経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

中小企業に関わりのある方はぜひご一読を。

2015-09-30 | 書籍を読む
 拙著・元気な中小企業はここが違う! でもご紹介させていただいた株式会社エンジニアの高崎社長が、「『ネジザウルス』の逆襲 累計250万丁の大ヒット工具は、なぜ売れ続けるのか」を上梓されました。出張時の移動中に読み始めたところ、そこに高崎社長とエンジニアの社員の皆さんがおられるかのような気分になってきて、すっかり本の世界に入り込んでしまっているうちに、あっという間に読み終えていました。
 中小企業にとって大切なことは何か、それがすごくリアルに伝わってきます。社長のお人柄(僭越ながら「人柄」というよりもっと総合的な「人間性」と言ったほうがいいかと感じます)と思い、そして社長と社員の方々との関係性、それが新商品という形で実を結び、社会に広がっていく喜び。知財戦略についても具体例を含め大変示唆に富む理論が展開されていますが、中小企業の知財に関わられる方には、テクニカルな講釈を垂れる前に、ぜひこのリアルな人と人との関係性の部分をしっかりと感じとってもらうことが必要ではないかと思います。
 ベンチャーファイナンスに携わっていた頃も、よく同業者と「結局は人(=経営者)だよね」と言い合っていましたが、改めてそのことを思い起こすことになる一冊でした。

「ネジザウルス」の逆襲 累計250万丁の大ヒット工具は、なぜ売れ続けるのか
クリエーター情報なし
日本実業出版社

(終盤はやや大袈裟な話になってきましたが、基本的には)電子書籍の紹介です。

2014-03-19 | 書籍を読む
 本日は、私がパートナーを務めている日本IT特許組合が最近出版した電子書籍のご紹介です。
 先進企業の特許に学ぶ アイデア・ヒント集 第1巻Google
 タイトルに「アイデア・ヒント集」とあるとおり、グーグルの特許戦略や今後の事業戦略を分析しようというものではなく、業界のリーディングカンパニーが考えているアイデアを特許から理解し、それをベースに新たな発想、それを超えるような発想を生み出していこう、ということを狙った書籍だそうで、なかなか面白い試みではないかと思います。

 初めて本格的に特許出願に取り組んでみたいという企業の仕事をさせていただくときには、その業界内で特許を出願している企業、特に日頃からライバルとして意識しているような企業の特許の内容を簡単に解説するところから始めることがあります。そうすると、それで特許になるのか、そんなやり方より自分だったらこうする、こうしたらもっといいものができる、といった方向に議論が展開していきやすいものです。これがまさに「アイデア・ヒント」としての特許であり、実はそうしたアイデアの創出を活性化する機能こそが、特許のもつ最も重要な力と言えるかもしれません。
 ‘知財’というと初めに制度論・法律論から入ることが多いので、特許権の効力で市場をコントロールしてライバルに勝つ、という教科書的なシナリオを基本に考えてしまいがちです。しかし、以前に「シェアの高さと特許の関係をどのように考えればよいのか」のエントリに書いたように、市場で顧客に選ばれるための基本は、特許権の力でライバルに対して優位に立つかどうかではなく、顧客が欲しいような製品を創り出すこと、開発で先行することにあるはずです。そう考えると、特許に取り組む意味について、特許でどう守るか、特許をどう使って市場をコントロールするかということだけでなく、特許への取組みを通じて開発を活性化させ、開発力をアップさせるという側面をもっと意識していくべきではないでしょうか。
 さらにいえば、特許を活かして勝つ、開発力で勝つ、といった市場でライバルと対峙して「勝つ」という意識も超え、市場で他者を引き寄せて自社の力に変えていけるような存在になること、それこそが複雑化する市場におけるこれからの企業の理想的なあり方ではないかと思います。最近読んでいる「知識創造経営のプリンシプル―賢慮資本主義の実践論」(深淵&難解なのでなかなか読み進みませんが)に、このような一節があります。
 「市場は単に企業の外的環境として捉えられるのではない。あるいは、企業は市場において単に利潤を追求し、競争しているのではない。このように、企業は市場という生態系の一部として存在するという考えがますます重視されるのが知識社会経済、そして知識創造経営である。・・・企業は重層的な知(知識や能力)の関係性の中に存在する。その中で、知識創造と知識資産の形成、価値への変換を行うのであり、顧客やパートナーなど周囲との関係性も引っくるめたのが企業なのである。企業と市場は知識創造経営においては主客未分の関係にあるといえる。」
 後段になると、近年嵌っている禅の世界、道元の思想に近いものを感じたりしますが、知財=対立という構図ばかりではなく、知の創出で市場の発展と一体化していくようなイメージも重要なのではないかと思います。特許の仕組みを使って新たな知を創出し、その知を活かして顧客やパートナーとのつながりを広げ、市場の創出・発展に貢献する。特許制度は、知の見える化、知のスパイラル的な発展に資するものであるはずですから。

