経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

守備範囲を広げる必要性

2011-04-20 | 知財一般
 1週間ほど前になりますが、日経の「大機小機」のコラムにこんな記事がありました。「復興需要が経済に対してプラスになるという期待があるけれども、それは誤りである。特定の業種や企業にはプラスとなることがあっても、それは失われたインフラや設備を元に戻すものであり、原状回復に資金や人材を投入しなければならなくなる分、新しい価値を創出する機会が減じられて経済全体にはプラスにならない。それゆえに、限られた資金や人材を効率的に利用すべく、効率性を考えた財政の優先順位付けをより明確にしてムダの排除を断行するとともに、企業にとっては、電力供給の問題もあるので、より効率性を高めるために生産体制の見直しや低効率な事業からの撤退を進めなければならない。」といった内容です。確かにマクロで考えるとその通りで、これまで以上に効率的な事業運営が求められることになり、知財活動についてもより効率性と結果が求められることになってくるのだと思います。

 最近いくつかの中小企業を訪問した際に、新規事業を立ち上げるうえで障害になる要素として、2つの共通項があると感じました。
 1つめは、既存事業との兼ね合いの問題で、力のある企業であればあるほど、既存事業での引き合いが強く経営資源の多くをそちらに回さなければならない。その結果、新規事業には手が回らない状態が続いてしまう、ということです。
 もう1つは、世に出せそうなものを持っているのだけれども、それを知ってもらう機会がない。特に、現物の‘質感’を実感しないとその良さが伝わらない製品であれば、その機会を作り出すには大きなエネルギーを要するため、手つかずの状態が続いてしまうということです。
 こうした課題をクリアできないと、知財絡みの新規事業は‘低効率’であることを否めないものとなり、切り捨て(というか未着手)の対象となってしまう。このあたりまで含めたトータルなソリューションというか、少なくともそういう意識を持った取り組みに進んでいかないと、知財活動を企業の業績→経済の活性化に結びつける道は開けない。もっと守備範囲を広げていかないと、ってことでしょうか。

今さら・・・ですが、の2冊より

2011-04-19 | 書籍を読む
 最近読んだ本から。
 1冊目はハブ繋がりで将棋の羽生善治氏の「40歳からの適用力」です(今さら・・・という年齢になってしまいましたが)。
 棋士ならではのテーマで、「先を読む」について。相手の次の手、すなわち相手の考えていることをどうすれば「読める」か、というテーマについて、まずは「相手の立場」に立って考えることが重要である。ここまではよくある話ですが、実はそれだけでは十分でない。羽生氏曰く、相手の立場に立って「相手の価値観」で考えなければならない、とのことです。「相手の立場に立って考えましょう」とよく言われるけれども、相手の立場に立っていても「自分の価値観」で判断してしまっては元も子もありません。「経営の視点」に立っているつもりでも、「知財の価値観」で判断してしまっていないか。その立場での価値観というのは、本当の意味ではその立場を経験しないとわからないものなのでしょうが、できるだけ素直に耳を傾けて違う立場の価値観を理解していかなければならない。‘7つの知財力’で紹介したなかでは、エルム・宮原社長の「ビジネスモデルから考える」やシード・西岡前社長の「特許は投資の一部」といった考え方などは、まさに知財の価値観ではなく経営者の価値観の表れであると思います。先日書いたゼネラルパッカーの例でも、知財の価値観では「防衛特許」と表現されるものが、経営者の価値観から見ると「顧客の安心」とか「品質保証」になる。経営学を勉強すること以上に、この価値観の理解が重要なのではないでしょうか。
 もう一つ、「直感」の重要性について。「直感」には邪念の入る余地がないから、あれこれ考えるよりも、実は「直感」こそが正解だったりすることが多い。但し、単なる思いつきではだめで、その「直感」は経験や思考の積み重ねという裏付けがなければならない、というところがポイントです。職人芸と呼ばれるような領域がまさにそうで、徹底した技術の追求と無駄の排除、工夫の積み重ねが、シンプルな思考回路と鋭い「直感」を鍛え上げていく。確かに、ベンチャー投資の世界なんかにもアートな要素があり、それは経験によって育まれる部分が大きい。プロフェッショナルの真髄は、知識の豊富さや、難解な理論の構築ではなく、経験に裏づけられたシンプルな判断力を磨き上げていくことにあるのではないか。
 
 2冊目は、冨山和彦氏の「挫折力」です(若者へのメッセージというコンセプトなので、こちらも今さら・・・ではありますが)。2月に出た本ですが、震災を経てメッセージがより強く響きます。あれこれ書くと野暮になってしまいそうなので、こちらはこれくらいで。

