経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

SUMCOとサムコ

2006-05-26 | 新聞・雑誌記事を読む
 今朝の日経で、興味深い(といったら当事者の方々には申し訳ないですが)ニュースを見つけました。半導体製造装置の「サムコ」が、シリコンウエハー製造の「SUMCO」を商標権侵害で提訴したそうです。

 さすがにSUMCOは一部上場の大企業ですので、シリコンウエハーについては「SUMCO」の商標権を取得しています。一方のサムコは、半導体製造装置に関連しそうな商品を指定した商標権を保有しています。SUMCOのホームページを見た限りでは、半導体製造装置を扱っている様子は見えませんが、新聞報道によると展示会等で混同が生じているということのようです。
 これは実務家としては厄介な問題で、コーポレートブランドやハウスマークの商標権を取得するときに、企業の取扱い商品・役務を漏れなくカバーしようとすると、どこか引っ掛ってしまう部分が出てくることが少なくありません。こういうときの判断は何とも悩ましいものがありますが、このように事件として表面化するとますます悩ましくなってしまいそうです。
 SUMCOにとっては主力製品そのものがひっかかったわけではないので、直ちに大きなダメージということはないのでしょうが、製造装置を展示した場合はNGとか、何かと面倒なことになるリスクがありそうです。部外者の全くの無責任な予想ですが、業務提携で和解といった落としどころもありそうなシナリオだと思いますが。

 さらに興味深かったのは、本日の株価です。日経平均が2%弱上昇する中でSUMCOは2%近く下げ、ジャスダック指数が1%弱下落する中でサムコは1%強上昇しました(サムコはジャスダック上場企業です)。特許訴訟に関する報道のいくつかのケースで、あまり株価が動いていなかったのとは対照的です。この事件の影響がどの程度あったのかわかりませんが、市場のニュースなどを見ると無関係ではなかったようです。やはり、商標のほうが投資家にも身近でわかりやすい、ということがあるのでしょうか。

どうにも捉えにくい「知的資産」

2006-05-23 | 知財一般
 本日の日経に、OECDの閣僚理事会で、日本政府が「知的資産」を活用して生産性を向上させるという新プロジェクトを提案する、という記事が掲載されていました。
 「知的資産」と「知的財産」の語は、数年前まではあまり両社の相違が意識されずに用いられることが多かったように思うのですが、昨今は「知的財産」は「知的財産権」として保護し得る発明や著作物等を、「知的資産」は「知的財産」に加えて人材や企業文化などを含むさらに広い概念として、明確に区別して使われることが多くなっています。
 そうした前提で、昨年くらいから、より「知的資産」に比重を置こうという議論が活発になっているようです。

 「知的資産」を重視しようという背景には、企業の競争力というものは、発明などの形式で定義できる「知的財産」のみでなく、より多くの要素を含めて形作られるものだ、という考え方がベースにあるようです。この説は事実その通りであって、企業の強みは特許権等の形式では可視化できない部分にも多々あるということは、疑いのないところでしょう。しかしながら、私個人の意見としては、どうも「知的資産」を巡る議論には、今ひとつピンとこないところがあります。
 国内初ということで公表された「知的資産報告書」を読んでみた際には、確かに会社の強みが従来とは異なる表現でわかり易く筋を通して説明されているとは思ったのですが、ここまで対象を広く捉えて説明すると、結局のところアニュアルレポートや株主通信といった他の一般的なIR媒体と比べた場合に、表現は変わっているものの内容的にはあまり違いがないのではないか、ということを感じました。ある目的意識をもって何かを捉えたい場合には、対象が広くなりすぎると、却って問題の所在が捉えにくくなることがあると思います。そういう意味では、「知的資産」というと、殆ど企業の強みとイコールに近い関係になってしまうことが多いため、結果的に企業全体を分析する視点とあまり違いがなくなってしまうのではないでしょうか。むしろ、もう少しピンポイントで「知的財産」レベルにスポットを当てたほうが、いい技術を持っているんだけれども特許による守りが甘いとか、面白いコンテンツの権利を持っているのだからもっと商品化して収益につなげるべきだ、といった個々の企業の問題点を捉えやすくなるのではないだろうか、などと考えています。

知財の発想・知財のセンス

2006-05-21 | 知財発想法
 雑誌・ビジネス法務7月号から、
「ビジネスシーンに活きる 『知財の発想』『知財のセンス』」
の連載をスタートしました。自分で考えたタイトルは今ひとつパッとしなかったのですが、さすがにプロである出版社はうまく表現したタイトルをつけてくれます。
 