先進企業の特許に学ぶ アイデア・ヒント集 第1巻Google
クリエーター情報なし
日本IT特許組合

知識創造のプロセスと知財活動

2013-08-11 | 書籍を読む
 知財を専門に扱う者の守備範囲は、どこからどこまでなのか。
 拙著「元気な中小企業はここが違う!」の整理でいえば、開発等によって創り出された知的財産に「かたちをつける」ことがメインで、時として「外部にはたらかせる」ことにも関与することがある。公式の分類に従えば、創造された知的財産を「保護」するのがメインで、「活用」に関与することもある。そういった捉え方になるかと思います。
 しかしながら、この範囲にいてできることにはやはり限界があり、知財の仕事をしているとそのことを度々痛感させられます。ビジネスの成功要因として「創造」と「保護」のどちらがより重要かといえば、それはいうまでもなく「創造」のほうです。「創造が○、保護が×」でも力技で何とかなってしまうケースがある一方で、「創造が×、保護が○」で成功するというケースはおよそ考え難いからです。脱デフレ、国際的な産業競争力の強化といった課題に対処するためにも、知的財産の「保護」や「活用」を論ずる以前に根本的に必要とされているのは、優れた知的財産を「創造」することです。ゆえに、現在は「保護」が中心のいわゆる「知財の仕事」のウィングをどのように広げられるかを考える場合、権利行使やライセンス、流動化といった「活用」の領域より、開発力がアップするような「創造」の領域にどのように関与できるか、そこにより関心があります。
 この点について、「元気な中小企業はここが違う!」や「経営に効く7つの知財力」では、知財活動によって他との違いを「見える化」することの意義を説明し、それが開発力の強化(=「創造」の促進)に繋がり得ることにも言及しています。「見える化」とは何ぞやを理解するために、以前に「見える化-強い企業をつくる『見える』仕組み」は読みましたが(この本の「見える化」は隠れた問題を発見するという意味での「見える化」が中心なので、他との違いや自社の強みを「見える化」とはちょっとニュアンスが異なります)、この領域についてもっとしっかりと考えてみたいということで、今さらながらでお恥ずかしい限りですが、知識創造に関する名著である「知識創造企業」を読みました。さすがに長く読み続けられているだけあって、内容は非常に濃く、読む際には蛍光ペンが手離せません。この後も繰り返し読むことになりそうな書籍です。

 まだまだモヤモヤした部分が多いし、この本の理解が不十分であるところもあるかもしれませんが、自分用の覚書きという意味も込めて、少し整理しておきたいと思います。
 この本は、組織的な知識創造のプロセスを明確に整理し、知識創造を促進するための組織構造やマネジメント形態を提言するものですが、知識創造のプロセスについての基本的な考え方は次のとおりです(と私は理解しています)。

