経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

特許の利用率~A型発明とB型発明

2007-07-28 | 知財発想法
 取得した特許権がどの程度の製品やサービスに採用されているかを示すために、利用率(実施率)という指標が示されることがあります。利用率を上げるのが課題、みたいにいわれることもありますが、本当にそう考えてよいのでしょうか。
 
 特許の対象になる発明は、商品化のスケジュールとの関係でいうと、2つのタイプに分けることができます。1つは商品化の計画には載っていない基礎研究的なものの成果である発明(A型発明とします)で、もう1つは商品化のスケジュールに入っている商品開発の成果である発明(B型発明とします)です。
 どうも、特許戦略などの話をするときに、この2つが一緒に論じられることによって、混乱を招いているような気がします。

 A型発明は、将来具体的な商品やサービスに使われるかどうかわからないので、利用率なる概念が意味を持つことになるでしょう。しかしながら、厳しい投資採算が求められる企業経営において、全てのA型発明を事業化するのが善というはずもなく、利用率が極端に高い数値にならないことは当然といえば当然です。利用率を高めるために努力できることとしては、基礎的な研究であっても、できるだけ戦略分野の発明を中心に出願するということが考えられますが、権利化した後になって特許の利用率を高めることを目的に努力することは、事業戦略との不整合・経営資源の発散を招きかねないものであり、特許を活用するために企業が存在しているわけではないので、本末転倒であるといえるでしょう。
 一方、B型発明のほうは、理屈の上では利用率なる概念は存在し得ないはずだと思います。なぜならば、商品化のスケジュールにあわせて開発したものなので、商品化が中止されなければ利用されて当然であるはずだからです。実施しないオプションだけれども他社牽制のため、といった出願もあるでしょうが、それはそれで広く「事業に活きている(事業をサポートしている)」という意味では「利用されている」といえると思います。B型発明については、利用するものを出願するのだから、利用率を云々するのはナンセンスです。

 因みに、教科書的に「特許」が説明されるときは、A型発明がイメージされていることが多いようです。例えば、「創造→保護→活用」のサイクルの話も、A型発明については当て嵌まるものの、B型発明は活用するために創造、保護を行うのだから、サイクルという流れではなく、同時進行形のイメージになると思います。「発明の発掘」「発明の提案」という業務もA型的で、B型だと発掘だ提案だというより、商品化スケジュールの中で必要なものを拾っていくというイメージになるでしょう。また、B型発明になってくると各々の特許の役割が具体的に想定しやすくなるため、「広く」「強い」権利を作ることばかりに力を入れなくても、色々な役割の特許を揃えて全体として商品・サービスの守りを固めていけばよいことになるでしょう。すなわち、A型発明とB型発明では、マネージメントの方法も異なってくる(A型は個々の権利内容重視B型は商品・サービス全体の構成・時間軸等を重視)ことになります。

 A型発明とB型発明の構成比について考えると、業種によってかなり違いがあるように思います。大学はおそらく殆どがA型、医薬・バイオ系はA型が多く、メカ・エレクトロニクスになるとB型の比率が高くなり、ソフトウエアなどではB型が圧倒的に多くなる、といった感じではないでしょうか。よって、平均的な利用率を論じることにはあまり意味がないように思います。尤も、利用率が高いはずの業種で利用率が極端に低い場合には、B型業種なのにA型の特許マネージメントをやっているのではないか、などの問題が発見できることになるかもしれませんが。

4年目の壁

2007-07-26 | 新聞・雑誌記事を読む
 ベンチャー企業はいつ頃から本格的に知財業務に取り組むべきか。
 バイオベンチャーであれば、当然スタート時からしっかりやってないとダメということになりますが、それ以外の業態であれば、まずは売ってなんぼ、という部分が大きいのが実情ではないでしょうか。上場までは他にやることが多すぎで知財のことはあまり気にせずに勢いで走ってきたけど、上場前後の頃から露出の機会、大手とバッティングする機会も増えるようになり、人的・資金的な余裕もできてきたので、本格的に知財機能の強化に取り組み始める、ということが少なくないように思います。

