経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

特許は社会科学

2007-06-29 | 知財業界
 特許の仕事というと対象になるのは「発明」(技術的思想の創作のうち高度のもの)ですから、特許の仕事をやる上では自然科学に対する理解が必要条件になるといわれています。勿論、ハンドリングするものが自然科学なので、自然科学の知識や理解は仕事の前提として当然に必要ということになってくるわけですが、その基盤である特許制度というものを考えると、経済との関わり合いが強い、極めて社会科学的なものであると思います。例えば、少し前のビジネスモデル特許ブームはITバブルという経済環境が、最近だと大学の出願ブームは大学制度の改革、電機メーカーの出願件数の減少は経営環境の悪化や選択と集中という経営トレンド、昨今現実味が増してきた世界特許の話はボーダレスエコノミーの進展などのように、特許業界全体の動きは経済社会の動きと密接に関連しています。

 業界は違いますが、今日の日経金融新聞でちょっと怖い話を読んでしまいました。アナリスト人気ランキングで6年間トップに君臨してきた外資系証券のアナリストである調査部長が、ある日突然上司に呼び出され、カードキーを返せと言われ、そのまま自分のデスクに戻ることもなく帰宅することになったそうです(私物は後から自宅に送られてくるとのこと)。それだけの実力者が何で?、というところなのですが、株式手数料の自由化以降証券会社の経営が厳しくなり、少しでも顧客に株の売買をしてもらうために、アナリストの行った中長期的な腰の据わった企業分析ではなく、明日上がる株は何か、というセールスに直結する情報が優先されるようになった。後任の調査部長には、若くて腕利きのセールスマンが着任したそうです。何とも言えない話ですが、その風潮を嘆いてみても仕方ない、これが経済社会の現実です。

 さて、特許業界はこれからどこに向かっていくのでしょうか。

中小企業のための「ランチェスター知財戦略」?

2007-06-27 | 知財発想法
 中小企業の知財戦略について論じられることが多くなっています。「知的財産サロン」にも連載記事が掲載されていますが、本日の記事にもあるとおり、お金も人もしっかりかけてくる大企業に対して、リソース不足の中小企業はどうすればよいのか、という課題が常に大きな壁として立ちはだかります。この記事では、大企業を戒めるいささかキリスト教的な結論になっていますが、現実的な問題として、中小企業としては自ら主体的にとり得る方策を考えていかねばなりません。

 ちょっと逆説的になりますが、大企業に対抗できる知財戦略ということを追い求めると、結局のところリソースの問題からなかなかゴールに辿り着くことができないので、むしろ「知財戦略で勝つ」ということをあまり意識しすぎないという考え方もあるのではないでしょうか。最近「ランチェスター戦略」に関する本を読んでいて、やはりそうだなと思うのですが、中小企業の大企業に対する最も一般的な勝ちパターンは「一点突破戦略」です。大企業より優位に立つことを知財戦略に依存するのではなく、「一点突破」という事業戦略で優位性を築き、大企業にとって自分でやるよりも中小企業にやらせたほうが効率的(よって知的財産権を使って中小企業を潰しにいってもしょうがない)という状態を作り出すことができればベストなのではないでしょうか。特許などの知的財産権に関しては、そこで大企業に勝つというよりも、致命傷となるような穴を作らないように気をつけておくというイメージです。知財戦略も「一点突破」で勝てるのではないかという考え方もあるかもしれませんが、実際に知財の戦いで勝ち抜こうとすると、知財に固有の特許戦術・訴訟戦術やそれなりの費用や時間が必要になってくるため、分野を絞ったからといって大企業に伍していけるという性格のものでもないように思います。