 まず、知識を創り出す主体は、組織でなく個人である。個人を抜きにして知識の創造はあり得ない。しかし、その知識が組織として共有・増幅されなければ、知識が高度化していくことはない。
 では、個人の創り出した知識がどのように高度化されていくかというと、それは図に示したように、
(1) 暗黙知の共同化(暗黙知⇒暗黙知)
(2) 暗黙知の表出化(暗黙知⇒形式知)
(3) 形式知の連結化(形式知⇒形式知)
(4) 形式知の内面化(形式知⇒暗黙知)
というスパイラル状に進化していくものである。
 つまり、個人の中にあった知識(暗黙知)が、共同作業やディスカッションを通じて共有可能な知識(形式知)として表出化され、それらの表出化された知識(形式知)が連結されることで新しい技術や製品を生み出し、それらの知識や体験が個人に蓄積されることで新たな知識(暗黙知)を生み出すという、暗黙知と形式知の相互作用が新たな知識の創造、知識の拡大を生む、ということなのです。
 そしてこのプロセスについて、
知識創造プロセスのうち最も重要なのは、暗黙知が形式知に変換されるときである。・・・我々の勘、知覚、メンタル・モデル、信念、体験が、形式的・体系的な言語で伝達できるなにものかに変換されるのである。・・・」
と述べられているように、(2)の暗黙知の表出化=「見える化」のプロセスは、非常に重要な位置づけにあるのです。

 知財活動において主要な部分を占めている、発明の発掘~特許出願や営業秘密管理までのプロセスは、まさにこの(2)のプロセスに当てはまるものであり、さらに細かくいえば、発明者との対話は(1)の共同化のプロセスに当てはまるともいえるでしょう。商標だって、調査や出願だけを見るとこのプロセスに位置づけるのは難しいですが、自社の製品やサービスを通じて何を表現し、顧客に何を伝えたいかを論じ、それを商品名やマークとして表出化させるところに踏み込めれば、明らかに(1)や(2)のプロセスに該当します。
 そして、現在の知財活動であまりできていないと思われるのが、(3)や(4)のプロセスです。つまり、表出化された形式知を連結化させ、さらにそれらの形式知を個人に内面化させること。
 ここで思い当たる事例が、「元気な中小企業はここが違う!」で紹介したオーティスさんが作成されている「特許マップ」(p.63-66)や、しのはらプレスサービスさんが「知識集約型」として作成を進めている作業マニュアル(p.78-80)です。
 見える化した知財情報を整理し、社員にフィードバックする。知財活動が断片的な取組みに止まるのではなく、スパイラルの一部として知識創造のプロセスに貢献していくためには、こうした活動がキーになってくるのではないでしょうか。

知識創造企業
クリエーター情報なし
東洋経済新報社


見える化-強い企業をつくる「見える」仕組み
クリエーター情報なし
東洋経済新報社

意志やスピリッツの大切さ

2013-05-28 | 書籍を読む
 本日は最近読んだ本のレビューを。ビジネス街の書店に入ると入口付近に山積みされている『経営センスの論理』を読みましたが、これが大変面白い。前作の「ストーリーとしての~」は読んでいないのですが、ロジカルな戦略以上に、ストーリーや意志が大切であることが強調されています。
 特に、経営者は「~せざるを得ない」なんて言ってはいけない、と指摘されているところにはハッとさせられます。海外展開であれば、「北米にいかざるを得ないから」いやいや出ていくのではなく、「素晴らしい商品ができたのだからアメリカ人にも使わせてあげよう」とウキウキしながら、自分の意志で出ていくからこそ物が売れる。全くその通りだと思います。拙著『元気な中小企業はここが違う!』にも、「特許を取って『我が社の製品は最先端だ』と自信を持ち、『ぜひ使ってみてください、自信をもっておススメできます!』と顧客に訴え、顧客の心を動かすことで物が売れる」といったことを書きましたが、僭越ながら、相通じるものを感じた次第です。
 戦略にこだわり、理屈っぽく頭を使いすぎてしまうと、大切な意志やスピリッツといった部分を見落としてしまいがちです。
 特に外部から企業を分析的に見る立場にいる人間は、そういう部分が見えにくくなってしまいやすいので、ロジカルな経営戦略論だけでなく、こういった「経営センスの論理」に触れておくことも大切であると思います。
 かつてあるベンチャー企業の役員を務めていた頃に、役員会で次年度の事業計画をあれこれと話し合い、数値の予測が難しく埒が明かなくなってきたときに、ある役員の方が、「経営とは、意志の問題だ。数字を積み上げて、できそうかどうかの確率を分析するのが我々の仕事ではない。事業計画とは、これだけはやるのだ、という我々の意志を示すべきものだ」、と言われたことを久しぶりに思い出しました。
 経営の一部である知財マネジメントについても、その取組みによって何をしたいかという、ストーリーや意志が大切。もちろんそのストーリーは「~せざるを得ない」ではなく、「~したい、~するのだ」という前向きの意志に基づくものであるべきです。
 
