経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

競争力の本質は日々の事業活動の積み重ねにある

2011-03-23 | 企業経営と知的財産
 先週の後半は東京を離れ、大阪(特許庁等主催・中小企業のための知的財産経営支援セミナー)、名古屋(愛知県主催・競争力強化のための知財活用促進セミナー)を回ってきました。

 大阪では、中小企業向け知財戦略のイベントでは切り札的存在の株式会社エルムの宮原社長にトークセッション第1部にご登壇いただき、トークセッション第2部には株式会社エンジニアの高崎社長がご登壇されました。第2部は日本弁理士会近畿支部の企画で客席から拝聴させていただいたのですが、高崎社長のお話を伺っていると、「なんかおもろくできへんかな」「それ、おもろいからやろか」という「大阪の文化」を改めて感じずにはいられませんでした。‘MPDP’という理論も大変興味深いものでしたので、こうしたセミナーに高崎社長がご登壇される機会があれば必見かと思います。

 名古屋では、トークセッションでゼネラルパッカー株式会社の梅森社長、株式会社不二機販の宮坂社長にインタビューをさせていただきました。両社の知財活動の概要は、特許庁の今年度の中小企業支援事業で取りまとめ、近日公開予定の‘知的財産経営プラニングブック’にコラムとして掲載されますが、インタビュアーの立場からお伝えしたかったポイントを振り返っておきます。
 ゼネラルパッカー株式会社は、ドライ物を得意とする包装機械メーカー(ex.かつおミニパックの市場シェアはほぼ100%)で、特許出願等の知財活動をコンスタントに継続しています。これを見ると「特許による知財の保護が高いシェアに結びついているのだな」と言いたくなるところですが、実際は順番が逆であるとのこと。特定の分野での高いシェアには業界の歴史的な背景があって、元々包装機械業界では規模の小さい会社が多く、特定の顧客との強い結びつきの中で自然に棲み分けが行われていった。その結果、ドライ物のメーカーが顧客であった同社であればドライ物の包装機械が得意になり、そうして積み上げてきた顧客との信頼関係や特定分野で蓄積したノウハウが競争力の根源となって、高いシェアに結びついている。とすれば、特許がなくても強い会社は強い、ということになるわけですが、ここで考えなければならないのが、競合他社の特許を侵害してしまうこと。顧客に警告状を送付されトラブルが生じたりすると、競争力の源であるはずの顧客との信頼関係にひびを入れられてしまうおそれがある。こうした理由から、新製品の特徴となる要素を中心に特許出願に力を入れているとのことです。知財業界人からは、要するに防衛特許のことね、で済まされてしまいそうですが、ここで大事になのは「競争力の本質が顧客との信頼関係にある」という事実を意識しておくことだと思います。本質的な強みを活かす「品質保証」の一種といってもよいでしょう。「防衛特許」というと、守りに回っている印象や、知財担当に任せておけばいいという印象につながりやすいですが、「顧客との信頼関係」とか「品質保証」とかいったキーワードを使って知財活動の意義を位置づければ、知財だけに限定されない全社的な関心事になってくるのではないでしょうか。そこがこのセッションでの一番のポイントと考えています。
 株式会社不二機販は、ブラスト装置の販社からスタートし、現在は独自技術であるWPC処理・PIP処理の加工処理やライセンスを展開しているユニークな企業です。結果だけを見ると、特許を取ってライセンス、というライセンスビジネスの典型的な成功例です、と紹介されてしまいそうですが、実はそんな絵に描いたようなストーリーではなく、技術を広げる‘事業’として大変な苦労を積み上げてこられた。WPC処理は開発から大手メーカーへのライセンスが決まるまでに15年程度を要したとのことですが、まずは技術を欲している中小企業への展開を進めていった。そのために、加工処理の請負、装置の販売、ライセンスなど相手の状況に合わせて様々な形態で技術を提供できる体制を用意し、その結果多くの中小企業等での利用が進み、「不二機販のWPC処理」という認知が高まっていったことが、大企業がライセンスを受け入れる下地になったとのことです。特許を取り、ライセンスしますと宣言したら、業者が仲介してサクッと話がまとまった、というような単純な話ではない。そこには‘事業’としての戦略と実践の積み上げがある、というのがこのセッションでの一番のポイントと考えています。
 両セッションを通じて感じたことですが、知財が重要だといっても、知財を過信したり、知財に過大な期待をかけたりしてはいけない。多くの事業において、競争力の本質は日々の事業活動の積み重ねにあるのであって、法律や権利、財産のみによって強みが生み出されるものではない。その前提を忘れずに、知財の持つ力をいかに有効に活かしていくかを考えることが求められている。そういう思想に基づいて‘知的財産経営プラニングブック’をとりまとめましたので、公開された後には是非ご一読をいただければと思います。

知財屋の仕事の再構築

2011-03-18 | 知財一般
 一週間前の今頃にはとても考えられないような日本になってしまいました。大地震の被災者の皆様にお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
 
