経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

練り物

2006-07-31 | 企業経営と知的財産
 ある技術系ベンチャーの投資に携わられている方から、興味深いお話を伺ったことがあります。ご自身も大企業での技術開発を経験され、かつ大手メーカーに広い人脈をもたれている方なのですが、

「デジタル家電なんて、儲かりません。0101の世界は、簡単にコピーできるし、コピーされてしまえば結局のところおしまいです。それに比べて、『練り物』は強いですよ。真似できませんからね。」

と仰っていました。

 確かに、ここにきてデジタル系の電機メーカーの収益も回復してきましたが、同じIT分野でも素材を提供する化学系のメーカー、同じ復活型でもここ数年の鉄鋼メーカーの収益力には及ぶべくもありません。精密機器関連のメーカーも、「練り物」ではないですが、「職人芸系」かつ高収益である点において、同じグループに属しているといえるでしょう。
 こういう強さは、「職人芸」と一言で片付けられてしまうことが多いですが、前から疑問に思っていたことがあります。従業員○万人、売上高○兆円、といった大企業において、職人芸なんていう世界が本当にあり得るのか。職人芸と大規模な生産ラインとの関係は、一体どうなっているのか。そこには、職人芸という一言では片付けられない何かがあるに違いないと思います。

 この疑問点について、先週企業研究会の公開セミナーで話をさせていただいた際に、参加者のお一人の某鉄鋼メーカーの方から、非常に示唆に富んだご教示をいただきました。まだ感覚的な理解で、簡潔に説明できるようなものではないのですが、要すればその強さは、職人芸も含めた総合力の問題ということであるように思います。

 デジタルの世界だって、著作権や特許権で守ればよい、勿論それはその通りですし、我々はそれを目指して日々仕事に取り組んでいます。しかしながら、言葉の世界で守れるものに限界があることは否定できませんし、一度真似をされてしまった場合の火消し作業の労力だって大変な負担になります。事実としてこういった限界があることを理解した上で、知的財産権があれば万全と頼ってしまうのではなく、知的財産権という道具も含めた総合力でどれだけ模倣されてしまうという事態を招かないようにできるか、ということを考えていくことが必要でしょう。

クレヨンでつける知財

2006-07-24 | 知的財産と投資
 ベンチャーキャピタルで仕事をしていた頃、株式投資に関する本を読み漁りました。その中でも、投資の本質を突いた参考書籍として読み耽ったのか、「1,000ドルから本気でやるアメリカ株式投資」という本です。なんだか株式投資のハウツー本のようなタイトルですが、わかりやすいだけでなく、その中味は非常に本質的で、書店の株コーナーに平積みされているハウツー本とは異質な本です。この本で紹介されている個別企業のその後は・・・というものが少なくないので、むしろハウツー本としては真に受けないほうが賢明かも知れません(笑)。
 この本の最後のまとめの章の中に、今でもよく覚えている印象深いフレーズがあります。それは、株式投資の際に銘柄を選ぶ心構えとして、「最後の決断はクレヨンでつける」というものです。要すれば、クレヨンでも書けるくらいにシンプルに、その企業を表現できるか、というものです。著者曰く、「良い投資というものは良い切り口をもっていて、それは1行で表現できるものだ。」とのことですが、全く同感です。人間はそれほど賢い存在ではないので、じっくり投資に取組もうと思えば、1行で表現できるようなチャームポイントが必要だと思います。

 ベンチャー企業の知財業務のお手伝いをさせていただく際にも、この本のフレーズをよく思い出しています。そして、
知財業務のポイントはクレヨンでつける。
と念じてみます。その企業が伸びていく強みをできるだけシンプルに把握し、その強みを強化するような知財業務を進めていかなければならないと思います。時間にも資金にも限りのあるベンチャー企業にとって、意味のない特許出願に取組んでいるヒマはありません。クレヨンでつけるポイントは、たぶん投資の決断と同じものになるはずだと思います。

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特許権は財産か?

2006-07-23 | 知財発想法
 先週、「ナノ・IT・バイオ知財経営戦略スキルアッププログラム」という講座で、ソフトウエア特許をテーマに話をさせていただきました。この講義が結構たいへんなのは、バリバリの知財実務の専門家から、知財とは全く関係ない仕事をされているビジネスパーソンまで、幅広いメンバーが受講されているため、どのあたりにターゲットを絞って話をさせていただけばよいか皆目検討がつかない、ということです。こういう場合はいろいろ考えても仕方ないので、「自分の得意な話をする」と割り切ることにしています。
 この講座のように、知財の専門家以外の方が参加されているセミナーでは、異分野から知財実務に携わるようになって実感した知財のイメージを、率直にお伝えするようにしています。その一つとして、
「『知財』(ここでいう知財は特許権などの「知的財産権」の意味です)って、かっちりした『財産』というより、その使い方によって得られるものが違ってくる『制度』というか、『道具』というイメージをもってもらったほうが、実態に近いように思います。」
ということをよくお話します。この意味を、きっちりと論理付けて説明するのはなかなか難しいのですが、ちょっと意外な感じがしているのは、知財の専門家以外の方よりも、知財実務経験が長い方のほうから、「言わんとせんことはよくわかる。自分も昨今の知的「財産」ブームに違和感を感じる。」との感想をいただくことが多いということです。ということは、噛めば噛むほど出てくる本物の味というか、このイメージはかなり実態を表したものなのではないか(これだけでは理解しにくい曖昧な表現ですみません。36条違反、と拒絶されてしまいそうですね・・・)、という気がしています。

