経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

特許、出しといてや。

2010-10-27 | 企業経営と知的財産
 今年に入ってからセミナー等で定着モデル(画像参照)を多用しているのですが、一昨日講師を務めた近畿知財塾では、参加された中小・ベンチャー企業の知財担当者の皆様に、自社の「知財活動の目的・位置付け」と「知財活動を実践する仕組み」を説明する演習にトライしていただきました。そこはさすが、知財塾に積極的にご参加いただいている方々だけあって、「知財活動を実践する仕組み」について様々なアイデアを実践されているのですが、「知財活動の目的・位置付け」のほうがなかなか難しく、あらためて問われると説明に苦心してしまう方が少なくありませんでした。ちょっと言葉が悪くて申し訳ありませんが、「知財活動が‘空回り’」(「7つの知財力」139~140p.)となるリスクのあるパターンです。
 もちろん、知財担当者の最大のミッションは仕組みを作り、実践することであり、「知財活動の目的・位置付け」は経営者が考えるべきことと言えば、そのとおりです。しかし、経営者自身が知財(知財制度というより知財の実効性)に詳しくない限り、自力ではこの部分をうまく捉えられないので、どうしても「特許、出しといてや」的なアバウトな指示になりがちです。
 流れとしては、
(1) 経営者の意図 (ex.会社の今後を支える新商品が欲しい⇒アイデアをどんどん出して欲しい)
 ↓
(2) 知財活動の目的・位置付け (ex.差異化された新商品のアイデアを社員が積極的に提案する仕掛けを作る)
 ↓
(3) 知財活動を実践する仕組み (ex.発明提案制度、報償規程を整備する・・・)
となる中で、(2)のところは、(1)に対して知財活動(具体的には(3)の仕組み)で貢献し得ることを考えなければなりませんが、(1)を考えている経営者と、(3)とその効果がわかっている知財担当者が、意識的に(2)について話し合うことによって、より適切に(2)を設定できるのではないでしょうか。

 知財塾の前の時間には、ある中小企業を訪問させていただきました。事前に目を通しておいた過去の取材レポートによると、充実した「知財活動を実践する仕組み」(指針や規程類、社内体制、調査等の業務フロー)は‘美しい’と思えるような領域に達しているのですが、どうもそのレポートからは「知財活動の目的・位置付け」を十分に把握することができませんでした。ところが、社長様にお話を伺ってみると、やはり美しい形の裏には、確固たる思想が存在しています。まずはコア商品を創造し、その商品でマーケットをリードする事業モデル。そして、自社が牽引しながら業界全体の発展を目指すために、知的財産の力を活かしている。美しい形は、形だけなら作れるかもしれませんが、思想に支えられていないと長続き(=定着)しません。やはり、(1)と(3)を結ぶ(2)は大切です。
 この企業については、後日もう少し詳しく書こうと思っていますが、
◆ 業界(さらには社会)の発展を考えている 
◆ その発展は自社が牽引するという気概がある 
◆ その牽引力の源として技術開発・商品企画を何よりも重視している
などが、‘知財を活かす’中小企業の共通項であると痛感しています。こうやって書き出してみると、そりゃそうだろう、といった項目になってしまいますが。

経営に効く7つの知財力
土生 哲也
発明協会

愛知・神奈川・埼玉

2010-10-20 | 知財業界
 昨日の知的財産シンポジウム2010in横浜で、特許庁さんから以下のような興味深いデータが示されていましたのでご紹介しておきたいと思います。

特許出願件数上位5都道府県
 (1) 東京都  153,625
 (2) 大阪府   46,101
 (3) 愛知県   25,584
 (4) 神奈川県  15,923
 (5) 京都府   8,512
中小企業特許出願件数上位5都道府県 
 (1) 東京都   9,779
 (2) 愛知県   5,657
 (3) 大阪府   4,211
 (4) 神奈川県  1,943
 (5) 埼玉県   1,332
  (いずれも2009年実績,特許庁推計/特許庁普及支援課木村様の講演資料より引用)