経営センスの論理 (新潮新書)
クリエーター情報なし
新潮社

愛される存在・応援される存在

2013-05-04 | 書籍を読む
 連休中ということで、本日は軽く読める本のご紹介です(といっても、今さら感のある少々昔のベストセラーですが)。
 拙著(元気な中小企業はここが違う!)がKindle化されたのを機に、マイiPad miniにKindleアプリをインストール、電子書籍を何か読んでみたくなったので、Kindleストア・ベストセラーランキングの上位にあった「夢をかなえるゾウ」を購入しました。この種の本(「チーズはどこへ消えた?」etc.)はあまり面白く感じた試しがないのですが、なにせKindle版だと400円ですから・・・
 とまぁ期待薄だったところが、予想に反してこれが非常に面白い。昨晩ほぼ徹夜で読み切ってしまいました。
 そして、強く共感いたしました。個人と企業の違いこそあれ、拙著で伝えようとしていたことと、すごく共通点が多いなと(ストーリーの作り方やユーモアのレベル、そして売れ行きは遠く足元にも及びませんが...)。
 要するに、成功した人や企業を見ると、我々はすぐにその人や企業のどこが凄いのだろうと、成功者自身に目を向けて成功の要因を探してしまいがちだけど、その人や企業が成功した要因はその人や企業自身の実力だけにあるわけではなく(もちろんそれに相応しい実力が備わっていることが大前提ですが)、その人や企業が周囲から愛される存在・応援される存在であるがゆえに、周りのパワーも引き寄せ、そのパワーも活かして、普通であれば届かないようなところにまで到達できている。おそらくそこが、大事なポイントです。そして、その人や企業が実力を備えていくプロセスが、義務的で、受け身で、息苦しい根性や我慢の世界ではなく、もっと前向きで、やりたいから、楽しいから、誇らしいからやっている、そこも見落としてはいけないポイントの一つなんだと思います。成功している人や企業は、厳しいこと・しんどいことに耐え抜ける特別な才能を備えているというわけではなく、むしろそういった厳しくしんどいように見えることでも、そのこと自体が楽しいから、前向きに、誇りをもってやれている。だから、普通では考えられないような努力を続けることも可能なのだと。なんかちょっと、肩の力が抜けて、気が楽になるような話です。いろいろやってみてんねんけど、どうもパッとせんなぁ、的な状態にある人には特におススメです。
 それから、知財屋稼業を続けていると、ついつい相手を攻撃することばかりに意識がむかい、眉間に皺を寄せたままになってしまいがちなので、ちょっとは心しておかないと。愛される知財、応援される知財、ってところも。

夢をかなえるゾウ
クリエーター情報なし
飛鳥新社

中小企業の知財と金融機関

2012-09-17 | 書籍を読む
 最近の地域金融機関において、中小企業について何が主要なテーマになっているのかということを知っておきたく、「そこが知りたい金融円滑化の出口戦略」を読みました。
 その中に、少々興味深い数字が。全国にある中小企業の数は400万社強、このうち1割強に当たる約45万社が金融円滑化法に基づく貸付条件の変更を受けているそうです。

