経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

本質の把握

2008-02-28 | 知財一般
 昨日はJISAの法務・知的財産権セミナーでソフトウェア特許についてお話をさせていただきましたが、その後に野村総研・知財部長の井上様の「企業リスク低減の新しい試案~職務発明訴訟に学ぶ波及型リスクへの対応~」というご講演を大変興味深く聴講させていただきました。プロフェッショナルは問題の本質にこうやってアプローチし、こうやって解決策を提案するんだと。
 職務発明訴訟というと、我々特許屋は規程類の整備がどうだとか、対価の算定方法がこうだとか、表層的な部分に囚われて問題にアプローチしてしまいがちです(というか、そういうアプローチしかできてないと思います)。ところが井上様の場合は、職務発明問題が噴出した原因を組織や行動にまで掘り下げて分析し、企業に生じ得るリスクをそのメカニズムの違いから「直接型リスク」と「波及型リスク」に分類し、抜本的な解決策を提言されています。深遠な理論なのでここで簡単に説明できるようなものではありませんが、自分の頭の中ではANAとJALが思い浮かび(職務発明問題を離れて、ニュースで報道されているような企業リスク一般に関してですが)、違いの本質はそこにあったのか、と思わず納得してしまいました。お話を聞きながら、プロフェッショナルたるもの、
① 本質に辿り着くまで考える。
② 解決策を提言する。
ことが重要だなぁ、と改めて考えさせられた次第です。
 ①について、発明を特定することを業としている弁理士は、本質を把握して言語化する能力に優れている、といった説を耳にすることがあります。確かに、自然科学の世界において、自然法則に関わる本質を把握することには仕事柄慣れてくると思いますが、そこから先の問題となるとこの説は必ずしも的を射ていないのではないでしょうか。発明ではなく、企業という組織体や経済活動において生じている事象の本質を把握しようとする際には、人間の行動原理や組織の特性など、自然科学ではない社会科学の領域での考察が必要になってきます。発明そのものだけでなく、事業計画、さらには企業経営にも仕事の領域を広げていこうとするならば、人間や組織を知るための経験の蓄積が不可欠になってくるでしょう。
 特許業務の強化に取組もうとする企業を支援する際にも、発明者への特許教育、発明提案書のフォーマット作りといった表層的な部分だけをどうこうしようとするのでは不十分であり、そもそもその企業にとって(不要という可能性も含めて)特許にはどういう意味があるのかというところから、関係者はどういうモチベーションをもって取り組んでいるのか、組織がどのように動いているのか、といったところまで突っ込んで考えないと、有効な提案はできないということだと思います。
 ちょっと長くなってきたので、②についてはまたの機会に。

経営者の視座

2008-02-25 | イベント・セミナー
 先週金曜に特許流通シンポジウム2008in福岡があり、パネルディスカッションではパネリストの皆様から大変有益なお話をお伺いさせていただくことができました。

 ご登壇いただいたのは、株式会社エルムの宮原社長、田川産業株式会社の行平社長、株式会社日本開発コンサルタントの橋川社長と、九州各地で御活躍の3名の社長様です。各社のプレゼンテーションを拝聴していて、
① 強い商品を持ち、
② その強さを形成するのに特許制度を有効に利用し、
③(商品を増やすのではなく)世界に目を向けることで市場を広げている。
という共通点が見えてきました。

 ①については、強い商品を作れる理由について、宮原社長から「地方には企業が少ないので分業化しにくく、何でもやらなければならない→結果としてできることの幅が広がり、商品開発の発想も多様になっている。」とお話いただいたの対して、行平社長は「漆喰の分野で他にないノウハウを蓄積することで、公的機関・大学など外部の協力や評価を得て商品開発を進めていった。」という、逆のアプローチからそれぞれ結果を出されていることが印象的でした。橋川社長からは、「ユーザーニーズに徹底的に拘って特化したこと」を成功要因に挙げていただきました。
 ②については、各社ともに「特許をとった製品で成功した」といった特許中心の発想ではなく、事業戦略にあわせて特許制度をうまく利用されている、さすが経営者の視点は違う、ということを感じさせていただきました。宮原社長からは、製品そのものの特許に拘らず、事業のどの部分で特許を抑えれば効果的かを工夫した、というお話がありましたが、特許に割けるリソースに限界のある中小企業には大変参考になる事例だと思います。行平社長からは、基本的には特許よりはノウハウの比重が高い分野ではあるものの、外部を巻き込んで開発を進めるにつれて特許の必要性が高まるというお話がありましたが、ノウハウ優先の分野でも事業のステージによって方針が変わってくるということの好例であると思います。橋川社長からは、リソースに限りのある中小企業は絞り込みが必要で、その市場を世界に広げることで業績を拡大できるというお話の中で、特に外国市場に出る際には特許が重要になるというご指摘をいただきました。
 