 本日の日経新聞に、東証マザーズに上場した企業の上場後の増収率の推移を分析したグラフが掲載されています。このグラフによると、上場4年目をターニングポイントにして売上が停滞し、6年目くらいから再度上昇曲線を描くのが標準的なパターンになっているようです。
 この傾向には、勿論様々な要因が影響しているとは思いますが、先ほどの知財業務の状況に照らして考えると、上場まではビジネスの勢いで走ってきた。ところが上場して注目されるようになってきた後には競合の参入が激しくなり、パイの食い合い・値下げ競争が始まって、3年間くらいには勢いで押し切れた先行者利益の賞味期限が切れてきやすくなる、という見方にも結び付くように思います。
 勿論、そのための手段は特許に限られませんが、先行者利益が失われてくる時期を意識しながら、その後にも優位なポジションを守るための参入障壁を意識して作り上げてきたかどうかということが、4年目の壁を乗り越えられるかどうかを左右する要因の一つになってくるのかもしれません。

貸しビルとテナント

2007-07-24 | 書籍を読む
 「生物と無生物のあいだ」からもう一つ。日米の大学の研究環境の違いが、わかりやすく説明されています。

 日本の大学は、教授を頂点とする階層構造があり、教授以外は全て使用人である。
 これに対して、米国の大学では、研究者間には基本的に支配-被支配関係がない。肩書の違いは研究キャリアの違いに過ぎず、研究者は全て独立した存在である。ここでの独立とは、「グラント(研究費)を自分で稼げる」ということが前提となる。支配関係があるのは、研究者とポスドクとの間だけである。

 その上で、大学と研究者の関係を、「貸しビルとテナントの関係」と表現して、以下のように説明されています。
「大学は研究者の稼いだグラントから一定の割合を吸い上げる。これをもって研究スペースと光熱通信、メンテナンス、セキュリティなどのインフラサービス、そして大学のブランドが提供される。」
 このような形態をとっているのは、研究がきわめて「個人的な営み」であるからだそうです。
 
 この仕組みは、個人に依存する性質の強い専門職であれば、どの分野でも適用可能なものであり、知財業界にも示唆されるものがあるように思います。

生物と無生物のあいだ
福岡 伸一
講談社

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動的平衡システムと知的財産権

2007-07-23 | 書籍を読む
 アルファブロガーの磯崎さんが書かれた読書感想文を見て、「生物と無生物のあいだ」を読んでみました。専門外ゆえによくわからない部分もありましたが、それにしてもその深遠な世界にどんどん惹き込まれ、何ともいえない読後感です。社会科学的にも深く示唆するものがあると感じます。

 特に、磯崎氏のブログでも指摘されていますが、
完全な欠損は不都合を引き起こさず、部分的な欠落のほうが破壊的なダメージをもたらす
という事実が、非常に興味深いです。著者によると、動的な平衡をもたらす仕組みこそが生物の特徴であるとのこと。例えばある実験では、生命の維持に必要不可欠と思われるタンパク質が全く欠落したノックアウトマウスを作ったところ、その欠落を補うような仕組みを新たに作り出し、何の不都合もなく生命を維持している。ところが、そのタンパク質を不完全な状態で与えたところ、細胞はそれが「存在している」ものと錯誤して不均衡をそのまま残してしまい、さらにその不均衡が広がるにつれて生物に破壊的なダメージを与えてしまった。

 生物である人間が作り出す「企業」という組織も、組織全体に「成長しよう」という意思が浸透しているならば、組織をよりよいものにしていこうとする動的な平衡をもたらす仕組みを備えるものであろうと思います。であるならば、
■「独占権である知的財産権によって支配できるはずの市場が、現実問題としてはなぜ知的財産権の力関係どおりにならないのか?」
■「知的財産権の取得、知的財産権の行使に頼らなくても、高い市場シェアや収益力を獲得している企業が数多く存在しているのはなぜか?」
■「知財部門を設けているにもかかわらず、収益上の効果が一向に見えてこない企業が少なくないのはなぜか?」
という、知財分野におけるかなり根源的な問いにも、答えの道筋が見えてくるような気がします。すなわち、
権利に頼れないことを自覚していれば、組織にはそれを補うための作用が働いて他の手段でビジネスを守ろうとするけれども、不完全な形で権利への期待が存在していると、権利があるから大丈夫という錯誤がダメージを拡大していく
ということです。
 勿論、分野によっては(バイオetc.)、知的財産権の欠落が動的平衡のシステムだけでは補い得ないものであることもあります。これは生命体においても同じで、その場合は誕生に至る前に細胞が自己融解を起こしてしまうそうです。

