経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

ポジショントークととられないために

2011-09-19 | 新聞・雑誌記事を読む
 日経ビジネス最新号に「企業に広がる『SNS疲れ』」という記事が掲載されています。企業はソーシャルメディアでの不規則発言や炎上など「SNSリスク」への対策に人・時間・お金を割かれる一方で、期待しているような宣伝効果は本当にあるのか、といった内容です。結構考えさせられる記事ですが、その中でソーシャルメディアの活用を支援してきた専門家の、「ソーシャルメディアがすごいすごいと発言している方は、その多くが(ソーシャルメディア自体を収益源とするなどの事業を担っているがゆえの)ポジショントークです」いう発言が紹介されています。
 15年ほど前に知財担保融資の立上げを担当していた頃、「担保評価のための知財価値評価、うちに任せてください」なんて売込みがあった後に、「彼らは評価を請け負えばそれで稼ぎになるけど、実際にリスクを負うのはこちらですし。価値評価ができるって言うんだったら、一緒にリスクを負担するくらいの覚悟は見せて欲しいですね」なんて上司に話したような記憶が蘇ってきましたが、そこを収益源とする業者が「すごいすごい」と主張してもどうしてもポジショントーク(狭義には金融用語ですが自分のポジションに有利になるようことを狙った発言という意味で)と思われてしまいがちです。
 そういう意味では、知財業務を請け負うことを業とする我々の立場から「経営者に知的財産の重要性を理解してもらうことが・・・」なんて述べることには、個人的にはとても違和感があります。重要かどうかを判断するのは経営者であって、我々ではない。我々にできること・すべきことは、「知的財産の重要性を理解させること」ではなく「知的財産の様々な働きや可能性を事実に基づいて的確に説明すること」、そしてその働きや可能性を引き出すことであると。まぁ、営業とはそんな甘っちょろいものではない、っていうのが現実なのかもしれませんが。

‘クールジャパン’の‘クール’とは何か

2011-09-11 | 知財一般
 先週末のある会合で、日経電子版のコラム‘マーケット反射鏡’等を執筆されている前田昌孝氏の「クールジャパンへの期待」と題したご講演を拝聴しました。6月14日付の同コラムでも「日本再生のカギ握るクールジャパン」と題してこのテーマが取り上げられていたのですが、「クールジャパン」というと何かアニメなどのコンテンツに矮小化された話が多い中で、このコラムの「・・・商品やサービスを高く売って日本に大きな付加価値をもたらすためには、大きな前提がある。日本人のライフスタイルが世界中のあこがれの的であり続けることだ。」「・・・女性が美しさを保つためには心と体を常に磨き続けなければならないように、『クールな状態』を維持するために、相当の努力を続けなければならないのではないか。『日本人の生活なんて取るに足らない』と思われたとたんに、日本の文化は安売りされる恐れがある。」という指摘には、まさにその通りと感じました。少し前の話なので細かいところまでは覚えていないのですが、日経ビジネスのクールジャパンに関する特集に外国人の覆面座談会みたいな企画があり、その中で「日本のオタク文化のどこがクールなんだ。それを支持しているのは本当に少数派で、それを国をあげて『クール』って売り込もうとしているというのは、普通の人間から見るとほとんどお笑いだ。」といった発言を目にした際に少々ショックを受けたことがあるのですが、何が日本の「クールさ」であるのかを発信する側もよく理解しておかないと、こういった誤解(?)を招くことになってしまいかねません。
 講演の中では、日本製品の「かっこいい・センスがある」というイメージが特にアジアでは韓国製品に押されてしまっている一方で、まだ「高品質」というイメージでは圧倒しているというデータとあわせて、日本のどこがクールかという点について「『日本物語』は日々の私たちの生活から」(日本における様々なサービスの正確さや丁寧さ、安全性など)とご指摘されていたことが印象的でした。
 私見ですが、Appleのようなデザインのセンスや、韓国のような意識的・計画的なイメージ戦略をそのまま真似ようとしても、それは「日本人のライフスタイル」から生まれたものではないし、「日本ならではのクールさ」にはつながらないのではないかと思います。やはり、色々な分野での「丁寧な仕事」の積み上げこそが、「日本人のライフスタイル」から生まれる「日本ならではのクールさ」の本質なのではないでしょうか。そして、その裏づけとなっているのが「技術」なのではないか。以前に特許庁のプロジェクトで、漆喰をタイル化した‘LIMIX’を開発販売されている田川産業さんを訪問した際に、同社の行平社長から「デザインについてもいろいろ試行錯誤しているが、技術を追求するうちに必然的なデザインが生まれ、必然的なデザインこそが最も美しい」というお話を伺ったことが、今でも印象に残っています(「ココがポイント!知財戦略コンサルティング」36-37p.)。ウォシュレットの心地よさも然り。寿司の美味さや美しさも然り。日本庭園の美しさも然り。イチローのバッティングフォームの美しさも、そのイチローが「最も美しい野球選手」と称した元阪急ブレーブスのエース・山田久志の流れるような下手投げのフォーム然り。科学技術のみに止まらず、技能やサービステクノロジーまで含めた「広義の技術」を追求した先に、日本ならではの「クールさ」が生まれるのではないでしょうか。そうやって考えてみると、「クールジャパン」として括られるべきものは、コンテンツ、ファッション、食といったアウトプットの形ではなく、それらを創り出す極められた技術に裏付けられたプロセスにあるのではないか。コンテンツはコンテンツでも、綿密な研究と優れた技術、さらに強い意志のものと生み出された手塚治虫や水木しげるの作品は、コンテンツという切り口で共通するアキバのオタク文化よりも、むしろバンパーの裏まで磨くといわれる日本の自動車産業と共通する部分のほうが多いのではないか。日本人が各々の持ち場で、丁寧に、考えながら仕事をして、技術を磨き上げる。それこそが「クールジャパン」を推進することにつながるのではないか、なんて思う次第です。