 一方、この本に出てくる数字ではありませんが、全国の中小企業による特許出願件数は年間3~4万件程度と推測されます。1社で複数件出願する企業も存在していることを考えると、1年に1件以上の特許を出願する中小企業の数は、1~2万社程度といったところでしょうか。
 つまり、1年に1件でも特許を出願する中小企業数が中小企業総数に占める比率は、0.3~0.4%くらいという計算になります。
 以前、ある信用金庫の方が、「取引先の中小企業さんに特許といっても、関係のある企業が1%もあるかどうか…」といったお話をされていた記憶があるのですが、なるほど、これは実態に近い数字であるとみてよさそうです。

 この2つの数字を比べてみると、年に1件以上の特許出願を行う企業の数に対して、円滑化法による条件変更の対象企業数は30~40倍くらいとなります。
 こうやって考えると、一般に「特許」からイメージされるような「知財」に対して、地域金融機関からの関心がなかなか集まらないのも、当然といえば当然です。

 その一方で、地域金融機関の活動に知財を絡められそうな可能性も少し見えてきました。
 貸付条件の変更や財務リストラによって企業が当面存続し得るとしても、結局のところ売上が先細りでは生き残ることができません。そこでこの本の中にも、売上拡大のために、地域金融機関は販売力・営業力強化のための支援機能を強化する必要がある、と述べられています。
 こうした支援の具体策というと、顧客や提携先の紹介、ビジネスマッチングフェアの開催などの手法が一般的ですが、単なる紹介やマッチングだけでなく、そこに「結局は売上」のエントリに書いたような、売上拡大を意識した‘攻めの知財戦略’の支援をかませると、結構面白いことができるのではないでしょうか。
 知財は重要だ、価値評価だ、担保だ、とこちら側の理屈を唱えるばかりでは物事はなかなか動かないので、金融機関が関心の高いテーマに知財をどう絡めることができるか。たぶんそこが重要なところです。いずれにしても「出口戦略」の後の話にはなりますが。

Q&Aそこが知りたい金融円滑化の出口戦略
クリエーター情報なし
きんざい

気持ちよく伝わる何か

2012-06-10 | 書籍を読む
 先日、「愛されるアイデアのつくり方」という本を読みましたが、久々に心に響くビジネス書でした。
 その中から、強く印象に残ったことを1つ挙げておきます。

 企業がお客様に何かの情報を伝えようとする場合、より多くの情報をもつ企業側は、どうしても「上から目線」になってしまう。この「上から目線」がある限り、情報を受け取る側のお客様には、「上から目線だ」と直接感じることはなくても、ちょっとした「違和感」が生じて、それが情報を伝える上での障害になってしまいます。
 こうした「上から目線」を避けるためには、
① お客様が何を考え思っているのかを事実確認する。
② その際に自分の目線の高さを修正しながら考える。
③ お客様に「教える」という姿勢でなく「気持ちよく伝わる何か」を探し出す。
というプロセスが必要になるが、①を意識して行うことは多いものの、②と③のプロセスをなかなか実行できないでいることが多い、とのことです。

 これはおそらく、知財の世界にもよく生じている問題であると思います。
 知財の持つ意味を経営層に伝えようとする場合、②については、ある部分では目線を上げ、ある部分では目線を下げることが必要です。目線を上げるとは、実務レベル、事件レベルの影響ではなく、知財を意識することが経営レベルでどのような影響を生じさせるのかを考えることです(ex.「経営者の視座」のエントリ)。目線を下げるとは、経営層は当然のことながら制度や実務の知識に精通しているはずがないし、そういうことを知るべき立場にもないのだから、細かいことは知らないという前提で考えることです。この部分では、目線を上下に調整することが必要です。
 そして、おそらくより重要なのが③のプロセスで、私自身もいろいろ工夫を重ねている部分です。前に書いた「知財の領域に引きずり込むのではなく、知財という道具を持って共通の関心事に踏み込んでいく」というスタンスもそうですが、その他に、言葉の使い方、できるだけ専門用語を使わないことが大切であると思います。
 例えば、いわゆる防衛的な目的で特許を出願する必要がある場合に、「防衛特許が必要です」と説明するより、「品質保証のために特許を出願しておきましょう」と説明したほうが、おそらくその意義が多くの関係者にスムーズに伝わるでしょう。知的財産の「創造」→「保護」→「活用」と「知的創造サイクル」を前提にして事業を捉えるより、「投資」→「回収」という普通のビジネスパーソンの頭の中にあるサイクルを前提に、「投資を回収する確度を高めるために、投資の一部を知財活動に充てましょう」と説明したほうが、経営者だけでなく、多くのビジネスパーソンに知財活動の位置づけをスムーズに伝えることができるはずです。