 まだあまり考え方がまとまっていないし、ちゃんとした裏付けのある話でもないのですが、このテーマについては何らかの発想の転換が必要なのではないかと思います。

ランチェスター戦略「一点突破」の法則

日本実業出版社

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知財信託の現状

2007-06-26 | 新聞・雑誌記事を読む
 知財信託で先行、というか孤軍奮闘されているJDC信託が本日の日経金融新聞に取り上げられています。将来が期待される分野であるものの、「継続企業の前提に関する注記」が2期連続で付けられるなど、これまでのところはかなり苦戦されているようです。
 同社の場合、信託財産の残高に応じて受け取る信託報酬が収益の基盤になってくるので、信託財産がどれだけ積み上がるかが勝負になってきます。前記末に332億円だった残高が今期は930億円まで増加し、今期は6億円程度の経常利益が出る計画とのことです。ざっと逆算してみると、600億円の残高増加で経常利益が約13億円増加(前期は約7億円の経常赤字)する計算なので、他の収益もあることを考慮すると、信託報酬は2%弱といったところなのでしょうか。
 それにしても、今は経常赤字に苦しんでいるとはいえ、全く新しいビジネススキームで300億円以上の預かり資産があるというのは、大変な実績であると思います。ファンドの残高増加は何よりもパフォーマンスが第一なので、ここからは各々のファンドのパフォーマンスがどれだけあがるかが問われることになってくるのでしょう。
 尚、同社が対象とする「知財」について、映画、アニメ、ゲーム(=著作権)が対象になっているようです。パフォーマンスという点を考えると、確かに「特許」では厳しいということなのかもしれません。

骨太の知財本

2007-06-24 | 書籍を読む
 ある方からの薦めで、「知的財産マネジメント」を読みました。現場でのご経験が豊富で物事の本質を鋭く見られる方なのですが、この本の第2、3章を、企業経営や実務・実態を基盤とした内容、と高く評価されています。こういった知財マネジメント本というと、どうも美辞麗句が踊った感のあるものが少なくない中、ご推奨をされている部分については、実態をできるだけ正確に表現しようという姿勢が表れた骨太の内容になっています。どういうところにそれが表れているかというと、
 一つには、知的財産マネジメントを一括りで論じてしまうのではなく、業態毎(まず製造業とサービス業を分け、製造業については特定顧客向け/コンシューマ向け/部品・部材事業に分ける)の特徴を整理している点です。知的財産のマネジメントというのは、結局のところそれぞれの企業の事業内容や事業環境に合わせて個別に対応していくしかないのですが、業態別に一般的に見られる特徴を整理することによって、自社の現状と対比する一つのモデルとして(この本の整理が正解とは限らないので、あくまでも対比するモデルの一つとしてということです)、実用性が高まっているのではないかと思います。
 もう一つは、図にあるようにライセンス等でその価値が顕在化している知財は氷山の一角に過ぎず、「顕在化した知財だけが競争力なのではない」ということを明確に示しているところです。では、顕在化していない部分をどうやって測るかというと、そこは明確ではないのですが(私個人の意見としては、ビジネスの現場と知財部門でその特許が「必要である」という認識が共有されていれば、それを敢えて定量化して説明することは特に必要ないのではないかと思いますが)、知財の実態を語る上でこの部分を理解しているかどうかは重要なポイントであるように思います。
 この本の良さを実感するにはある程度の経験が必要とされそうですが、言葉が踊っていない地に足の着いた良書であると思います。

知的財産マネジメント―創造プロセスの経営管理ツール

商事法務

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製造業が主役の国

2007-06-22 | 新聞・雑誌記事を読む
 ドイツ株が好調なようですが、本日の日経金融新聞によると、その牽引役がIT関連から製造業にシフトしているそうです。DAX30採用銘柄のうち、昨年末からの上昇率上位は、
①MAN(トラックメーカー) ②ダイムラークライスラー ③シーメンス ④バイエル ⑤メルク
という順位になっているそうです。資源や不動産が牽引する東京市場とは、少し様相が異なるようです。
 ①~⑤の企業はいずれもグローバルな競争力をもった企業であり、世界経済の好調の恩恵を享受しやすいということがあるのでしょう。知財的な視点からは、技術だけでなくブランドも含めてそのポジションが強固であったり、医薬品のように法的な障壁が比較的固い企業に対する評価が高い一方で、模倣されやすく競合が乱立しやすいIT系は厳しい状況が続いている、といった見方もできそうです。

