経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「ノウハウ」管理の前さばき

2015-10-28 | 企業経営と知的財産
 知財の世界で「ノウハウ」というと、「ノウハウ=営業秘密」という前提で、技術流出をどのように防ぐかという文脈で語られることがほとんどではないかと思います。
 一方で、中小企業関連の仕事でノウハウが話題になると、そのストーリーでは話がかみ合わなくなることがあります。「ノウハウ」に関する問題意識が、技術流出ではなく、「Aさんの仕事のやり方(ノウハウ)を、Bさんにも真似てほしい」「Cさんの優れた手法(ノウハウ)を多くの社員に広めて、会社全体のレベルアップを図りたい」といったところにあるようなケースです。
 
 こうした食い違いは、「知財(法律)用語としてのノウハウ」と「社会通念上のノウハウ」が必ずしも一致しないことによって生じるのではないでしょうか。
 goo辞書で検索しても、「ノウハウ」には次の2つの意味があると説明されています。
1. ある専門的な技術やその蓄積のこと。
2. 技術競争の有力な手段となり得る情報・経験。また、それらを秘密にしておくこと。
 1.が「社会通念上のノウハウ」、2.が「知財(法律)用語としてのノウハウ」です。
 そうすると、はじめから「営業秘密」を対象にするコンセンサスができているのであれば、「ノウハウ=営業秘密」という前提で、技術流出という課題にどのように対処するかを検討していけばよいのですが、そういうコンセンサスがない状態で「『ノウハウ』について考えましょう」といった場合には、「社会通念上のノウハウ」を前提にした各々の企業が抱えている課題の整理が必要になってくると考えられます。その流れを簡単な図にして整理してみました。
 整理の軸は、「社会通念上のノウハウ=専門的な技術やその蓄積」について、「模倣リスクが懸念されるか」「社内での積極活用が求められているか」の2つです。
 模倣リスクが懸念され、多くの社員が情報を共有するニーズには乏しいのであれば、営業秘密としてしっかりと管理する方策を検討すればよいことになります。
 逆に、模倣リスクはあまり懸念されず、社内での情報共有・積極的な活用が求められている場合には、厳格な秘密管理は利用促進の妨げになるおそれもあり、異なる観点での対応策を考えていかなければいけません。模倣リスクがあまり懸念されない理由には、(1)ノウハウが絶えず進化している、(2)一部のノウハウだけ真似ても効果がない、(3)企業の信用力とセットで価値がある、(4)コア技術が特許化されている、といったパターンが考えられますが、特にサービスエンジニアリングを含めたサービス業の領域では、いわゆる営業秘密としての管理より、情報共有システムなどのノウハウ管理(「ノウハウ活用」というほうが適切かもしれません)を求められるケースが少なくないものと思われます。
 難しいのは、模倣リスクへの対策と利用促進のニーズが重なり合う領域で、情報の種類や利用形態などに応じた管理方法や、利用のインセンティブなどを個別に考えていかなければいけません。

 尤も、いずれのケースにも共通するのは、(社会通念上)のノウハウが漠然とした状態では扱いようがないので、ノウハウが形式知として「見える化」されている必要があるということです。「見える化」を第一歩として、模倣リスクと活用ニーズの両面から取り組むべき課題を認識し、管理方法の基本方針を確認する、といったプロセスが、「ノウハウ」管理の前さばきとして必要になるのではないでしょうか。

中小企業は「知的財産」をどのように捉えているか

2015-08-23 | 企業経営と知的財産
 前回に続き、昨年度の近畿経済産業局の調査事業で行った中小企業へのアンケート調査結果から考え方ことの2つめです。

 近畿知的財産推進計画2014策定の基礎調査で、中小企業を「知財への関心が高いか否か」「売上が増加傾向か減少傾向か」という2つの軸に基づいて図(近畿知的財産推進計画2014の7p.から引用)のA~Dのグループに分類したところまでは前回と同じですが、各々の企業が知的財産をどのように捉えているかを質問し、図(近畿知的財産推進計画2014の35p.から引用)のようにグループ別に集計してみました。
 知的財産の捉え方(定義)は、以下の3つから選択してもらっています。
(1) 特許権や意匠権、商標権など知的財産権に限る
(2) 知的財産権の他にノウハウも含める
(3) 社内で独自に生み出した知的資産全般を知的財産と捉える
(「社内で」と限定するなど正確ではないのですが、知的財産基本法は「知的財産」と「知的財産権」を明確に区別して定義しているので、その考え方に最も近いのは(3)になると思います。)

 これまでにあまり目にしたことがないデータですが、いくつかの興味深い傾向を読み取ることができます。
 まず気づくことは、知的財産の定義がバラついているということです。無回答を除き、全体を平均すると、(1)~(3)がほぼ1/3ずつに分かれています。
 以前に「一番必要なのは「知的財産」の意味の社会的なコンセンサスを形成することではないか」のエントリにも書きましたが、これは困った状況で、いくら知的財産の普及啓発に力を入れても、肝心の受け手の捉え方がバラバラでは、十分な効果を期待することはできません。
 例えば「知財活用を進めましょう」と言った場合の「知財活用」とは何なのか。知的財産を(1)で捉えていれば、権利行使やライセンスといったいわゆる知財関連の業務のみがイメージされやすいのに対して、知的財産を(3)で捉えていれば、自社の強みをどう引き出して事業に生かしていくかという様々な部門に広がりのあるテーマとなり、このメッセージが響く層が異なるものになるはずです。
 「知的財産」に関する取り組みの裾野を広げ、より多くの中小企業に「知的財産」という物の見方を活かしていただくためには、(3)のような捉え方が社会的なコンセンサスとなるように努めることが、重要な政策テーマになるのではないでしょうか。
 