 中小企業の出願件数は、中小企業基本法の定義に該当する企業の出願件数を積算したそうです。両方のランキングに表れる4都府県について、全出願件数に占める中小企業の出願件数を計算してみると、
 (1) 愛知県  22.1 %
 (2) 神奈川県 12.2 %
 (3) 大阪府   9.1 %
 (4) 東京都   6.4 %
となります。
 愛知が突出していますが(流石「知を愛する」県です)、神奈川も比較的高くなっています。そして、中小企業のほうだけランクインしている埼玉の比率を、特許行政年次報告書2010年版に開示されている全出願件数=3,992件から計算してみると、なんと愛知県を超える 33.4 % にもなります。
 この数字を見ていると、愛知、神奈川、埼玉で中小企業向けのサービスに注力して活躍されている弁理士の方が何名か思い浮かぶのですが、中小企業を意識するならば、実はこれらの地域を拠点に活動するのには合理性がある(逆にいえば東京・大阪を拠点にするのは比較的厳しい)、なんてことが言えるのかもしれません。

事業モデルが知財権を規定する

2010-10-19 | 企業経営と知的財産
 ある中小企業ヒアリングで考えたことを覚書的に。
 その企業には、大企業でも対応できないハイレベルの課題が持ち込まれてくるのですが、その課題をクリアして製品を提供すると、元々大企業で対応できなかったものだから誰も簡単に真似できるようなものではない。だから、内製してノウハウの流出を抑えていれば独自の地位は維持できて、特許に頼る必要もないわけです。実際その企業の経営は、特許に頼らなくても順調に推移してきました。
 ところがこの事業モデルには別のリスクが潜んでいます。中小企業の限られた経営資源で製品を内製しようとすると、こなせる量の制約から多種多様な製品を取扱うことが物理的に難しくなり、特定の企業向け、特定の製品への依存度がどうしても高くなってしまいます。そうすると、もしその企業や製品に何かが起こったらどうなるのか。経営全体に大きなダメージが生じかねない、一本足の不安定な状態になってしまうのです。その企業ではこうしたリスクが顕在化したことをきっかけに事業モデルの転換を意識するようになり、そこから特許への取り組みを強化するようになりました。つまり、中小企業が取扱製品や取引先を増やして事業リスクを分散しようとすると、すべてを内製で対応することは難しくなり、パートナーを見つけてある部分を外に出していかなければならなくなる。そのときには、提携の実現、自社の取り分の確保、模倣の抑止といった観点から、特許が必要になるわけです。
 つまり、知財権というのは特定の事業モデルを背景にその必要性が生じるもの、言い換えれば、事業モデルが知財権の必要性を決めるのであって、知財権が事業モデルを規定するわけではありません。企業の将来を大きく左右するのは事業モデルであって、知財権はその事業モデルを実現するために必要になるものです。そして、その事業モデルを実現に求められる知財権のあり方を設計することが、知財戦略であるともいえるでしょう。
 ゆえに、特許出願の数が多くなるか少なくなるかはどういう事業モデルを選択するかによって異なってくるわけで、特許出願の数が事業の強さ、企業の競争力に直結するわけではないのは勿論のこと、それが国力を規定することになるはずもありません。前々回に書いた2社もそうですが、知財は事業モデル抜きには考えられない、経営者の話を伺えば伺うほど、そのことを強く感じます。