言葉のない会話

2007-06-20 | プロフェッショナル
 知財ネタからは離れますが、
桑田とイチローが交わす言葉のない会話
の記事に、ちょっと感動してしまいました。
 桑田がイチローを評した「見えない力で攻撃している」、知財の世界でも実現してみたい領域です。
 イチローが桑田を評した「すごく力が抜けている感じがいい」、よくわかります。表面的な「知財戦略」を声高に叫ぶのではなく、淡々とできること・やるべきことを実行している方こそが本当に力のある方だと。声高に叫んでるのはおまえじゃん、と周囲からいわれてしまいそうですが(笑)。

 先日書いた「明細書から人間性・・・」の記事もそうですが、どうもオッサン化が進んでいるせいか、表面に現れる事象そのものよりも、それを担っている人が経てきたプロセスや感情のほうに目がいくようになっているようです。

実践・知財戦略

2007-06-19 | 知財発想法
 知財協の「知財管理」誌の6月号に、「成長企業の知的財産戦略-知的財産を生かした企業価値向上の考え方-」の論説をご掲載いただきました。貴重な機会をいただいたということで、これまで考えてきたことのエッセンスを何とか苦心しながらまとめてみました。

 その中で、最後の締めの部分から、特に強調したかった部分(知財戦略の実効性を高めるためのポイント)を以下に抜粋します。

 ・・・知的財産戦略の全体像を描くだけでは経営上の効果を得ることはできず、それを実践する地道な取り組みこそが、より重要になってくるということである。知的財産権を有効に用いた事業戦略の全体像を描くとともに、現状との差異を分析し、その差異が生じる要因を詰めていき、その要因を解消するための具体的な解決策を考える。例えば、事業戦略上の重点分野と出願分野にミスマッチが生じているのであれば、どの段階で誰と誰が協議をすればそのミスマッチが解消するのか。・・・中略・・・こうした具体的なレベルでの実践、改善がなされないと、知的財産戦略も絵に描いた餅となってしまう。こうした戦略実践の工程は、知的財産の実務を知らずにはなかなか行いにくいものであり、知的財産部門の現場に精通した「知財人材」の一層の活躍が望まれるところである。

暗黙知を言語化する本当の意味

2007-06-18 | 書籍を読む
 知財の世界では、「暗黙知」を「形式知」に置き換えることの重要性がよく説かれます。この意味について、「技術・ノウハウを組織で継承していくためには、属人的な職人芸の世界である暗黙知を脱して、他の人にも伝達することが可能な形式知に置き換えなければならない」と教科書通りに理解していました。
 昨日、田坂広志氏の「なぜ、時間を生かせないのか」を読んでいて、その本当の意味がわかったような気がして、まさに目から鱗が落ちました。
 田坂氏曰く、本当に価値のある暗黙知は決して言語化できるものではない。しかしながら、可能な限り言語化を試みることによって、暗黙知を体得しやすくなることが重要なのです。確かに、自分の様々な経験から何となく感じていたことが、他の人のある表現の中に、「そう、そこが重要なんだ」と感じられることがあります。その表現こそが、暗黙知の体得に役立つ言語化された形式知なのです。この形式知は、暗黙知を体得している人にとっては非常に価値のあるものですが、体得していない人にとってみればただの言葉でしかありません。わかる人にだけわかる、という恐ろしい世界です。
 例えば、イチローの発するメッセージにそういう類のものが少なくありませんが、
ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません。」(イチロー262のメッセージ No.51)
なども、暗黙知に近い形式知の典型例であると思います。

なぜ、時間を生かせないのか―かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得

PHP研究所

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製造業ベンチャーの難しさ

2007-06-17 | 企業経営と知的財産
 日経ベンチャーのサイトに「日本に新興メーカーが生まれないわけ」という記事が掲載されています。私もセミナーなどでこの点によく言及するのですが、その原因についての見方はこの記事とは少し異なっています。
 この記事によると、新興メーカーが生まれにくい原因は、日本のVCの投資案件の採択基準にあるとされています。具体的には、VCの「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」といった比較的短期での投資成果を求めようとする姿勢が問題であり、もっと長期的な視点でリスクをとっていくことが必要だ、と主張されています。
 しかしながら、VCの運用するファンドの運用期間を考えると(最近の事情はわかりませんが、以前は平均で7年前後だったと思います)、「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」くらいで立ち上がってもらわないことには資金回収がままなりません。よって、記事で指摘されているようなリスクをVCがとった場合に、それを被るのは投資家ということになり、「リスクをとるべし」と訴えるのであれば、その相手はVCではなく、VCのファンドに投資する投資家ということになるでしょう。