 顧客ニーズを考え、商品やサービスを一生懸命磨いているけれども、なかなかそれが顧客に伝わらない。そういう場合、実は③のプロセスがキーになっていることが多いのではないでしょうか。

愛されるアイデアのつくり方
クリエーター情報なし
WAVE出版

原理原則は「知財だから」というわけではなく。

2012-05-16 | 書籍を読む
 昨年度、四国経産局の事業で御一緒させていただいたデザイナーの大口様の著作、「稼ぐ デザイン力」を読みました。以前、このブログで「中小企業のデザイン戦略」という新書を紹介しましたが、その本と同じく、‘デザイン’に対するイメージが変わるというか、その本質がよく理解できる、お薦めの一冊です。
 私はこれまで、主に技術(特許)面から知財を見てきましたが、いろいろ考えてきたことに共通点が多いことにも驚かされます。デザインも知財の一つだから、というよりも、これは何も知財に限ったこと、知財だからそうなる、というわけではなく、どうやって事業に、経営に役立てるかということから考えると、結局原理原則は同じところに落ち着いてくるのではないかと思います。
 その中から2点、例を挙げてみることにしましょう。

 1つ目は、デザインを真似ることにはどういう問題があるか? という問いについて。
 この本では、デザインを真似ようとしている時点でライバルはさらに次に進んでいるはずだから、真似たデザインでは古いイメージになってしまいやすい、といった対競合との関係について説明した後に、社員等の関係者の意識の部分に着目し、「類似のデザインでは携わる人間すべてがモチベーションを落とす」 と説明しています。
 この、社員等の関係者の意識に対する効果については、技術についても同じことがいえるはずです。「会社のプライド」のエントリでは、フィーサさんや、テンパール工業さんの例を挙げて説明しましたが、特許の存在は、「我が社は他にはない技術に支えられた商品を売っている」という、営業マンのプライドの支え、モチベーションにもつながるものです。オリジナリティというのは法的な側面だけでなく、人の心に与える影響が大きいこと、技術やデザインを考える際には、ここも決して見落としてはいけない部分です。

 2つ目は、模倣品対策ですが、以下にコピー商品対策についての記述の一部を引用します。

 「コピー」にいちいち文句をつけていてはきりがありません。それよりも、「本物」としての魅力を引き上げることに全力を上げたほうがよいのです。コピー商品は自社の宣伝をしてくれるものと考え、自社製品の品質を上げ、さらには新商品を開発していくことに力を入れる。長期的に見れば、それが一番効果的です。

 ここでは警告や権利行使の必要性を否定しているわけではなく、それはあくまで短期的に必要になる対策であって、長い目で見た場合の差異化の本質を見失ってはいけない、ということを述べておられます。
 模倣品対策については、相手を排除することによって差異化するという方法だけでなく、相手を活かしながらその違いを明示して本物であることをアピールする、すなわち相手を下げるのではなく自分を上げることによって差異化する方法もあるわけで、知的財産権には前者の狙いで模倣品を排除するという機能だけでなく、後者の方法を考える場合にも、知的財産権の存在は‘本物’であることの証明になるものです。
 勿論、本物と見間違って購入されることを狙ったようなそっくりそのままのコピー商品を放置するわけにはいきませんが、1社の製品しか存在しないような市場が拡大するなんてことは医薬品でもない限り現実的ではないし、どんなに優れた製品でもいずれは何らかの形でキャッチアップされてくるものです。
 本物として進化し続けるという勝利の王道を見失わないように、短期的な対策と長期的な対策をしっかり区別して考える。この考え方には大いに共感します。