 2つめは、グループ別の内訳です。CとDのグループはほぼ同じような結果で、無回答も含めておおよそ1/4ずつに割れているという点も興味深いですが、より注目されるのはAとBの違いです。
 AとBは「知的財産に関心がある」というグループだけあって、CやDより無回答の比率がグッと少なくなっていますが、(2)にはほとんど違いがないのに対して、(1)と(3)の比率がほぼ逆転したような数字になっています。同じ「知的財産に関心がある」というグループでも、売り上げが伸びているグループは知的財産を広く捉えている企業の比率が高い(売り上げが伸びていないグループは知的財産を知的財産権に限定して捉えている企業の比率が高い)、という傾向が現れています。
 この傾向が何を意味しているのか。確定的なことを言うにはさらに詳細な分析が必要ですが、Bのグループの企業が「知財活用=知的財産権の活用」という考え方に縛られ、知財活動が硬直的になってしまっている可能性も、一因として推測できるのではないでしょうか。
 このデータも、知的財産を広義で捉えることの必要性を裏付ける材料の一つになり得るのではないかと考えています。


KINZAIバリュー叢書 ゼロからわかる知的財産のしくみ
土生 哲也
きんざい

企業が抱える課題と知財活動の効かせ方

2015-08-20 | 企業経営と知的財産
 以前のエントリで少し触れた、昨年度の近畿経済産業局の調査事業で行った中小企業へのアンケート調査結果から考え方ことについて、2つほど書いておきたいと思います。本日はその1つめです。

 上記の調査は近畿知的財産推進計画2014策定の基礎調査として行ったもので、中小企業の知財支援施策の方向性を検討するために、知財への関心が高いか否か(先のエントリでは「知財活動が活発か否か」と紹介しましたが基本的には同旨です)、売上が増加傾向か減少傾向か、といった2つの軸に基づいて中小企業を図(近畿知的財産推進計画2014の7p.から引用)のA~Dのグループに分類して、各々のグループに属する企業が認識している自社の強みや経営課題を整理しました(この分類は事務局として報告書をとりまとめていただいた株式会社ダン計画研究所さんのアイデアです)。

 ここで特に注目したいのが、BとCのグループです。
 中小企業向けの知財支援というと、Aグループの事例を紹介しながら「知財活動は役立ちます、取り組むべきです」とストーリーを語り、「啓発活動」をしたつもりになってしまいがちですが、果たしてそれでいいのでしょうか。Bグループの「知財やっても儲からへんで」、Cグループの「知財なんてやらんでも儲かってるで」という声に耳を塞ぎ、あるいは「知財の重要性がわかっていない!」と頭ごなしに撥ねつけてしまっていては、いつまでたっても中小企業&知財の領域は、Aグループ+Bグループの知財担当者が形成するサロンから抜け出すことはできないでしょう。

 では、BグループやCグループの知財活動をどのように考えていけばよいのでしょうか。
 Bグループの企業が自社の強みをどのように認識しているかをみると、技術力(74%)、商品力(44%)といった項目の数値が比較的高くなっています。
 Cグループに目を移すと、短納期(42%)、小口・多品種対応(38%) 、価格競争力(19%)といった項目の数値が比較的高い。
 こうした傾向をみると、Bグループは、開発活動に積極的に取り組んでいるものの、それを十分に売上に結びつけられていない開発先行型の企業、Cグループは、自社製品は持たない小回りがきいて機動力のある受注生産型の企業という企業のイメージが浮かび上がってきます。

 一方で、両者はそれぞれの経営課題をどのように認識しているのか。
 Bグループでは、販路開拓・拡大(69%)の数値が高いのに対して、海外展開(23%)が相対的に低くなっています。
 Cグループでは、人材(65%)、社員のモチベーション(39%)といった項目の数値が比較的高い。
 すなわち、Bグループは技術力に自信があって製品開発に力を入れている、それに伴って知財への関心も比較的高い(ゆえに知財活動にも取り組んでいる)ものの、販売が思うように進まず(海外展開以前の問題として国内でも思うように売れない)十分な売上に結びついていない。一方のCグループは、しっかりと仕事を拾って売上につなげているものの、(言葉は悪いですが)便利屋的・下請け的なポジションで、人材を集めにくくモチベーションも上がりにくい。
 こういった状況にあることがイメージされる企業群に対して、「知財権で独占的な地位を築きましょう」「権利侵害でトラブらないように知財意識を高めましょう」と促したところで、彼らの問題意識とはミスマッチとなり、「なんかピンとこーへん(きーひん?)な」と感じられてしまうことは避けられません。

