経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

事業計画と特許権の評価

2007-02-27 | 知的財産と投資
 金融機関に勤める友人と、久しぶりに昼飯を食べながらいろいろ話をしました。
 その中で、「知的財産権の価値評価」が話題となったのですが、投資や融資の際に「(定量的な)価値評価が必要か?」ということに関して、お互いに違和感を感じる点で共通しています。
 この点について、彼からスッキリした説明を聞くことができました。彼の得意とする製薬系の分野では、
「特許が効いているということは、事業計画の当然の前提となっていること。価値評価云々を議論するのであれば、特許のとり方のまずさによるマイナス評価はあるにせよ、特許権の価値が企業価値の評価にプラスされるということにはならない。」
とのことです。

 このことは、おそらく他の分野でも同じであって、事業計画には保有している特許権の効果(特許権の効果で価格競争が抑制されて達成される利益率)が織り込まれているはずであって、その価値を別に評価して加算するとなると、価値のダブルカウントになってしまいます。よって、事業計画に関連する特許権は、事業計画を達成するに足る内容のものかどうかを(定性的に)評価する意義こそあれ、その価値を別途定量評価することは、あまり意味のないことであると思います(むしろ、価値を過大評価してミスリードするおそれがあります)。別途評価する意味があるとすれば、事業計画に織り込まれていない特許権、或いは事業計画における用途以外に展開する可能性を持った特許権ということになるでしょう。しかしながら、前者については、特に経営資源に限りのあるベンチャー企業であれば、そもそもそういう特許権をどうして保有しているのかという、研究開発の基本方針や効率性を先に問うべきではないかという気がします。後者については、そういう可能性がゼロということはないのでしょうが、少なくとも現経営体制において価値を顕在化させる見通しがないものの価値を、企業の評価に反映することは危険であるように思います。

 投資や融資の判断で行うべきことは、「保有する特許権の価値を評価すること」ではなくて、「事業計画の実現可能性の要素の一つとして、特許権の効果を分析すること」であるように思います。

経営者タイプと実務家タイプ

2007-02-26 | その他
 弁理士が独立を考えるようになると、自分は「経営者タイプ」か「実務家タイプ」かということを自問するようになると思います。これに関連して、先日ある会合でIT関連の会社の社長から、ちょっと面白い見方をお聞きすることができました。

 その社長がお付合いをされているある弁護士は、かなり名前の売れている方であるにも関わらず、事務所に寝袋を持ち込んで泊込みで仕事をされることも少なくないそうです。その先生は、仕事は自分でやらないと気が済まない性格であるようだとのこと。
 これに対してその社長は、「僕は自分でやった作業にはとても自信が持てないから、いかに人にやってもらうか(環境を整えて社員のやる気を高めるか)をいつも考えている。」とのこと(勿論、エンジニアとしても活躍された方なので、謙遜されてのことでしょうが・・・)。
 つまり、自分の実務能力に自信があるかということが(実際に自信を持つに足る実力があるかどうかは別として)、「経営者タイプ」か「実務家タイプ」かを判断する一つの要素になるのではないでしょうか。

「5470億円」の黒字はどの程度凄いのか?

2007-02-24 | 新聞・雑誌記事を読む
 本日の日経1面に「特許黒字、最高の5470億円(06年)」とあります。この「5470億円」をどう捉えるべきなのか。凄い、知財立国の成果だ、知財は稼げる、という解釈をすればよいのでしょうか?

 同じく日経のマーケット面を見ると、昨日終値ベースの東証の株式時価総額は約600兆円です。PER20倍とすると、純利益の合計額が約30兆円。実効税率を40%とすると税引前利益は約50兆円という計算になります。これ以外に、ジャスダックの上場会社や非上場会社もあるわけですが、それらを除いて考えても「5470億円」という金額はその1%程度です。1%といえども利益を押し上げるのは大変なことではありますが、「5470億円」という金額がどの程度凄いのかは、こうした他の数値との関係で捉えることが必要であるように思います。

 記事の中でも触れられているように、この金額は海外生産の拡大による海外子会社からの特許料が押し上げている側面もあるようです。また、これは単純にライセンス料の収支をとったものなので、特許権の取得やライセンス交渉にかかった経費を控除した後の「黒字」ではありません。以上を考えると、「5470億円」という数字を強調することは、ちょっとセンセーショナルに見せようとする意図が感じられないでもありません。
 個人的な意見としては、「知財立国」の成果というものは、この「1%部分の利益が増えたか減ったか」ということではなく、「50兆円の税引前利益を押し上げる効果があったかどうか」という部分で計るべきものであると思います(尤も、どうやって計るかが難しいとことが難点ですが・・・)。

