経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

自分起点で考える

2013-06-23 | 企業経営と知的財産
 amazonの「中小企業経営」のカテゴリのランキングで上位に出てくる&自分の出身地である奈良の会社の社長の著書、ということで気になっていた「小さな会社の生きる道」を読みました。
 ここで紹介されている事例は、いずれもその中小企業自身が十分に捉えきれていないオリジナリティを見える化し、それを商品(ブランド)の中で表現して顧客に伝えるというもので、まさにこれは自分の考える「小さな知財屋の生きる道」と通じるものがあると共感しましたが、その中から特に印象的であった部分を一つ。まとめの部分に書かれていたことですが、「ブランディングとマーケティングは違う」として、
 マーケティング=市場起点
 ブランディング=自分起点
と整理されています。
 つまり、市場分析→自社のポジションを探すのがマーケティング、自社のやりたいこと・作りたいもの→市場におけるポジションを認識するのがブランディングということで、中小企業には後者が適している、なぜならば、高度な市場分析にかかるコストは中小企業には負担が重い&中小企業はそれほど大きな市場をとる必要がないからだ、というのが著者の中川氏の考えです。その通りだと思います。

 そして、この話から思い出したのが、2006年度の「地域中小企業知的財産戦略支援事業」でとりまとめた、標準的な中小企業向け知財コンサルティングのプロセス(「中小・ベンチャー企業知的財産戦略マニュアル2006」23p.)です。
 ここに標準として示したプロセスでは、初めに自社と他社の特許をマッピングして、特許からみた攻めるべきポイントを分析する、としています。これはどちらかというとマーケティング(要するに「アウトサイド・イン」)に近い発想に基づくものですが、確かにやっておいたほうがよいし、実際に取り組んだモデル企業にも確かに有益な情報が得られたと喜んでいたのだけれども、これを標準のプロセスの一つとして必須のものと考えるべきなのでしょうか。実際多くの場合、時間や費用を考えると優先順位は劣後とならざるを得ないし、仮にコストの問題には目をつぶったとしても、これが理に適っているのは頭ではわかるのですが、何だかモヤモヤした感じを拭うことができませんでした。
 結局そのモヤモヤの原因は何だったのかというと、事業というのは周囲の環境がどうであれ、まずは自らがやりたいと思うこと、やるべきだと信念をもって思えること、そこを基点に考えるのが第一である、その部分がちょっと見えていなかったということでした。特に中小企業というのは、多くの場合、大企業のように責任が分散されているわけではなく、会社のオーナーでもある社長が一人で責任を背負い、命を懸けてやっているものなので、「これをやりたい、やらねばならぬ」という強い意志に支えられていないと、とても続けられるものではないからです。だからこそ、中川氏の整理でいえば「ブランディング=自分起点」(要するに「インサイド・アウト」)を基本に考えるべきであり、知財についても、まずはその会社の強み、その会社にしかないもの(=知的財産)を見つけ出し、それを商品やサービスの中に的確に表現して顧客に伝える、そしてその顧客に伝えるルートを調える上で他社権利の確認や対処法を考える、そういう順序で進めていくべきと考えます。つまり、アウトサイド・インではなく、インサイド・アウトで考えるべきだ、ということです。

 そういえば、先日読んだ「経営センスの論理」にも、面白いことが書いてありました。強い日本企業には専業メーカー(ダイキン、日本電産、コマツetc.)が多い、つまり、一つのことをコツコツとやり続ける(&そのことが長い時間軸での変化対応力にもつながっている)のが得意な「中小企業の国」であると。日本人には元々ポートフォリオという概念がないから、環境の変化に応じてスパッと事業を切り替える、GEやサムスンのようなやり方は得意でない。だから、専業をテコに競争力を高めている中小企業的な経営のほうが日本企業は力を発揮できるのではないか、とのことです。
 確かにそのとおりで、環境によって事業構造を柔軟に切り替えるポートフォリオ経営で成功している日本企業というと、オリックスかソフトバンクくらいしか思い当りません。一方で、電機メーカーの中でも復活が早かった三菱電機や日立はどうかというと、アップルのようなビジネスモデルを実現したのではなく、本来の得意分野を基盤にした「中小企業的な経営」に回帰したのが功を奏したといえるのではないでしょうか。以前に読んだ「ビジネスで一番、大切なこと」には、他者との差異を意識してそこを埋めようとすると、結果的に同質化を招き、かえって競争力を失ってしまう(同質化=価格競争の泥沼に陥る)、といったことが書いてありましたが、やっぱり戦いの基本は、周りを見て自分の居場所を決めるのではなく、自分の強みをよく理解してその強みを活かして前に進んでいくことです。

