経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

出願費用に対する反応からわかるベンチャー企業の成長ステージ

2007-11-29 | 企業経営と知的財産
 特許にちょっと興味を持ち始めたベンチャー経営者から「特許って、どんな意味があるのか?」と問われるとき、おそらく彼らは勧誘系や脅迫系の説明を求めているわけではありません。そんなことはちょっと本を読めばわかることだし、独占権であることくらいは普通はわかっています。彼らが知りたいのは、「実際のところ、事業にどういう効果やリスクがあるのか?」というリアリティのある情報であると思います。
 そこで、自分の過去の経験から導かれる説をできるだけわかりやすく説明するわけですが、その上で必要な費用について「ざっくり○十万円」みたいな話をしたときの反応で、その企業の成長ステージがかなり明らかになるように思います。
 ここで「ゲッ、○十万円とは高いね。」となるか、「その程度の金額ならやっといたほうがいいよね。」となるか。以前は前者だった企業が数年後に後者になっていたりすると、それは事業が非常にうまくいっているという証(∵資金に余裕があることに加えて、先行者として守るべき技術が蓄積されてきている)であって、こちらとしてもとても嬉しいものがあります。これはいい意味で、経営者の金銭感覚が変化しているということです。バイオ系のように特許が必須の事業であれば、前者であってもそこは「でも必要ですよ」と踏ん張って説得しなければいけないのでしょうが、それ以外の特許だけでは決まらないビジネス分野であれば、前者の状況で無理をして特許に取り組んだとしても、あまり効果があがらないことが多いように思うので、後者の状態になってからじっくり取り組んだほうがよいのではないでしょうか。

No.215

2007-11-28 | プロフェッショナル
 結果を出せないと、この世界では生きていけません。
 プロセスは、野球選手としてではなく、人間を作るために必要です。

 「イチロー262のメッセージ」No.215からです。これを、こう言い換えてよく反芻します。

 明細書を書けないと、この世界では生きていけません。
 プロセスは、弁理士としてではなく、人間を作るために必要です。

 プロとして明細書を書くのは当たり前であり、そのプロセスにおいて何を考え、どのように人と接し、何を工夫して、何を反省したか。そうした試行錯誤・創意工夫の蓄積が、人間性というものを形成していくのでしょう。扱う対象が何であれ、結果的に形成されていく人間性というものには普遍的なものであり、それが異分野・異業種の人との共感を生む基盤にもなるものだと思います。何件書いたかとか、何件特許にしたとか、目の前の事象に溺れていては普遍的なものを掴むことはできない。かといって、無理をしてウイングを広げようとしても、中味がスカスカでは必ず見抜かれる。プロセスを重視しながら、知財のプロとしての技能を真摯に発揮していくことが、ビジネスパーソンとして進化する王道なのだと思います。


イチロー 262のメッセージ
『夢をつかむイチロー262のメッセージ』編集委員会
ぴあ

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高すぎる参入障壁の罠

2007-11-26 | 知財一般
 世間の関心は吉兆のほうに移ってしまっていますが、赤福の事件から思い出したことがあります。かなり前になりますが、三重県下のある研究開発型企業の方とお会いしていたときに、「赤福さんはいいよなぁ、新製品の開発に苦労しなくても十分やっていけるのだから」という話が出ました。知名度・ブランド力、流通網など参入障壁は万全ですから、競合のことを意識する必要のない状態がおそらく数十年(もっと長い?)にわたって続いていたのだと思います。
 同じ全国的に有名な土産物でも対象的なのが生八ツ橋です。「おたべ」「聖護院八ツ橋」「夕子」の他にも多くのメーカーの商品が入り乱れて競争は激ししようで、京都に行くたびにカラフルな新製品が登場しています。手作り体験など、サービス向上にも余念がありません。赤福の報道の際には、もみじ饅頭は大丈夫か?とも思ったのですが、もみじ饅頭も赤福的ではなく生八ツ橋的な乱立型の競争環境にあるようで、テレビでみたところでは賞味期限が近づいた商品は店頭で半額で販売するなど(実は数日間置かれた特売品のほうが美味しいらしいですが)、緊張感をもって品質管理が行われているようです。一方、不祥事を起こした「白い恋人」は1メーカーのブランドで、同種の商品間で競争が生じているような状況にはありません。
 こうやって考えてみると、複数のメーカーが競合する地域ブランドでは新製品開発が活発であるとともに、偽装などの不祥事も起こりにくく、圧倒的に強い特定のメーカーのブランドは緊張感が失われやすいためか、問題が発生しやすい傾向があるといえるのかもしれません。
 高い参入障壁によるブルーオーシャン化が知財戦略の目指すところではありますが、高すぎる参入障壁にも罠があるので要注意、ということでしょうか。