知財2.0と右脳の働き

2006-07-13 | 知財業界
 昨日、ある席で、「知財2.0」について話題になりました。知財2.0が初めて論じられた、歴史的(?)な場面であったのかもしれません(笑)。

 一方で、最近個人的に気になっていることが、「右脳と左脳」を働かせた仕事の仕方(詳しくは「ハイ・コンセプト」に説明されています)です。

 この2つのテーマを結び付けて考えてみると、
「知財1.1,1.2 ・・・」 として表現した、従来の知財業務をより深めていこうという方向性は、左脳をさらに使っていこうというアプローチによるものであり、
「知財2.0」 として表現した、多様なビジネスパーソンと関与しながら知財業務を進めていこうという方向性は、左脳と右脳を協働(特許用語ですみません・・・かなり特許ムラに染まっています)させていこうというアプローチによるものである、
という違いがあるのではないでしょうか。

 よく特許とは何かを説明するのに使われる、「断面が丸い鉛筆しかない状況で、断面を六角形にして転がりにくい鉛筆を発明した。」という例で考えてみると、
 �六角形→�多角形→�接する面の少なくとも一部が直線→�2以上の点で接する→�重心が・・・
と発明の本質を突き詰めていくのは左脳単独型のアプローチであり、
 �→�→�→�、、ちょっと待てよ。�でカバーするような鉛筆って、そもそも鉛筆としての使い勝手がどうなるの?それに、そんな特殊な形状の鉛筆なんて、製造コストが嵩んで商品化できるわけないだろう。
と発想を切り換えるのが右脳左脳協働型のアプローチのイメージです。
 単純すぎてあまり良い例えではないかもしれませんが・・・

右脳と左脳

2006-07-11 | 書籍を読む
 友人の薦めで、「ハイ・コンセプト」を読んでいます。
 要すれば、
■ 情報を的確に処理する機能を担う左脳に対して、全体的な思考力や新しい発想力を司る右脳の重要性が増している。
■ 左脳の役割は、コンピュータ、インド、中国に代替されていく。
■ システムエンジニア、医師、弁護士などの専門職は、左脳的な価値から右脳的な価値を売るようにならないと生き残れない。
■ だからといって、左脳を鍛えなくてよいということではなく、従来同様の左脳の働きを前提に、右脳と左脳で情報をやりとりしながら、創造性のある仕事をすることが重要である。
といった内容です。
 弁理士も、たぶん専門職に属する仕事なので、なかなか他人事では済まされないテーマですね。

 ただ、弁理士の場合にちょっと事情が異なると思うのは、明細書作成などの左脳的なルーチン業務を考えると、言語の問題や、発明の個別性という特性から、コンピュータやインドによって代替することは難しいのではないかということです。よって、弁理士業は他よりも左脳で食べていける期間が長くなりそうな感じですが、それをよしとして左脳型の仕事に満足していると、右脳と左脳のバランスで勝負する他の分野のビジネスマンとの感性の差は、ますます拡大していってしまうでしょう。何とも恐ろしいことです。
 「弁理士はビジネスセンスがない」という評判を耳にすることが少なくありませんが、ビジネスセンスとは全体を把握する力や想像力に関わる右脳的なものだと思います。これはある意味、弁理士業という仕事の性格上、左脳的な業務に埋没してしまいがちなことの帰結なのではないかという気がします。
 弁理士から芸術家に転身しようというわけではないので、「右脳を強くする」ことを目ざすわけではありません。だから、もっと絵を見よう、音楽を聴こうという話とは少し違います。「右脳と左脳が連動する」のが目指すところなので、これは日常の仕事のスタンスから意識していかないと、なかなか実現できないのでしょう。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

