経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

見られて育つ

2007-04-30 | 企業経営と知的財産
 先週から、3月期決算の企業の決算発表ラッシュが始まりました。4~5年前に比べると日本企業の収益体質はすっかり様変わりし、それでもなお収益力を向上させようと努力する姿勢は、ちょっと大袈裟ですが隔世の感すらあるといえそうです。こうした変化は、やはり外国人をはじめとする投資家からの厳しいプレッシャーが大きいでしょう。スポーツ選手でもそうですが、人も組織も「見られること」によって育っていく部分は大きいように思います。
 それに比べると、知財の世界は、一般論・抽象論として「知財は重要だ」といわれるようにはなっているものの、「見られて育つ」ような環境はまだまだ育っていないように思います。例えば、決算が計画未達となった場合に、原油価格の上昇で原料の調達コストが上昇した、工場を新設して生産能力を増強したものの需要が伸びなかった、営業要員を増員したものの売上増に結びつかなかった、など様々な要因が説明されることがありますが、「予想以上に販売価格が下落して利益率を押し下げた。その要因の一つとして、自社固有の技術を特許権によって十分に防御できずに、競合製品の登場を許してしまった。」とか、「競合他社に比べて新製品の値崩れが早く、利益率が低位にあるのは、知財部門の体制整備の遅れによるものである。」とかいったような指摘はあまり耳にしたことがありません。
 経営層や企画部門等から知財部門へのプレッシャーが強くなっているという話を伺うことは少なくありませんが、まだ社内レベルの話です。投資家など外部からのプレッシャーがかかることによって、「企業業績に貢献する」知財部門が育てられていくのだろうとは思いますが、そのためにはまずは投資家やアナリストが「知財経営を推進せよ」という抽象的な指摘や、「ライセンス料を増加させよ」「休眠特許を活用せよ」などの局所的な要請に止まることなく、「本業の収益にどのように貢献しているのか」ということを適切に分析し、企業側の「痛いところ」を的確に突いて、「見られて育つ」ようなプレッシャーをかけていくことが必要なのではないでしょうか。

投融資実務の決め手「知的財産」の分析手法

中央経済社

このアイテムの詳細を見る

ノムさんの気もち

2007-04-27 | 知財一般
 日本弁理士会の月刊誌「パテント」の最新号が届きました。
 「若手弁理士の活動報告の掲載について」
という企画が目を惹きます。日頃は発言の機会が少ない若手に論文発表の場を提供しようという、「ベンチャー見本市」みたいな企画のようです。
 今号には6件の論文が掲載されていますが、パラパラとめくって感じた印象は、「若手特集」のはずなのに、テーマや体裁がいつも掲載されているベテランの方々のものと殆ど区別がつかないということです。楽天イーグルスのマー君が、野村監督に「若さがない」と言われていたことがありましたが、率直なところ、野村監督の気持ちがわからないでもありません(誤解を招かないように、あくまでテーマや体裁の話で、内容の優劣を言っているわけではありません)。
 なんて思っていたところ、「若々しい」論文が一つありました。「新天地突撃潜入レポート」。特許事務所から企業に転職した弁理士の率直な思いがストレートに語られていて、とても面白いですし、「顧客志向」を考える上で重要な指摘がされています。中でも、
 「自分のアドバイスが事業部に受け入れ可能なものかどうかを意識する」
というのは大切なポイントだと思います。「知識と智恵」の記事で書きましたが、専門家に本当に求められているものは、何を知っているかという「知識」ではなく、どう解決するかという「智恵」です。事業部が受け入れられる、事業に役立つと思えるような「智恵」を提供することが、知財の専門家に求められていることなのでしょう。


これから何が起こるのか

PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

そういえば、いつの間にやら

2007-04-26 | その他
 このブログを書き出して、今週で1年が過ぎました。最初の記事に書いたとおり、「ビジネスと知財(特に知的財産権実務)との融合」がこの1年特に意識してきたテーマで、具体的には、
① このブログの継続
② 雑誌「ビジネス法務」の連載(全6回)
③ 「知的財産のしくみ」の出版
④ 社内セミナー等での新プログラムの開発
といったところに力を入れてきました。深遠なテーマなので、成果はまだまだといったところで、ブログの内容もだんだん自分の備忘録的なものになってきてしまいましたが、イチローも「あきらめない姿勢があれば、なにかをつかむきっかけにはなります」(イチロー262のメッセージ/118より)と言っていることですし、コツコツと続けていきたいと思います。