40歳からの適応力 (扶桑社新書)
クリエーター情報なし
扶桑社


挫折力―一流になれる50の思考・行動術 (PHPビジネス新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所

エンジニア・高崎社長の「MPDP」理論

2011-04-07 | 知財一般
 先日のエントリで少し紹介した株式会社エンジニア・高崎社長の提唱されている‘MPDP’について、本ブログで取り上げるご承諾をいただきましたので紹介させていただきたいと思います。
 ‘MPDP’は、
 M = マーケティング
 P = パテント
 D = デザイン
 P = プロモーション

の意味で、大ヒット商品を生むためにはこの4つの要素が揃わなければならない、という考え方です。新人タレントを発掘してスターに育てるまでに喩えるならば、
 M = オーディションで将来のスター・光る素材を探す
 P = 専属契約を結ぶ
 D = 宝塚音楽学校で踊りや歌のトレーニングをする
 P = テレビや雑誌を使って売り出す

というプロセスが必要で、このうちどれが欠けていても自分の事務所から大スターを生むことはできない。何ともわかりやすい喩えで、このように説明されると、ヒット商品を生み出すプロセスにおける知財権の位置づけや必要性がよく理解できます。4Pとも3Cとも違う、商品の企画から販売までの時系列的に沿った流れで必要な要素を確認できる大変ユニークな分析手法であると思います。こうして並べてみると、‘M’や‘(後の)P’には比較的意識がいきやすい一方、確かに‘(先の)P’と‘D’という知財絡みの部分は手薄になりがちであることがわかります。最近のKポップの勢いなんか‘D’がよく効いている感じですし、ここを落とさないことが肝要かと。
 ‘MPDP’の4つの要素は、実は商品開発に限られるというものではなく、商品にせよサービスにせよ新しいものを世に出して事業を起こそうとする際には、共通して必要になる要素なのではないでしょうか。その場合、MPDPの各要素の本質をもう少し広く、
 M = 顧客の欲する商品やサービスを用意する
 P = 優位なポジションを築くための道具や仕組みを用意する
 D = 機能だけに囚われず情緒的な価値を磨く
 P = 顧客に認知されるルートを確保する

といった感じで捉えておくとよいかもしれません。尚、「開発の‘D’が含まれていないのではないか」という指摘があるかもしれませんが、‘MPDP’の中では上記のように‘M’の一部に含めて捉えればよい、というのが私の解釈です。
 自分自身も知財絡みの新サービスを世に出せないものかといろいろトライしてきながら、どれもまともなモノになっていないのが現状ですが、‘MPDP’に当てはめてみるとそれもそのはずであることがよく理解できます。M=「こんなのエエかも」という思い付きで発案し、P=「特許とか関係ないし」というわけでそれ以上の仕組みを考えることもなく、D=パワポで適当にお絵かきしたペーパーを作り、P=2、3当たってみて「こらアカンわ」と諦める。これではスターが誕生するはずがありませんね。
 というわけで、新商品・新サービスの立ち上げに取り組んでいる皆さん、顧客から新商品・新サービスの相談を受けている皆さん、一度‘MPDP’に当てはめてチェックをしてみられては。本家の詳しい解説はこちらにあります。⇒「ものづくり中小企業を活性化する4つの秘訣


ちゃぶ台をひっくり返せるか。

2011-04-01 | 知財一般
 今日から新年度入りです。個人的な記録ということになりますが、昨年度(2010年度)に力を入れて取り組んだ活動(代理業務を除く)を振り返っておきたいと思います。

 一昨年度(2009年度)は特許庁の地域中小企業知財経営基盤定着支援事業で、中小企業が知財活動に取り組むための基本的な考え方として‘定着モデル’なる理論(?)をとりまとめました。しなしながら、理論だけで現実に何かが動くわけではなく、これをメソッドに落とし込んでいかければならない。というわけで、(1)中小企業支援者向けの‘知的財産経営プラニングブック’の作成(昨年度の地域中小企業知財経営基盤定着支援事業)、(2)‘横浜価値組企業’をリニューアルする‘横浜知財みらい企業’の制度設計、(3)愛媛県西条市で実施した‘西条知財塾’、といったプロジェクトに関わる機会をいただけたため、これらを通して‘定着モデル’のメソッド化に取り組んできました。

