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経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

中小企業は「知的財産」をどのように捉えているか

2015-08-23 | 企業経営と知的財産
 前回に続き、昨年度の近畿経済産業局の調査事業で行った中小企業へのアンケート調査結果から考え方ことの2つめです。

 近畿知的財産推進計画2014策定の基礎調査で、中小企業を「知財への関心が高いか否か」「売上が増加傾向か減少傾向か」という2つの軸に基づいて図(近畿知的財産推進計画2014の7p.から引用)のA~Dのグループに分類したところまでは前回と同じですが、各々の企業が知的財産をどのように捉えているかを質問し、図(近畿知的財産推進計画2014の35p.から引用)のようにグループ別に集計してみました。
 知的財産の捉え方(定義)は、以下の3つから選択してもらっています。
(1) 特許権や意匠権、商標権など知的財産権に限る
(2) 知的財産権の他にノウハウも含める
(3) 社内で独自に生み出した知的資産全般を知的財産と捉える
(「社内で」と限定するなど正確ではないのですが、知的財産基本法は「知的財産」と「知的財産権」を明確に区別して定義しているので、その考え方に最も近いのは(3)になると思います。)

 これまでにあまり目にしたことがないデータですが、いくつかの興味深い傾向を読み取ることができます。
 まず気づくことは、知的財産の定義がバラついているということです。無回答を除き、全体を平均すると、(1)~(3)がほぼ1/3ずつに分かれています。
 以前に「一番必要なのは「知的財産」の意味の社会的なコンセンサスを形成することではないか」のエントリにも書きましたが、これは困った状況で、いくら知的財産の普及啓発に力を入れても、肝心の受け手の捉え方がバラバラでは、十分な効果を期待することはできません。
 例えば「知財活用を進めましょう」と言った場合の「知財活用」とは何なのか。知的財産を(1)で捉えていれば、権利行使やライセンスといったいわゆる知財関連の業務のみがイメージされやすいのに対して、知的財産を(3)で捉えていれば、自社の強みをどう引き出して事業に生かしていくかという様々な部門に広がりのあるテーマとなり、このメッセージが響く層が異なるものになるはずです。
 「知的財産」に関する取り組みの裾野を広げ、より多くの中小企業に「知的財産」という物の見方を活かしていただくためには、(3)のような捉え方が社会的なコンセンサスとなるように努めることが、重要な政策テーマになるのではないでしょうか。
 
 2つめは、グループ別の内訳です。CとDのグループはほぼ同じような結果で、無回答も含めておおよそ1/4ずつに割れているという点も興味深いですが、より注目されるのはAとBの違いです。
 AとBは「知的財産に関心がある」というグループだけあって、CやDより無回答の比率がグッと少なくなっていますが、(2)にはほとんど違いがないのに対して、(1)と(3)の比率がほぼ逆転したような数字になっています。同じ「知的財産に関心がある」というグループでも、売り上げが伸びているグループは知的財産を広く捉えている企業の比率が高い(売り上げが伸びていないグループは知的財産を知的財産権に限定して捉えている企業の比率が高い)、という傾向が現れています。
 この傾向が何を意味しているのか。確定的なことを言うにはさらに詳細な分析が必要ですが、Bのグループの企業が「知財活用=知的財産権の活用」という考え方に縛られ、知財活動が硬直的になってしまっている可能性も、一因として推測できるのではないでしょうか。
 このデータも、知的財産を広義で捉えることの必要性を裏付ける材料の一つになり得るのではないかと考えています。


KINZAIバリュー叢書 ゼロからわかる知的財産のしくみ
土生 哲也
きんざい

企業が抱える課題と知財活動の効かせ方

2015-08-20 | 企業経営と知的財産
 以前のエントリで少し触れた、昨年度の近畿経済産業局の調査事業で行った中小企業へのアンケート調査結果から考え方ことについて、2つほど書いておきたいと思います。本日はその1つめです。