脱ホームラン競争

2007-02-23 | 知財発想法
 打席に立つからにはホームランを打ちたい。ホームランを打つには、甘いコースに来た球を、ベストのスイングで捉えることが必要なので、そう簡単なことではない。
 特許を出すからには基本特許をとりたい。基本特許をとるには、市場性のある技術を対象に、特許取得のノウハウをフル活用することが必要なので、簡単ではないし時間を要することも多い。

 得点を上げるための方法は、ホームランを打つことだけではない。ヒットをつないでいけば得点になるし、効果的な送りバントや犠牲フライだって存在する。要は、欲しいときにこの1本が出るかどうかである。
 企業が利益を拡大するための方法は、基本特許で市場を独占することだけではない。特許を回避されたとしても、それまでに少しでもシェアを拡大できれば利益にはプラスになるし、そうした積み重ねのトータルが企業の収益になる。要は、欲しいときに特許をうまく使えるかどうかである。

 で、野球は何を競うゲームか。得点を競うゲームで、ホームラン競争ではない。Gのように、ホームランを狙うバッターばかり揃えても勝てるわけではない。要は、ヒットの積み重ね、チームバッティング、である。
 で、企業経営で問われるのは何か。収益の拡大であって、基本特許の数・特許ライセンス料の多寡・特許侵害訴訟の勝ち負けではない。要は、収益面で意味のある特許の積み重ね、特許戦略、である。

 最近の野球は、広い球場、飛びにくいボールで、ホームランが出にくくなった。バランスよいチームの構成、役割分担のしっかりしたラインナップが重要になり、DやTが強いわけである。
 最近の経営環境では、技術の高度化、特許の累積で、基本特許がとりにくくなった。バランスがよい特許ポートフォリオ、それぞれ意味のある特許群が重要になる。

実績と底力

2007-02-21 | 新聞・雑誌記事を読む
 昨日から日経朝刊に「新日鉄どこまで強いか」の記事が掲載されています。「質と量、二兎追い成長」ということで、5年くらい前のイメージから考えると「成長」する企業と評価されるとは、すっかり様変わりです。
 この記事の中でちょっと気になった一文です。

「積み上げてきた実績と底力が『鉄復権』に強みを発揮し、JFEの突き放しも狙う。」

 「実績」=「ブランド力」、「底力」=「技術力」で、これは(広義の)「知的財産」のことではないかと。
 このスケールの会社になると、「ブランド」⇒「商標」、「技術」⇒「特許」と単純に言い換えられるものではないし、「練り物系」の技術では非特許的な技術の比重が重くなることと推測しますが、市場のニーズに応えられる「知財」を蓄積してきた企業は、いずれ本領を発揮するときが来るというところでしょうか。

おっさんの呟き

2007-02-19 | その他
 先週の金曜日に、知財検定2級公認セミナーで特許法等の講義を担当しました。受講者には社会人の方が多いのですが、忙しい社会人にとって勉強が進むかどうかはモチベーションが最大の問題であるように思います。そうしたこともあって、セミナーでは少しでも皆様方のモチベーションにプラスになればと、「知的財産の仕事とは何なのか、どういう意味があるのか」という点について、私の考えをお話させていただいています。
 
 それにしても受験勉強というものは、その最中には「どうしてこんな無駄な勉強をしなければならないのか?」「しょせん試験なんて通ればいいだけだ!」なんて考えてしまいがちですが、時間が経ってみると試験で求められることの意味が見えてきたりするものです。
 例えば、弁理士試験であれば・・・
 論文試験については、「コミュニケーション能力」が問われていることの本質なのではないかと思います。論文試験では、ある程度の知識を身につけた後は、出題者の「問いに答える」ことが勝負の分かれ目になります。答案を書くときに出題者の意図を十分に理解して、「知っていること」ではなく「答えるべきこと」を答えることができるかどうかが、この試験で問われていることなのではないでしょうか。このようなことを論文試験を克服するプロセスで学ぶことができれば、その後の仕事でも大いに役立つことになるはずです。
 択一試験については(昔の多肢試験ですが)、「万全の準備」が問われていることの本質なのではないかと思います。やったつもり、できるだろう、といったレベルの準備では、いつもと違う緊張感の高まる場面で100%の力を発揮することはなかなかできません。その後の仕事においても、特に緊張感の避けられない場面では、二重、三重の準備をしておくという習慣は、とても必要になることなのではないでしょうか。