価値評価・・・

2010-10-18 | 知的財産と金融
 今週金曜にIPアカデミーという講座で「知的財産と資金調達、知的財産の価値評価」を担当するので、この週末はその資料作成で机にベッタリでした。元々は「価値評価」が主題だったのですが、諸々考慮して「資金調達」を前段に付けさせていただいた次第です。
 「価値評価」というと、新味のあるテーマ(私が担保評価に取り組んでいたのはもう15年前なので、実はそんなに新しくもないんですが・・・)なので、「知財戦略」「知財経営」なんかと並んで何となく‘川上系’に見えがちです。でも、「価値評価」は手段であり、「研究開発投資」⇒「資金需要」⇒「資金調達」⇒「デッドファイナンス」⇒「知的財産権担保」⇒「価値評価」といった位置付けにある、もろに末端というか、‘川下系’のテーマです。
 これが同じ‘川下系’でも、例えば、「競争力強化」⇒「競合との差異化」⇒「類似品の排除」⇒「特許権の行使」⇒「均等論の要件」の流れで出てくる「均等論の要件」といったテーマであれば、川上に何があるかについてのコンセンサスがあり、川下という位置付けを認識した上での議論がされていると思うのですが、「価値評価」は源流がいろいろある(資金調達、知財流通、発明評価etc.)のを横串で指したようなテーマであることに加えて、時として川下から川上に遡るのような主張(「知的財産の価値を評価できれば資金調達ができるはずだ!!」etc.)が出てきたりして、話が堂々巡りになりがちです。何も考えずに、価値評価の手法だけ淡々と説明するという選択肢もあるのでしょうが、それでは4時間も話が続きそうもないことに加えて、結局は川上が見えないまま、何に活かし得るのかがよく見えないままの、目的のない準備体操になってしまいかねません。
 そうしたことから、いろいろある源流の中から川上を「資金調達」に設定し、そこから川下に向かうストーリーの中で価値評価の位置付けを検討する内容にまとめてみることに。それにしてもこの作業、なかなか大変です。

知財‘活用’企業

2010-10-13 | 企業経営と知的財産
 昨日から、某事業のヒアリングで中小企業2社を訪問させていただきました。いずれも‘知財活用企業’とかいった特集に取り上げられそうな研究開発型企業で、1社は独自製品の開発・販売に特化したファブレスメーカー、もう1社は特許のライセンスアウトで実績を上げている‘研究所’的な企業です。ビジネスモデルからして「知財活動は経営の根幹、システマティックな仕組みで取り組んでます」といった話が予想されたので、「貴社の知財活動の目的は?」なんてお伺いするのは今回はちょっと野暮だなぁ、などと思いながらインタビューに臨みました。
 で、そのお話ですが、、いずれもかなりイメージとは異なるものでした。
 1社目については、毎年コンスタントに特許を出願し、発明者も分散していることから、システマティックな発明提案制度、特許予算の確保などをイメージしていたのですが、「そういうルールは設けていない、ルールを作らないのが当社のやり方」とのご回答。それはあくまで必要なことを行い、必要なものにはお金をつけるという原則に従ってきた結果であり、ルール化はかえって仕事の固定化・形式化を招き、本来あるべき姿を歪めてしまうおそれがある。開発が根幹という会社の基本方針が、特許についても今の状態に結びついているとのことです。但し、ルールを設けなくても進むべき方向に進んでいくためには、社員の意思統一と、個々の社員の自立が必要。そこについては会社として長く続けてきている仕組み(人事制度や勉強会等)を持ち、何よりも力を入れてきておられるとのことです。以前に書いた「複雑系」のマネジメントのことを思い出し、これぞ個々の行動規範を固めることが全体を方向付ける好例ではないか、と感じました。
 2社目のライセンスですが、強い特許取得に注力→仲介者がマッチング→専門家の知恵を借りて穴のない契約を締結、といった絵に描いたようなストーリーではなく、これがまぁ凄い話でした。画期的な特許技術で効果まで実証できていたとしても、技術以外のところに色々複雑な問題が絡み合っていて、簡単にライセンスなんて話にはならない。大手であれば、迂回技術にもいろいろトライしてくる。そうした状況下から、どうやって外堀を埋めて「ライセンスを受けよう」と決断させる‘環境’を作っていくか。それは営業活動とか事業提携とかいった事業活動そのものであり、特許取得とか契約締結とかいったテクニカルな要素はほんの一部に過ぎません。昨年訪問したある中小企業の社長さんは「事業化までに占める特許のウエイトはせいぜい1割くらい」といったお話をされていましたが、本日の社長さんは「前提として必要なものだけど、労力としては1割もないんじゃないの」とのことでした。
 両社を通じて改めて感じたのは、狭義の知財活動の占める位置の限界というか、ちょっとネガティブになってしまいますが、そこから事業の全体像は(ましてや経営の全体像は)なかなか見渡せない、ということです。それを理解せずに安易に知財と経営をあれこれ論じようとしても胡散臭いものになってしまう。要注意です。