イチロー 262のメッセージ

ぴあ

このアイテムの詳細を見る

「練り物」の本質

2007-04-25 | 書籍を読む
 少し前に友人の薦めで、「インクス流」を読みました。金型製作という「匠」の技をIT技術が代替することによって、開発工程の驚異的な短縮を実現しているベンチャー、インクスの社長の著作です。
 まだかなり消化不良なところがあるのですが、「職人」に「そこでどうするのか」「なぜそうするのか」を徹底的にヒアリングして解析することによって、暗黙知の殆どは形式知に置き換えることが可能、とされています。確かに、職人個人に帰属するノウハウを企業のノウハウ=企業の財産とするためには、暗黙知を形式知に置き換えていくことは大事なことですし、IT技術の発達とインクスのやっているような地道な努力によって、職人芸の占める割合はおそらく低下していくことになるのでしょう。
 では、「練り物」系の強みも、いずれは失われていってしまうのか。
 これについては、基本的的には「否」になるのではないでしょうか。なぜならば、「練り物」系の強みの本質を今一度考えてみると、属人的・職人芸的なノウハウにあるというわけではなく(新日鉄の高級鋼や信越化学のシリコンウエハーが職人の手作りで作られているわけではないでしょうから)、
商品そのものからは、どうやって作ることができたものかがわからない
多くの複雑な工程を組み合わせて、はじめて実現できるものである
ということにあると思うからです。そういう意味では、ちょっと恐ろしいのはこの本に出てくる「ファラオ」を核とする「意思伝達装置」で、全工程で用いられているノウハウがここに集約されていると、これが持ち出されてしまうと「練り物系」もアウトとなる可能性が高まります。効率を多少犠牲にしてでも、全体を把握しにくい分散型の仕組みも必要なのではないか、やはり法律の力に頼る場面が増えてくるのだろうか、などといろいろ考えることが出てきて、なかなか消化するのが難しいテーマです。

インクス流!―驚異のプロセス・テクノロジーのすべて

ダイヤモンド社

このアイテムの詳細を見る

「知財への投資」の2態様

2007-04-24 | 新聞・雑誌記事を読む
 本日の日経金融新聞に、
「シカゴに新証取開設へ/オーシャン/知財を上場基準に」
という記事が掲載されています。おぉっ、さすがアメリカでは知財まで上場させてしまうのか、と一瞬驚いたのですが、知財そのものを上場させるというわけではなく、知財(特許の質や数etc.)を上場基準として、規模の小さい中小企業が上場しやすい株式市場を作ろうということのようです。

 日本でもそうですが、「知財ファイナンス」とか「知財ファンド」とか呼ばれるものには、
①知的財産権そのものを対象としたもの(知的財産権の証券化etc.)
②企業の保有する知的財産権に特に注目したもの
の2種類があることには注意が必要であると思います。①の場合、コーポレートのリスクから切り離して、投資家は知財権のリスクのみを負うことになりますが、②の場合に負うのはコーポレートリスクそのものなので、両者は金融商品としては全く異なるものだからです。
 ところで、①については比較的わかりやすい仕組みなのですが、今日の記事の件も含めて、個人的には②のほうの意義がどうもピンときません。コーポレートのリスクを負う以上は、投資判断はコーポレート全体をよく見るべきであり、特に知財権を重視するという必然性がよくわからないためです。例えば、日経新聞に「知財経営ランキング」みたいなものが掲載されていたことがありますが、このランキングをどう理解すればよいのか。知財経営ランキングが時価総額ランキングより高位にある企業は、すなわち知財以外の経営力が劣っているということなのか。であるとすると、知財経営ランキングと時価総額のギャップに注目して投資するということは、逆に言うとその他の経営力に問題のある企業をピックアップして投資するということにはならないのか。企業のトータルな収益力を離れ、「不動産の含み益」で株価が吹き上がったバブル期とダブって見えてならないのですが・・・