 先の「中小企業のための知財戦略活用セミナー」でのパネリストでご登壇いただいた社長様方のお話もあわせて、痛切に感じたことは、

 同じ特許のことを考えるにしても、やはり経営者は実務家とは視座が違う

ということです。どの社長様も、「特許で独占権を確保する」とか「知的財産を創造、保護、活用する」とか教科書通りの発想ではなく、各社それぞれの事業戦略の下で、特許制度を客観的に捉えて「利用できる制度なのだからうまく使ってやろうじゃないの」といったスタンスが伺えます。「たかが特許、されど特許」の感覚です。ここがたぶん、守備範囲を広げようとしている知財の実務家には一番欠けていることが多い部分だと思います。ご参加いただいた中でも事業に積極的に関与しようとする知財実務家の皆様には、そのあたりをぜひ感じ取っていただければ。

本当に重要性は増しているのか?

2008-02-21 | 新聞・雑誌記事を読む
 昨日の日経の<市場と知財戦略(上)>に
「企業価値判断へ重要性増す」 「証券化が迫る有効活用」
という見出しの記事が掲載されています。有効活用されていない知財(特許権や商標権と定義しています)は企業の潜在的な成長力を映す鏡(うまく活用できれば収益増につながる)ということで、知財が投資判断の新材料になる、適切な評価を受けるためには企業の知財情報開示が重要、といったところが記事の骨子です。
 この種の説明を読むと、それっぽい用語が並んでいて何となく「そうなのかぁ」と思ってしまいがちですが、実際にここでいう「知財=特許権や商標権」を日々扱っている者としては、率直なところ何やら怪しげな説という印象が拭えません。
 保有する特許権が中期計画等に織り込まれた事業に関するものであるならば(本来そうあるべきだと思いますが)、その特許権は収益計画を裏付ける一要素(特許権でこういった競争優位を確保しているからシェアを高められる・高い粗利率を確保できるetc.)となるものですから、その特許権の価値は中期計画、すなわち企業評価に既に織り込まれているはずです。その特許権の価値を別途評価して企業価値に織り込むとするとダブルカウントになってしまうので、こうした特許権はこの記事でいう評価の対象外になるはずです。商標権についても同じことが言えるでしょう。
 よって、この記事で言うところの投資判断の新材料になる知財とは、中期計画等の事業計画に織り込まれていない特許権や商標権ということになります。ところが、商標権の場合は使用によって価値が生じるものなので、具体的な使用予定がない商標権が価値を持つということは原理的にあり得ません。そうすると未利用の特許権ということになってきますが、果たしてそんなものを企業価値に織込んでしまっていいのでしょうか。未利用で価値のある特許権といえば医薬品関連が思い浮かびそうですが、医薬品の場合は開発段階の製品でも株価を左右していますから、これは企業評価に織込済みであることが通常だと思います。具体的なキャッシュフローが見通せるものであれば事業計画の一部として企業評価に織込まれるし、織込まれないということはキャッシュフローが見通せないということで、これを評価するというのはかなり強引な理屈であるように思いますが・・・むしろ、そういった未利用の特許を多く保有している企業は、研究開発等の投資方針(特に選択と集中)がちゃんとできているのかが心配になってしまいそうです。

特許戦略に固執したらいけませんか?

2008-02-18 | 新聞・雑誌記事を読む
 東芝のHD-DVD撤退が大きなニュースになっていますが、先日の日経には‘特許戦略への固執が孤立を生み、結果的に敗北に結び付いた’といったことが書かれていました。将来の特許戦略の教科書には、「東芝HD-DVD特許戦略の失敗事例」とかいって掲載されることになるのかもしれません。
 ところで、その一方でちょっと興味深い現象があります。今日の株式市場では、東芝の株価は本日大幅上昇(前日比+5.74%)、その上昇率は企画争いで勝利したはずのソニー(前日比+1.03%)を大きく上回っています不採算事業からの早期撤退が好感され、さらに本日の日経でフラッシュメモリの新工場設立が報道され、成長事業への集中が上昇を後押ししたようです。次世代DVDプレイヤーも既に価格下落が始まっており、規格争いに勝利したとしても、それが収益に貢献するかどうかは不透明とのこと(どちらかというと懐疑的?)。そうしてみると、東芝の‘特許戦略に固執’というのも、規格争いに勝利することが最終的な目的ではないので、ある意味とても合理的な判断(徹底的に囲い込みにいって、それでうまくいかなければ旨みのない市場として早期撤退)であるような気がしてきます。オール(特許で囲い込んで高収益)orナッシング(特許で囲い込めない競争の激しい市場は早期撤退)ということで。

