経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

要は‘カテゴリー’の魅力の問題

2010-09-30 | 書籍を読む
 出張の道程で読み始めた「ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業」、半分くらい読んだところですが、発想がユニークでなかなか面白いです。競争力、差別化といったキーワードが共通するので、知財について考える上でもいろいろヒントになるところがありそうです。

 たとえば、競争力を強化するためには競合との差別化が必要であり、他者との差異を意識することになります。ところが、個人にしても企業にしても、他者との差異が明らかになってくると、強い部分を強化しようとするのではなく、弱い部分を補うことにどうしても意識が向かってしまう傾向にあるそうです。特に企業であれば、顧客の声に耳を傾けるほど弱い部分に対する不満がどうしても引っ掛かるものなので、弱点の補強に注力し、結果的にどの企業が提供する商品も似たり寄ったりのものになってしまいやすい。こうやって、差別化を目指していたはずのものが同質化の方向に向かってしまい、そうした中で違いを出そうとしても、顧客からみるとどうでもよいような部分の差異に力を注ぐ結果となってしまうわけです。
 要するに、他との差異を意識したことが結果として同質化を招き、KSFと関係ない部分に拘泥することになってしまいやすい、ということです。
 知財屋として何ができるかということを追求していく場合にも、自らの強みを他との差異から相対的に意識するのではなく、自分ならではのやり方を絶対的なものとして作り上げていくことが必要、といったところでしょうか。

 それから、「ブランド」についても興味深い考察がなされています。
 ブランド力が威力を発揮するかどうかは、顧客がそのカテゴリーに興味を持っているかどうかが問題である。つまり、顧客があるカテゴリーに惹きつけられていれば、その中から選択肢を追求しようとするので、ブランドに対するこだわりが生まれることになる。ところが、そもそもそのカテゴリーに対して興味を持っていない、或いは否定的なスタンスであるといった場合には、顧客は一番安いか便利な商品を探すことになり、ブランドというものが選択基準にはなりにくい。
 これってとても重要な原則で、そもそも顧客のカテゴリーに対する興味の程度が低ければ、質的優位性をいくらPRしても空回りするだけ、ということです。そういう状況の下では、顧客のその位置づけを所与のものとして価格競争を受け入れるか、或いは顧客にとっての位置づけを変化させるようにカテゴリーそのものの魅力をアピールする努力を続けるか、どちらかを選択しないことには道が開けません。昨今の知財業界にそのまま適用できそうな話ですが、後者は顧客側の内面に関する問題なので、そのカテゴリー(=知財)は重要です、なんて叫んでるだけで解決できるはずもありません。やっぱり自らが知財をもっとよく知り、知財に取り組むことに魅力を感じられるようなストーリーを作り出していかなければならない。そこを避けては通れないんだろう思うのですが。

ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業
ヤンミ・ムン
ダイヤモンド社

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商品生態系&一隅を照らす

2010-09-24 | 新聞・雑誌記事を読む
 田坂広志氏のメルマガにリンクが貼られていた記事です。
もう一段高いレベルのものづくりで日本型経営の復権を
 商品の価値を決める要因が、「単品」としての価値から「商品生態系(エコシステム)」への価値へと移行しているので、企業は発想を転換しなければならない、というのが主題です。
 表現の仕方はいろいろありますが、特にここ数年、商品の優位性だけで勝負する時代は終わり、ビジネスを生態系(エコシステム)として捉えようとする考え方を目にすることが多くなっています。ビジネスの競争力を決定する要因が、商品単体から生態系(エコシステム)へとシフトしていくならば、最近このブログにもよく書いているように、知財活動に求められることが‘他者を排除する’方向から‘他者とつなぐ’方向へシフトしていくのは必然であるのかもしれません。
 では我々が提供する知財サービスはどうなのか? 「単品」(出願や調査etc.)の限界は明らかになってきているものの、次に来る「生態系(エコシステム)」とは何なのか? 「異業種連合」をすればよいというものでもなく、そのスキルをなかなか「他で使える」ものでもなく・・・そこは簡単には見えてきませんね。
 そしてこの記事ではもう一点、「一隅を照らす」の例で挙げられている弁当屋さんの話が気になります。知財の仕事にも「社会においてこういう役割を果たしているのだ」と思えるものがあればよいなぁと。7つの知財力の‘おわりに’にも書きましたが、最近は「知的財産に込められた企業の思いを顧客に届けること」なんて定義して、自分では納得していますが。

‘7つの知財力’に関するお知らせ

2010-09-18 | 7つの知財力
 本日は、新著「経営に効く7つの知財力」に関するお知らせ2件です。

 まずは本の紹介について。発明誌9月号の「著者に聞く」のコーナーのPDFがこちらにありますので、よろしければご笑覧下さい。

 次に、誤植についてのお詫びと訂正です。
 誠に申し訳ありませんが、以下の誤植が見つかっていますので、お知らせさせていただきます。

(1) P.48の図3-7、P.50の図3-8、P.55の図3-9、P.57の図3-10,P.126の図5-3、P.137の図5-5、P.139の図5-6に「知的マネジメント」とあるのは「知財マネジメント」の誤植です。