知財担保融資のシミュレーション

2011-09-07 | 知的財産と金融
 久々に知財ファイナンス関連のニュースが出ています。大分の豊和銀行が知的財産担保融資ファンドを創設したとのことですが、プレスリリースには具体的な融資条件が一部公表されているので、実際どういった融資になることが想定されるのか、担保の対象になり得る知的財産権はどのようなイメージのものなのかをシミュレーションしてみましょう。
 基本的な融資スキームですが、まず知的財産(=知的財産権で保護された知的財産)の価値を定量的に評価し、評価額の30~50%を融資するとのことです。この他に対象企業の返済能力等も審査するようですが、私が15年ほど前に立上げを担当した日本開発銀行(当時)の対象企業の返済能力先にありきのスキーム(資金需要や返済能力から融資額を決定した上で担保が足りるかどうかを検討する)に比べると、より‘担保融資’の色彩が強いもののようです。
 評価額の30~50%とのことなので、知的財産の評価額が100百万円(1億円)であるとすると、融資額は30~50百万円になります。価値が100百万円の知的財産とはどのようなイメージなのか、5年間のキャッシュフロー(期間中は変動しない)を対象にして、割引率20%という前提でDCF法で逆算してみたところ、1年あたりのキャッシュフローが33.45百万円となりました。利益率や寄与率云々を検討し始めると、パラメータが多くなり過ぎて発散してしまうので、ここはザックリとライセンス料率を3%としてこのキャッシュフローに必要な売上高を算出してみました。すると、毎年の売上高は1,115百万円(11億円強)という計算になります。要するに、この試算からイメージされるのは、
「毎年の売上高が11億円程度となる製品に関する必須特許を保有する企業であれば、30~50百万円程度の融資を受けられる可能性がある」
ということです。ライセンスビジネスではなく自社実施を前提とするなら、年商11億円の特許製品を持っているということになるので、中小企業としてはかなりの優良企業の部類に入ると思われます。実績として、或いは将来確実にこうした数字が見込める企業であるとするならば、知財担保云々を持ち出さなくても金融機関は融資に積極的であることが多いでしょうから、このスキームを実際に動かすためには、将来のキャッシュフローの見通しについて、かなり踏み込んだ判断をすることが求められることになるはずです。独立したファンドとして運営する=金融機関のリスクを一定額に限定していることから、おそらくここを踏み込む覚悟を決めての融資スキームなのではないかと推測します。
 もう一つ注意すべき点は、評価コストと関係で融資期間がどの程度になるかという問題です。評価コストは30~100万円+実費、融資期間は原則1年以上となっていますが、仮に融資期間が最短の1年間だとすると、実質的な年利に評価コストがそのまま乗ってくることになります。融資額が30百万円だとすると、評価コストが50万円で+1.7%、100万円だと+3.3%が実質的な金利負担に加算され、もし融資額が10百万円(必要な特許製品の年商が250~350百万円程度)で評価コストが100万円だと+10.0%にもなってしまいます。よって、融資期間が何年になるか、というところが債務者にとって重要なポイントになるといえるでしょう。
 
 知財担保融資が初めて盛り上がったのが1995~1996年、第3次ベンチャーブームが始まった頃です。政府系金融機関やメガバンクを中心に、ベンチャー向けの資金供給手段として注目されました。次に注目を集めた時期が2005年前後で、リレーショナルシップバンキング・アクションプログラムの集中改善期間に対応して、地域金融機関の融資実績が多数報道されました。そして、ちょっと小さな山ですが、2000年には当時の産業基盤整備基金が知財担保を対象にした債務保証制度を開始した、というのがあって、知財担保融資へのチャレンジは5年周期という説があったりします(私が勝手に言っているだけですが・・・)。私見ですが、知財担保融資を資金供給スキームとして実質的に機能させるのは相当ハードルが高く、そこに過度に期待すると期待外れに終わってしまう可能性が高くなってしまいます。一方で、時間がかかるとは思いますが、こうした取り組みを通じて金融機関が知財に注目することで金融機関と中小企業とのコミュニケーションの幅が拡がり、両者の関係が強化され、金融機関の後押しを得て地域の中小企業が活性化される、というシナリオの実現に大いに期待したいと思います。

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金融財政事情研究会