知財信託・その後

2008-02-16 | 知的財産と金融
 以前に日経金融のJDC信託に関する記事について書きましたが、昨日そのJDC信託の四半期決算で大幅な下方修正が発表されました。売上が計画の約半分(17億円→8.8億円)になり、最終損益は大幅赤字に下振れ(3億円→▲9.2億円)、四半期決算の財務諸表を見ても現預金や有価証券の残高が大きく減っていますから、これは相当大変な状況のようです。修正の理由をみると「サブプライムローン問題に端を発する金融市場の縮小傾向や投資マインドの冷え込みによる影響」で「平成19年10月以降新規の信託案件を立ち上げる目処が立たない状況」という、何とも深刻なコメントが掲載されています。
 それにしても、サブプライムローンは不動産の問題ですから、同社のターゲットである映画・アニメ業界とは直接関係ありません。財産の運用を委ねることを主目的とする信託であれば、サブプライムローンは理由にはならないはずです。ところが、サブプライムローンに関する問題が影響しているということは、映画やアニメの信託は資金調達=証券化が主目的ということなのでしょう。その場合は、投資家が証券化市場から手を引いてしまえば、確かに大きな影響を受けることになるはずです。
 一見華やに見えそうな知財ビジネスも、収益に結び付けるのは本当に大変なようです。JDC信託はドバイに投資するファンドなど、最近は知財以外の分野に力を入れ始めているようであり、今後は業態転換が進んでいくのかもしれません。

戦略しゃべりすぎ?

2008-02-15 | 新聞・雑誌記事を読む
 本日の日経<決算トーク>に、ちょっと面白いことが書いてありました。
 テイクアンドギヴ・ニーズの野尻社長が、今期赤字転落の見込みとなった理由について、「決算説明会で発表した新事業が同業他社にパクられて優位性が揺らいでしまった」と説明しているそうです。サービス業なので「特許で守っておく」というわけにはいかないのでしょうが、ポール・ホーケン氏の「ビジネスを育てる」を思い出し、具体的なことまではわかりませんが、アイデアをより深く揉んだ上で発表のタイミングを考えたり、使えるツール(知的財産権等)を駆使していけば、多少は優位性を維持できる方法論はあるのではないか、という気もします。
 上場企業の経営者にとって、投資家やアナリストに将来戦略・新規事業を語ることは大事な仕事であり、一方でこの話のようなジレンマもあるのだと思います。ここは‘知財コンサル’のビジネスチャンスです。たぶん。

ビジネスを育てる
ポール・ホーケン
バジリコ

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‘丹念’

2008-02-13 | その他
 先ほどヤマト運輸のドライバーさんに集荷に来てもらったときに気付いたのですが、ハンディターミナルのディスプレイの下に‘丹念’と書いたシールが貼り付けてあります。仕事に慣れてくると緩んでしまいがちになるので、とのことです。こういう部分に気付かされると、ヤマト運輸に運んでもらおう、という気持ちになります。
 これは特許にも商標にもなりませんから、今風に言うと‘知的資産’ということになるのでしょう。先日、久野様から「創意工夫の成果を件数としてのみ取り扱われたり、金銭価値のみで論じられると、創意工夫の内容や創意工夫をした人に対する尊敬が感じられず、単なる資産や資源としてしか見られていないように感じる」とのコメントをいただきましたが、確かに「ヤマト運輸の‘丹念’という知的資産の存在を投資家に開示し・・・」とか「オフバランスにある‘丹念’の資産価値は・・・」っていうと、ちょっと違うだろう、という感じです。それは慎ましくひっそりと存在し、その存在の価値は継続的な業績に自ずと表れてくる、というものなのではないかと思います。

力のある言葉

2008-02-10 | イベント・セミナー
 先日の中小企業のための知財戦略活用セミナーですが、和歌山では昭和の高安社長に、高知ではしのはらプレスサービスの篠原社長にご講演いただきました。いずれもとても説得力があり、迫力のあるお話でしたが、両社長ともに人材・モチベーションの問題として知財戦略を語られていたことが印象的でした。