 では、なにを伝えていけばよいのか。
 ここで求められるのが、知財活動の効果の多様性に対する理解、引き出しの多さです。このブログや、「元気な中小企業はここが違う! 」に繰り返し書いているように、知財活動は、他者参入の排除や権利侵害の回避という典型的な効果だけでなく、自社技術の見える化、社内の活性化、交渉力の強化、オリジナリティのPR、仲間作りなど様々な効果が期待できるものです。
 販売力強化を課題としていることが多いBグループの企業には、オリジナリティのPR、仲間作り(=販売パートナーとの提携等)といった効果を意識して、例えば、営業部門との知財情報の共有による自社製品の強みの再認識といった活かし方が考えられます。人材面を課題としていることが多いCグループには、自社の独自技術を見える化する技術ブランディングによる社内の活性化、モチベーション強化といった方向性が考えられるのではないでしょうか。
 知財活動をいかに販売力やモチベーションの強化に結びつけるか、これらはまだまだ未開の領域であり、これといった定型的な手法が用意されているというものではありません。しかし、こうした面も意識しながら、「国内市場の低迷 → 海外展開が必要 → 模倣リスクが高い → 海外での権利取得やオープン・クローズの使い分けが重要」といった直線的なシナリオだけでなく、中小企業が抱える様々な課題に対して知財によるソリューションを提供できるように努めることが、中小企業&知財の領域を広げるネクストステージに向けて取り組んでいかなければならないテーマではないかと思います。

<お知らせ> 知的財産のアウトラインを速習できるビジネスパーソンのための入門書、「ゼロからわかる 知的財産のしくみ」を上梓しました。普通の入門書ですが、読み易さには十分に気を配りましたので、機会がありましたらご一読いただけると幸いです。

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中小企業の底力・特許の力で引き出そう

2015-04-18 | 企業経営と知的財産
 本日は「発明の日」ですが、昨日の日刊工業新聞の発明の日・特集記事に寄稿させていただいたコラムの本文を、以下に転載します(掲載前の元原稿のため、紙面掲載文とは若干の違いがあるかもしれません)。ややエモーショルな感じの仕上がりになってしまいましたが...


特許の力を活かして中小企業の底力を引き出そう

 手間や費用がかかるのに、どうして特許を取得する必要があるのか。中小企業関係者との間でよく話題になるテーマだが、多くの場合、特許の専門家からは次のような答えが返ってくるであろう。技術を模倣されないため、市場を独占するため、ライセンスで稼ぐため...
 では、現実に目を移してみるとどうだろうか。たしかに、自社製品に関連する特許権を取得して、高収益を実現している中小企業が存在している。特許権が参入障壁として働いていることが推測されるが、そうした企業が競合に積極的に権利行使しているかというと、必ずしもそうではない。参入障壁として機能する他に、何か違うメカニズムが働いているのではないだろうか。
 そうした疑問を抱いているとき、特許活用の成功事例としてよく知られているある中小企業の経営者に、次のようなお話を伺った。
「当社の製品は、特許があるから売れているのではない。製品がいいから売れるのだ」。「だから、なによりも重要なのは製品開発である」。
まさにそのとおり。顧客が製品を購入する理由は、特許があるからではなく、その製品が欲しいからだ。しかし、ここで一つの疑問が湧いてくる。製品開発が最重要と言いながら、なぜその企業は特許取得にも力を入れているのか。特許に費やす労力や費用も、製品開発に回すべきではないのか。
 その疑問に対する答えの1つは、特許取得のプロセスが開発力の強化に役立つということである。
 特許を取得しようとすれば、出願前に先行技術の調査が必要になる。調査を通じて既存の技術水準を客観的に把握し、未解決の課題を乗り越えなければ特許を取得することはできない。特許取得を目標に製品開発に取り組めば、開発された製品は、これまでの悩みを解決する新たな機能を備えた製品となるはずである。その経営者の言葉を借りれば「当社が世に出す製品は常に新しい」ことになる。その分野をリードして、新たなトレンドを作り出す存在となっていることが、こうした企業が競争優位となる最大の要因であり、特許取得のプロセスがその支えになっているといえるであろう。
 さらにもう1つの答えを、多くの元気な中小企業と接するなかで発見することができた。特許の存在がオリジナリティーの証明となり、その企業で働く人々のプライドを支えているということである。
 特許を取得した事実は、自社の技術が世界初であることの客観的な証明になる。それは開発担当者のみならず、営業担当者にとっても、自分が扱っている製品は他にない最先端のものという自信につながる。営業の自社製品に対する自信や思い入れが、顧客の心を動かし、売上に結びつく。特許の存在が販売力の強化につながるのである。
 開発、営業にとどまらず、他にはできない仕事をやっているという意識は、社員の力を引き出す原動力になる。一人ひとりがプライドをもって生き生きと働いていれば、魅力のある企業として多くの協力者を惹き寄せ、社外の力を活かしてくことにもつながるであろう。
 他社を攻撃して、自社の技術を守ることだけが特許の活かし方ではない。法の力のみに頼らず、人の力によって支えられている企業こそが、本当に強い中小企業である。人の力を引き出し、開発力や販売力という企業の基礎体力強化にも役立つのが、特許のもう一つの働きだ。
 優れた技術、固有の技術を持つ中小企業は各地に存在している。特許の力でこうした中小企業の底力を引き出すことが、地方創生という国家的な課題への貢献にもつながるはずだ。

