お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

お寺は何のためにあるのか

2008年07月02日 | 仏教
 関東地方の親戚から聞いた話。
 私の親戚だから、当然仏教に疎い。
 
①「自宅に近いから」ということで、宗派も知らず(考えず)、某寺が公募された墓地を買い求めた。
 
②「霊園」の感覚で申し込んだが、境内地に墓を建てるということは、そのお寺の檀徒として、お付き合いしなくてはならないことを後で知った。
 
③さらに、最近になって、葬式は○○○万以上、仏事は○○万以上と言われ、とても付き合いきれない と あわてた。

 話を聞いた母は、「どうして、そんな聞いたこともないような宗派のお寺に申し込んだのか・・・」と残念がり、私に浄土真宗の全国寺院名簿にて、その親戚の近くの浄土真宗のお寺を探して紹介するべく指示してきた。

 寺院名簿を開いてみた。親戚の住む大きな市に、浄土真宗の寺院は、だった2軒しかなかった。(小さな佐賀市に浄土真宗の寺が75くらいある)

①は、都会では、フツーなのかもしれない。自分の家の宗派も知らないし、興味ないし・・・どこでもいい、ただ、自分の死後の場所を決めておきたい という気持。

②は、①の感覚だから、「墓地の管理料だけ納めていれば、文句はなかろう。寺の付き合いなんぞ、真っ平ゴメンだ」「仏教なんて、自分には無用なのに・・・」と、思い違いをすることになる。

③は、都会のお寺って、①、②の感覚の、お寺にとって困った方が多いためか、それとも都会ゆえ、寺の維持費が多額にかかるためか、その辺りの事情はわからないが・・・
お品書きのようにお布施を要求されるところが多いみたいですね。

①②③とも、悲しい、残念なことです。

 今、本願寺の東京教区教務所(築地本願寺)が大変活発に活動されておられます。(4月からは、門主後継者の新門さまが常駐されておられるそうです)

 関東に新しい浄土真宗のお寺(集会所)が増えているようには思いますが、まだまだ、数が、全く足りていない。
 浄土真宗のお寺で、「葬式○○○万」なんてメニューを差し出す寺は、ないはずであります。
 
「お墓」「死んでから」しか思い出されないお寺って・・・悲しい

 都会の民の「こころの苦悩」に仏の教えが届いていないのが、実に「勿体ない」「残念」と思うオバサンなのであります。
 
コメント (2)
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