経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

ドラゴンを倒すのではなく、ドラゴンを避けるのが仕事。

2009-12-28 | 書籍を読む
 VC勤務時代に投資とは何かに興味を持ち、‘1000ドル本’と呼ばれるシリーズを読み耽ったものですが、その著者である荒井拓也氏の最新刊‘バフェット・コード’を読みました。‘1000ドル本’については、そこで説かれていた‘Q型企業’への投資がネットバブルの崩壊でひどいことになってしまったことから、批判的な意見も多々あるようで、今回の‘バフェット・コード’についても、アマゾンのレビューを見ると「具体性に欠けて株式投資の参考にならない」といったネガティブな評価があるようです。「誰か儲かる銘柄の見つけ方を教えてよ」ってハウ・ツーを求める人にとってはそういう評価になるのかもしれませんが、試行錯誤を繰り返しながら「投資とは何か」という本質を追求する氏の姿勢には、「知財とは何か、企業活動にどのように貢献できるか」を追求する一職業人として感銘を受けました。知財には関係ないといえば直接の関係はありませんが、真の意味で「企業を理解する」とはどういうことか、多々考えさせられる部分がある本です。
 この本では、バフェットの投資の本質は「リスクをどのようにマネージメントするか」ではなく「どのようにしてリスクを避けるか」にあると分析しています。バフェット自身が「ドラゴンを倒すのではなく、それを避けるのが仕事」と語っているように。リスクファクターを割引率に置き換えて評価するなんていうのは、そもそも割引率の根拠なんていい加減なもので議論するだけ時間の無駄、それより割引率を議論しなくて済むようなリスクフリーのビジネス(グッドビジネス)を探すことに注力しよう、と。‘グッドビジネス’とは10年、15年先の姿を高い確度で見通せるビジネスということなので、それは誰にも同じように見えるものではなく、その人の得意分野や先見力によって異なってくる。投資の本質(≒ビジネスの本質)は‘確実性を探る’ことにあり、将来性、成長力、ブランド力などに関する議論も、それ自体が目的ではなくこの‘確実性’を強固にするための一要素という位置付けになるそうです。
 企業が取り組む知財活動も‘確実性を探る’のに結びつけることを本旨と捉えるならば、やはり先にビジネスモデルありきであって、そのビジネスモデルの確実性を高めるという目的に従って、様々な判断を行っていくべきものなのでしょう。先日の「残りの9割」のエントリも、要はそういう話なのではないかと思います。ちょっと抽象論ばかりで何が言いたいのかよくわからない文章になってしまいましたが、本日は個人的な覚書ということで。


※ 「ドラゴンを倒すのではなくドラゴンを避ける」というと、何か消極的な特許戦略をイメージされてしまうかもしれませんが、ここでは「ドラゴン=特許」ではなく、「ドラゴン=ビジネスリスク」と捉えていただければと思います。ビジネスリスクを避ける(ドラゴンを避ける)ために、特許権の積極的な行使が必要になる場面もあるということで。ここで「ドラゴンを倒す」とは、明らかに他にビジネスリスクが存在しているに関わらず、「特許があるから」という理由で突っ込んでいくようなケースをイメージしています。