一番必要なのは「知的財産」の意味の社会的なコンセンサスを形成することではないか

2014-12-13 | 企業経営と知的財産
 私が知財セミナーの講師を担当する際には、いつも「知的財産」とは何か、その意味を共有するところからスタートしています。拙著「元気な中小企業はここが違う!」にも書きましたが、「知的財産」の意味を、
(1)「特許権などの知的財産権」と狭く捉えるのか、
(2)「企業活動から生み出された他と差異化された技術・ブランドなどの無形資産」と広く捉えるのか、
そもそもの対象の定義にコンセンサスを得られていないことが多いためです。
 これまでセミナーの参加者に(1)か(2)かを尋ねた経験からは、平均するとおおよそ半々くらいに分かれている印象です。
 現在関わっているある事業で行った中小企業を対象にしたアンケート調査では、さらに(1)と(2)の中間(知的財産権+ノウハウとして保護される財産)も加えて尋ねたところ、回答は概ね1/3ずつにきれいに分かれてしまっているような状況です。

 「知的財産」をどちらの意味で捉えているかということによる影響はいろいろなところに現れてきて、例えば「知財活用」について議論しようとすると、
(1)であれば、「知的財産権をどう活用するか」という問題意識から、権利侵害への対応やライセンスといった話になりやすく、
(2)であれば、「差異化された要素をどう事業に活かすか」という問題意識から、事業戦略と密接に結びついた話になりやすい、
という違いが生じます。このようにコンセンサスを得られていない状態で、安易に「知財活用」という言葉を使うのはなんだか気持ち悪いものがあります。自分としては(2)の前提で話そうとしているのに、まだまだ(1)のように捉える人が多い中で「知財活用」の言葉を使ったが故に、「うちは特許権をもっていないから関係ないよ」、「そんなことは専門家や担当者マターでしょう」、と経営者に「知財活用」の話題を敬遠されることにつながってしまいやすいためです。
 また、「知財の重要性を伝える」といった場合にも、
(1)であれば、模倣被害にあったり、侵害警告を受けたりすると大変なことになります、だから重要です、
(2)であれば、自社にしかない強みを明確に認識して、それを活かすことが競争力の強化につながります、だから重要です、
となり、これも相当伝えるべき内容が異なるため、伝え手に求められる知識や経験、資質も異なってくることになるはずです。

 おそらく知財関係者に限って「知的財産」の定義を問うと、ほとんどの人は(2)を選択すると思います。
 ところが、「知財を活用する」「知財の重要性を伝える」となったとたんに、いつの間にやら(1)の定義を前提にしてしまっている。
 そうなると、そこに関心を示すのは「知的財産権」に関する悩み、すなわち模倣品の被害を受けている、あるいは侵害警告を受けているといった問題を抱えている企業に対象が限定され、「知的財産」を意識することによってできることの可能性は限られたものになってしまいます。今は困っていなくても将来そういうことが起こるかもしれませんよ、といった苦し紛れの説明では、企業が今現在抱えているリアルな課題の前では簡単に吹き飛ばされてしまうでしょう。
 定義が(2)であるならば、「知財活用」も「知財の重要性」も(2)を前提に考えるべきです。
 新分野の開拓を課題としている企業が、特許取得のプロセスを通じて自社のオリジナリティーを客観的に見える化して、新たな用途を探っていくのも「知財活用」です。生産性の向上を課題としている企業が、属人的な優れたノウハウを見える化して他のメンバーと共有し、生産性を高めるのも「知財活用」です。営業力の強化を課題としている企業が、自社のオリジナリティを知的財産権の取得によって客観的に裏付けて、営業部隊の支援材料に使っていくのも「知財活用」です。こうした効果を引っくるめて、自社の商品やサービスにおいて差異化された要素を客観的に抽出することからスタートする知財活動の有用性が、「知財の重要性」ということになるのでしょう。
 ここで必要なことは、関係者間でのコンセンサスが得られているということなので、(1)ならば(1)でもよいのですが、(1)で考えられることは当然に(2)にも含まれるので、「知的財産」に対する取組みの可能性をより広げていくためには(2)で捉えるほうがよいことは明らかです。前述のアンケート調査からも、(2)で捉えるようがよいことを示す興味深い傾向が表れているのですが、いずれそのこともお伝えてしていければと考えています。

知財で伝える我が社の強み

2014-09-15 | 企業経営と知的財産
 以前にお知らせした産官学連携ジャーナル5月号「中小企業にとっての特許の活かし方」の記事に、以下のように考えた「特許の活かし方」の可能性を示させていただきました。
■ 特許等の知的財産権取得の効果について中小企業にアンケート調査を行ったところ、規模の小さい企業ほど、他者排除という知的財産権の典型的な効果だけでなく、PRに活かせた、販路開拓につながった、業務提携が実現したといった多様な効果を選択している。
■ この傾向は、規模の小さい企業ほど、競合を排除すること以上に、自らの存在を知らせること、その存在を世の中に広めていくための仲間を得ることが重要な課題となっていることが推測される。
■ 中小企業が特許について考える際には、「特許を取得して参入障壁を築き、模倣品を排除する」といった典型的なイメージにとらわれることなく、「特許の力を活かして自社の強みを顧客やパートナーに伝え、事業展開に必要な多くの仲間を得る」という視点からも考えてみるべき。