投融資実務の決め手「知的財産」の分析手法

中央経済社

このアイテムの詳細を見る

真の知財人材・その2

2007-04-22 | 知財一般
 先日の記事で紹介した、知財協の宗定専務理事の「真の知財人材の条件」の中に、我々が理解しておくべき「知識社会のパラドックス」の一つとして、非常に重要な指摘がなされています。簡潔な文章にまとめられていますので、以下にその一つを引用します。

「知識社会における最大の競争要素である自己固有の専有情報の獲得を有利にするには専門化を進めればよい。しかし、専門化すればするほど、すべての専門情報の統合が困難になる専門家(スペシャリスト)は、自己の情報が最も重要であると信じており、専門家情報発信源が増加すれば、統合はどんどん困難になる高度な専門化は情報間の親和性の低下を招く。」

 これは、非常に重要な指摘です。ちょっと誤解を招きかねない言い方ではありますが、士業の語る「経営」にどこか的外れな印象を受けることが少なくないのは、上記のような理由からある意味必然だということになるのでしょうか。
 この指摘は、知財分野でキャリア形成を考えている若手の皆さんは、よく理解しておくべき事柄であると思います。
 弁理士、企業の知財部員など知財の専門家には、
① より高度な専門性という縦方向への深化
② 広く経営全般への関わり合いという横方向への広がり
が求められることが多く、知財人材の理想像としてこの2つが一緒に論じられていることが少なくありません。しかしながら、①の方向に進むことは、より②を困難にするということで、これを両立させるのは極めて難しいということです。①を志向する場合には、②が難しくなることを理解しておくべきでしょうし、②を志向する場合には、「知財」を少し冷めた目で見る姿勢(「たかが特許、されど特許」といった感じ)が必要なのではないでしょうか。そして、①を志向する人材と②を志向する人材が各々の役割を自覚し、有機的に連携することが、とても重要になると考えられます。

Right NOW (ライトナウ) ! 2007年 06月号 [雑誌]

税務経理協会

このアイテムの詳細を見る

「権利」からのアプローチの限界

2007-04-20 | 知財発想法
 特許にあまり慣れていない企業が、「お金がかかりそうだしどうしようか」と出願するかどうかを悩んでいるとき、どのようなアドバイスがあり得るのでしょうか。

 「権利」からのアプローチで考えると、「では、出願して権利になるかどうか、先行技術との関係を精査していきましょう。」ということになると思います。確かに、権利を取得して外縁を固めることが事業の前提となる相撲型ビジネスであれば、そのようにアドバイスすべきでしょう。
 では、格闘技型ビジネスの場合はどう考えられるか。
 ここでは、一旦「権利」の視点を離れて、「事業」という角度から状況を見直してみるべきではないかと思います。例えば、そのプロジェクトにどの程度の予算をかけるのか。数千万円投資するのであれば、それなりに有効な手段となる可能性があるのであれば、100万円くらいを特許に回すということで、出願してみてもいいのではないでしょうか。1億円のプロジェクトであれば、数百万円を特許予算に回して、競合が困るような仕掛けを工夫して考えてみるべきでしょう。数百万円のプロジェクトであるならば、事業に回すお金を優先して、守り方は走りながら考えたほうがよさそうですね・・・

 特に「知財コンサルティング」を考える場合には、「権利」からのアプローチで考えている限りは、実質的には実務の領域から踏み出すことはできないと思います。「事業」、或いは「経営」という視点に切り換えて、「知財」で何ができるかを再考してみる、という思考法が求められるのではないでしょうか。

知財経営・ブランド・価値評価?

2007-04-19 | 知財一般
 昨日に続き、「RightNow!」の最新号から。
 今号では、「知財キーパーソン一覧」として、過去の執筆者の簡単な紹介が専門分野別に掲載されています。私も2度ほど寄稿したことがあるため掲載いただいているのですが、専門分野の選択がちょっと微妙でした。専門分野の種類は、
① 知財政策
② 知財法
③ 知財経営・ブランド・価値評価
④ 知財教育・人材育成
⑤ ライフサイエンス
⑥ 海外知財
⑦ イノベーション・標準化
⑧ 産学連携・ベンチャー
⑨ その他
となっています。自由に決めてよいのであれば「知財実務」、格好をつけるならば「知財戦略の実践」とでもいいたかったところなのですが、やむを得ず③ということで自己申告しました。でも、「経営」そのものに関わっているわけではないし、「価値評価」にしても過去の職歴なので、このカテゴリはどうもあまりしっくりきません。
 こうやってみてみると、この分類の中に「知財戦略実践」「知財実務」的なものがないのは、ちょっと寂しいような気がします。「知財ビジネス」の雑誌ということで、メディア的にインパクトのある分類をということになるのでしょうが、「知財ビジネス」は実務の積み上げが全てのベースになるわけですから。