 知財戦略というと、我々知財人は当然ながら「技術」「ブランド」といった要素に対する効果に目がいきます。勿論、知的財産権とはそういう制度なので、そこを外しては考えられないのですが、中小企業の現実に照らした問題として考えると、実はそれだけでは不十分なようです。
 くしくも両社長は「人の定着」「モチベーションの向上」といった同じ経営課題を挙げて、その経営課題との関係で知財に言及されました。高安社長のお話によると、会社の向かう方向・未来像を形にして示す上で、特許という手段が有効であるということ。そこに時間や費用を投下することは、社内外に‘本気度’を示す効果もある、とされています。篠原社長からは、特許ということだけでなく、社員の行っている作業手順をマニュアル化したり、顧客データを管理したりすること(いわゆるナレッジマネージメント)が、全て会社の‘知的財産’として蓄積されており、それが社員の知的満足度を高める効果を生んでいる、といったお話がありました。これらの取組みを始めてから社内の雰囲気が変化し、経常利益が倍々で伸びているとのことです。
 どうしても我々知財人は、「特許をとったことで、収益に~の効果があった」という側面にばかり目が行きがちですが、モチベーションが高まって社内が活性化した場合の収益に与える効果に比べると、特許権が収益に直接的に与える効果など、おそらくしれていると思います。知財活動に力を入れるといった場合にも、
 それが社内のモチベーションを高める活動か?
という視点も、とても大切なのではないかと考えさせられました。ここでいうモチベーションとは、技術者が自分で特許調査をするようになった、発明提案書を書くようになった、とかいうような知財人の基準からみた‘知財マインドの向上’みたいな話ではありません。個々の社員が会社に誇りを持ち、会社の目標に向かってそれぞれの持ち場で最大限の力を発揮していけるようになるか。そのためには、知財の常識を形式的に当て嵌めようとするのではなく、社長の示す方向性・未来像を引き立てることができるような知財活動にしていくことが大切なのではないかと思います。

 2人の社長の講演をお聞きしてもう一つ感じたこと。多くの経験の中で悩み、深く考えられた上で発せられる言葉には‘力がある’ということです。プレゼンの方法云々の問題ではなく、言葉に力があることが両社長の魅力なのだろうと感じました。

メインメモリとHDD

2008-02-06 | その他
 昨日まで、中小企業のための知財戦略活用セミナーで、和歌山と高知に行ってきました。パネリストの皆様からたいへん有益なお話をうかがうことができましたので、後日まとめてみたいと思います。
 ところで、日曜日に雪の中の新幹線でふと思ったこと。

 東京はメインメモリ、その他の地域はハードディスクドライブである。

 地方から読み出されたプログラム(自分もそうですが)のワーキングエリアが東京かと。で、電源が切られるとデータは消失してしまうという儚さもあり。とすると、みなとみらいや大宮、幕張は仮想メモリかもしれない。
 特に地方出身で東京で仕事をされている方には、この喩えが何となくわかってもらえるのではないでしょうか。出張で一緒だった姫路出身の某氏がわかってくれたのがちょっと嬉しかったです。

伝説のコーチから考える知財戦略実践法

2008-02-03 | プロフェッショナル
 NHK土曜ドラマ‘フルスイング’(あの熱さ、毎回涙なしには見れません・・・)の影響で、「甲子園への遺言」を読みました。高畠コーチの名前はよく目にした記憶はありますが、こんな凄い人だとは知りませんでした・・・
 高畠氏は30年のコーチ生活で多くの名打者を育てていますが、その打撃理論は素人にもわかるシンプルなもの(構えたトップの位置からバットを最短距離で打点まで持っていく。そして、その打点からは、できるだけスイングを大きくする。)だそうです。そして、それをマスターさせるために、理想のフォームを強制するのではなく、選手の個性を生かしながらどうやったらその理論を実践できるか選手と一緒にその方法を探していくそうです。そのため、練習方法も選手によって様々になり、いろんな道具を使ってみるたいへんなアイデアマンだったそうです。練習では選手の短所を矯正するのではなく、長所を伸ばす中で自然に短所も修正されていく、そんな教え方をしていたそうです。
 知財経営・知財戦略のことを難しい言葉であれこれ言う人達もいますが(難しい言葉を使うほど、却ってほんとにわかってんのかいなと思ってしまいますが)、本当はもっとシンプルなものでよいんだと思います。基本形はシンプルでいい、というか、基本はシンプルでなきゃいかん、そうでなきゃ使いこなせんのです。企業の強みとなる要素(差別化要因)を見極め、そこを守れるツール(知的財産権)でしっかり守る。そして、それを実現するために、それぞれの企業の状況(ステージ、人材、資金力、雰囲気etc.)によく目を配りながら、できそうなところから形を作っていく。そのときに、研究部門等に対して知財部が「知財教育」をするという‘上から目線’では状況は良くならず、理想に近づくために「一緒に方法を探す」というスタンスが求められるのだと思います。
 この本の中で、どうしても力が足りずに2割5分しか打てそうもないある打者に対して、高畠コーチが「相手に嫌がられる2割5分になろう」といって、徹底的にファール打ちを練習させる(∵球数を投げさせられるので嫌がられる)という話が印象的でした。よくわかる気がします。「これはちょっとなぁ」という発明に出会ったときのことを考えると。

甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯
門田 隆将
講談社

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