 このように、嵌り込んでいるときは無駄なように思えることでも、そのプロセスにおいて実は大切なことを学び取ったりしているものです。こういうことを言うようになると、つくづくオッサンになったものだと思い知らされますが。
 知財検定は3月11日ですが、受験生の皆さんのご検討をお祈りしています。

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技術を手に入れる

2007-02-17 | 企業経営と知的財産
 新会社法が施行され今年はM&Aが本格化する年になると言われていましたが、確かに連日のようにM&A関連のニュースが新聞を賑わせています。今日の日経も1面に2件のM&Aネタです。

 M&A、業界再編の可能性で注目されている業界の一つに鉄鋼業界があります(「業績好調」&「再編期待」で株価上昇も続いています)。日本の高炉メーカーは、高級鋼生産の高い技術力が再編で注目される大きな理由となっているようです。
 以前、高炉メーカーの方に「なぜ日本の高炉メーカーは厳しい国際競争の中で技術的な優位性を維持できているのか。どのように独自技術を防衛しているのか。」ということを質問させていただいたことがあります。これに対するお答えは、「防衛手段には特許も含まれますが、我々の工場のラインは、特殊な装置、ノウハウなどの塊で出来上がっています。例えその一部を持ち出されたところで、同じ品質ものは作れません。さらに、新製品にトライすることで常にラインは進化していくので、追随することは一層難しくなっていると思います。」といったものでした。
 こうした技術を手に入れようと思うと、特許やノウハウの移転とは少しレベルの違う話になってきて、工場まるごと、できれば会社そのものを取得しなければどうにもなりません。高炉メーカーのように、「技術の塊」であるような日本のメーカー(機械、精密機器、化学などに多そうです)へのM&Aは、規模の拡大や効率化以上に、こうした意味合いが大きそうです。

ビジネスパーソンの視点

2007-02-15 | お知らせ
 拙著<入門の入門>知的財産のしくみの発売から2週間ちょっと経ち、お読みいただいた方々から、いろいろ参考になるご意見をいただくことができました。幸いにも「読みやすい」といったご意見をいくつかいただき、一番意識していた部分なのでちょっとホッとしています(さすがに「読みにくい」という意見は本人の耳には入ってこないというだけかもしれませんが・・・)。
 読みやすさを追求するためには、口語調にする、絵を増やす、漢字を減らす、ワンセンテンスを短くするなど、テクニックとしてはいろいろあると思うのですが、その他に意識したのが「知財の専門家でなければ何が知りたいか、どういう視点で関心があるのか」という部分です。
 例えば、制度から見た視点で説明すると、「職務発明規程とは、~の制度に基づくもので、~という点から重要である。」「営業秘密管理規程とは、・・・」といった流れになるところが、企業活動の視点から考えると、「技術開発の成果を会社の資産にしておくことが必要。そのためには、特許出願と営業秘密の管理という2つの方法があって、前者の根拠になるのが職務発明規程で、後者の根拠になるのが営業秘密管理規程という位置付けになります。」という流れになると思います。商標について説明する場合でも、「商標権侵害となるのは『商標としての使用』がされた場合であって・・・」となるところ、これだけでは何のことやらわからないことが多いと思うので、「文字や言葉そのものを独占できるわけではありません。」と、誤解されていることが多いポイントを一言加えたりしてみました。
 まぁ、普通の入門書といえば普通の入門書なのですが、そんなところに結構気を配ってみましたので、機会がありましたらプロの皆様にも是非お目通しをいただけますと幸いです。

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拡大する神聖知財帝国

2007-02-14 | 書籍を読む
インターネットの法と慣習」という本を読みました。サブタイトルのとおり「かなり奇妙な法学入門」ですが、法の解釈論ではなく、社会の調和のために法はいかにあるべきかという本質論からインターネット(&知財)について議論を展開させており、なかなか面白かったです。
 その中で、知財重視という世の中の流れを、「神聖知財帝国」と例えて説明しています。つまり、「知的労働の成果である知的財産は神聖不可侵である」という教義を未開の地(知財という意識に乏しい地域、知財の利用は自由であるという考え方の人達)にも広めて、「知財帝国」を拡大していこうという動きだということです。