根拠のない自信

2007-11-23 | プロフェッショナル
 ダルビッシュがMVP受賞のインタビューで、
「もともと、かなり自信を持っている方なので。根拠のない自信ですけど(笑)。」
と発言したそうです。この選手は、イチローのように意味のある言葉を発することのできる人なのかもしれません。
 この「根拠のない自信」ですが、友人が学生時代によく口にしていたことを思い出します。当時は何だかよくわからなかったのですが、年をとるにつれこれはとても重要なことであるように思えてきました。根拠がないといいながらも、この自信には実は「小さな実績・成功体験の積み重ね」という根拠があるのではないか、と思っています。

 たとえば、
「知財戦略で企業を変革する」
みたいな壮大な目標を立てた場合、何だか目標が漠然と大きすぎて、歩を進めていくことが簡単ではありません。日々やっていることも、意味のあることなのかどうかよくわからなくなってきます。そうしたときの支えになるのが、「たぶん俺にはできるだろう」という「根拠のない自信」です。この自信は、直接関係ないことも含めて細かい成功体験によって形成されていくように思います。学生時代であれば、クラブで頑張ったとか、成績がちょっと上がったとか。ダルビッシュであれば、ここ一番でいいボールがいったとか、調子が悪い日も何とか完投したとか。それが「たぶんできる」という自信を生んでいくのだろうと思います。これがないと、大きすぎるテーマなどとてもやってられない。
 知財戦略であれば、ちょっと苦労して面白い発明を見つけて出願できたとか、他部門との関係が多少なりともスムーズにいくようになったとか、そういったものから「根拠のない自信」が形成されて、持続的な取り組みを支えられるかもしれない。きれいな絵を描いただけのトップダウンの戦略では、細かい成功体験の裏付けがないから「なんかできそうもないな」となってしまいやすい。知財戦略は持続的な取組みなしに効果が出るはずありませんから、こういう部分が結構重要だったりするのではないでしょうか。

知財のセンス

2007-11-21 | 知財発想法
 一昨日、発明協会さんの知的財産管理コンサルタント研修で「金融の視点から見た知的財産経営」と題してお話をさせていただきました。その中で、企業の資金需要と調達の関係の基本的な考え方を図のように解説したのですが、ファイナンス関係の仕事をやっていると、「急速に売上が増えてきて生産を拡大している」とか「新工場を建設して事業規模を拡大する」とか「IPOで集めた資金で積極的にM&Aを進めている」とかいった話を聞くと、図のような構造の中で左側のどこが膨らんでその分を右側でどういうふうにバランスさせて(あるいは左側を証券化してスリム化して)みたいなことが、頭の中にザックリ描けるようになってきます。これが「財務のセンス」とか「金融のセンス」とかいうもので、金融人に限らず、経営者や事業部門の責任者などもこうしたセンスが自然に身についていき、共通言語で話せるようになってきます。また、このセンスが身についていると、NOVAのバランスシート(教室開校の必要資金を受講者の前払金で調達している)を見れば破綻しそうなことはすぐにわかりますし、ニイウス・コーが実は赤字が累積して(開発費が資産計上して先送りされていた)危ない状態だったということも読み取れるわけです。
 一方、知財の世界はどうか。知財業務についても、各々の仕事の全体での位置づけやその意義を、ザックリとイメージできるようなモデルがあって、それが「知財のセンス」として共通言語となっていくならば、経営者や事業部門とのコミュニケーションが円滑になると思うのですが。私の中では、ちょっとアバウトなモデルではありますが「知的財産=城知的財産権=濠や石垣」(「知的財産のしくみ」p.18~19etc.)というのが「知財のセンス」をわかりやすく表現するイメージです。