 「特許活用」のあり方として、権利行使やライセンスのような‘法的’な活用手法だけでなく、自らの強みを伝える手段、あるいは強みを確認する手段として特許を活かすことができないか。
 そうした考え方に基づいて、私がパートナーを務めている日本IT特許組合で、企業紹介ビデオ「知財で伝える我が社の強み」を制作しました。
 第一弾としてご登場いただいたのは、シンクライアント用ログ管理ソフトで国内シェアNo.1を誇るアイベクス株式会社です。
 同社は、今泉社長が福島県郡山市でSIerとして1995年に創業、創業10年目頃には受託開発型から自社開発製品に軸足を移してパッケージベンダーへとビジネスモデルを転換、東京に拠点を置いて事業を拡大しています。これまでに3件の特許を取得した目的について、今泉社長は「独自性を示したい」「信用力を高めたい」と説明されていますが、まさに特許の多様な効果に着目した一例といえるでしょう。

 再生はこちらから → 企業紹介ビデオ「知財で伝える我が社の強み」Vol.01 アイベクス株式会社

知財屋の思考回路でビジネスモデルを考える

2014-05-21 | 企業経営と知的財産
 昨日は‘Let’s IPO Seminar’に参加して、IPOマーケットに関するホットな話を聞いてきました。
 この‘LET'S IPO’のサイトでは、私も時々コラムを書かせていただいています。
 ■第七回■知的財産を活かした成長戦略
 ■第十四回■中小ベンチャー企業を対象とした特許料等の軽減措置について

 ピーク時の2000年に203社あったIPOは、リーマンショックのあった2009年に19件まで落ち込み、そこからは回復傾向が続いて2013年は54社。今年は70社程度の見込みとのことですが、それでも100社にも満たない件数です。
 よく中小企業向けの知財セミナーで、全国の中小企業の数は約400万社、その中でも1年に1件でも特許を出している会社は1万社程度(諸々のデータからの推測ですが)しかないんですよ、というお話をさせていただいていますが、それと比べてもIPOの数はなんと少ないことでしょうか。その稀少な会社を発掘してサポートするベンチャーキャピタルというのは、改めて難しい仕事だと思う次第です。

 このセミナーには『IPO企業にみる成長企業のビジネスモデル』という新興市場に上場したベンチャー企業のビジネスモデルを分析する企画があるのですが、久しぶりにベンチャー投資を担当していた頃のような頭の使い方ができて刺激的でした。フリーディスカッションで「確かに業界では一人勝ちのいい会社だけど、成長のシナリオが見えず投資対象としての興味が湧かない」といった意見を聞くと、ベンチャー投資の世界ならではの価値判断を思い出します。
 昨日の分析対象は‘口コミサイト’の勝ち組で、広告収入を主体としたビジネスモデルで成長している会社でした。しかし、特定の業界の広告収入に依存するだけではいずれ成長の限界に突き当たるので、次にどのような形で成長シナリオを描けばよいのかが問題になります。いくつかの勝ち組の‘口コミサイト’の例を見ると、(1) 川上(=口コミ情報を活かしたメーカーとの共同開発)に向かう、(2) 川下(=口コミ対象の商品を販売する小売業)に向かう、(3) 他の分野の口コミサイトにも展開する、の3パターンがあるとの分析が示されましたが、どれが最も理にかなった戦略なのでしょうか。
 こうした場面では、せっかくなので知財屋ならではの見方をしてみたいところです。その会社ならではの強み、つまり、成功している‘口コミサイト’にしかない独自性のある経営資源は何なのか。どの方向に進めば、最も模倣しにくいビジネスを構築できるのか。
 口コミというリアルな、それも大量の、かつ何らかの格付けがされた情報を強みと捉えるならば、それを活かしてオリジナルの商品を開発する (1) が合理的であるように思えます。個々の商品のオリジナリティだけでなく、新しい口コミを次々と商品のアイデアに活かしていくことは、勝ち組の口コミサイトにしかできないはずです。
 口コミという情報自体より、口コミを集める様々な仕組み・ノウハウを強みと捉えるならば、(3) が合理的ということになるでしょう。成功した仕組みやノウハウを再利用すれば、他が追随できないスピードで事業を展開できるはずです。
 そうやって考えていくと、一番険しい道に思えるのが、(2) の戦略です。口コミの情報に価値があるならば、ユーザはこのサイトで情報だけをいただいて、最も安いところで商品を購入すればよいことになります。口コミを集める仕組みやノウハウが活かされるわけでもないので、ウィングを広げようとしている部分には、その会社でなければならない必然性が見出し難く、模倣容易性が高くなってしまうように思います。
 勿論、戦略の意思決定はこうした切り口だけで行えるものではありませんが、知財屋としての思考回路・発想法をこんな場面にも活かしていきたいものです。