 上記の調査は近畿知的財産推進計画2014策定の基礎調査として行ったもので、中小企業の知財支援施策の方向性を検討するために、知財への関心が高いか否か(先のエントリでは「知財活動が活発か否か」と紹介しましたが基本的には同旨です)、売上が増加傾向か減少傾向か、といった2つの軸に基づいて中小企業を図(近畿知的財産推進計画2014の7p.から引用)のA~Dのグループに分類して、各々のグループに属する企業が認識している自社の強みや経営課題を整理しました(この分類は事務局として報告書をとりまとめていただいた株式会社ダン計画研究所さんのアイデアです)。

 ここで特に注目したいのが、BとCのグループです。
 中小企業向けの知財支援というと、Aグループの事例を紹介しながら「知財活動は役立ちます、取り組むべきです」とストーリーを語り、「啓発活動」をしたつもりになってしまいがちですが、果たしてそれでいいのでしょうか。Bグループの「知財やっても儲からへんで」、Cグループの「知財なんてやらんでも儲かってるで」という声に耳を塞ぎ、あるいは「知財の重要性がわかっていない!」と頭ごなしに撥ねつけてしまっていては、いつまでたっても中小企業&知財の領域は、Aグループ+Bグループの知財担当者が形成するサロンから抜け出すことはできないでしょう。

 では、BグループやCグループの知財活動をどのように考えていけばよいのでしょうか。
 Bグループの企業が自社の強みをどのように認識しているかをみると、技術力(74%)、商品力(44%)といった項目の数値が比較的高くなっています。
 Cグループに目を移すと、短納期(42%)、小口・多品種対応(38%) 、価格競争力(19%)といった項目の数値が比較的高い。
 こうした傾向をみると、Bグループは、開発活動に積極的に取り組んでいるものの、それを十分に売上に結びつけられていない開発先行型の企業、Cグループは、自社製品は持たない小回りがきいて機動力のある受注生産型の企業という企業のイメージが浮かび上がってきます。

 一方で、両者はそれぞれの経営課題をどのように認識しているのか。
 Bグループでは、販路開拓・拡大(69%)の数値が高いのに対して、海外展開(23%)が相対的に低くなっています。
 Cグループでは、人材(65%)、社員のモチベーション(39%)といった項目の数値が比較的高い。
 すなわち、Bグループは技術力に自信があって製品開発に力を入れている、それに伴って知財への関心も比較的高い(ゆえに知財活動にも取り組んでいる)ものの、販売が思うように進まず(海外展開以前の問題として国内でも思うように売れない)十分な売上に結びついていない。一方のCグループは、しっかりと仕事を拾って売上につなげているものの、(言葉は悪いですが)便利屋的・下請け的なポジションで、人材を集めにくくモチベーションも上がりにくい。
 こういった状況にあることがイメージされる企業群に対して、「知財権で独占的な地位を築きましょう」「権利侵害でトラブらないように知財意識を高めましょう」と促したところで、彼らの問題意識とはミスマッチとなり、「なんかピンとこーへん(きーひん?)な」と感じられてしまうことは避けられません。

 では、なにを伝えていけばよいのか。
 ここで求められるのが、知財活動の効果の多様性に対する理解、引き出しの多さです。このブログや、「元気な中小企業はここが違う! 」に繰り返し書いているように、知財活動は、他者参入の排除や権利侵害の回避という典型的な効果だけでなく、自社技術の見える化、社内の活性化、交渉力の強化、オリジナリティのPR、仲間作りなど様々な効果が期待できるものです。
 販売力強化を課題としていることが多いBグループの企業には、オリジナリティのPR、仲間作り(=販売パートナーとの提携等)といった効果を意識して、例えば、営業部門との知財情報の共有による自社製品の強みの再認識といった活かし方が考えられます。人材面を課題としていることが多いCグループには、自社の独自技術を見える化する技術ブランディングによる社内の活性化、モチベーション強化といった方向性が考えられるのではないでしょうか。
 知財活動をいかに販売力やモチベーションの強化に結びつけるか、これらはまだまだ未開の領域であり、これといった定型的な手法が用意されているというものではありません。しかし、こうした面も意識しながら、「国内市場の低迷 → 海外展開が必要 → 模倣リスクが高い → 海外での権利取得やオープン・クローズの使い分けが重要」といった直線的なシナリオだけでなく、中小企業が抱える様々な課題に対して知財によるソリューションを提供できるように努めることが、中小企業&知財の領域を広げるネクストステージに向けて取り組んでいかなければならないテーマではないかと思います。