知財を通じて企業をみる

2007-11-20 | 知的財産と金融
 知的財産権担保融資については、あれこれネガティブなことをいいながら、節操もなく知的財産権担保に関する入門書を書き進めています。その件で、編集担当の方からちょっと興味深い話を伺いました。
 私の知的財産権担保融資に対する考え方は、
「知的財産権は基本的には担保適格に欠けることがほとんどであり、不動産担保の代替手段とて期待できるようなものではない。従来の担保融資の発想(担保さえあれば企業の将来性云々は目を瞑って融資する)からアプローチすれば期待はずれに終わるだろうが、担保という切り口を通じて金融機関が融資先の知的財産権にも着目するようになり、企業をみる幅が広がったり、不十分な部分を発見してアドバイスできるようになったりすれば、有意義なものになる。」
というものです。そのトーンで原稿を仕上げたところ、編集担当の方曰く、最近は知的財産権担保より注目されている動産担保融資でも、同じような議論がされるようになっているとのことでした。動産を担保にとっても、債権回収に必ずしも有効かどうかはわからない。しかしながら、担保を検討する過程で融資先の商品の流れを追うことによって、事業の構造や資金の流れがよく見えるようになり、企業の見方が多面的になるという副次的な効果がある、実はその効果のほうが意味があるのではないか、といった話でした。
 知的財産権担保を通じて企業の見方が多面的になる。私自身も知財に関わるようになって「粗利率」に目がいくようになりましたが、その点は十分に期待できるのではないかと思います。

視座の違い

2007-11-16 | 企業経営と知的財産
 中日・落合監督の「非情の交代劇」が、スポーツ界だけでなくビジネス界でも話題になっているようです。丁度あの場面をテレビで見ていたのですが、8回裏に解説で「ひょっとしたら代えるかも」という前振りがあったものの、本当に交代させたのは驚きでした。その後に、落合監督や岩瀬投手の覚悟を決めたような表情をみて考えたことは、これはもの凄く考えるべき事項(日本一、パーフェクトゲーム、山井の感情、岩瀬のプライドとFA、観客の期待etc.)が多かった場面だと思いますが、
・途中で考えるのをやめたら、山井の続投。
考えに考え抜かない限り、岩瀬への継投はない。
ということでした。つまり、途中で思考放棄して岩瀬、という結論はないはずなので、落合監督が考えに考え抜いた結論であることは間違いない。FAになった岩瀬は早々に中日残留を表明しましたが、どんなに大金を積まれて「必要」と言われるより、あの場面を任されることのほうがはるかに感じるものは大きいでしょう。

 話は変わりますが、先日あるソフト会社の社長さんが、「あまり広すぎる特許より自社製品関連に用途を限定した特許のほうが実際は有効だ」といった趣旨のお話をされていました。「できるだけ上位概念化して広い特許をとるべし」という特許の教科書的な教えからすると、この考え方は×ということになってしまいますが、その理由は「自分たちはコンピュータ業界の中で共存共栄でやってきているわけであって、争うべき相手は製品の競合先だけ。だから、そこを明確にターゲットにできることのほうが重要だ。」ということだそうです。これも理屈だけでいえば、「大は小を兼ねるのだから、選択して権利行使すればよいだけではないか」ということになりますが、これには「あそこはいいけどここはダメ、ってそんなに都合よく交渉できますか?」とのことで、確かに様々な面でつながりがある業界の中で、自らが事業を進めるためによりよいポジションを築いていくには、経営者には考えるべきことがたくさんあり、特許権というのはそのための道具の一つに過ぎない。それを実際にハンドリングする方の見解(上にリンクしたコラムでいえば「視座」が違うということでしょうが)というものは、単に実務家がルールを適用しただけの判断とは違い、多様な要素を考えに考え抜いた結論であり、とても重みのあるものだと思います。実務家としての役割を果たすために「上位概念化」という技術は当然に必要なのですが、「経営がわかる実務家」たるためには、そうした「視座の違う判断」への理解も必要なのではないかと思います。