攻めの知財戦略・守りの知財戦略

2014-03-29 | 企業経営と知的財産
 今年度は代理人としての仕事の他に、中小企業支援関連では、知財戦略の骨子を組立てる知財塾(高知・島根・愛媛)、知財情報を活かした企業の強みをPRするコンテンツ作成(横浜)、各地に広がりつつある知財ビジネスマッチング(大企業保有特許等のライセンスを受けた中小企業の新事業創出)に関する調査事業などの仕事を通じて、様々な企業の皆様と接し、中小企業の知財のあり方についていろいろ考えてきました。本日はそうした中から、以前からモヤモヤとしていたものが最近かなり自分の中でスッキリしてきたことについて、少々整理してみたいと思います。

 ここ5~10年くらいのトレンドかと思いますが、「『守りの知財戦略』から『攻めの知財戦略』へ」といったキャッチフレーズを目にすることがあります。
 こうした場合の「守りの知財戦略」とは、競争相手からの防御を主な目的に知財活動に取組むことを指しており、典型的には防衛特許を含めた大量出願型の知財活動がイメージされやすいようです。一方の「攻めの知財戦略」ですが、特許権等の知的財産権を積極的に行使して競合企業を市場から排除する、あるいはライセンスフィーを払わせてコスト競争で優位に立つ、未利用特許をライセンスや売却によってキャッシュに換える、といった「知的財産『権』」を積極活用する知財活動を指しているようです。
 こうした前提での「『守りの知財戦略』から『攻めの知財戦略』へ」というキャッチフレーズは、さほど異論もなく受け入れられていることが多いように感じますが、個人的にはどうも違和感が拭えず、腑に落ちない状態でいます。
 なぜならば、今まで自分が接してきた多くの「知財活動に熱心に取り組み、ユニークな製品・サービスで成長している元気な中小企業」が、ここでいうところの「攻めの知財戦略」を実践しているようには見えないからです。以前に「シェアの高さと特許の関係をどのように考えればよいか」のエントリにも書きましたが、「特許で守られているから強い」のではなく、「顧客の求める、顧客を喜ばせるよい製品を作っているから、よいサービスを提供しているから強い」というのが、こうした元気な中小企業の本質的な特徴であると感じます。

 結局のところ、前述の「『守りの知財戦略』から『攻めの知財戦略』へ」という考え方の根底にあるのは、「知的財産権」の排他性を消極的に捉えるか積極的に捉えるか、といった「知的財産権」の扱い方の区分でしかなく、事業を「知的財産権」の切り口だけで見ようとしてしまっているところに限界があるように思います。「攻めの知財戦略」といいながら、「知的財産『権』」の法的な力で「攻める」ことだけを考えていると、「攻める」相手は競合企業や一時的な収入源に過ぎない知的財産権の売却先となってしまい、企業の収益を支えてくれる肝心の顧客の方を向いた「攻め」にはなりません。サッカーでいえば、敵の選手の動きを気にするばかりでなく、ちゃんと前(ゴール)を向いてボールをもらえているか、というところです。

 じゃあ顧客のほうを向いて「攻める」とはどういうことなのか。
 そこが大いに問題となってくるわけですが、おそらくそのポイントは、「知的財産『権』」ではなく「知的財産」に軸足を置いて、その活かし方を考えなければならない、というところにあります。なぜならば、顧客がその企業の製品やサービスを欲しいと思うきっかけになるのは、その企業が商品やサービスに様々な創意工夫を加えた成果である「知的財産」だからです。先ほどの「顧客の求める、顧客を喜ばせるよい製品を作っているから、よいサービスを提供しているから強い」というロジックに照らせば、良質な知的財産を創造する力こそが企業の強さになる、と言えると思います。
 要するに、良質な知的財産を創り出す力を高め、それを顧客につなげるルートを拡大していくこと、それが競合企業ではなく顧客の方を向いた「攻めの知財戦略」の骨子ということではないでしょうか。
 1月にモデレータを務めさせていただいた国際知財活用フォーラム2014の「知的財産を活かしてグローバルに展開する中小企業の知財戦略」では、私から次のような仮説を投げかけさせていただきました。
「特許を保有してシェアが高い会社は常に訴訟して他を排除しているかというと、そういうわけでもない。法的な効果以上に、特許のプロセスを通じて高いレベルでの製品開発が推進され、結局は製品の力で勝っているということなのではないか?」
 これに対して、パネリストとしてご登壇いただいた、全自動鶏卵選別包装システムで国内シェア1位・世界シェア2位の株式会社ナベルの南部会長が、次のようにお答えくださいました。
「それがまさに物を作ることの本質だ。特許は人定法であり、顧客に喜んでもらう商売の基本を踏み外してはいけない。・・・」
 