<お知らせ> 知的財産のアウトラインを速習できるビジネスパーソンのための入門書、「ゼロからわかる 知的財産のしくみ」を上梓しました。普通の入門書ですが、読み易さには十分に気を配りましたので、機会がありましたらご一読いただけると幸いです。

KINZAIバリュー叢書 ゼロからわかる知的財産のしくみ
土生 哲也
きんざい



「ゼロからわかる 知的財産のしくみ」発売のお知らせ

2015-08-07 | お知らせ
 「<入門の入門>知的財産のしくみ」の後継版となる「ゼロからわかる 知的財産のしくみ」が、間もなく発売されます。帯のキャッチコピーのとおり、「知的財産を速習したいビジネスパーソンのための決定版 一読すれば、知的財産のアウトラインと勘所をつかめる!」というコンセプトで書き下ろした、ビジネスパーソン向けの知的財産の入門書です。
 以下、本書の「はじめに」の一部を紹介させていただきます。

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 筆者が初めて知的財産の入門書を上梓したのは、今から8年前になります。その巻頭に次のように書きました。

 (前略)インターネットの世界では、誰もが自由に参加することが可能な、双方型の利用形態である「Web2.0」への流れが加速しています。
 これを知財の世界になぞらえるならば、これまでは企業の知的財産部門や弁護士、弁理士などの外部の専門家に任せきりであった知財業務の領域に、多くのビジネスパーソンや研究者が双方向で参加する、「知財2.0」とでもいうべき状況への転換が求められているところではないでしょうか。(中略)
 本書が、知的財産のしくみを理解することに役立ち、知財の世界とビジネスや研究開発の現場を結びつける橋渡しとして、「知財2.0」のステージに進む一助となれば幸いです。(後略)

 あれから8年を経て、状況はどのように変わったでしょうか。
 企業の知財部門で・・・
 このように、知的財産に直接関わる側の意識や人材の層が変化する一方、ビジネスの現場ではどうでしょうか。
 特許の出願件数は2割近く減少・・・「知財の双方向化」は、なかなか進展していないのが現状です。
 その間の日本経済を振り返ってみると、リーマンショック、東日本大震災と2つの大きな試練に直面しました。生き残りのための構造改革に追われ、知的財産を活かして新規事業を立ち上げるという、前向きな投資に意識が向きにくい経営環境が続いたことは否めません。
 しかし、日本経済は明らかに変化してきました。上場企業はROE重視の姿勢を鮮明にして、成長のための投資に資金を振り向ける動きを見せています。地方再生の担い手として、中小企業の活性化に向けた様々な施策が打ち出されるようになりました。新しい事業、成長の種となる知的財産を意識する場面が増えるのは必然であり、知的財産を意識する場面が増えるようでないと、経済成長も覚束ないものになってしまうでしょう。
 専門家に任せておくだけでない「知財の双方向化」は、まさにこれからが本番です。

 本書は・・・ビジネスパーソンが、知的財産の「専門家としての知識」ではなく、「専門家と話すための知識」を身につけることを意識して書き下ろしました。一読すれば、知的財産とはどういうものか、そのアウトラインと勘所をつかむことができるように、簡潔さとわかりやすさを重視したため、十分に説明できなかった箇所も残っています。
 知的財産の活かし方について・・・知的財産管理技能検定3級を目標にしてみるのもよいでしょう。

 最後になりましたが、本書のコンセプトを理解して出版にご尽力をいただいた、一般社団法人金融財政事情研究会の田島正一郎様に改めて御礼申し上げます。「知財の双方向化」の担い手となることを期待する金融機関との関係が深い同会から、本書を上梓できることを大変嬉しく思います。

2015年7月 土生 哲也



KINZAIバリュー叢書 ゼロからわかる知的財産のしくみ
土生 哲也
きんざい