ミッション・インポッシブル

2007-11-16 | 知財発想法
 最近よく思うのは、知財人のミッションは「事業の環境を整えること」にある、ということです。舞台で活躍する主役となるのは、あくまで企業の収益を生み出す源となる、研究開発部門や事業を推進する部門。そういう意味では、私の前職であるファイナンスの分野も、「知的財産権」か「お金」かという手段の違いはあるものの、「事業を進めやすい環境を整える」という立場はよく似ていると感じます。
 環境を整えるべき部門が主役にたって、自ら「収益を生み出す」というミッションにチャレンジしようとするとどうなるか。ファイナンスで収益を生み出そうとした会社(ホリエモン時代のライブドアetc.)はどうだっただろうか。やはりこのミッションは、そもそもインポッシブルであるように思います。
 役に立つ知財部門を育てていこうとするならば、経営者には、知財部門に「どれだけ稼いでいるか?」と求めるのではなく、研究開発部門や事業部門に対して「知財部門は事業環境の整備に役立っているか?」と問うことで、知財部門の役割を評価して欲しいと思います。

不動産がダメになったから知財?

2007-11-15 | 知的財産と投資
 以前に、サブプライムローン問題の反省モードで「知財の証券化」も当面見送りムードではないか、といったことを書きましたが、「どうなる特許流通ビジネス(上)「日本買い」にうまみ!?」の記事には驚きました。発想が全く逆で、
「米国の不動産バブルを演出した資金の一部が知財へ向かいつつある」と米国のファンド会社のアナリストは語る。簡単に言えば、ライセンシーは特許購入資金を手当てしやすくなるということだ。つまり日本企業の特許にも外資から買いが入る環境になりつつある。日本株ではなく日本特許だ。
ということだそうです。
 一方で、昨日の中間決算発表でサブプライムローンの影響から今期の業績予想を下方修正したでみずほFGの前田社長は、
証券化商品の流動性リスクの把握については、かなり反省しなければならない。こんなことになるとは、申し訳ないがまったく想定していなかった。
と謝罪されたそうです(本日の日経金融新聞より)。サブプライムローンの今の直接的な問題は、貸倒れが発生した云々ではなく(勿論大元の原因はそこにあるのですが)、サブプライムローンから組成された証券を売却したくても売却できない、値がつかないからいくら償却すればよいかもわからない、という底の見えない不安にあると思います。流動性に難のある金融商品のリスクが本質的な問題であって、不動産がダメになったから知財という問題ではないんとちゃうかなぁと思いますが、米国のファンド会社のアナリストからみるとそうではないんでしょうか。

戦略思考の強化

2007-11-13 | 知財発想法
 田坂広志氏のメッセージ・メール「風の便り」の最新号がたいへん興味深いです。戦略思考を鍛えるためには、将棋盤を180度回して相手の立場側からみるように、反対側からみる訓練をすればよい。確かに知財戦略についても、競合他社からみてどのような方策をとれば攻めにくくなるかを考えることが基本になると思います。
 知財に関するニュースを読む際にも、立場をかえていろいろな側面から事件の影響を考えてみることが戦略思考の強化につながると思います。例えばキヤノンのインクカートリッジの最高裁判決にしても、実務家からみれば再生品の製造が特許発明の実施にあたるかどうかが論点になるのでしょうが、ビジネスの視点からはそれはどうでもよい話であって、結果としてリサイクルビジネスにどのような影響が出るのかということが関心事になります。再生品は市場から排除されるのか、それとも引続き出回るのか、出回るとしたらこれまでとどのような収益構造上の変化(従来よりコスト高になって純正品との価格差が縮まるetc.)が生じるのか(asahi.comにはそうした視点の記事も掲載されています)。こういった問いへの回答を考えることが、戦略的な考え方に結びついていくのでしょう。
 田坂氏のメッセージでは、最後に「戦略」の意味を「戦いを略(はぶく)」、として結んでいます。訴訟に勝つ云々はあくまで手段の問題であって、模倣を許さないような「近寄り難い」存在の企業(顧客が「近寄り難い」のでは困りますが・・・)になっていくことが知財戦略の目指すところではないでしょうか。