 (1)については、近日中に特許庁のホームページで公開されると思いますが、‘定着モデル’の考え方に沿って支援先企業の
 「知財活動の目的・位置づけを明確にする」 ⇒ 「知財活動を実践する仕組みを構築する」
プロセスとその留意点を、地域中小企業知財経営基盤定着支援事業のワーキンググループのメンバーで取りまとめました。中小企業の知財支援というと、後段の「知財活動を実践する仕組みを構築する」に目がいきがちですが、「知財活動の目的・位置づけを明確にする」部分を厚く書いているのが‘知的財産経営プラニングブック’の特徴です。「知財活動の目的・位置づけを明確にする」ためには、その企業の経営の課題、事業の課題を的確に把握し、それらの課題に対して知財活動がどのように貢献し得るのかを検討しなければならない。そのときには、知財=排他権、という典型的な効果だけに囚われず、知財活動が現実の事業においてどのようなはたらきをし得るのかをよく理解しておくことが求められる。そのはたらきを知財活動で成果を上げている中小企業の経営者へのヒアリングから抽出し、8つのパターン(「7つの知財力+1」となりました)に整理しています。また、支援先企業の現状や意識を把握するためのツールとして‘問診セット’なるものを作成しましたが、まだまだ工夫の余地があると思うので、今後ブラッシュアップしていければと思っています。

 (2)については、先週予定されていたセミナーでお披露目となる予定でしたが、震災の影響で中止となったため、粛々とスタートすることになりそうです(横浜市の23年度予算概要24ページにちょっとばかり紹介されています)。この制度設計のお手伝いをさせていただいたのですが、要するに、知財活動が経営に貢献するまでの段階を、
 「事業計画の作成」⇒「知財活動の目的・位置づけの設定」⇒「知財活動を実践する仕組みの構築」⇒「経営上の成果」
という順序で整理し、対象企業の知財活動がどの段階にあるかを評価して、各々の段階に適した支援メニューを提供しよう、というものです。例えば、事業計画もないままに知財権の取得を支援(例えば出願費用の助成)したところで、その知財を事業に活かせるかどうかわからない。その段階で必要なことは、事業計画作成の支援であるはずです。また、事業計画があったとしても、事業計画との関連で知財活動の目的が明確になっていないと、取得した知財権が事業計画にプラスになるとは限らない。その段階で必要な支援は、知財活動の目的を考えることから始める知財コンサル的なものになるでしょう。中小企業支援というと、とにかく知財権の取得を支援しようというところからスタートしてしまいがちですが、その前段階として知財が活かせる状態にあるかどうかのの評価から入るという仕組みは、結構画期的なのではないかと思っています。とはいいながら、実際に動き始めるといろいろ課題が見えてくることかと思いますので、‘メソッド’としては運用しながら磨きをかけていくべきものかと思います。

 (3)については、‘知財塾’というとIPDLの使い方とか明細書の書き方といった内容をイメージしやすいですが、事業計画書の作成を最終目標にして全6回のプログラムを組みました。第1回は、参加者の皆様に知財に限らず自社の経営課題を書き出してもらった後に、知財活動の多様なはたらき(=7つの知財力)を解説しました。第2回は、様々なケースを紹介しながら、自社の経営課題に役立ちそうな知財活動のはたらきを紐付けて、自社の経営に役立ち得る知財活動の目的を検討していただきました。第3回が知財制度の基礎知識の解説、第4回が事例も交えた知財活動の仕組み作りの解説です(この2回は木戸弁理士にご担当いただきました)。第5回は、事業計画の簡単なフォーム(会社概要、製品・サービス概要、自社の強みや市場環境等の説明、収支計画etc.)を用意して、事業計画の作成に取り組んでいただきましたが、事業計画を実現するための知財活動への取組み方針を記載する項目も設けてあります。最終回の第6回は、各社の事業計画の発表会です。何しろ初めての取組みだったので試行錯誤しながらという状態でしたが、経営と知財を結びつけるメソッドとして、一つの可能性を見出だせたのではないかと感じており、ご参加いただいた西条市の企業と関係者の皆様には大変感謝しております。

 こうした活動を通じてですが、昨年度の後半頃から「企業の競争力における知財の真のはたらき」みたいなものが、おぼろげながら見えてきた気がしており、これはまた日を改めて書いてみたいと思います。


 さて、今年度。どんなチャンスを戴けるかまだわかりませんが、抽象論をあれこれ言うだけでなく知財のスキルを事業に、経営に実際に役立てるように、メソッド化を進め、そのメソッドを実践していきたいと考えています。そして、できれば「知財⇒経営」という今のアプローチを「経営⇒知財」にひっくり返したい。星一徹がちゃぶ台をひっくり返すように。