バフェット・コード
荒井 拓也
日本経済新聞出版社

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需要を創る

2009-12-17 | 新聞・雑誌記事を読む
 今週の日経ビジネスで「銀行亡国~『再建』放棄が日本をつぶす」と題した特集が掲載されていますが、そのタイトルとは正反対の鹿児島銀行の記事に目を惹かれました。融資先へのサービスとして、営業支援に積極的&システマティックに取り組んでいるという話で、ここまでやっている‘銀行’があるのか、とちょっと驚きでした。
 金融機関の‘貸し渋り・貸し剥がし’については、ここのところ何度か地域金融機関の現場の状況をお聞きできる機会があったのですが、どうも某大臣のパフォーマンスでイメージ先行の部分があるのではないかという印象を持ちます。鹿児島銀行の記事もそうですが、いくつかの信用金庫で仰っていたのが「地域で個々人の顔まで見える信用金庫で、そんなエゲツない貸し剥がしなんてできませんよ」とのこと、確かに転勤といっても地域を離れることはない信用金庫の性質を考えるとよく理解できる話で、そのあたりはどうも‘金融機関’として一括りに論じられるべきものではなさそうです。
 そうした中で、ある信用金庫の方から‘知的資産経営評価融資’についてこんなご意見をお聞きしました。「今考えなければいけないことは『融資先をどう評価するか』ではなく、それ以前の問題として『融資が必要になるような資金需要をどうやって創り出すか』ということだ。」
 全くもってそのとおりで、設備投資資金や増加運転資金などの前向きな資金需要が出てこないと、腰を据えて‘評価’なんて話にはなってきません。そこで、資金需要を創り出すために、経営相談やマッチング、販売支援などの取り組みに力を入れているそうです。そこまでやれば、資金需要が生じて融資申し込みとなった際には、改めて「知的資産のヒアリング」なんて形式をとらなくても、もう会社のことは財務諸表以外の部分も十分わかっているよ、ということになります。融資の際に知的資産や知的財産を評価して、って話は景気がよく資金需要が旺盛な時期に意味を持つものであって、今のような状況では評価がどうこうというより、知的資産や知的財産についてもそれをどうやって顧客支援に生かせるか、ってところで意味をもち得るものなのでしょう。
 話は変わり、これは昨日、ある知財関係の集まりでお聞きしたのですが、知財予算の削減云々の前に研究開発予算がカットされてしまっているため、知財部門が頑張ろうと思ってもそもそも発明を創出する活動が大減速してしまっている。これも銀行が遭遇しているのと同じような状況で、知財業務で腕を振るう前に需要をどうやって創るかというところが本質的な問題、という話です。
 需要そのものが減退し、サービスセクターとしては需要の創出そのものまで踏み込まないと始まらない、って状況になってきた。これはサービスの質を高めることとは異質な領域なので大変難しい仕事だと思いますが、過去に金融機関が不動産バブル・証券化バブルを生み出した歴史を考えると、需要を創ればよいというものではなく、創り出す需要の‘質’、そこに真面目に取り組まないと同じことを繰り返しかねない。やはり「知財屋として何ができるか」という問いから逃げることはできません。

残りの9割

2009-12-13 | 企業経営と知的財産
 前のエントリで「原則論が通用しない中で知財屋として何ができるか」というところが問題だ、と書きましたが、ある中小企業の社長様から、次のような貴重なご意見を伺うことができました。その社長曰く、特許の事業への寄与度はせいぜい1割やそこらで(勿論事業の性質にもよりますが)、残り9割の営業とか改良とか、その部分をやり切れるかどうかが中小企業には一番難しいところ。そこができないと結局特許を出してもムダになってしまうので、残り9割をやっていける見通しや覚悟があるか、それを十分に問うたうえで出願することが大切だ、というお話でした。
 これって、エルムの宮原社長が仰っていた「ビジネスモデル先にありき」(「ここがポイント!知財戦略コンサルティング」53-57p.・・・もちろん「ビジネスモデル特許」の話ではありません)と、おそらく同じことを意味しているのだと思います。中小企業の知財活動が成果を出すために求められる、かなり本質的な部分を指摘されているのではないでしょうか。特許制度に照らせば「早く出しましょう」というのが正解であっても、今一度自らの経営資源やビジネスモデルを実現する道筋などを熟考するのが肝要、ということで。
 中小企業の知財活動支援に対するニーズというと、出願にお金がかかる→無料相談や助成金を、みたいな話の流れになりがちですが、もし知財活動が公的な資金の支えがないとペイしない性質のものであるならば、本当に必要で意味のある活動として定着することは難しいように思います。ここは一つ踏ん張って、簡単ではありませんが、経済的にもペイするような方法論を追求していくのが本筋ではないでしょうか。その上で、上記の話は特許への投資効率を高めるための一つの方法論を示唆していると思います(となると、代理人業務を生業とするのはますます大変になってきますが・・・)。