 「経営と知財の結びつきが重要だ。」「知的資産経営が求められている。」といった意見に、恐らく異論を差し挟む余地は少ないように思うのですが、これらのテーマを論じている文献をいくつか紐解いてみましたが、いずれも私のレベルからは非常に難解であり、最後に「要するにここがポイントか。」と腑に落ちる部分を掴みきれないでいます。一方で、経営戦略、マーケティング、ファイナンスなどの勉強(グロービスの基礎プログラムですが)をちょっとばかりかじった際には、理解すべきポイントがとてもクリアで、発想やセンスといったレベルでスッと頭に入ってくる感じがありました。以前から知財の世界でも、もっとわかりやすく、すっきりした整理ができないものかという思いがあり、私なりのチャレンジの一つが今回の連載です。裏付けとなるデータが足りない、単純化しすぎているなど、まだまだ問題は多々あるでしょうが、観念論だけでなく実務の経験を裏付けにしながら、知財の「発想法」を追求していきたいと考えています。

知財紛争は経営マターか

2006-05-18 | 企業経営と知的財産
 知財に関する問題が経営に与える影響というと、通常思い浮かべるのは特許訴訟による損害賠償ではないかと思います。そこを本日の記事では敢えて、「個々の紛争による損害賠償云々は経営マターではない。」という立場にたって考えてみたいと思います。

 知財が経営において重要だ、と言うのであれば、果たして知財の事件が企業価値(=株価)にどのように影響しているか、いくつかの例を分析してみたことがあります。その時の例に限れば、知財に関する事件が新聞等で大きく取り上げられることがあっても、株価は殆どといっていいほど反応していませんでした。なぜなのかをあれこれ考えてみたのですが、絶対額としてはそれなりにインパクトのある賠償額であったとしても、企業の利益規模に比するとそれほどでもないことが多いことと、損害賠償額自体は一期の決算で処理されるものなので(会計処理の詳しいことはわからないのですが、少なくとも将来に引きずる性格のものではないと思います)、株価を決める企業の将来収益への影響は軽微と判断されやすいことが考えられるのではないかと思います。損害賠償額については、最後は無効ということでおしまいになってしまいましたが、約80億円で過去最大の賠償と騒がれたパチスロ特許の事件の当事者であるセガサミーをみると、最近の経常利益は毎年1000億円を超えており、仮に賠償を支払うことになっていたとしても収益へのインパクトは大きく株価を左右するほどのものにはならなかったのではないでしょうか。不良債権処理時のメガバンクの特損が毎年数千億円であったことや、為替変動の影響でも年間数十億、数百億といった利益の変動が出ることに比べると、経営マターとしてのインパクトには相当差があります。ライセンス料の支払などで中長期的な将来への影響も生じ得るのでしょうが、損害賠償額に比べるとさらに企業収益全体に与える影響は軽微でしょう。そういう意味では、少し前に大騒ぎになった職務発明の問題については、企業収益へのインパクトという点では、さらに影響は軽微と考えられます。このあたりが、経営層が知財の問題に感覚的に今ひとつ乗ってこないことが多い、一つの理由になっているのではないでしょうか。

 だからといって、知財そのものが経営マターではない、などというつもりは勿論ありません(そうであれば、私もこの仕事に力が入らなくなってしまいます)。経営マターという以上は、経営者の感覚で考えて、それは重要な問題であると感じられるようなものでなければなりません。それは、個別の事件の影響がどうこうということではなく、もう少し全体の問題として捉えた場合に、例えば「粗利率」をどうやって向上させるか、という経営課題が一つの切り口になってくるのではないかと思います。

知財の上流工程

2006-05-17 | 知財発想法
 昨日の記事に書いたとおり、知的財産権というものの役割は、ある意味でコンピュータに似たところがあると思います。であるならば、知財業務を推進する上で必要な機能は、コンピュータを活用するのに必要な機能と並べて考えると把握しやすいのではないでしょうか。