 では、良質な知的財産を創造する力は、どうやって高めていくことができるのか。そして、知財活動はそこに貢献できるものなのだろうか。
 ここでヒントになるのが、1つは「知的資産・知的財産・知的財産権」という企業にある無形資産の捉え方、もう1つは「知識創造経営のプリンシプル―賢慮資本主義の実践論」等に解説されている、暗黙知と形式知の関係を整理した「知識創造」の考え方です。後者については、以前の「知識創造のプロセスと知財活動」のエントリにまとめていますが、要するに、属人的な暗黙知が形式知化されて共有され、組織的な形式知の融合が新しい知識を生み出し、その知識が個人の暗黙知を進化させる、こうした暗黙知と形式知のスパイラル的な進化が企業の成長につながる、ということです。
 「暗黙知」を生み出す源泉となるのは、企業の人の力(人材)や人のつながり(企業文化)、顧客やパートナーとの交流(顧客基盤)などの「知的資産」です。こうした知的資産から生み出され、実際に企業活動で活かされるのが、情報やコンテンツ、ハウツーやノウハウといった「形式知」化された「(広義の)知的財産」です。そうした「知的財産」のうち、対外的な関係をコントロールし易くしておきたいものには「知的財産権」という囲いが与えられます。つまり知財活動は、暗黙知を形式知へと見える化して共有可能にし、さらに形式知を共有・融合しやすい形を整える作業と捉えることもできるのです。そうすると、「知識創造の力」すなわち「良質な知的財産を創り出す力」を高めることを目指した「攻めの知財戦略」があり得るのではないか、といった方向で、あれこれ考えるようになっています。

 長くなってしまいましたが、とりあえず今日はそんなところで。

見られて伸びる、期待されて伸びる

2014-01-10 | 企業経営と知的財産
 「活かすべきは『休眠特許』ではなく『開放特許』」のエントリに書きましたが、今年度は、大企業の開放特許を中小企業にライセンスして新しいビジネスを創出する、いわゆる「知財マッチング事業」に関する調査事業のお手伝いをさせていただいています。その関係で年末に、ライセンスを受けて製品開発を行った中小企業2社を訪問させていただく機会がありました。
 その話の前に、この「知財マッチング事業」について、眠れる資産=大企業の「休眠特許」の有効活用する、といった文脈で説明されていることがありますが、「活かすべきは『休眠特許』ではなく『開放特許』」のエントリに書いたとおり、それは明らかな誤解です。対象となる特許は、休眠しているかどうかではなく、開放されている(=ライセンスしてよい)かどうかが条件であり、大企業自身が利用している特許も含まれます。というか、ライセンスを受ける中小企業からすると、大企業も使っている=用途がイメージしやすい&製品化しやすいステージにある、といった特許のほうが好ましく、自ずと「休眠していない特許」が対象になることが多くなっています。
 さて、その2社を訪問したときの話ですが、こういうお話をされていたことが大変印象的でした。
「この事業でライセンスを受けて製品を開発したことがきっかけになって、当社を訪ねてこられる人の数がとても多くなった
「ライセンスを受けて開発した製品が各所で取り上げられたことがきっかけで、『こういうことはできないのか?』というリクエストがいろいろ入ってくるようになった
 いずれもライセンスによる直接の効果ではありませんが、中小企業にとっては大変意味のあることであるはずです。訪問する人の数が増えればビジネスチャンスも増えるだろうし、訪問すれば社内を見学することも多いので、そこで働く社員の皆さんには「見られている」という意識が仕事へのモチベーションを高めることにつながる。リクエストが増えることも同様に、ビジネスチャンスの拡大につながり、「期待されている」ことがモチベーションにプラスにはたらく。
 おそらく多くの中小企業にとって、コピー商品に対処する、知財権の侵害リスクに備えるといったこと以上に、ビジネスチャンスの拡大やモチベーションの向上は、より一般的かつ優先度の高いテーマであるはずです。中小企業と知的財産の関わりを考える際に、こうした側面もしっかりと意識すべきだということは拙著(元気な中小企業はここが違う!)にも書いたとおりですが、自社で特許等を取得して自信をつけるということだけでなく、大企業の開放特許のライセンスを受けて自社製品を開発するというパターンでもそうした効果が生じ得るわけであり、これもまた知的財産のもつ可能性の1つといえるのではないでしょうか。

 知的財産というオンリーワンの素材を利用して自社の強みを表現することによって、注目される機会が増えていく。そして、見られて伸びる、期待されて伸びる、というプラスのサイクルが生じてくる。
 そうした狙いで今年度もう一つお手伝いさせていただいているのが、横浜市の知財みらい企業支援事業で行われている「知財情報を活かして自社の強みをPRしよう」という取組みです。具体的には、会社をPRするコンテンツ(動画・パンフレット等)を製作し、その中で会社の独自性や強みを知財情報を使ってわかりやすく説明しよう、という試みで、昨秋に参加企業の皆様と何度か検討を重ねて、現在コンテンツを製作中です。その取組内容も含めて、2月7日(金)にテクニカルショウヨコハマの併催行事として開催される横浜市知財経営促進セミナーでお話させていただく予定ですので、中小企業の知財業務で何か新しいことをやってやろう、という気合いの入った皆様、ぜひご意見をお聞かせください。ご参加をお待ちしております。

 2月7日(金)10:00~12:00 横浜市知財経営促進セミナー「社長も気づいていない 会社を元気にする知財活動の秘訣」
  【場所】 パシフィコ横浜アネックスホール(展示会場2階)
 詳細はこちら → http://www.tech-yokohama.jp/tech2014/cosp.html#cosp04