稼ぐ「デザイン力!」―経営者・管理職のためのデザイン戦略入門
クリエーター情報なし
アーク出版

「テレビ電話ができます」では足りない。

2011-12-25 | 書籍を読む
 すでに読まれた方も多いかと思いますが、本日は‘スティーブ・ジョブズ II’から一つ。iPadのコマーシャルに関する話です(330p.)。

 iPadのコマーシャルはいずれも機器が主役ではなく、「iPadを使ってなにができるのか」がテーマだった。実際、iPadが成功したのはハードウェアが美しかったからだけでなく、いろいろと楽しめる「アプリ」と呼ばれるソフトウェアがあったからでもある。・・・

 少し前だったかと思いますが、孫が誕生日にケーキの上のろうそくを吹く場に、FaceTimeを使って遠くにいる祖父母があたかも一緒にいるかのようにその場に参加できる、みたいなテレビCMが放送されていました。確かに一般的な多くのユーザーからみると、CPUとか解像度とかハードウェアのスペックがどうこうといった説明はどうでもいいことで、それを使って何ができるのか、どんないいことがあるのか、が最も関心のあるところです。
 前回のエントリに書いた3原則のうちの1つ、「‘知的財産権’でなく‘知的財産活動’の力を理解する。」も、実は同じことです。制度がどうなっている、法律がどう改正された、こんな判例が出た、この判例はこう読むべきだ、といったテーマは、それを専門とする業者間にとっては重要な情報であっても、一般ユーザ、すなわち知財制度をうまく使って事業に役立てたい企業の経営者や事業に携わるビジネスパーソンにとっては、そちら側でうまくやっといてくれ、って話です。彼らが必要としているのはそういった機器、ここでいうところの知財制度に関する情報ではなく、「知財を使ってなにができるのか」という情報です。そしてその「なにができるのか」に対する解が「特許権を取得すると差止や損害賠償が請求できます」に止まっていては、「FaceTimeを使うとテレビ電話ができます」といったレベルで答えているに過ぎない。そこからもう一歩踏み込んで、FaceTimeを使うことでライフスタイルがどう変わり、どう楽しめるのか、そこを伝えないと「やってみようか」とユーザの心を動かすことはできません。これがまさに「‘知的財産活動’の力を理解する」、すなわち「知的財産活動に取組むことでどのような効果が生じるのか、ということを相手の心が動くように説明できる」ということです。
 そしてその「どんないいことがあるのか」という部分を、過去に囚われてしまってはいけない。市場が元気で、経済が成長し、他を押しのけてでもシェアをとろうという経済環境下での「いいこと」と、デフレ経済が長期化して、新しい需要を掘り起こして市場を元気にしていかなければならない経済環境下での「いいこと」は異なるわけです。このデフレ経済の下で知財で何ができるのか。そこを掘り起し、伝えていくことこそが、大きな意味で知財を使ってできることであるはずです。