三笠書房

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戦略、戦術、そして「走る」こと

2006-07-09 | その他
 W杯もいよいよ決勝戦を残すのみとなりました。日本代表の試合と、ベスト16以降の夜12時スタートの試合を結構見たのですが、戦略、戦術、そして「走る」ことの3つが揃わないと、世界のトップレベルでは戦えないということを感じました。
 日本代表については、監督の資質についてあれこれ言われているようですが、トルシエとジーコのどちらが優れているか的な議論は、素人目にもナンセンスであるように思います。両者は、そもそも勝つためのアプローチ、目指しているサッカーが異なるのだから、どちらの監督が適しているかはその前の「戦略」段階(どうやって勝つかという基本方針)によって必然的に決まると思うのです。日本選手の個々の能力が世界レベルにあると評価し、その力をフルに発揮させることで戦うというのであれば、ジーコ的な監督を選択することになるだろうし(そうしたタイプの監督の中で優れた監督は誰か、という選択は別途生じますが)、個々の能力の不足をチームの戦術で補おうというのであれば、トルシエ的な監督を選択するということになるのだと思います。ジーコかトルシエかというのは、そういう戦略レベルでの判断の話であって、まずは協会がどういう方針で考えていたかが問われるべきなのではないでしょうか。先にオシムありきではなく、基本的な戦略の総括を聞いてみたかったものなのですが・・・
 そして、今回のW杯で何より印象に残ったのは、世界のスーパースターが死ぬ気で走り、戦っている姿です。特に、試合中にもどしながら、アキレス腱を断裂しながら走っているベッカムの姿は印象的でした。表面的な「成功」は一見羨ましく見えますが、高いレベルにいけばいくほど、より厳しい戦いをしなければならないということです。負けた後のロナウジーニョのインタビューも、これが世界のトッププレイヤーかと疑いたくなるほど情けない表情で話していましたが、周囲の期待値が高まる中でプレーをすることは、本当に大変なことなのだろうと思います。

 ここまでは、サッカーの素人から見た感想レベルの話なのですが、知財業務についても、戦略、戦術、そして「走る」(明細書を書くなどの日常業務)ことが全て大事なことは同じですね。例えば特許を考えた場合も、個別の出願内容云々を言う前に、業界の特性、自社の立場によって「特許制度をどう活かすか」という戦略がまずは重要で、マネージャー層が組み立てる戦術についても、その戦略に対して最大限の効果を発揮する方法を考えなければいけません。一方で、いくら戦略・戦術を考えたところで、走らないことには勝負になりません。特に我々実務家は、「走ってなんぼ」なので、中田ヒデのような体力をつけなければいけませんね。

営業秘密

2006-07-06 | 新聞・雑誌記事を読む
 技術を特許ではなく営業秘密として守る例として、最もよく使われるのはコカ・コーラの製法の話です。この件で、秘密が漏洩しそうになったという、ちょっとビックリのニュースが出ていました。
 なかなかカッコいいのが、秘密の売却を打診されたペプシコの反応で、FBIに通報して逮捕に協力した上で、「競争は激しくても、公正で法に基づいたものであるべきだ」とコメントしたらしいです。

 それにしても、考えてみれば当たり前というか、ある時、ペプシの味がコークの味とそっくりになってしまったとしたら、それってペプシにとっていいことなんでしょうか。そもそも、ペプシを買う人にはペプシならではの味のファンの人が少なくないと思うし、コークの味を真似たらかえって顧客を失うのではないか、という気がします。持って行くのであれば、コーラをラインアップに持っていない清涼飲料メーカーを選ばないとダメなんじゃないでしょうか。というか、勿論、そもそもそんなことをやってはいけないという話でした。

申告漏れ

2006-07-02 | 企業経営と知的財産
 ソニーが約744億円の申告漏れで追徴課税総額279億円、武田薬品が1223億円の申告漏れで追徴課税総額570億円と、連日のようにビックリするような金額の支払リスク(両者は異議申立を行っているため課税は確定していません)についての報道がされています。

 これを見て思ったのは、「知財紛争は経営マターか」の記事に書きましたが、大企業の経営陣からすると、他に生じ得る支払リスクの規模と比較すると、損害賠償額の規模という意味での知財リスクは、あまりインパクトのある話ではないということです。ましてや、職務発明の対価に関する支払額は、経営問題として考えると、誤差の範囲内といってもいい程度の金額でしょう。
 先の記事にも書きましたが、勿論、これをもって「知財は経営問題ではない」などと言っているわけではありません。知財リスクというのは、差止、クロスライセンスの条件、或いはもっと目に見えない部分での競合に対する牽制効果や威嚇効果といったところでボディーブローのように効いてくるものであり、「賠償額」という部分に矮小化して説明すると、問題を見誤ってしまう可能性があるのではないか、と思うのです。そういう意味で、我々知財人も「経営者の金銭感覚」を理解した上で、「なぜ知財が重要か」ということを説得的に説明できるようになっておかなければいけないと思います。弁理士にビジネスセンスを、ということがよく言われているようですが、難解な経営学を勉強する以前に、こういう感覚を見につけることのほうが本当は重要なのではないでしょうか。