「知的財産を活かした経営戦略」と「経営に資する知的財産戦略」の違い

2013-12-01 | 企業経営と知的財産
 年明けの1月27日に開催される「国際知的財産活用フォーラム2014」のパネルディスカッション「知的財産を活かしてグローバルに展開する中小企業の成長戦略」(トラックB-1)で、モデレータを務めさせていただくことになりました。
 このセッションのパネリストは、中小企業の知財に関するオピニオンリーダー・鮫島弁護士、拙著・論文・このブログ等で度々とりあげさせていただている株式会社エルムの宮原社長(「見て感じること」etc.)と株式会社エンジニアの高崎社長(「エンジニア・高崎社長の「MPDP」理論」etc.)、そして今年の春に大変刺激的なお話を伺わせていただいた株式会社ナベルの南部会長という豪華メンバーです。パネリストの皆様から素晴らしいお話を伺えることは間違いありませんので、中小企業と知的財産というテーマにご興味のある方は、是非ご参加ください。

 さて、このパネルディスカッションの「知的財産を活かしてグローバルに展開する中小企業の成長戦略」というタイトルですが、よくありそうなキーワードを並べただけのようにも見えますが、実は事務局の皆様の御意見も伺いながら、かなり悩んだ上で決定したものです。
 ちょっとばかり裏話をしてしまうと、当初の仮称は、「中小企業の・・・グローバルビジネスにおける・・・知的財産戦略」といった感じのタイトルでした(以下の話に繋げるために、本当の仮称をちょっとばかり変えています)。
 ところが、ご登壇いただく経営者の皆様とこれまでに何度かお話をさせていただたことや、鮫島先生と各種委員会で考えてきたことを思い出してみると、この案では、何かうまくテーマの本質を表現しきれていないような・・・。
 自社のオリジナリティ、自社の強みである知的財産をしっかり意識し、それを活かしたビジネスモデルを構築・実践している経営者のお話は、「知的財産戦略(技術開発戦略、デザイン戦略、ブランド戦略etc.)」とはちょっと違うような気がする。それは「知的財産に関する戦略」というより、「知的財産(自社のオリジナリティ)を活かした経営戦略」なのです。そう考えてみると、
 「知的財産を活かした経営戦略」
 「経営に資する知的財産戦略」

の2つは、あまり意識して使い分けられていないかもしれないけど、同じようでありながら実は違う。前者が経営者目線であるのに対して、後者は知財部門や知財の専門家の目線なのです。「上から知財」の図で言えば、各々の企業が抱える「経営・事業の課題」に対して、多様性のある「知的財産のはたらき」を当てはめ、「知的財産に取り組む目的」をしっかりと定めるところまでが「知的財産を活かした経営戦略」。そして、その目的をしっかりと意識し、目的に対して効果的な知的財産マネジメントを実践する仕組みを作り、実践可能にしていくのが「経営に資する知的財産戦略」。
 各社がどのような課題を抱えていて、知的財産マネジメントに取組むことによってその課題にどのような効果が得られたのか。どのような考え方・ビジネスモデルによって、自社のオリジナリティである知的財産がビジネスの優位性に結びついているのか。海外展開の場面にもスポットを当てながら、今回のパネルディスカッションはそのあたりを中心に議論していきたいと考えていますので、「知的財産を活かしてグローバルに展開する中小企業の成長戦略」というタイトルにした、という次第です。尚、「経営戦略」ではなく「成長戦略」としたのは、各社が海外市場にも積極的に挑戦している企業であること、「成長戦略」が現在の日本経済に求められているキーワードでもあることから、方向性がやや漠然としてしまう「経営戦略」ではなく、より具体的な方向性を意識できる「成長戦略」としました。

 さて、「知的財産を活かした経営戦略」と「経営に資する知的財産戦略」の違いをこうやって意識してみた場合、特に中小企業と知的財産というテーマについてこれまでに論じられてきている内容は、後者に偏りがちではないかという気がしています。前者については、何か型にはまった一般論が所与のものとして一律にザックリ当てはめられてしまっている。例えば、
国内市場の縮小→中小企業も海外展開が必要→海外では模倣品対策が課題→海外の知財制度を知り権利取得に努めよう!
大企業の低迷→下請企業の受注減→新規事業・自社商品開発が課題→新商品開発のために特許を取得・活用しよう!
といったストーリーを前提として、「海外展開のための知的財産戦略」や「新製品開発のための知的財産戦略」といったパッケージが提供される。もちろん、各社が経営戦略を熟考して、海外展開や新製品開発の必要性が明確になっているならこうしたパッケージは十分に意味をもつのですが、知的財産(=自社のオリジナリティ)をどのようにハンドリングするかということは、経営戦略の方向性が固まった後だけでなく、その前の段階でも考えるべきことなのではないだろうか。
 先日、「元気な中小企業はここが違う!」にもご登場いただいたしのはらプレスサービス株式会社の篠原社長に、「知識集約型産業」を標榜し、社員間での情報共有を進めることによって「メンテナンスサービス」という新たな市場を開拓してきた詳しいストーリーをお聞かせいただいた際に、次のようなお話をされていたことが大変印象に残っています。
「中小企業が元気になるために必要なのは、新規事業とか、海外展開とか、そういった形の問題ではなく、『考え方』こそが重要なんですね」
 社員のもつ経験や知識を「知的財産」と捉え、それを見える化して社員間での共有を進め、日々の業務に活用することで、ハイレベルで安定した「メンテナンスサービス」を提供する。この「考え方」こそが、まさに「知的財産を活かした成長戦略(経営戦略)」であるのだと思います。