 ダラダラと書いてしまいましたが、「小さな会社の生きる道」は大事な考え方を改めて確認する、よいきっかけになりました。あと、この本には知財権についても少々言及があり(基本的には費用対効果を考えると優先順位は低いというスタンス)、そこはいろいろ考えてみたいところなのですが(「権利をとらないとリスクがありますよ」といった法律家にありがちな脅迫系のコメントではなく、費用対効果をどう考えるかについて-やはりまずは経営者の感じ方を真摯に受け止めるべきですので)、長くなってきたのでまたの機会にということにしておきます。

老舗を再生させた十三代が どうしても伝えたい 小さな会社の生きる道
クリエーター情報なし
阪急コミュニケーションズ

お知らせ 2件

2013-06-21 | お知らせ
 本日は、2件ばかりお知らせを。

<その1>
 NICOプレス(http://www.nico.or.jp/club/press.html)105号の「知財の力でステップアップ」の特集に掲載された「活きた知財活動の実践で会社に元気を」のインタビュー記事を、発行者のにいがた産業創造機構さんからご快諾をいただき、下記のURLに公開しました。
 http://www.ipv.jp/images/archives/nico105.pdf
 「8つのはたらき」「上から知財」「説明力と挨拶力」など、最近のセミナーや近著「元気な中小企業はここが違う!」のエッセンスを、コンパクトにまとめていただきました。

<その2>
 知的財産管理技能検定3級の受験参考書、「合格へのバイブル 知的財産管理技能検定3級 完全対策講座 第3版」が、昨日発売されました。
 日頃取り組んでいる分野とはレイヤーが異なるので、この種の本をまとめるのには結構エネルギーがいるのですが、旧知的財産検定の時期から日経BPさんとセミナー等で関わらせていただいていたことと、自分のようにイレギュラーな経歴で知財の世界に入ってきた人間には、様々な分野の方が知財の世界に初めに触れる際のインターフェースの部分でできることがあるのではないかという思いから、なんとか頑張って続けさせていただいています。そのため、旧版(改訂版)のアマゾンのレビューにSHUさんという方が書き込んでくださった、
「本の趣旨は「検定合格へバイブル」となっていますが、良い意味で合格だけを目標にした本ではありません。一つ一つ大変丁寧に説明がされていて、必要な場合は3級のレベルを軽く超えた内容が記載されています。つまり合格だけに着眼を置くのではなく、「知財を知ってもらうために何を書くか」に専ら焦点を当てている著者のポリシーがうかがえます。・・・」
というレビューを見つけた際には、こちらの意図が伝わったと感じて大変うれしく思いました。
 ちょっと値段が高いですがクールに仕上がっている自信はありますので、もし知的財産管理技能検定3級の受験を考えている方がおられましたら、拙著の活用をぜひご検討ください!

合格へのバイブル 知的財産管理技能検定3級 完全対策講座 第3版
クリエーター情報なし
日経BP社



地域金融機関と知的財産

2013-06-16 | 知的財産と金融
 先日、熊本県信用保証協会さんの職員向け研修で、「金融業務に活かす知的財産の勘所」と題してお話をさせていただきました。経営支援や審査業務に活かせるようにとのリクエストに対応して、「元気な中小企業はここが違う!」のエッセンスに加え、知的財産と資金調達の関連についての総論的なお話(主に「知的財産と資金調達」の論文の内容)をさせていただきました。これまでも地銀・信金などで職員向けのセミナーを担当させていただく機会は多かったのですが、信用保証協会さんからお声掛けをいただいたのは初めてです。支所からも含めて全職員の半数近くの方が参加され、大変熱心にご聴講いただいたのが印象的でした。今回の研修を企画いただいたご担当のセクションが経営支援部ということで、審査の見方や評価云々のみでなく、保証先の中小企業の経営支援に活かしたいというご意向も強かったようです。
 地域金融機関の業務に知的財産が関連し得る場面としては、
(1) 知的財産を担保に徴する
(2) 知的財産の保有状況等の評価を与信判断に活用する
(3) 知的財産を切り口にした支援業務で顧客との関係を強化する
の3つが考えられます。わかり易くニュース性もあるのは(1)や(2)ですが、裾野の広さや本当の意味での実効性から、私が本命と考えているのは(3)です。
 わかり易くニュース性もあるとはいえ、(1)は費用対効果(=担保評価や担保管理にコストがかかり小ロットの融資の利鞘ではとてもペイしない)や担保としての性質(=知的財産の価値の変化は事業価値の変化に連動しやすいので担保処分が必要な事態が生じる際には担保価値も下がってしまいやすい)、(2)はほとんどの場合は与信判断に大きな影響がないという、いずれも構造的な問題をかかえています。一方の(3)は、たしかに直接的な効果をイメージしにくい取組みにはなるのですが、「知的財産」の捉え方によっては(=「特許権や商標権を保有する企業」ではなく「よりよい商品やサービスを提供するために他とは違う『何か』を生み出している企業」と捉える)対象企業の裾野が大きく広がるし、長期的にみれば企業体力の強化(=会社が元気になって収益力が向上する)による債権保全(収益力の強化で返済能力も増す)や、地域の活性化(=地域の企業が元気になって地域経済の活性化に寄与する)にも結びつくと考えられるからです。金融系の出版社である金融財政事情研究会から「元気な中小企業はここが違う!」を出版させていただいたのも、そうした意図によるものです。
 信用保証協会さんというと「保証のための審査=(2)」のイメージなので、今回お声掛けをいただいたのはちょっと意外だったのですが、(3)に対する意識も強いことを大変頼もしく感じました。社内研修等でお声掛けいただいたことは当然ながら普段はオープンにはしないのですが、知的財産と金融業務を結びつけることはおそらく自分の天命でもあり、こういったお話には今後も積極的に対応していきたいと考えているので、今回は熊本県信用保証協会さんのお許しをいただきブログに掲載させていただくことにしました。