ココがポイント!知財戦略コンサルティング―中小企業経営に役立つ10の視点

発明協会

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スターバックスでiPhoneのスクリーンをタップする

2009-12-07 | 新聞・雑誌記事を読む
 特許などの知財権を操る知財戦略で、企業の収益にどのように貢献できるのか。その基本パターン・原則論を、
 競争力の源泉となる知的財産⇒知的財産権により保護⇒参入障壁の形成⇒価格決定力の強化⇒粗利率の向上
という流れでよく説明しています。確かに、医薬品をはじめ、オリジナリティの高い製品では今でもこの原則論が適用できるのですが、特にコモディティー化の進む分野では、開発成果を丹念に特許でカバーしていってもそんな美しいシナリオどおりにはならないことが多いのが現実です。この点について、戦略の欠如が原因だとか昨今いろいろ論じられることが多くなっていますが、‘知財を扱う者’にとって重要なことは、戦略の欠如云々を指摘して何となくわかったような気分になることではなく、原則論が通用しない中で知財屋として何ができるかを考えることであると思います。
 1ヶ月ほど前になりますが、日経ビジネスに「“モノ作り”作り直し」という記事が掲載されていました。モノ作りが提供する付加価値の中には‘機能的価値’と‘意味的価値’が含まれている。近年‘機能的価値’と価格の相関関係が崩れる一方で、‘意味的価値’による差異化の成功パターンが多くなっている。この‘意味的価値’を高める製品開発は、消費者の潜在ニーズに対して試行錯誤を繰り返さなければならないため、‘機能的価値’を高める製品開発より複雑で形式知化できない困難なものだ。ゆえに、価値が高く、模倣も容易でない、という話です。
 知財活動のうち特許に関する仕事は、この‘機能的価値’による差異化をサポートするものです。すなわち、競争の重心が‘機能的価値’から‘意味的価値’へと移行していくと、必然的に特許による差異化の価値も低下せざるを得ない。特許出願が急速に減少している要因として、単に景気の悪化ということだけでなく、こうした競争環境の変化も意識しておくべきなのではないでしょうか。じゃあ「‘意味的価値’⇒ブランド⇒意匠、商標の時代ですね!」なのか、っていうと、たぶんそんな単純な話ではない。単純な模倣でも追随されやすい‘機能的価値’に対して、デザインやロゴを真似たからといって‘意味的価値’を追随できるかというと、それはたぶん難しいと思うからです。デザインやロゴを真似てみたところで、スターバックスでiPhoneのスクリーンをタップする‘意味的価値’は、たぶん再現できないでしょう。そういう意味では、製品のもつ‘意味的価値’が顧客に訴求すれば、その時点で強力な参入障壁が得られるということなのかもしれません。
 話を特許に戻すと、では特許を扱う仕事はこうした環境変化にどのように対応していくべきなのか。それがわかれば誰も苦労しないよ、って話ですが、一つ言えることは、‘機能的価値’による差異化を追求するだけで今まで以上の成果を期待するのは難しいということです。特許が‘意味的価値’による差異化を直接的にサポートできるわけではありませんが、‘意味的価値’が訴求すること自体が参入障壁としてはたらくのであれば、その‘意味的価値’の形成過程に特許の持つ効果を何らかの形で活かしていくことはできないか。具体的なアイデアはまだまだですが(ビジネスモデル系の分野ではそういうアプローチで取り組んできましたが・・・)、方向としてはそんな感じではないかと思っています。

ムーミンではないほうのTroll

2009-12-05 | 書籍を読む
 ハンディサイズで出張の道中に丁度いいかと購入した‘死蔵特許’という本ですが、期待以上の面白さでした。JPEG特許係争の背景について書かれているのですが、いわゆる知財的な切り口ではなく、JPEG特許の権利者であるフォージェントという会社がどういう経緯で生まれ、どうやってパテント・トロールと化していったのかを経営の側面から追いかけた、そういう意味ではあまり知財っぽくない内容です。アメリカのベンチャー経営者はどういうことを考えているのか、M&Aや上場はどういう目的で行われてどういう意味があるのか、短いストーリーの中にいろんなエッセンスが盛り込まれていて、著者は‘はじめに’で「第1章から第4章までは飛ばしてもらっても結構」なんて書かれていますが、いやいや第1章から第4章こそが面白いと思います。
 で、この本を読んで、特に感じたことは次の2点。
 1つは、あたりまえのことではありますが、「リアルでサステイナブルな事業をやる」ってことは会社の魂であり、それを失ってしまうのは恐ろしい、ということです。JPEG特許は、元々は開発型のベンチャーで生まれたものですが、厳しい競争環境下で忘れ去られて‘死蔵特許’となった。上場やM&Aを経た後に、成長に限界を生じ、上場企業としてやっていくことが難しくなったので、本業(テレビ会議システム)を別会社に切り離した。そして本業を切り離した後のフォージェントが‘死蔵特許’を発見し、トロールと化した、というような経緯で、著者は「本業を継続していた時期、リアルな事業を志向する経営者が経営していた時期にJPEG特許が発見されていれば、おそらく違う活かし方がされたのではないか」といった分析されています。フォージェントも、ライセンスで得た資金で事業会社として再生することを志向していたようですが、やはり会社はサステイナブルであってこそ価値をもつもの。リアルビジネスは、まさに会社の魂です。
 もう1つ、これはちょっと意外な数字でしたが、トロールとして大暴れしたはずのフォージェットが、決算数値を見る限りでは殆ど儲かってはいないということです。JPEG特許で得たライセンス収入は計1.1億ドルですが、ライセンス収入を得た5期のうち、黒字だったのは1期だけ(9百万ドル)、残り4期の赤字は計4千万ドル近くもあったそうです。何にそんなにお金を使ったのかはわかりませんが、その後に買収したソフト会社もパッとせず、今では上場取消を株主に提案しているとのこと。‘(協議の)特許権の活用’が果たして儲かるものなのか。‘特許の活用’(個人的には特許について‘活用’という表現は好きではありませんが)のあり方について、考えさせられる事例であると思います。


死蔵特許―技術経営における新たな脅威:Patent Hoarding訴訟
榊原 憲
一灯舎

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