番館に入居する特別養護老人ホームが、同館の他店舗の半分の管理費負担になていることが判明し、店主らが署名運動をして是正を求めている。
「雲来軒」の染谷さんは、「施設は『まち社』と繋がり、五番館の会長も『まち社』と“つうかあ”なんですよ。施設では700万円の使途不明金を出している」と明かす。「アスタ」開業時から管理業務を一手に牛耳る「まち社」には神戸市職員OBなどが関わり、現在は神戸商工会議所OBが役員を務める。
兵庫県と神戸市は、「職員1,000人を持ってきて賑わいを創出する」との名目で、この長田区に合同庁舎を建設。この計画について、出口俊一・兵庫県震災復興研究センター事務局長は「空床を使えば済むはず。税金の無駄遣い」と指摘する。
(6)過剰開発で閑散としたら、今度はさらにハコモノを建てる。神戸市の目的はゼネコンの利益のみだ。出口事務局長は、「神戸市は『役所まで持ってきてやったんや』で問題を終わりにするのではないか」と危惧する。
長田区で起きたことは、例えるなら一軒家に住む人が突然自治体に買い上げられ、「同じ場所に住みたければマンションを建てたから購入しなさい」と言われるのとかわらない。あの災禍で独裁国家なみの強権がまかり通ったことを忘れてはならない。
□粟野仁雄(あわのまさお/ジャーナリスト)「「同じ環境で再開」希望する店主らにつけ込む神戸市 商店街の再開発はいったい誰のため? ~阪神・淡路大震災から22年(下)~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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【参考】
「【神戸】行政が「公平性」を盾に高齢者を訴え住居追い出し」
「【神戸】市営住宅を造らず新庁舎建設 ~被災住民の追い出し強行~」
「【神戸】希望の星から転落した神戸空港 ~埋立開発行政の破綻③~」
「【神戸】「医療産業都市」の躓きと暴走 ~埋立開発行政の破綻②~」
「【神戸】生体肝移植失敗の原因 ~埋立開発行政の破綻~」
「【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(2)」
「【震災】神戸市長田区に見る「復興災害」(1)」
「【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~」
「【震災】二重ローン 得するのは銀行だけだ ~その対策~」
「【震災】復興のカギはパイプ役(住民の自主組織) ~神戸の過ち、奥尻の教訓~」
「書評:『神戸発 阪神大震災以後』」
「書評:『復興の闇・都市の非情 --阪神大震災、五年の軌跡』」