 話は変わりますが、数年前に朝鮮戦争の中での兄弟愛を描いた「ブラザーフッド」という韓国映画がヒットしました。数日間はショックが抜けないような強烈な映画ですが、徴兵された主役のチャン・ドンゴンが弟(ウォンビン)や家族を救うことだけを考えて、投降して北、南と幾度となく立場を変えていきます。それを見て感じたことは、結局のところ個々人が求めているのは平和であり家族や友人の幸せであって、主義主張や立場というのは建前でしかない、ということです。その本質を見失った主義主張・教義の拡大に一体何の意味があるのであろうか、ということを感じざるを得ませんでした。

 「神聖知財帝国」の例えからも、同じようなことを感じました。人類が本質的に求めていることは「経済社会の発展」や「生活の豊かさ」であって、「知的財産は神聖不可侵」という教義の拡大ではありません。教義の布教の一端を担う立場にいても、そのあたりのことは頭のどこかに忘れないように置いておかねば、と思います。

知財経営&知財コンサルティング

2007-02-10 | 知財発想法
 「知財の世界革命は起こっているのか?」の記事で、「特許戦略メモ」の久野様より「ビジュアル系」に関するご意見をいただきました。ちょっと論点がずれてしまうかもしれませんが、近年注目されている「知財経営」や「知財コンサルティング」について私見を述べてみたいと思います。
 
 「知財経営」というと、知財に関する定量化された数値を様々な経営指標と照らし合わせて、知財と経営の関係は斯く斯く然然だ、と論じられることが主流になっているのではないでしょうか。
 確かにこうした議論は「知財経営」というテーマに関する事項ではあるのですが、これは「経営の分析・研究」であって、実行を伴う「経営」そのものではありません。VC時代からベンチャー経営者のお手伝いをさせていただて感じることは、「経営」とは、もっと泥臭い工程を伴う実践性を要求される性質のものです。

 例えば、、、
 あるテレビ番組で楽天イーグルス・黒字化の秘密、みたいなことを取り上げていたときに、楽天の三木谷社長が「経営に魔法のような特効薬なんてないんですよ。どうしてこれまでは赤字だったのか。例えば、キャラクターのライセンスはどういう仕組みになっていて、その仕組みを変えることで収益を改善できないか。そういった改善し得るポイントを地道に潰していくことの積み重ねが、黒字という結果につながっていくんです。」というようなことを、仙台を走り回っている車の中で言っておられました。
 ある書物で京セラ創業者の稲盛氏は、「経費節減をするのに、ただ節約せよと言うだけでは効果は生じません。全ての工場・事業所の電気代、水道代などのリストを提出させて、問題のあるところには1件1件、私が『どうして高くなるのか』という理由を訊ねていきます。そうしないと、経費節減などできません。」というようなことを書いておられました。

 「ビジュアル系」的な知財の可視化・分析は、「知財経営」の入り口に過ぎません。問題は、描いた理想像に対して、現実のどの部分と差異があるのか、差異の原因は何なのか、理想に近付けようとする際にボトルネックになっているものは何なのか、そのボトルネックを解消する仕組みはあるのか、その仕組みに現場の人は共感してついてきてくれるのか、そういうことを現場の声を聞きながら詰めていかないと「知財経営」を実践することはできません。
 こういう言い方をすると、「だから知財ムラの人間は排他的だ」と攻められてしまうかもしれませんが、こうした「知財経営」を実践する工程を作っていく作業は、おそらく泥臭い現物を扱う作業(特許出願の工程や権利行使などの紛争etc.)の経験がないと、「ビジュアル系」専業では難しい部分が多いように思います。だから、現場で汗水垂らしている「知財のプロ」の中から、こういう工程も担っていくような人材が育っていくべきなのです。
 「知財コンサルティング」というと知財の可視化・分析工程をイメージされることが多いかもしれませんが、この工程はあくまで一部であって、たぶん「知財経営」の成否を決める「知財コンサルティング」とは、上記のような地道な改善作業をリードしていくことにあるのではないでしょうか。逆に、個々の出願案件の掘り起こし部分を「コンサルティング」と称していることもあるようですが、これは「コンサルティング」というよりは出願代理の前工程とでも言うべきものであって、「経営コンサルティング」としての「知財コンサルティング」とは分けて考えるべきものだと思います。