(2) P.76の図4-6の「③受注の決め手となる要素を創り出す」とあるのは、「③自社の強みを外部に伝える」の誤りです。

(3) 122p.の10行目の「・・・ということです。業が・・・」は、「・・・ということです。業が・・・」の誤植です。

 (1)(3)は‘明らかな誤りの訂正’ですが、(2)について、言い訳というか、ちょっとばかり経緯を説明させていただくと、「知的財産が外部にはたらく力」の3つ目は、元々はこの「受注の決め手となる要素を創り出す」にしていました。具体例としては、特許庁の「知的財産経営の定着に向けて」の報告書のヒアリング調査レポート(四国・中国・九州地域)に掲載されている日章工業㈱(P.147-150)が挙げられます。
 日章工業さんは九州にある金属製建具メーカーです。建設業界の不況で同業他社の経営状況が厳しくなる中、堅実経営を続けてきた同社は近年M&Aによって規模を拡大しています。規模の拡大によって受注案件が大型化し、自らが元請となるケースが増加する中で、入札等で他社と差異化のために新製品開発に力を入れ、それをアピールする手段として特許出願に力を入れるようになっています。特許の対象となる独自製品がピンポイントで効いてくれると、それによってプロジェクト全体を落札できる場合があるということで、特許を‘楔’、そして‘梃’のように効かせることができる可能性のある、ユニークな事例となっています。
 その他にも、公共事業への入札が多い企業で、受注のきっかけとすべく特許への取組みに注力をしているという例を聞いたこともあり、「受注の決め手となる要素を創り出す」というのを、知的財産が外部にはたらく力の1つとして挙げることを考えていました。
 しかしながら、考えてみるとこの効力は「競合者との差異を明らかにする(=競合者間における競争力を強化する)」効果と「自社の強みを外部(=顧客)に伝える」効果の組み合わせによって発生する応用例であり、「自社の強みを外部に伝える」にまで要素を分解したほうがよいだろうと。そこで3つ目(全体では6つ目)の‘知財力’を入れ替えることにしたのですが、この図だけ不覚にも元の記述が残ってしまいました。
 というわけで、折角ですので日章工業さんの例はとてもユニークでしたので、この機会に「知的財産経営の定着に向けて」の報告書のヒアリング調査レポート(四国・中国・九州地域)もご覧いただければと思います。

【9月22日】 刊行記念セミナー「経営に効く7つの知財力~社長に聞かせたい知財の話~」 発明協会東京支部
【9月30日】 知的財産経営ケーススタディセミナー(@札幌) 「経営に効く知財活動の実践法」
【11月2日】 知的財産経営戦略塾(@山梨) 「『経営に効かせる知財活動のポイント』 中小企業の事例から見出した7つの知財力」

経営に効く7つの知財力
土生 哲也
発明協会

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デフレ経済と知的財産・その2

2010-09-15 | 知財一般
 日経電子版の「減る『中流』、増える『下流』」という記事に、ちょっと恐ろしくなる数字が紹介されていました。

■1世帯あたりの平均所得の中間値 550万円(1995年)⇒ 427万円(2008年) ・・・22%減
■所得400万円未満の世帯数の割合 34%(1995年)⇒ 47%(2008年)
■世帯人員1人当たり平均所得 226万円(1996年)⇒ 208万円(2008年) ・・・8%減
■所得1000万円以上の世帯数の割合 19%(1996年)⇒ 11%(2008年)

 このように消費者の購買力の低下は明らかであり、中高所得者層をターゲットにする百貨店の苦境が続き、SPAやドラッグストア、100円ショップが躍進するのは必然である、と。こういう数字を見ると、日本を蝕むデフレの深刻さ、今の日本経済の抱える問題が単なる好不況の問題ではないことを痛感せざるを得ません。ここからは、商品やサービスの魅力に欠けるから消費が活性化しないというのではなく、買いたくても買えない状況が進行しているという状況が読み取れます。この記事によると、流通業者が集客力を高めるためには、消費者の所得減少に合わせて商品価格を引き下げるしかない、とのことです。
 この数字は家計部門に関するものですが、企業部門、BtoBのビジネスにも影響を与えないはずがありません。こうした状況下では、知的財産の保護の強化といっても、そもそも買い手がついてこれなくては意味が薄れてしまうわけで、やはり前回も書いたように、需要喚起、脱デフレといったマクロの観点からも、知的財産の利用促進、脱囲い込みといった発想が求められることになるのでしょう。デフレから脱却するためには、保護云々の前に、新市場の創造・拡大によってお金の廻りをよくすることが求められるので。
 尤も、各々のプレイヤーからしてみると、リスクをとる以上、自社が持つ知的財産権の効力にも頼りたいところです。ただその活かし方は、排他的なものというより、ちょっと抽象的になってしまいますが、市場拡大を優先させながら自社に有利なポジションを形成するための道具として活用する市場が拡大すればその果実を自社に誘導できるスキーム作りに利用する)、という感じになるのではないでしょうか。そういう意味では、「発明のコモンズ」で幡鎌先生が提唱されている‘元祖権’というのは、脱デフレという観点からも興味深い考え方であるように思います。知的財産制度を考える際には、経済環境の変化も当然に考慮されるべきで、古典的な考え方に縛られる必要はないはずですから。