シェアの高さと特許の関係をどのように考えればよいのか

2013-06-10 | 企業経営と知的財産
 ある製品で高い市場シェアを有している中小企業があり、その企業は積極的に特許を出願し、多くの特許権を保有している。
 さて、こういう中小企業に出会った場合、どのような見方をすればよいのでしょうか。経営者に、
 「特許権が競合に対する参入障壁となって、高いシェアを実現できている。やはり、特許は重要ですね」
と問いかけてみると、これを正面から否定されてしまうことは、まずないといってよいでしょう。
 しかし、これは知財屋にとって「こうあって欲しい」という願望が混じった‘トンカチにとって全ての問題は釘に見える’的な話で、そこが本質ではないことが多いのではないか。最近特に、その思いを強くするようになっています。

 高い市場シェアを実現している中小企業の経営者が、特許云々の前に異口同音に声を大にして仰ることは、
 「開発で先行することが大事
ということです。あたりまえのことですが、おそらくここに本質があり、特許による保護云々以前の問題として、常に開発で先行し、製品が優位であるからこそ、高い市場シェアを実現・維持することができているのです。そこを抜きにして考えることはできません。
 拙著(元気な中小企業はここが違う!)に紹介した例であれば、作業用・家庭用手袋で国内シェアトップのショーワグローブでは(11p.)、現場のニーズにあった新製品を次々と開発して差異化を図ることが競争力の本質。近年、知財権の取得に力を入れるようになったのは、外国メーカーのキャッチアップのスピードが上がってきており、製品の優位性を維持する時間が必要になっているため、とのお話を伺いました。プラスチック消しゴム、修正テープで‘消す’市場をリードしてきているシードでは、どんなヒット商品が生まれても、その商品を必要とする時代は変化していく。だから、常に時代の先を読み、新製品の開発に取り組み続けないと、企業は生き残っていけない、とのお話を伺いました(85-86p.)。
 最近訪問させいただいた企業では、水質の簡易分析製品で高い市場シェアを有するとともに、特許の取得にも継続的に取り組んできておられる共立理化学研究所・会長の岡内様にインタビューさせていただいた際にも、「とにかく開発。よい製品を作り続けることが大切」、と強調され、そもそも「特許だけに頼っているようではだめだ」とのお話がありました。

 だからといって、このように立派な実績を上げている企業が、意味もなく特許を取得しているはずもありません。では、特許はどういう役割を果たしていると考えればよいのでしょうか。
 拙著(元気な中小企業はここが違う!)にも、特許の取得を含めた知財マネジメントの多様なはたらきについて説明しましたが、おそらく競争力の本質となる「開発で先行すること」との関係でいえば、特許への取組みが開発力の強化にプラスになっている、と理解すればよいのでしょう。同じ開発活動を進めるのにも、特許への取組みを加えれば、先行技術の調査が必要になり、自社技術にしかない特徴=自社の強みを客観的に把握することができる。さらに、先行技術を調査するから、他社権利の侵害で開発が中断されるリスクが事前に低減され、開発活動が効率化される。また、先行技術そのものや先行技術との対比作業が、新しいアイデアを生むきっかけにもなる。さらに、特許を出願し、取得することが一つの目標、ベンチマークとなり、開発者のやる気を引き出す。特許が取れれば、新しさ・他社に先行したことの客観的な証明となり、会社は盛り上がるし、自信にもつながる。
 なにやらいいことばかりを書きましたが、そうしたメリットがデメリット(作業工数を取られる・お金がかかる)を上回っているから、特許への取組みが継続されているのでしょう。
 そうやって考えてみると、個々の特許の側に視点を置いて、価値がいくらだ、活用法はどうだ、といったアプローチではなく、どうやって開発力を高め、よい製品を生み続けていくか、そのために特許への取組みで何ができるか、と考えていくことが、特許への取組みを通じて強い中小企業になるための王道である、と言えるはずです。