朝日新聞に連載されているあいだから絶讃の嵐。単行本化されてまた大騒ぎ(そのわりに売れていないと書店員たちは嘆いているらしい)。さてどんなお話なのだろう……上下巻700ページを一気読み。いやはやすごい。
長崎の侠客の息子として生まれた美貌の喜久雄。父親が(ある人物に)殺され、大阪の歌舞伎役者の家に身を寄せる。そこには、終生のライバルであり、友となる俊介がいた……
歌舞伎の世界にはまったく暗いわたしなので、詳しい人はもっともっと面白く読んだろうと思う。描かれる演目と喜久雄たちの人生がどう相関しているか、わたしにはさっぱりでした。
読み始めて、このキャラは誰がモデルなんだろうと考えもしたけれど、展開にぐいぐいひっぱられてそんなことは気にならなくなる。おそるべし吉田修一。
九州の堅気ではない出自で、都会に出て思い惑い、成長するお話とくれば「青春の門」が思い出される(五木先生、完結するんですか)。もちろん上巻の青春篇はその色彩が強いけれども、後半に至って完全な芸道ものに変貌する。喜久雄の芸が洗練されるたびに、彼のまわりを不幸が襲うという皮肉な展開は驚愕のラストにつながる。
その世界に通じていなくても小説として強力、という意味では恩田陸の「蜜蜂と遠雷」を思い出させてくれる。音符がなくても、書籍からピアノが聞こえてきたじゃないですかあれは。
同様に、この「国宝」からは歌舞伎の世界の、意外なほど舞台裏が下世話であり、スポンサーに左右される(もちろん松竹にも……この作品では三友)事情がみごとに活写される。そうか、だから梨園の妻というのはしんどいんだな。
完璧を超える芸を身につけた、国宝級の人間ははたして幸福なのか。少なくとも、国宝級の人間を描いた小説の読者は、まことに幸福な時間をすごさせていただきました。黒森歌舞伎への言及もありますよ。
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