 私自身は翌日の大阪パテントセミナーの講師を務めるため、羽田で飛行機に乗ろうとしたまさにその時、ボーディングブリッジの上で大きな揺れにあいました。大阪便は全て欠航になったため岡山経由で何とか大阪入りしたのですが、講演の最初にその話をしたところ、何方からともなくいただいた拍手が会場全体に広がり、初めに拍手をいただくなんて勿論全く経験のないことで少々戸惑いましたが、関西の方々にとって地震は本当に他人事ではない、その事を強く感じて何とも言えない気持ちになりました。
 東京では、毎日の揺れや報道に不安を感じるとともに、エレベーターに乗っている間は気持ちが落ち着かないし、うす暗く人気の減った都心の光景は何とも異様で、知らず知らずのうちに疲れが溜まっていきます。それでも被災地とは比較にならない恵まれた環境なのですが、こんな状況にあって知財屋って何の意味があるのだろうか、何ができるのだろうか、何をしたらいいのだろうか、ということを思わずにはいられません。

 そうした中で、知財ではなく金融の話ですが、さわかみファンドのメールマガジンに書かれていたことが目に留まりました。「こんな時こそ、さわかみファンドは買います」という宣言です。少しでも経済が悪くならないように、買って応援しようということの他に、こんなことが書いてありました。「買った」ということは、その向こうには必ず「売れた」人がいる。その売れた人には売らなければならない理由、お金が必要な理由があるはずで、そのお金がどこかで使われて何かの助けになればよい。そうやって「買う」ことが、どこかで必要とされているお金を供給することになり、社会の力になるということです。実際はそんな美しい話ではなく、売った人は日本からお金を引き上げようとしている海外のヘッジファンドだったりするかもしれない。でも、そんなことを理由に立ちすくんでしまっては、本当にお金が必要で売らなければならない人にお金が届かない。だから、売ったり買ったりする金融のプロは、この状況で「買う」ことこそが、仕事を通じて社会に対してできる一番のことなのだろうと思います。

 友人のブログに「立ちすくまない。」という記事がありました。もちろん、募金もボランティアも立派な被災地支援なのですが、私達ビジネスパーソンにはもっと大事な役割がある。今あるお金を募金という形で動かしもどうしても限界があるはずで、このままではどんどん縮んでいってしまいかねない経済を元気にすること、お金をもっと回るようにすること、稼いで税金を納めることこそが、社会がビジネスパーソンに求めていること、ビジネスパーソンのビジネスパーソンたる所以です。自分の立場から、どうやったら売上を作り、お金を回し、経済を元気にすることに貢献できるのか。今こそ、ビジネスパーソンとしての力量が試されているのだと思います。

 では、知財屋はどうやって経済を元気にできるのか。知財を囲い込む、それで囲い込んだ企業が儲けられることもあるかもしれないけれども、社会全体でお金を回すためには、お金が動くネタ、すなわち顧客が欲しくなるような知財を作っていくことが何よりも重要です。少し前のエントリに、知財の保有と成長性や倒産確率の関係のことを書きました。知財を保有する企業(ここでは特許や商標などを出願している企業という意味)は保有しない企業に比べて、成長率が高く、倒産確率が低い。これはデータにより証明されている事実だそうですが、そこから単純に「知財を保有すれば儲かる、倒産しにくい」と言ってしまってよいのだろうか。いや、それは違う、儲かっている企業、倒産しにくい企業はお金があるから知財を保有できるというだけのことだ、という人もいる。しかしその説も「お金のある企業がどうして知財を保有するのか?」ということの説明になっていない。この点について私が考えている仮説は、「成長する企業というのは、社員が元気で、受け身ではなく仕事に前向きで、新しいことにチャレンジし、創意工夫をする風土がある。倒産しにくい企業というのは、時代や環境の変化に敏感で、絶えず自らを変革しようと試みるものである。こうした企業であれば、新しい工夫、変革から独自のアイデア、商品、サービスが生まれやすい、つまり知財を保有する機会が多くなる。」というものです。だから、サポートしようとする企業に対しては、「知財をとって儲けましょう」ではなく、「知財がたくさん出てくるような元気な企業になりましょう」というスタンスでのぞむべきなのではないか。「お金を回し、経済を元気にする」という視点から考えても、おそらく結論は同じことになると思います。
 これまでの権利化を中心にした知財屋の枠組みだと、どうやって知財を囲い込むか、ということが主要なテーマになるけれども、そもそもネタになる知財の中味が出てこないことには売上を作れない。「7つの知財力」の最後のほうにも書きましたが、知財活動というものは、企業と顧客の結びつきを強めること、すなわち売上を作ることに様々な形で貢献できるはずであって、‘知財’を囲い込むのではなく‘顧客’を囲い込む。そしてお金の回りを良くして、企業を、経済を、社会を元気にする。知財屋の仕事も、そういう視点から再構築すべきタイミングがやってきたのではないか。新年度からの自分の動き方を、今一度考えていきたいと思っています。

 本日の最後になりますが、プロフェッショナルとして仕事をするとはどういうことか。この記事は読まれた方も多いようですが、忘れないようにリンクを貼っておきたいと思います。
「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ―定年前に自ら志願