生物と無生物のあいだ
福岡 伸一
講談社

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「意図」のある仕事

2007-07-22 | 知財発想法
 前回の「形をつくる」の記事と共通する考え方かと思うのですが、知財業務の経験を積むにつれて、「意図」をもって取り組んできたかどうかによって、その成果には大きな違いが生じてくるのではないかと感じています。
 事業計画とは特に関わりなく、「このアイデアって、特許がとれると面白いかもね」といって行った特許出願は、特許権が成立するという成果にまではたどり着くかもしれませんが、そんなに面白いことにはならないことが殆どであるように思います。一方、事業計画の中で「必要」と考え、「意図」をもって進めてきたものは、程度の差こそあれ何らかの意味を持つものであることが多い。逆の立場からみても、気にせざるを得ない権利というものには、相手方の「意図」を感じるものです。
 知財業務をサポートする立場にいる者としては、クライアントの事業環境やその中で考える事業戦略をしっかりと理解した上で、「意図」をもって知財業務に取り組み、「形をつくる」ことに貢献していきたいものです。

形をつくる

2007-07-20 | 知財発想法
 知財業務は成果の見えにくい仕事なので、目的意識が明確でないために挫折してしまうか、目的意識のないままに惰性で継続されていることが多いように感じます。

 「仕事力」という本を読んでいて、中村勘三郎の「『形』がないものには『型破り』ができない」という話に興味を惹かれました。「型破り」なことに挑戦することは大切だけれども、その前にしっかりした「形」(≒基本)を身につけなければいけない、ということです。「形」にはイチローもよく言及していますが、「形」とは全ての仕事のベースになるものであり、それを状況に応じて適切に使いこなしていくことで、さらに実践的な能力が高まっていくということでしょう。

 とすると、知財業務とは、企業にとっての「形をつくる」ことの一つなのではないでしょうか。
 企業にはそれぞれ存在できる理由、その会社ならではの強みがあると思います。それは明確に定義しにくいものではありますが、その強みの一部を特許などの知的財産権として固定化し、目に見える「形」をつくっていく。個々の知的財産権そのものが企業にとっての形というわけではありませんが、点線で描かれた図形のように、それらをつないで全体を見ると、何となく企業の「形」の輪郭が見えてくる(とすると、知的財産報告書とは、点図形を結びつける線ともいえる)。その形が企業の強みを形成し、状況に応じて使いこなされることで収益に貢献する。

 しっかりした知財業務を実践している企業は「形」ができている、
知財業務の目的は企業の「形をつくる」ことにある
とも考えられるのではないでしょうか。


仕事力
朝日新聞広告局
朝日新聞社

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粗利率の見方の具体例

2007-07-18 | 知財発想法
 「粗利率」の記事で書いたように、粗利率というのは商品そのものの力を測る上で重要な指標だと考えていますが、「ベンチャー投資と粗利」の記事に書いたとおり、日本の上場企業の決算短信1ページ目の経営成績の欄には、なぜか粗利率が掲載されていません。一方、米国では粗利率に対する関心が高く、昨日のインテルの決算発表では、大幅な増収増益の決算を発表したものの、粗利率の急低下を受けて株価は下げに転じているようです。以下、NIKKEI NETの記事からです。

「米半導体大手インテルが時間外取引で下げに転じた。前日比0.38ドル高の26.33ドルで通常取引を終えた後、25ドル台前半に水準を切り下げている。17日夕発表した2007年4-6月期決算で、売上高は前年同期比8%増の86億8000万ドルと市場予想(85億3771万ドル)を上回った。ただ、粗利益率が46.9%と前年同期(52.1%)から5.2ポイント低下した。これを嫌気した売りが出ているようだ。」

 数年前には60%近かったことを考えると随分粗利率が低下していますが、AMDとの価格競争と、高採算の携帯電話用フラッシュメモリーの売上が伸び悩んだんことが主要因とのことです。
 やはり粗利率を高めるためには、価格競争の緩和と高利益率の製品(≒独自性の高い製品)の投入が必要であり、知財業務の目指すところはまさにここにあるものと思います。

方針・仕組・道具の整合性

2007-07-15 | 知財発想法
 今月24日に企業研究会さんの公開セミナーで「企業価値向上のための知財戦略と新しい知財業務のあり方」と題してお話をさせていただく予定で、レジュメをまとめる作業を行っています。右図はその中の1ページです。
 知財戦略はきれいな絵を描くだけでは意味がなく、実行するための仕組みを作り、実践していくことこそが重要であると思いますが、知財業務に関する問題をどのように解決していくか、という点について、最近は右図のような3つのレイヤーに分けて整理するようにしています。
 ① 「方針」 = 戦略に関する問題
 ② 「仕組」 = 戦略を実行するための組織やワークフロー、人材に関する問題
 ③ 「道具」 = 個別の権利や事件に関する問題
 戦略を有効に機能させるためには、これらの各々のレイヤーで戦略の実行を妨げる問題点を発見し、それを取り除くための解決策を考えていかなければなりません。経営系・戦略系の人々が語る①、知財の専門家達が語る③は、いずれもそれだけでは不十分であり、①~③が整合性をもって連動しないと経営上の成果に結び付くことはない。組織が大きくなるほど難しい問題になりますが、①~③の整合性を意識しながら、客観的な目で各々のレイヤーの問題点を把握し、具体的に解決していくことが、「知財コンサルティング」の本質であると思います。

「見えざる資産」をどう見るか?