 尤も、製造業ベンチャーの難しさは、資金の問題だけではないようにも思います。ソニーやホンダが急成長した頃に比べると、世界中に競合メーカーがひしめいており、競争環境は全く異なります。電子、機械などの分野の製品は、複雑化・多様化しており、優れたコア技術を開発したとしても、製品化のためにはそれ以外にも様々な技術を必要とするのが通常であり、ベンチャーが単独で開発した新製品をもって世界を席巻するには以前と比較にならないほど環境は厳しくなっていると思います。
 また、特許という視点から見ると、
・ バイオ系ベンチャーであれば、開発したコア技術をとにかく特許でしっかりと囲い込めば、コア技術をカバーした特許の力によって優位性を維持することが可能であり(図の①)、
・ サービス系ベンチャーであれば、新しいアイデアで早く市場を押さえれば、特許にはあまり影響されることなく優位性を確立していくことが可能である(図の③)
のに対して、電子、機械などの分野(図の②)で優位性を固めていこうとすると、1件、2件とただ特許をとりさえすればよいというものではありません。大手メーカーの特許網が張り巡らされている分野なので、1件、2件の特許でどうなるものでもなく、「特許ポートフォリオ」によって優位性を固めていくことが必要になってきます。このような環境下で戦っていくためには、特許についてそれなりに熟練したノウハウが必要ですし、「ポートフォリオ」となるだけの特許を取得する相応のコストも必要になります(「知的財産のしくみ」p.52~55)。つまり、特許という点に関しては、①や③の分野に比べると、②の分野は非常にハードルが高く、新興メーカーの育ちにくい一因となっていることが考えられます。
 一方で、ここ2~3年の新規上場企業をみると、その中には実力派の新興メーカーが意外に多く含まれています(証券コード;6157~6163,6258~6266etc.)。これらのメーカーは、ニッチ分野、かつ匠の技のノウハウ系の企業であることが多いように思いますが、上記のような事業環境を考えると、こうした条件をみていけば、新興メーカーが登場する余地は十分にあるのではないかと思います。

経営統合と知財

2007-06-15 | 知財発想法
 本日の日経金融新聞のトップ記事で、ドトールの日本レストランシステムとの経営統合問題がとりあげられています。ドトールは言わずと知れたコーヒー店チェーンで、日本レストランシステムはパスタ専門店「洋麺屋・五右衛門」等を展開しています。
 最初にこのニュースを耳にしたときは、「コーヒーパスタ(?)でも出すのかな??」などと統合の意味合いがよくわからなかったのですが、今日の記事によると、ドトールは資金力は豊富ながら「ドトールコーヒー」の出店余地がなくなってきて、資金を持て余し気味とのこと。一方、「洋麺屋・五右衛門」は高収益である上に出店余地が大きいので、ドトールの資金で「洋麺屋・五右衛門」の出店を加速すれば、高成長が期待できるということのようです。
 要するに、統合効果は資金の効率化・金融的な効果によって表れるというもので、ブランドやノウハウなど両社の知的財産が混じり合うことで相乗効果を起こす、というものではなさそうです。

 一方、話題になったHOYAによるペンタックスの子会社化ですが、こちらはHOYAのIR資料によると「両社の得意な光学・精密加工技術によって魅力ある製品を開発、より広い範囲の顧客に提供する」とのことですので、HOYAの知的財産(精密加工技術)とペンタックスの知的財産(光学技術)から、新しい製品を生み出すことを目的の一つとしているようです(こちらも実は、HOYAの資金力をペンタックスの技術開発力に活用するという側面も大きいようですが・・・)。

 同じ「経営統合」とはいっても知財的な視点からみると、知財の相乗効果がなければ統合効果は足し算的なものにとどまりそうですが、知財の相乗効果が見込める場合であれば統合効果には掛け算的な期待ができることになりそうで、どちらかを選ぶなら後者に張ってみたい感じですね。