 かつては、企業において無用の長物となってしまうことすらあったコンピュータが、現在のように経営に必須のツールとなる過程では、いわゆる「上流工程」と呼ばれる望ましいワークフローを要件として定義する工程が、重要視されるようになりました。知財も全く同じで、知的財産権という制度を効果的に利用するために最も求められている機能とは、ある技術や製品に関する市場の望ましい将来像を描き、そのために必要な知的財産権の配置を効率的に進めるための設計機能なのではないかと思います。
 コンピュータの世界の「上流工程」の領域では、コンピュータのエンジニアのみでなく、幅広いビジネス分野をバックグランドとする多くのシステムエンジニアが活躍しています。知財の世界においても、同じように様々なバックグラウンドを持つ方々が「どのようにすればビジネスに有効か」という視点で実務の現場で活躍することによって、「ビジネスに活きる知財業務」がより現実的なものとなるのではないでしょうか。一方で、知的財産権(特に特許権)は非常に扱いが難しい「ナマモノ」のようなものなので、ある程度の実務を体験したことがないと、観念論だけではなかなか実効性があがらないという特徴があります。他のビジネス分野から知財の世界に入られる方は、できるだけ実体験を積むことが、上流工程での説得力を身につけるキーになるのではないかと思います。

情報とコンピュータ、知的財産と知的財産権

2006-05-16 | 知財発想法
 「知財が重要だ」という近年の風潮の中で、あたかも知的財産権を取得することが本質であるかの如き議論を目にすることがあります。
 しかしながら、このような議論では、企業経営における目的と手段が逆転してしまっているのではないでしょうか。

 例として、企業経営における情報とコンピュータの関係を考えてみると、イメージが湧きやすいと思います。経営に有効に活用し得るものは「情報」であって、「コンピュータ」を導入すること自体が目的というわけではありません。「経営に情報をどのように活かすか」という目的があって、コンピュータはその目的を達成するために有効なツールという位置付けになります。例えば、ある小売チェーンで在庫管理を効率化したい場合に、必要となるのは在庫に関する情報であって、その情報をコンピュータというツールを用いて、どのように効率的に収集するかを考えていくことになります。その昔には、コンピュータを導入してから何をするかを考える、といった時代もありましたが、今ではコンピュータが目的に応じて利用するツールであるということは、ビジネスパーソンにとっては当然のコンセンサスとなっているでしょう。
 知財についても同様で、企業経営において収益を生む源となるのは「知的財産」であって、「知的財産権」が事業を作り出すわけではありません。「知的財産を活かしてどのように事業を運営するか」という目的があって、知的財産権はその目的を達成するために、競合の参入障壁となるという意味で有効なツールという位置付けになるものです。
 「知的財産権」から発想するのではなく、「知的財産権」をツールとしてどのように利用するかを考える、というアプローチが、ビジネスパーソンが知財を考える場合の大前提になるものと言えるでしょう。

知財戦略

2006-05-07 | 知財発想法
 企業経営における「知財戦略」の重要性は、今や論を待たないところとなっています。一方で、何となく響きのよい「知財戦略」の語は、どうもその意味が十分に咀嚼されないままに使われる機会が多いような気がしてなりません。

 知財業界で仕事を始めて、できるだけ「戦略」レイヤーに関わる仕事をやってみたいものだと思い、「知財戦略」「特許戦略」と銘打った書籍や論文などに目を通してみました。しかしながら、そこで論じられていたことの殆どは、「戦略」というよりも、「戦術」レイヤーの議論であったように思います。

 ある目的に対して、できるだけ効果を高められるようにどのように戦うかを考えるのが「戦術」です。

 これに対して「戦略」とは、そもそもの目的・方向性をどのように設定するか、というレベルの議論になるはずだと思います。

 ところが、特に「特許戦略」として論じられていることは、広く強い特許をどのように取得するか、パテントマップをどのように作るかといった方法論が殆どであって、これはまさに「戦術」レイヤーの話です。勿論、「戦術」も重要な要素ではありますが、「戦術」をどのような方針に基づいてどの方向に展開していくのか、経営層が「戦略」レイヤーでしっかり考えておかないと、経営上の効果を発揮することはできません。「戦略」とは、こうした知財業務を推進する方針や方向性について、意思決定を行う基礎となる考え方のことなのではないでしょうか。

 私自身が考える「戦略論」について、宣伝になってしまいますが、来週11日にディーブレインの公開セミナー「ベンチャー支援に求められる知的財産戦略の基礎知識」と題してお話させていただきます。企業経営者、経営コンサルタントなどが考えるポイントは何か、私なりの提言をさせていただく予定ですので、ご興味をお持ちいただけた方には是非ご参加をいただけると幸いです。