2007-07-12 | 新聞・雑誌記事を読む
 大阪でIRのシンポジウムがあったそうで、本日の日経金融新聞に基調講演者の要旨が掲載されています。一人がヘッジファンドのプロである渋沢健氏、もう一人がM&Aの助言で有名なGCAの佐山氏です。

 見出しの「課題は『見えない資産』」にもあるとおり、渋沢氏の講演要旨の中には「人材や顧客などの見えない資産をうまく投資家にアピールすることが重要だ」とあります。「時価総額と純資産の差は知財の価値か?」の記事で紹介したよくある説明の流れですが、個人的にはやはり何か違和感を感じます。講演要旨には「見えない資産は長期的なキャッシュフローの根源で、キャッシュフローの現在価値ともいえる」ともあり、理屈は確かにそうなのですが、長期的なキャッシュフローを生むのは企業全体であって、そこには資金や工場のような見える資産も、人材や顧客のような見えざる資産も混在しているものです。要するに「将来のキャッシュフローから(全体としての)企業価値を評価しようとしている」のであって、見えざる資産云々の話はどうも後付けであるような気がします。

 一方、佐山氏のほうは、見出しの「価値判断は十人十色」とあるように、ちょっとアバウトな印象ですが、講演要旨の中に「有形無形の資産を持つ会社の価値は言うまでもなく、どのような運営をするかで全く違ってくる」とあります。ちょっと投げやりな表現のようですが、個人的にはこちらのほうが実態に即した説明であると感じます。価値のある資産が先にありき、この資産はどのくらいの価値があるのだろう、というアプローチよりも、こういう資産をどうやって有効に使うのか、有効に使えば価値は上がるし使えなければ価値はない、といったアプローチのほうが、特に無形資産については実態に近いのではないかと思います。知的財産権というものは、それ自体が価値を持つというよりも、企業の持つ資産の価値を挙げるための道具、と捉えるほうが適当ではないかと思います。

メディア型・受託型 それぞれの知財戦略

2007-07-11 | 知財発想法
 「ネット株、メディア型台頭」
ということで、本日の日経金融新聞に、近時のネット株に対する評価をみると、「メディア型」と「受託型」の間に大きな差が生まれているということが取り上げられてます。
 【メディア型】 ヤフー、楽天、ミクシィのように自社サイトで収益を上げる企業
 【受託型】 ネット広告代理店やシステム開発などの非メディア型
という分類ですが、こうした区分で収益構造に違いがあること自体、さして目新しい話ではありませんが、掲載されているグラフにちょっと興味を惹かれました。
 ネット企業をメディア型(総合型/広告掲載/EC・EC仲介)、受託型(広告仲介/インフラ)に分けて営業利益率を比較したものです。総じていえば、
◆ メディア型は受託型より圧倒的に利益率が高い。
◆ 受託型は同分類の企業間であまり差がないのに対して、メディア型は企業間の差が大きい。
という傾向が読み取れます。

 「参入障壁の固さの違いが利益率の差に表れる」という説に拠るならば、
① 受託型については各社とも参入障壁の形成が実現できておらず、
② メディア型は参入障壁の形成に成功した企業とそうでない企業の差が大きく表れている、
ということがいえそうです。
 つまり、メディア型については強固な参入障壁を形成できる可能性がある。各区分でトップになっているヤフー、ミクシィ、DeNAからそれが何かを考えると、それは「認知度の高さ」による「顧客の囲い込み」であると思われます。
 こうした事実を考えると、特許に取り組む場合にも、「特許で(直接的に)参入障壁を築く」ことを目指すより、「顧客の囲い込みに資するように特許という道具をうまく利用する」という発想で取り組むべきであろうと思います。
 また、受託型については、各社いろいろ取り組んでいるとは思うのですが、未だどこも有効な決め手を見出せていない。IT分野の知財人にとっては、チャレンジしてみたい領域ということになりそうです。