陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フランク・ストックトン 「女か虎か」 その3.

2006-01-20 21:33:53 | 翻訳
 この半ば野蛮の王には、ひとりの娘があった。その姿のあでやかなること、王のきまぐれの華々しさに劣ることなく、その心は王そのままに、情熱的かつ尊大なものであった。こうした場合にありがちなことであるのだが、王女は父の掌中の玉であり、だれよりも愛されていたのである。一方、家臣のなかに一人の若者がいた。ロマンス小説で王家の娘に恋をする主人公にありがちなことであるが、この若者も由緒ある血筋ではあるけれど、身分は低かったのである。

王女はこの恋人にたいそう満足していた。というのも彼は王国では並ぶ者がないほどの美丈夫で、しかも勇敢だったからである。王女は燃えるような思いで若者に焦がれ、野蛮な血がなおのこと思いを熱く激しくたぎらせるのだった。ふたりの恋は数ヶ月の間は幸せに続いたが、ある日、王の知るところとなったのである。王は先に述べた義務を遂行することに、いかなる躊躇も動揺もなかった。若者は即刻獄舎につながれ、王の闘技場における審理に付される期日が定められた。当然のことながら、これはことのほか由々しい事態であった。そうして王もまた人民と同じく、この審理のなりゆきと結末に、多大なる関心を抱いたのである。

 このような事件がかつて起こったことはなかった。臣下の身でありながら、王の娘に恋をしようなどというものがこれまでにあったためしがなかった。時代が下れば、このようなできごとも比較的起こりやすくもなったのであるが、当時の人々にとっては、あだやおろそかなものではない、前代未聞の驚愕するようなできごとだったのだ。

 王国内の虎が飼育されている檻をさがし、このうえなく凶暴で残忍な虎が求められた。そのなかから闘技場のために、血に飢えた怪物をよりすぐったのである。あるいはまた、運命が彼に特別の運命を与える決断をいやがった場合に備えて、若者にふさわしい花嫁を娶らせるために、国中あまねく巡って、若く美しい娘が、有能な審査官によって、慎重に検分された。

当然、この若者に咎のあることは、だれもが認めていた。彼は王女を愛し、若者も、王女も、あるいはだれひとりとしてその事実を否定するものはなかったのである。だが王は、このようなことがらが、法廷の審議にいささかなりとも障害となりうるとは決して思わなかった。審議は王にとって、きわめて大きな喜びであり、満足であったからである。その結果がどうなろうと、若者は裁かれるのだ。そうして王は美的な喜びを味わいつつ、若者が王妃に恋をするなどという過ちを犯したことの当否が決せられるまでの一連の出来事を眺めることになるのである。

 定められた日になった。遠方から、近場から、人々は集まり、闘技場のおびただしい数の桟敷席は、人波で埋まった。入りきれなかった群衆が、闘技場の外壁にたむろする。王と家臣団は所定の場所、ふたつの扉の真正面の席に着いた。運命の扉、恐ろしいほどまでにそっくりなふたつの扉の真正面に。

 準備万端が整った。号砲が鳴る。王族の席の真下の扉が開き、王女の恋人が闘技場に歩み出た。背はすらりと高く、美しく、金色の髪、その登場は、感嘆と憂慮の低いささやきで迎えられた。観衆の半ばは、国の中にこのような眉目麗しい若者がいたとは、思いもよらなかったのである。王女が恋したのもむりはない! あの場所にいなければならないとは、なんとむごいことであろうか!

(この項つづく)

【今日の出来事】
昨夜晩ごはんを食べた後、この「女か虎か」を訳している最中に、突然歯が痛くなってしまった。ナロンエースを飲んで、冷湿布をしながら、なんとか予定まではいかなかったけれど訳文をアップして(だから昨日の訳文の半分は、ナロンエースと涙でできているのです)、すこし治まったものの、苦しい眠りについた(鎮痛剤を飲んでいたせいで、眠りが変だった)。
朝になってとりあえず痛みはなくなっていたけれど、歯医者に夕方の予約を入れて仕事に行った。

今日の仕事先は二箇所、移動その他に時間を取られ、お昼ゴハンを食べ損なう。そのまま帰りに歯医者に寄る。

ところが歯医者の寝椅子に横になって、まず歯科衛生士さんに歯の具合をチェックしてもらっている最中に、とつぜんおなかがぐうぐう鳴り出したのだ(トホホ……)。
寝椅子に横になっているものだから、おなかの音が響き渡る……。もうすんごい恥ずかしかった。

レントゲンも撮ってもらったのだけれど、虫歯でもなく歯石が溜まっているわけでもなく、歯茎の腫れもない。おそらく肩凝りとか目の使いすぎとか、そっちのほうだね~、と言われた。とりあえず鎮痛剤を飲んで(鎮痛剤は胃を荒らすから、ゴハンを食べた後に飲んでね、と言ってお医者さんは少し笑っていたので、きっとおなかの音は、隣で治療していたお医者さんのところにまで聞こえたのだと思う)、ちょっと様子を見ましょう、もういちど週明けに来てみてください、ということになった。それだけで二千円近くが飛んでいって、悲しかった。まるでお腹の鳴る音を聞かせに行ったようなものだ。
それにしても、肩凝りとはね……。いまは歯は痛くないよ。