真の知財人材

2007-04-18 | 知財一般
 数少ない業界誌の「RightNow!」が、残念なことに休刊ということになってしまいました。
 今号は、「知財立国の未来に向けて」がということで、知財業界のオピニオンリーダーの皆様の原稿が掲載されていますが、知財協の宗定専務理事の「真の知財人材の条件」には、ちょっとドキッとさせられます。
 なんとなく格好良いから「知財が重要だ」といわれるバブル的な風潮に警笛を鳴らされ、自分の価値観や人間観で「今、なぜ、知的財産か?」の答えをキチンと説明できる人こそが「真の知財人材」であるとされています。特に若い方には、この部分を読まれることを強くお勧めします。

 自分の価値観・人間観を磨く必要性

 「知財人材」との関連で、こういうポイントに言及されているのをみたのは初めてですが、まさにこれこそが本質であると思います。上っ面をなぞって知財の重要性を訴えても、人を説得することはできません自分が心底、知財の重要性を理解していないと、自らも真剣に動くことができません人を説得できず、自らも真剣に動かなければ、何も変わるはずはありません。そういう意味では、「自分の価値観で」どれだけ知財を理解しているか、ということは、極めて重要なポイントだと思います。「勉強」というと、判例だ、外国語だとテクニカルなほうに流れがちですが、宗定専務理事が指摘されているように、「経済、経営、歴史、文化」といった一社会人としての勉強を欠かすことなく、その上で「よし、知財で頑張ってみよう」という決意がされてこそ、本当の意味で「質の高い仕事」ができるのではないでしょうか。

 先日の記事で、時折矛盾を感じることのある特許の仕事の社会的な意味について、ちょっとしたヒントが得られたということを書きましたが、やっぱり色んな本を読んで考えていくことは大切だ、と改めて思った次第です。

Right NOW (ライトナウ) ! 2007年 06月号 [雑誌]

税務経理協会

このアイテムの詳細を見る

説明のしかた

2007-04-17 | その他
 東国原知事が記者クラブの定例会見の冒頭で、
「皆さんにお伺いしたいのですが、定例会見って必要ですか?他にいろいろやることがあるんですが。」
という質問をし、その後、記者と言い争いになったという報道がされていました。その一部のやり取りをテレビのニュースで見ましたが、双方かなり感情的になっていて、どうしてしまったの、という感じでした。
 知事には素朴な疑問だったのでしょうが、これには、
「必要なときにだけ会見するとなると、不都合な場合には会見を開かなくなって、情報統制になりかねません。よって、定例会見は重要であり、民主主義の根幹に関わる問題なのです。」
と最初からストレートに説明して知事を納得させることができれば、何も問題にはならなかったのでしょう(実際、知事は「必要ならばやる」と最初から言っていますから)。ところが、記者側が「県民の意見を代弁する」だのはっきりしない理由を並べたり、「稚拙だ」とか感情的な言葉で攻めたりしたものだから、話が拗れてしまったようです。

 発明者へのヒアリングの際にも、ちょっと似た場面が生じることがあります。
「忙しいんですけど、特許って必要なんですか?」
という素朴な疑問をストレートに訊ねられることがあると思います。
 こういうときに、我々ヒアリングをする側は、単に「独占できますよ」「侵害したら事業ができませんよ」とお決まりの文句を並べるだけでなく(発明者もそんなことはわかった上で、「実際にそういう問題になるのか?」というのが疑問点なのでしょうから)、また、「特許軽視なんてとんでもない」と頭ごなしになるのではなく、発明者の目線からもスッと納得できるような答えを用意しておかなければいけません。説明のしかたは重要ですね。