スティーブ・ジョブズ II
クリエーター情報なし
講談社

会社のプライド

2011-07-16 | 書籍を読む
 ある事業の関係で、2006年度の地域中小企業知的財産戦略支援事業で㈱ブライナさんが支援された㈱フィーサさんの事例(「中小・ベンチャー企業知的財産戦略マニュアル2006」の58-64p.)について調べる機会がありました。同社は、プラスチック射出成型ノズルの市場をリードする技術志向型の中小企業です。雑誌・発明の2011年2月号に同社の斎藤社長のインタビューが掲載されているのですが、以下の部分を非常に興味深く読みました。
 まず、支援を受ける前の「知財」の位置付けについて、次のように答えられています。
 「『他社にまねされたら困る』。そのための知財という認識でした。」
 そして、地域中小企業知的財産戦略支援事業における支援では、PDCAサイクルを意識しながら、経営者・部門長・開発者・企画室が連携した知財活動のワークフローが整備されます(「中小・ベンチャー企業知的財産戦略マニュアル2006」の62p.)。これによって、同社の知財活動は全社一体の組織的な取組みとなり、現在の知財に対する考え方について、斎藤社長は次のように答えられています。
 「当社の場合、特許だけでなく、ノウハウや商標も含め、知財を『ブランド力』として営業ツール的に活用しています。」
 「カタログ等でも製品名に®(登録商標のRマーク)を付けることを徹底したり、営業でも『これは当社の特許技術です』ということを必ずクライアントに伝えるように心がけています。」
 「知財のない企業には、営業のプライドも育ちません。
 「知財は当社のプライドでもあると現在は考えています。さらに知財は、企業の根幹であり、やる気の根幹だと思います。」
 「特許の存在によって、ビジネスの根幹がしっかりしてくると、営業もしやすくなります。同時に、社内のモチベーションも上がって、発想力が強化されてくるのです。」
 「営業部門が自信を持って活動するには、技術(知財)による裏付けが欠かせないのです。」

 これを読んでいて思い出したのが、知的財産経営プランニングブック58p.に掲載されているテンパール工業㈱さんでお聞きした話です。同社はブレーカ、分電盤の市場で長年にわたり大手電機メーカーと堂々と渡り合っていますが、知財(特許)でもしっかり成果を上げていくことは「営業も含めて社内の士気にかかわる問題」とのお話がありました。さらに、特許によって会社の未来を示す㈱昭和さん、知財活動で社員のやる気を引き出す㈱しのはらプレスサービスさんなどのお話も思い出されます。
 
 規模や資金力は中小企業にとってハンデとなるものですが、それを逆に強みとして活かすためには、ランチェスター戦略みたいな話になってきますが、「この分野では我々が最先端、No.1である」とメンバーの意識を一つの方向に集約させ、特定の分野における推進力を強めることが必要になります。そのときに、「この分野では我々が最先端、No.1である」という裏付けとして役立つのが、他との違いを客観的に明らかにできる知的財産であり、だからこそ、知財は「会社のプライド」を支える存在として、この経営戦略において重要な要素になってくるわけです。逆に言えば、自社のプライドと関わりのない知財を活用(=売却やライセンス)して収入が得られたり、資金が調達できたりしたとしても、それは会社の本質的な強さを支えることにはならない。特許訴訟で勝利するにしても、休眠特許を‘活用’してお金が入るのと、自社の事業の根幹となる部分の模倣を排除するのとでは、全く意味が違ってくるということだと思います。
 こうした「会社のプライド」を支えるという知財の位置付けは、ランチェスター戦略的な中小企業ならではの経営戦略と一体化したものなので、大企業の知財活動からはピンときにくい部分があるかもしれません。大企業の場合、他の部分でいろいろプライドが支えられているケースが多いでしょうし。
 また、重要なのは「この分野では我々が最先端、No.1である」ことを裏付けるということなので、当然ながら「会社のプライド」を支えるものは知的財産でなけれなならないというものではありません。業界内で高い評価を得ること、表彰を受けたこと、社長が各所で引っ張りダコであること、業界誌などによくとりあげられること、商売だけでなく社会貢献にも熱心であることなど、何らかのプライドの裏付けとなるものがあるかどうかという問題です。

 そんなことを考えていたところに、直木賞受賞&鮫島先生がモデルとなっている弁護士が登場するということで早速手にとってみた「下町ロケット」ですが、まさに「会社のプライド」としての特許の存在が見事に描き出されていました。こんなに入り込んで読んだ本は、ホント久しぶり。Strong BUY です。

下町ロケット
クリエーター情報なし
小学館